ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第41幕 : ルルドの長い一日

〜自治領某所〜

 

 

 

『あー、もう止めだ、止め!こんな窮屈で子綺麗な服、着てられるか!こんなマスクの上から化粧しやがって…こんなの水でも浴びせられたら一発でアウトじゃねぇか!あー、あー、あー、まだ声治らないぞ!これ一生このままじゃないだろうな!しかもここ、変な匂いがするんだが!?』

 

『……まぁ、あの二人は白で、成功した訳だ…裏切り者はやっぱり最高議会の奴らか…こういうのって真犯人は意外な奴だったりするのが普通じゃないのかねぇ…しかし、あの歳でここまで有能ならそりゃあ妬まれるか…同僚や上官、高い役職の身内が死んで昇進する…良くある事だが、あの娘の場合、なまじ実力があるのが厄介よな…しかも忠誠心のある部下がちゃんといる訳で…』

 

『さてと……何か証拠になりそうな物とか、個人を特定出来そうな物とか、後金目の物とかを探さないと…しかし手錠対策に強酸入り指輪とは考えたな…まぁ俺様だから使えるんだが…』

 

手際よく室内の本棚や箪笥などを漁り、ここが何処で、今誰がいるのか情報を探す。恐らくは自分目当てで敵の増援が来るだろう。そいつらに聞いても良いが、自分はピンチベック程拷問は得意ではない。それにストリートファイトの経験は豊富ではあるが、やはり武器が欲しいのだ。

 

『ピンチベックの野郎なら、胃袋や腸の中にナイフの一本でも隠してるだろうが…』

 

その時!乱暴にドアが蹴破られ、一人の冒険者が現れた!胸には自治領の紋章が刻まれたバッジをつけており、彼の地位が相応に高い事を表している。

 

 

『フン、誰かと思えばカラドリウス議長の所の雇われか…あの男娼めいた貴族の魔術師といい、拷問しか能のない奇形の異常者といい、あの世襲の小娘には丁度良い胡乱な手駒よな…ペラドンナは逃したか…まぁお前に話を聞けば済む事だ…』

 

『…おいおい…そんな大口を叩くと負けた時にプライドが傷つくぞ?』

 

『丸腰で何を言っても無駄だ!所詮はしぶといだけの囮、精々惨たらしく殺してやる。』

 

護民官クォーツは身の丈ほどもあるミスリル合金製フランベルジュを構える!斬られれば失血死は免れない残虐武器である!彼はこの業物で今まで何人もの首を稲刈りめいて刎ね、惨殺して来たのだ!

 

『これも議会と人々の繁栄の為、悪く思うな!』

 

フランベルジュが唸る!火花を散らしストゥーピストの足を狙う!だがストゥーピストは最小限の動きで跳び上がり回避!近くにあった花瓶を投擲した!しかしクォーツはフランベルジュで花瓶を二つに切断!そのまま斜め上に突きを繰り出す!ストゥーピストは仰け反って回避!しかし鼻筋に赤い線が走る!このままでは間違いなく死ぬ!

 

『…避けるか…それなりの実力はあるようだ…』

 

『悪いが無駄に場数だけはあるんでね…簡単には死んでやれんぞ?』

 

『貴様…!自治領の秩序の具現たる僕を侮辱するか!我々は』

 

『ウラーッ!』

 

クォーツの背後に向かってサーベルが飛ぶ!クォーツは素早く回避!そのまま背後に向き直る!サーベルは勢いよく大理石の壁に突き刺さり、投擲した人物が高い身体能力を持つ戦士…即ち冒険者である事を表している!

 

『なっ…卑怯者め…こうなれば纏めて叩き斬ってやる!』

 

だが襲撃者の煙幕爆弾が炸裂!細かすぎない粒子が風魔法で舞い上がり、視界を塞いだ!堪らずドアを突き破り廊下に飛び出すクォーツ!だが防塵ゴーグルを装着したストゥーピストが先回りしていた!

