あれから五ヶ月。
母さん、リディア、そしてシスター。…死が弔いになるならば、私は喜んで命を投げ出すだろう。だが、この力を手に入れた以上、奴らに復讐し、死より凄惨な末路を与えてやる!この醜く爛れた顔を、奴らの網膜に刻み込むのだ!復讐こそが生きる唯一の理由!悔やむならば地獄で悔やむ!今は只殺すのみ!
「…ゴールディ…出発だ。」
この力さえあれば成し遂げられる筈だ…復讐を!自分を虐げた人間、教団に連なる人間、全て皆殺しだ!
「……そうだ…何事も、この力があれば…理不尽に立ち向かえる。復讐を成せるのだ!」
全身を幽鬼めいたボロ布で覆い、古びた玉鋼のダガーを腰に下げ、竹槍と小型クロスボウを背負った恐るべき憎悪の化身が馬型の魔物に跨り走る。この怪物を生んだのは他でもない、人間である!
〜某所にて〜
『奴らしくじったようだぜ!ようやっと俺たちの出番だ!あの男、まだ生きてやがる!』
『……そうか…結局は犬死にか、あの聖職者…よし、行けるか、お前たち?』
『あぁ、いつでも行ける!司祭様に取り立てて貰うチャンス、逃す訳には行かない!』
『よし、ではスプリントスノー!我ら一人一人が司祭様を直接お守りするに値する強さだと証明する!頼んだぞ!』
『……えぇ、いつでも行けるわ…あの裏切り者、バラバラにする!』
〜一方その頃、何処とも知れない街道にて〜
人里からある程度離れた場所で、若い男が木を使ってボロ布のテントを張っている。この世界には貧しい旅人は多いので、皆捨て置く。つまりは基本的に安全である。ところが、この日は違ったようだ。
『いたぞ…奴がきっとそうに違いない…!』
『これで…これで終わる…』
その二人組は、粗末な革の装備に槍と斧を持ち、青ざめた顔で話す。そして哀れな男に飛び掛かる!
だが次の瞬間、男のうち一人が蹴り飛ばされ、飛来したボルトが盗賊の腕を木に打ちつけた!そのまま竹槍で滅多刺しにする!静かな街道は一瞬にして地獄と化した!
『…あ?動けな…い…』
手から落ちた斧で首を刎ねる!だが切れ味が悪く何度も打ちつけて切断!盗賊の接近を許してしまう!常人ならば逃げ出す所だが、彼はなんらかの薬物で恐怖心がない!
『よし、宝は、宝は貰った!』
そのまま乱暴に斧で斬りつける!しかし狙いが定まらない!回避は容易だ!身を屈めて両手に持ち替えた斧で足を斬りつけ、ステップで距離を取りながら斧を振り上げる!
『……ま、待ってくれ、俺たちは借金で』
男の静止は聞き入れられず、斧が頭を割った。一瞬の躊躇なく、ボロ布男は殺した。もう一度斧を振り下ろし、脳を叩き潰す。死体が痙攣する様を見て、男は鳥に頭を食われた虫が数時間動き続けていたのを思い出した。あまり違いは感じなかった。
だが考えて欲しい、果たして二体一で敵をここまで圧倒出来るのか?そう、この男は旅人ではなく、謎の存在に憑依され冒険者となった復讐の化身である。全能感と今まで自分を虐げていた人間を殺した喜びに身体を震わせる。
『……成程、少々予想外ね…冒険者だったとは…』
「…教団の人間か…殺す…この力で…殺す!」
『一緒に来て貰うわ。冒険者は頼りになるからね。教団の再建に協力を誓えば、寛大な司祭様は貴方を懲罰無しで』
『…死ね!家族の仇!死ねぇ!』
ボロ布の男はもう一人が持っていた斧で斬りかかる!だがそれは身体能力の延長に過ぎない。予備動作が大きいのだ!氷のように鋭い蹴りで男が吹き飛ぶ!そう、氷である!ボロ布が嫌な音を立てる!蹴りを食らった箇所に霜がついているではないか!
『ほう、あれで死にませんか。常人なら内臓が凍って即死でしたが…腐っても冒険者ですねぇ。冒険者を倒せば司祭様の評価も上がる筈…メテオリットには悪いですが、ここは抜け駆けと行きましょう!』
だがボロ布男の復帰は早い!無視出来ぬダメージを負いながらも驚異的な耐久力と精神力で素早く立ち上がり、追撃をギリギリで前転回避!
「………それで終わりか?」
『口が減らない人ですね…肺が凍れば言葉も出ないでしょう!』
再び鋭い蹴り!だが背中で受ける!分厚い布がダメージを減衰させた!そして…脚を掴み、ダガーで串刺しにした!丸腰と見せかけて逆手で持ってダガーを隠し、油断して追撃に出た相手を仕留めたのだ!
