この状況で一番の情報源…コーム、ペラドンナは裏切り者の可能性がある。ストゥーピストも安易には信用するべきではない。だが彼は情報を得るにも、敵を炙り出すにも適任な相手を知っている。
〜アヴァ商会、飛行場前支部〜
「…お前の”不祥事”を揉み消してやったのだ…貴様も支部長まで登り詰めた男、この意味が分からない事は無いだろう…?」
『あっ…ハイ!自分に出来る事なら、何でも!』
「貴様は護衛に教団の冒険者をつけていたな?あれは個人で契約したのか?」
『い、いえ、違います!私もてっきりバスカールが外部の人間を雇ったのかと…』
「では代表者が雇ったと?教団についてはどれ程知っている…?」
『旧時代の遺跡発掘調査の支援…それと技術者の提供…あとはこちらで募集した作業員の派遣を…しかし今更何故そのような事を?』
「…ここ最近になって我々に投入する冒険者の質が高くなっている。間違いなく何か動きがある筈だ…目的を探っている。」
『…そう言えば、使命の成就は近いとか…何だか恐ろしい事をやろうとしているみたいで…』
「詳しく。」
『焔の塔を探して、巫女様とやらの力で世界を平定するらしいです…』
「ふむ…何としても我々の介入を阻止したい案件と言う訳だな…。」
『ハイ…バスカールは最近、慈善事業にまで手を出しまして…しかも今になって労働者の大幅な待遇改善を図っています…アイドル市場も好調の為、メディア露出を気にしているのかも…』
「…ミストハンド…冒険者だ、何処の所属か分かるか?」
『な…名前は知っていますが…分かりません。少なくともフリーランスや教団所属だと言う話は聞きませんが…』
「……そうか…では失礼する。」
アルベルトはあの状況で嘘を吐く程愚かではない。心臓を握っているのが誰か良く分かっている。彼はそのまま支部のエントランスを通過…
「……番犬代わりにしては、些か物騒だな、ヒーロー。」
『…ごめんなさい。』
だがアルベルトはピンチベックに情報を持ち帰らせる程愚かでもなかったようだ。
「…我々が組織に属する以上、不思議ではない。」
『僕は…』
「お前が裏切れば、ギルド中の冒険者に首を狙われる事になる…咎めはしない。軽蔑はさせてもらうが。」
『………………』
「前を向け、お前はこれから人を殺す。ヒーローなら、悪を討つ事に迷うな…このピンチベックは卑しい男だ…家族のいる人間を何人も殺して来た…だから…躊躇うな。」
『…ビクトリーマグナム、参上!覚悟しろ、悪人め!』
「そうだ…それで良い…」
ビクトリーマグナムの拳が、静かに白熱した。
『ボルケイノ・スマッシュ!』
食らえば上半身が吹き飛ぶ一撃を寸前、エビ反りで回避。起き上がる勢いを使って蹴りを放つ!ビクトリーマグナムは足を掴み、投げようとするが、掴まれた衝撃でブーツに仕込まれた小さな針が飛び出す!動揺した隙に蹴りが脇腹に突き刺さった!これが舞台の上ならばブーイングが飛び交った事だろう!
『なっ……!?』
だが強化スーツにより軽傷!直接食らえば間違いなく内臓に無視出来ないダメージを負っていた!だがこれで終わりでは無い!そのまま回し蹴りに近い動きで針を射出!
『ぐうぅ…っ!』
針は剣や槍に比べ殺傷力こそ少ないが、繊維は貫通しやすい。嫌がらせめいたダメージに過ぎないが、挑発目的なら充分だ!
『卑怯な真似を…!』
だが明らかに経験と策で勝る相手なのは明らか、魔物との戦いとは勝手が違う!ビクトリーマグナムは距離を取りカウンターを狙う!下手に仕掛けるのは悪手だ。ここは敵の動きを見極めるべし!
「……………出来るな。」
だがピンチベックも同じ考えだ!足を掴まれた際、あとコンマ数秒でも対応が遅れていれば骨が砕けていたかも知れなかった。幼いながらに恐ろしい身体能力、若芽はここで摘む!
「コー…ヒュウウゥゥゥゥゥ!!」
仮面の下で、くすんだ金色の目玉がぎょろぎょろと蠢き、乱杭歯から吐息が漏れる。最早彼は怪物である事を隠しはしない!
「…殺せ…何を躊躇う…そうだ…」
『何だ…!?』
ビクトリーマグナムは、とても嫌な予感がした。目の前の男が一瞬ではあるが、全く別の物に変わってしまった気がしたのだ。それも恐ろしい、得体が知れない何かに。
「…悪い、気にするな…」
その目は一瞬、赤みを帯び尋常ではない殺気が溢れていた。ビクトリーマグナムの額に汗が浮かんだ。どんな”悪”にも屈しない筈の彼が、確かに恐怖を感じていた。そして、ピンチベックは無言で跳んだ!
