ピンチベック   作:あほずらもぐら

42 / 123
第39幕 : ピンチベックの長い一日

『お前さ、逃げられると思った訳?凄いねぇ…馬鹿だねぇ…』

 

「生憎私は馬鹿みたいに凄いから、貴様如きに遅れは取らん。」

 

『フン、俺が一人で来ると思った訳?おめでたいねぇ…』

 

その時、背後から迫る影が!電磁振動ナイフが襲い掛かる!受け止めるのが難しい旧時代の残酷武器だ!しかし当たらなければ意味がない!ピンチベックは地面を割り跳躍!電磁振動ナイフ不発!

 

『馬鹿な!?足を負傷して何故そんな余力がある!奴は回復魔法を使えない筈じゃあ!?』

 

『気を確かに持て!まだ戦況はこちらが有利だ!ここは一度退いて…あぁっ!』

 

ウォーハウンド転倒!ピンチベックは跳躍の際に小さな鉄球を無数にばら撒いていたのだ!これでは逃げる事すらままならない!そして起き上がったウォーハウンドの目に写ったのは空中ファニングショットで蜂の巣にされる相棒の姿だ!

 

「成程、単純だが悪くない策だ…あと一人居れば、ある程度善戦出来たな…」

 

『ま、待て!何が望みだ!脱出に協力するなら手伝う!だから』

 

「命乞いなど聞いていない。死ね!」

 

チュードッグは首を切り裂かれ死亡!しかしピンチベックは何故か敵の全身を切り裂いたのだ!一体彼の目的は何だ!?ピンチベックは風のようなスピードで移動!

 

「………あの二人が気づいた以上、他の冒険者は間違いなく追って来る筈…10人…20人…一体何人来る?増援も考慮して立ち回らねば…街の外周は重点的に守られている筈…」

 

 

 

『チュードッグ、ウォーハウンドのバイタル消失。ピンチベックに倒されたものかと。』

 

『やはり一筋縄ではいかないか、あの男…まだ遠くには行っていない筈だ。二人とも…行けるか?』

 

『はーい♡』

 

『こんな奴と組むのか…まぁ良い、足を引っ張るなよ?』

 

『意地悪だなぁ…一応仲間なんだけど?』

 

〜数分後〜

 

 

『浄化されよ!このギフトブレイズ、二度とは敗れん!』 

 

毒の滴る硬質の腕でボクシングめいた連打だ!一発でもまともに当たればたちまち内臓が腐って死ぬ!そして回避したところに火炎放射だ!隙を見せない二段攻撃にピンチベックも迂闊に攻撃が出来ない!だが素早く身を屈めて火炎を回避し、短刀の石突で関節を執拗に狙う!

 

『で、出来る…!あの時以上に技のキレが鋭い…』

 

「それはどうも…そろそろ右腕、壊させて貰えないかね?」

 

『ぐっ…これが経験の差ですか…しかし!』

 

ギフトブレイズの渾身の一撃!ピンチベックはガントレットで受けるが大きく吹き飛ぶ!ガントレット破壊!追撃の炎が襲う!状況は悪くなる一方だ!近距離戦に特化したマナ傾向の彼女との相性は実際悪い!路地での遭遇戦では尚更だ!

 

『これで王手…』

 

「私はビショップやナイトに過ぎんがな…我が女王の首、取らせはせん!」

 

『下らない事を!貴様はもう終わりだ…』

 

断頭斧めいて振り下ろされる炎の手刀!おぉ、ピンチベック!ここで死んでしまうのか!?

 

 

 

否!

 

 

 

確かに炎が肩を焼いた!しかしピンチベック健在!リボルバーの銃身で槍のようなカウンター突きだ!しかし猛毒をいかにして克服したのか!?

 

『ぐは…馬鹿…な…何故…私の毒手を食らえば、服の上からでも肉が腐り骨が崩れる筈…!』

 

「あぁ…実際崩れたな…私以外の肉が…」

 

ピンチベックは腐った肉を肩から毟り取った。腐臭と焦げ付いた空気が不快感をもたらす。

 

「まさか接続の甘さがこんな所で活きるとはな…」

 

何という狡猾なリスク管理!ピンチベックは先程の一瞬で肉を剥ぎ取り、鎧を作っていたのだ!密度の高い獣人の筋肉が染み出す毒を防ぎ、彼の不自然に痩せた身体がそれを巧妙に隠していた!