 

『何故だ…見張りは何をしている…!えぇい、カラドリウスが雑魚を幾ら集めようと同じ事!このクォーツ、簡単に倒れはせんぞ!』

 

『……ペラドンナさんの同僚かよ…こいつが…』

 

『ハ、ハ、ハーッ!僕は汚れ仕事しかしないカラドリウスの犬が指名したあの優男とは別格だ!我が剣戟で死ぬる事、誇りに思うがよい!貴様らを倒した後は、あの醜い冒険者擬きをもう一度殺してやる!』

 

『…あの野郎…確かに強いマナを感じるぜ…ノーマン、油断するなよ…こいつデカい口を叩くだけはある。』

 

『しかし商会の正規私兵に昇進してすぐの仕事がこれとはな…』

 

『無駄話は地獄でせよ!覚悟!』

 

クォーツはフランベルジュを構え…非常識的なスピードで突き!ノーマンを先に仕留める算段か!?上段の構えで威嚇し、素早く身を屈めて中段で仕留める。恐らく棍棒を持った方は冒険者として覚醒してから日が浅い…自分を目の前にして動揺したと考えたのだ。

 

『うわっ!?』

 

だが予想外の事態が起きた。何とノーマンはクォーツが身を屈めた瞬間、突如背中を向け、素早く移動!そのまま激しく前転しながら距離を取ったのだ!フェイント気味の構えで動きが乱れた所を斬るつもりだったが、致命打を見事に避けた!

 

『な…読まれたか!』

 

『フン!そ、その程度か。それで護民官とは笑わせる!』

 

『舐めた真似を…!だが後悔するぞ…』

 

しかしクォーツは焦っていた。弱敵を排除し、その相棒に集中しようとした結果、このような迂闊を招いたのだ…彼は決して弱い冒険者ではない。能力は全体でも上から数えた方が早いだろう。だが経験の浅さとプライドの高さ故に判断力に不安が残るのも事実。この監視任務は実戦経験の少ない彼が力を示す試金石でもあったのだ。

 

(杜撰な捕縛を担当した者は後で縛り首にするとして…今、どう切り抜ける!?ストゥーピストの動きが速い…奴の回復力が麻酔を無効化しているのか…?だが何もしないまま敵前逃亡は今後に響く…それに今逃げれば議長に何があるか…)

 

自らのマナ適性に絶対の自信を持つクォーツは、フランベルジュを掲げ…自身の周囲に魔力を放つ光球を浮かべた!光球は回転しながら光線を放つ!

 

『な…なな…何だよあれ!』 

 

『恐らく光魔法…あまり見ないタイプだな。それなりには楽しめそうだ。』

 

ストゥーピストはサーベルを振りかざし、光線を両断!二つに割れた光線が背後の床を焦がす!だがその隙を狙い、背後に光球が回り込む!ストゥーピストは天井近くまで跳び上がり回避!しかし大袈裟に動き過ぎた!目の前にはフランベルジュを構えたクォーツ!一撃で決めるつもりだ!的確な突きが命中!胸部を串刺しにした!

 

『痛ッ…この野郎ォオ!』

 

だが即死ではない!剣が頑丈な肋骨に引っ掛かった上に防具と干渉してそれ以上深く刺さらない!カウンターの蹴りを脇腹に食らい思わずフランベルジュから手を離す!だが下手に引き抜けば失血死する絶妙な傷の深さだ!戦闘は不可能!残るはノーマンのみだ!

 

『お、おい!まだ生きてるか!早く逃げた方が…』

 

『…一人で行けるだろ。コームもこの任務に期待してお前に賭けた筈だ…』

 

『…違う…傭兵と私兵を連れて陽動に行って…結局俺は…残ったから…』

 

 

 

『…ではこうしよう。お前、あの傭兵をその棍棒で殺せ。僕には予備の武器がある。殺せば見逃してやろう。』 

 

クォーツは背中からショートソードを取り出し、風を切って見せる。ストゥーピストを一撃で倒した相手…初見殺し的な魔法に依存しているとはいえ、冒険者となって克服した筈の強者に対する恐怖が蘇るには充分だった。

 

『やれば…本当に見逃すのか?』

 

『……そうだ。憲兵は嘘をつかない、それは市民を守る為だからだ。そして憲兵より力のある僕も、市民を手に掛けるのは避けたいのだよ。』

 

『…本当に?』 

 

『おい馬鹿…冗談はよせ!おい!』

 

ノーマンはストゥーピストにゆっくりと近づき…棍棒を振り上げ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、クォーツの右肩に激痛が走った。背後を振り向くと、蛇革の装束から狼めいた眼光が覗く。