『痛っ…バカな…』
「やはり弱小集団の末端冒険者、我々に勝てる道理なし。」
だがスプリントスノーは諦めない!素早く立ち上がり、傷を凍らせて痛覚を鈍らせる!そして荒削りな拳法を構えた!生まれた時から信仰している教団の敵、必ずここで倒す!
「よくもまぁ…虫めいて往生際の悪い奴よ…」
『……こんな外道に…こんな…裏切り者には負けない!』
「クハハッ!その信心深さ、全くの無駄!貴様のような浅い考えの者が人を滅ぼすのだ!」
素早く地面を蹴り、スピードの乗った拳を放つ!だが男も鋭い蹴りで対抗!だが男の方が力が強い!空中でやや体勢を崩すスプリントスノー!そのまま飛び掛かって押し倒し、全身が凍りつくのも構わず、ダガーでひたすら急所を斬りつける!
『やめろ!離せ!この怪物が!』
「…ゲホッ…カハーッ!」
だがボロ布男も激しく苦しむ!内臓が半ば凍結しているのだ!焚き火で溶かした所で無駄!このまま道連れか!?久しぶりの激しい痛みで幻覚めいた父親のフラッシュバックが襲う!まだマナに身体が慣れていない状態での戦闘は厳しい!だが突き刺し続ける!氷魔法で傷を塞ぐので中々死なないのだ。
『痛い痛いぃ!やめろぉ!』
「……クッ…ゲホッ!ゲホッ!……リディア…リディア……シスター…教団…やはり…やはりお前達の仕業か!」
狂ったように叫び、突き刺し続ける。次第に視界が霞む。次に恐ろしい浮遊感が襲う。もしや魂が熱を失った身体から抜け出そうとしているのか!?意識が遠のく。返り血までも凍りつき、指先は微動だにしない。そして、痛みだけが残った。
『分かった!従う!だから』
「…殺 す 殺 す ベし 人類種 抹殺 せ よ」
地獄のような虐殺のビジョンが脳裏に浮かんだ後、口が勝手に動いた。あれは夢ではない。自分に憑依したアブホースとかいう亡霊だ。頭蓋骨をダガーで串刺しにし、油断ならぬ敵に止めを刺すと、彼はぐったりと倒れた。だが、死んでいない。冒険者特有の耐久力と生命力が彼を苦しめる。だが笑っていた。冒険者はドラゴンを殺せる。自分は冒険者を殺せる。自分はドラゴンより強いのだ。愉快で仕方ない。
「……」
そうだ、もっと殺そう。だがまだ身体が動かない。男は不機嫌になった。だが、自分の中にいる”神様”に頼めば、また身体が動くのだ。男の機嫌は良くなった。
…自分が人間でないと言う事を改めて痛感する。だがこれで良い、何故ならどれだけ無慈悲に敵を殺害しても、怪物ならば許されるのだ。黒錆めいた色の不気味な目が光る。爛れた顔と合わさり悪魔じみた恐怖を覚える風貌である。いずれまた追手が来る、移動を急がなければ。
「やはりこの力…成せる…」
醜い顔が歓喜に歪む。乱杭歯から吐息が漏れる。宇宙のような、黒一色の目がにやける。全能感と殺人欲求を満たす感覚で全身が痙攣した。今ならば人間を虫のように簡単に殺せるのだ。目指すはブレカの街、悪魔は馬を走らせて復讐に向かう。
〜某所にて〜
スプリントスノーが帰らない。彼を見つけたという伝書鳩が来てから数日、救援メッセージも、ローデリウスの首も送られて来ない。まさか追跡中に魔物にやられたのだろうか。しかし街沿いの道で冒険者を殺す程のモンスターが出てくるのはおかしい。あの襲撃は大半が生き残った。だがそれは良い、犠牲が少ないのは罪悪感を感じなくて済むという事だ。しかし一番消したいローデリウスがまだ生きている。巫女様は連れて来たが、あの男が生きている限り彼女は諦めないだろう…
『スプリントスノーは死にました。先程、竹槍で磔にされた死体が街道で見つかったそうです。蘇生は出来ますが、相当精神がやられていまして。復帰は難しいかと存じます。』
『何…冒険者を倒すとは、如何なる策で……』
『この手紙が、死体に握られていました。』
「我、悪魔と契約し覚醒せり、最早貴様らなど取るに足らぬ弱敵也。この三千世界に並ぶ者無き力を以って、我が牙は司祭の首に必ずや届くと思い知れ…」
『狂人め…下らぬ思い込みも突き抜ければ脅威となるか…』