 

「これで三人目…このままメテオリットの命も頂く!」

 

ゼロ距離からの二丁射撃がギフトブレイズの全身を破壊!12発の銃弾が筋肉、骨、内臓を全て破壊!確実に敵の機動力を削ぐ精密な動きだ!

 

『冒涜も顧みぬか…だが…私の役目は…』

 

(やはり…小僧!我に代われ!加勢が来るぞ!)

 

背後から氷魔法だ!ナイフ投擲で起爆し魔法弾破壊!その隙にギフトブレイズの最期の蹴りを食らい吹き飛ぶピンチベック!そして傭兵冒険者も多数!絶体絶命のピンチである!

 

だがピンチベックは拳銃を乱射!その反動で壁を踏んで跳躍!高速で戦場から離脱!だが追手は多数!だがピンチベック早い!拳銃で飛来する矢、ボルト、魔法を次々と撃ち落とし、その反動で更に加速!

 

『追え!奴を逃すな!仲間も探して殺せ!』

 

「悪いがまだ死ねん…お前達のせいでな…それに人を待たせている。」

 

『まさか一人ずつで分散して逃げるつもりか…!だが戦力を分散させたのが運の尽き、このまま葬ってくれる!』

 

「…そろそろか…」

 

『スリーアンダーのバイタル消失…クソ、時間は掛けられん、何人か下手人の捜索に回せ!私はここで奴を仕留める!』

 

「どうした?何百という駒を使っても、ナイト一つ落とせんのか…?これで全滅しては切腹ものだなぁ!」

 

『不運が重なっただけだ、虫を何匹か潰すのに支障は無い。』

 

「では目の前の虫一匹にここまで苦戦する貴様は相当の無能と見える!」

 

『くっ…言わせておけば貴様!……チェーンシックルのバイタル消失…無能者が…!』

 

「どうした?一発くらい当てて見せろ…!」

 

(やはり強い…爆発魔法を拳銃で撃ち落として来るのは想定内だ…だがここまでのものとは…)

 

『ならば…うおぉぉぉぉぉぉ!当たれ!当たってくれ!』

 

メテオリットは爆発魔法を連射!建造物に大穴を開ける威力だ!だが当然そこまでの魔法を連射すれば身体に負担が掛かる!目から血を流しながら魔力を過剰消費して弾幕を維持!背後からの援護もあり、遂にピンチベックに爆発魔法が命中!右腕が吹き飛ぶ致命傷だ!

 

「…終わりか…私に…しては…上出来…だ…」

 

『ここまで粘るとは…正直、私も限界だった…戦士よ、これ以上苦しませたくはない…大人しく仲間の居場所を言っては貰えないだろうか…無論、治療はさせて貰う…』

 

「…ハハハ…この程度…あの日の包囲戦に比べれば…貴様に…彼らは倒せない…」

 

『あまり意地を張るな…また家族と暮らせるのだ…悪い話では無い筈だぞ…?おい、彼を呼べ…』

 

「……まだ…終わりでは…な…に!?」

 

ピンチベックは…その時、確かに見た。戦友の姿を。自分を人間だと、周りと同じだと言った仲間の姿を。男が死より恐れた、裏切りを。

 

「……成程…信じた私が、愚かだったか…」

 

『…違う…せめて、友達として、君が復讐の為に身を滅ぼすのは見たくなかった…』

 

「触るな…!私はここで死ぬ!」

 

『だって…!リディアちゃん、用済みになったらきっと…!それに君が死んだらあの子どうなるか…!』

 

「私が命に替えて彼女を救い、彼女は今度こそ幸せに暮らす…そうなる筈だった…下らぬ弁明など、聞きたくない!」

 

『何も分かってないよ…あの子、きっと君の事が…』

 

「あぁ…だがそれは…きっと単なる同情の筈だ…きっと…彼女は後悔する…」

 

『何で…!』

 