 

『……えっ…』

 

『……中々の名演技だった。少し練習をすれば、森の中でも通用するな…。』

 

『……な…何で…』

 

『…興味深い、理由を求めるか。少しばかり君の所では足りなくてね…しかし今の雇い主はこの狩りが成就すれば自分の森を買い戻せるだけの額を支払うと約束してくれたので、君達は用無しになった。』

 

『馬鹿な…これは反逆だぞ…国一つ敵に回して、ただで済むと…思って…』

 

『悪いが、此方も国の許可を貰って狩りをしているのでね…派閥争いとやらはよく分からないが、君達よりは自然を大切にする人だった…』

 

クォーツは最後の力を振り絞りショートソードでの刺突!しかし苦し紛れの一撃は熟練の狩人には通用しない!そのまま鉈で右腕を斬り飛ばされる!

 

『…ぁ…あぁ!うわぁあぁあぁあ!』

 

『……あの魔族の彼の方が骨があったな…あの電撃は効いた…火傷痕がまだ残っている。』

 

クォーツは逃げだそうとするが、巧みな狙撃術がそれを許さない!予め装填済みだったボウガンからマナを込めたボルトを射出!クォーツは頭を貫かれ即死!いかに護民官と言えど甦らない!

 

『か、勝った!恐らくは自治領でも最強クラスの実力者に!勝ったぞぉ!どうだ見たか!俺に掛かればこの程度朝飯前よ!』

 

『ハハハ…確かに今のは効いたな…しかし笑えない冗談だぜ…本当に殺されるかと思った…しかし何故ここが分かった?』

 

『君の使用していたガスの臭い消しと変装用の服に特殊な香料が使われていた。おおよその方角は先んじて潜伏していた彼が特定し、その後私と魔狼で追跡した。君は嫌がるだろうから、教えるなと言われていたが…一週間は香料の臭いが取れないそうだ。』

 

『……許してやる。で、ここは何処なんだ?後ろから殴られて連れて来られたから頭と背中が痛くて仕方ないんだが…早くベッドで寝たい…』

 

『地下空間のようだ。それも魔狼の聴力ですら中の音が聞き取れないような分厚い壁で覆われた上、推測だが地下数十メートルという深さ。しかも警備員用の豪華な休憩室、奥には取調室まである。かなり新しい建物で、まだ塗料の匂いが残っていた…首謀者は間違いなく国家権力を行使したな…彼が九日前からペラドンナの自宅と自治領の宮殿の間で潜伏していなければどうなっていた事か。』

 

『厳密には8日と21時間だ。壁の中に部屋を作り、そこで数人で交代しながら監視した。』

 

『で、犯人は誰なんだ?そんな大層な事が出来る奴、限られてるだろ。』

 

『最高議長の一人が怪しいとの事だ…詳しい話を聞くのは”専門家”に任せて、我々も証拠を探すぞ…この建物を一から秘密裏に作り、あのレベルのマナ適性を持つ冒険者を従えている以上、議会の中でもある程度影響力が強い人間だろう…』

 

その時、通信装置が鳴った!

 

『………もしもし。』

 

『其方は上手くいったようだな。見ての通り通信装置は押さえた。ペラドンナから話は聞いたぞ、犯人像は掴めたか?』

 

『無事だったか…!そっちの見立て通り、敵に護民官が味方してた。最高議会は黒だ…間違いない。』

 

『……やはりそうか。信じたくはないが…とにかく敵の増援はコームが地上げを装った陽動作戦で食い止めているらしい。サインの入った文書や、犯人の趣味嗜好の分かるような物…そういえば、護民官は誰だ?特徴を頼む。』

 

『えーと、なんか蛇みたいなうねってる剣と…後は胸当てのついた軍服…ボブカットで髪色は紫…』

 

『バッジの位置は?護民官なら紋章の刻印されたバッジを装着している筈だ。』

 

『あった、左胸だ!』

 

『恐らくはクォーツ…表の仕事がメインの若い冒険者だな。それで合点がいった。彼には詳しく話を聞く事になる…詳しくな…』

 

『来たよ!10時の方向!この前のゾンビの子!』

 

『厄介だな!済まない、もう切る!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第41幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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