『来るか…!』
ビクトリーマグナムも拳を加熱させ立ち向かう!ピンチベックの蹴りに合わせて拳を突き出し相殺!だがこれは次の一手に繋ぐ捨て石めいた牽制!両者は本命の技を構える!ピンチベックはガントレットから鉤爪を展開し、スーツの破壊を狙う!ビクトリーマグナムは蹴りをねじ込み、空中殺法の布石!だがビクトリーマグナムの予想外のスタミナがピンチベックを飲み込んだ!
「馬鹿な!?」
ビクトリーマグナムの若さ故の驚異的な成長が僅かな慢心の隙を突いたか!?体勢を崩すピンチベックを蹴りで浮かせ、そのまま足を白熱させ、致命的な蹴り!ビクトリーマグナムには勝利のビジョンがはっきりと見えた!
(行けるか…!?)
蹴りを食らい吹き飛ぶピンチベック!だが勝負を諦めた訳ではない!拳銃を抜き、何も無い方向に発砲した!反動で滞空時間を伸ばし、なんと跳弾を蹴って更に跳躍!ダムダム弾が硬質の靴底に当たり、破裂する瞬間を狙ったのだ!だが無茶な跳躍により大きくバランスを崩す!しかし目の前にはシャンデリアが!咄嗟に飾りを掴んでシャンデリアに着地!
「イアァァッ!」
そしてシャンデリアを吊るす鎖を短刀で切断!豪華な装飾やガラスの破片が辺りに飛び散る!思わず身構えるビクトリーマグナム!しかしピンチベックの仮面は破片の直撃を防いだ!そのまま体当たりで窓を突き破りピンチベックは離脱!増援を見越した的確な判断だ!そのまま振り返らずに走る!繁華街であれば敵も手出し出来ない筈だ。
『逃さぬぞ!蜂の巣にしてくれる!』
しかし増援の冒険者、カヴァナリーが突撃!旧時代の消音機構を搭載した機銃を乱射しつつ距離を詰める!何とか躱せるが、馬の速度から射程外に逃げるのも無理だ!集中を切らせば間違いなく挽き肉にされる。しかも跳弾にも気を配る必要があり、傷を負った今ではかなり厳しい相手だ。
「……二段構えか、あの毒蛙にしてはよく考えたな…」
『我々セントールは馬の力と人の知能を持つ!臨時ボーナスは貰った!』
再び機銃掃射!だが片足に被弾!カヴァナリーが安堵したのも束の間、既にピンチベックは空中だ!被弾を覚悟の上で跳躍の予備動作を取っていた!慌てて迎撃するもカチカチと虚しく弾切れを知らせる音が鳴るだけだ。鎧の隙間から短刀を突き刺され、悶え苦しむカヴァナリー!しかし返しの付いた短刀が更に深く突き刺さり筋繊維をめちゃめちゃに切り裂いた!発射音から弾切れが近い事を察し、あえて被弾して銃からカヴァナリーの意識を逸らしたのだ!銃の扱いに長けた彼が勝つのは必然であった。
『馬鹿な!?』
「貴様は馬でも鹿でもなく、勝ち馬にすら乗れん負け犬に過ぎん。」
カヴァナリーに騎乗し、上半身をメッタ刺しにする!パニックに陥るカヴァナリーを巧みな乗馬技術を活かし操り、人混みのすぐ横に蹴り飛ばした!土煙と悲鳴が舞う!それを煙幕代わりにピンチベックは再び離脱!片足を負傷した状態だが幸い向こうでは騒ぎが起きており、人気の無い場所に隠れる事は容易だった。
そして、何という事か!ピンチベックの右手には一握りの肉塊が!カヴァナリーから抉り出していたのだ!そして銃弾を抜き取った傷口に血の滴る肉塊を捻じ込み、歪な治癒魔法を詠唱した!このような冒涜的治療、正教の人間なら間違いなく破門である!だが廃材アートめいて組み合わせた筋肉が躍動、効果有りだ!
後で正規の医者に診せる必要があるだろうが、当分はこれで動ける筈だ。しかし鼻血が止まらない。不慣れな魔法を使ったからだろう…医療キットから包帯を取り出し、細かく切って鼻に詰める。彼の魔法はこれだけであり、”材料”無しでは治療すらままならないのだ。だが仕事はまだ残っている。休んでいる時間も無い。
ミストハンドは間違いなく教団、そして裏切り者に近づく鍵になる。フリーランスでないのならばある程度居場所は割れる筈だ…そして作戦の指揮を任された内で唯一外部の人間。必ず確保する必要があるのだ。そしてアルベルトもピンチベックの身柄を確保する必要があった。彼にとってピンチベックに情報が露見する事自体は問題ではなかった。だが一時保身に走った結果、提携している教団、そして裏切り者からの懲罰を受けるのは頂けない。ビクトリーマグナムまでいた以上、敵は確実に自分を葬るつもりで来ている。実際、近辺にも何人か冒険者の気配を感じる。
「…急いだ方が良いな…この機に乗じて、黒幕が動くかも知れん…尻尾の先端は見えた。」
第37幕 完