「私が許したとて、周りが許さんのだ!分かるか、あの子はきっと私と同じ扱いを受ける…だから私はせめて、解放してやりたいのだ!もう私の手は汚れ過ぎた…分かるか、許されんのだ…」

 

『…じゃあせめて家族として…!』

 

「黙れ…母も!姉も!皆私が殺したも同義だ!その上妹まで殺せと言うのか!」

 

『……君が無念を残さぬよう、せめて家族は…大事にしてくれないか…君の妹から聞いたのだ。私も家族を失った…せめて、君達に居場所を用意したい。』

 

「……断ると言ったら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、アブホース!来い!」

 

 

 

 

 

 

「クッハハハハハハハ!皆殺しにしてくれる!その魔族も、腑抜けの屑も!全て皆殺しだ!」

 

 

ピンチベックの肉体が、最早人としての原型を留めない怪物に変貌する!甲冑めいた甲殻、醜い顔を強調したかのような表皮、地獄の猟犬のように突き出した背骨、悪魔が鍛えたような冷たい鉄の爪。いつの間にか吹き飛んだ右腕が引き寄せられ、巨大な四足の獣じみた体格へと変化する。

 

『何だ…!単なる悪霊ではないのか…あれは…あれは…』

 

「よくやったぞ小僧!よくぞ我に肉体を渡した!何という憎悪…遂に、我のものとなったか!」

 

迸る殺気はまさに規格外。黙示録の悪魔が、邪神が如き邪悪かつ強大な、存在してはいけない何かが今、一人の男によって現れてしまった。

 

 

『やれるんだ!元は同じ人間だ!やれる筈なんだ!』

 

勇敢なギルドの冒険者が次々と魔法を放つ!だがピンチベックだったものは恐ろしいスピードでこれを回避!無造作に爪で愚か者を引き裂いた!恐ろしいのは切り裂かれてなお死体が叫び続けているのだ!

 

『あぁあぁあぁあっ!ぐわあぁあぁっ!』

 

恐らくは魂ごと傷つけられたせいで、肉体から魂が抜け出せないのだろう。

たちまちパニックを起こし、散り散りになる冒険者達!今まさに地獄が現世に降臨しているのだ!アブホースは街を破壊し、逃げ遅れた冒険者を追う!

 

「クハハハハハハ!弱い!もっと憎悪を!無念を我に寄越せ!」

 

『嫌…!嫌ぁあぁぁっ!』

 

ターゲットはエルフの女性シーフ!牙を剥き飛び掛かる!半狂乱と化したシーフのブーメランがアブホースに飛ぶが、抵抗むなしく粉砕!ブーメランが噛み砕かれたのだ!そしてアブホースに内臓を食われ、足を千切られる!

 

『あがぁ…ゴボボボボボ…』

 

そして血の海で複数の肉塊がのたうち回る!何という地獄!この惨状をたった一人の男が呼び起こしたと、誰が予想出来るだろうか!最早前線は崩壊し、仕切り直しは不可能である!

 

『この地獄を…私は…何という事を…!』

 

『…早く逃げよう!』

 

『待て、このまま捨て置くのか!?ギルドにはどう説明するつもりだ!大体奴があそこまで強いとは聞いてないぞ!』

 

『だが仲間も無事では済むまい…とにかく、一度撤退だ!迎撃に回せる冒険者は全てこちらに回せ!この事態を司祭様に報告するのだ!私は奴の対処法を探る!』

 

『……僕が囮になる…必ず彼を誘導して、街の被害を抑えておく!だから…!』

 

『分かった…!可能ならば君の仲間にも話を通せ…!』

 

「……裏切り者…殺すべし!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(チェーンヴォルト、アーティレリ、ストーンフィストのバイタル消失。奴の仲間が本格的に動いているか…!イエローアイも交戦中…既に四割は撤退を開始…人質を使ったスパイ化が失敗した以上、焔の塔の実験台にするべきか…?今なら未知の大型魔物と処理出来る…)

 

『多少の犠牲は仕方ない…作戦はまだ継続出来る…誰にも邪魔はさせん…後少し…後少しで…千年王国の栄光は目の前だ…』

 

 

 

 

 

 

第39幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。