『それならばこの僕、ランドフィッシュにお任せを…所詮は単なる狂人、一介の道化師崩れで戦闘経験もたかが知れている。是非白星、いや大金星を司祭様に届けて見せます故…』
『君は……そうか、では頼む、仇を討ってくれ。』
『はい、勿論で御座います。異例の若さでの下級幹部昇進、そしてその爆破魔法、抜け目の無さ。貴方様に仕えられ光栄です。』
『……頼んだぞ…』
〜一方その頃〜
「……ゼェ…ハァ……ゴールディ…腹は減っていないか…?」
馬は首を横に振った。賢い。
「そうか…それは良かった……」
この魔馬は彼にとって遺された唯一の家族である。他の家族は散り散りになり、シスターは殺された。この旅は復讐だけではない。贖罪の旅だ。彼を食べる訳にはいかない。例え三日の間飲まず食わずでも。良く整備された畑や牧場が食欲を増大させる。
普通の旅人ならば労働などを対価にして収穫の許可を得たい所だが、彼にはそのような発想は無い。人を信用しないのだ。この爛れた顔で何を言っても無駄だろう。第一手持ちが無い。
(兎一羽くらいなら……)
手が震える。聖職者を尊敬する身で、ここまでして彼女を弔う必要があるのか?彼に残った最後の人間性が揺れる。
(服を脱げば害獣に見えるだろうか?)
(自分一人がここまで苦しむのは不公平では?自分なら助ける筈だ…少しくらい見返りがあっても良いだろう…)
「……ダメだ!私にはとても…だが…なんて中途半端なんだろうか!」
馬が彼の空腹を察したのか、野菜に近づく…
(いや、魔馬が盗んだ事にすれば…私が”偶然”拾った事にすれば…)
「いや、いいんだ、やめてくれ。早く戻れ!もし見つかったら…おい、やめないと酷いぞ!」
だが彼の体力は限界だった。手綱を引くも、逆に彼が引っ張られてしまう。ひび割れた白い肌がボロ布から覗く!
「……おい…やめろ…やめろ…」
『な、なんですか……!?』
(まずい!見られた!もう駄目だ!またボールみたいに蹴られる!)
冒険者の高い身体能力を活かし、四足の獣めいた動きで魔物を装って逃げる!誰も人間だとは思わない!だが女性の健脚はそれを上回る!空腹で動きが鈍っているのだ!仕方なくフードと包帯を取ろうと手を伸ばす…
(関係ない人間は流石に…とにかく顔を見せれば逃げるだろう…)
『…あ…ぁ…』
(まだ顔を見せていないが…肌の色で察したか…腰を抜かした隙にさっさと…)
『……た…助けて……あの…男の子…が…』
「………!?」
『…あ、あの…ここの警備…してたら…仲間が…月が出てから…急に…貴方冒険者でしょ…』
「………水…酒でも良い……早く…それから、そいつを殺したら…食べ物を…」
『は、はい…!』
男は包帯を外し、差し出された瓶を一息に飲んだ。身体に活力が戻り、目が満月めいた金色に輝く!活力のハイポーションだ!殺人欲求がブーストされる!
「カハーッ……!」
男はボロ布を翻し跳躍!速い!マナ適性により肉体が変質している!チーターめいたスピードで柵や木を蹴って走る!包帯は外れ、醜い素顔が顕になるが気にも留めない!古びた斧とダガーを携えて黒い塊を捉える!
『ウガァァアア…!』
「イィィイ…ヤァァアアアアア!!」
爪が少年を捉える寸前で跳び蹴り!襲われる少年を見て、父親に受けた虐待がフラッシュバック、記憶が混濁する!
「やめろぉぉおおおおおおおお!!やめてくれえぇぇぇぇぇ!」
絶叫と共にダガーを首筋に突き立てる!だが、おぉ、何という事か!ボロ布男が突き刺したのは巨大な狼人間だ!満月になりライカンスロープとしての本能が抑えられなくなっている!ギルドでは駆け出しの冒険者数名で討伐する強敵だ!
『グルルルルルルルオォ!?』
ライカンスロープの爪が男に向けられる!だが不思議と恐怖は感じない!何故か踏みとどまった!斧で弾き返す!だがライカンスロープの腕は一本ではない!もう片方からの爪が襲う!男の肩から夥しい量の血が流れる!だが男は動かない!無事な方の肩で斧を投げつける!ライカンスロープの片目を破壊!ライカンスロープは痛みで暴れ狂う!
『ガォォォオオオオオ!!』
(クッハハハハハ!奴に憑いておるのは所詮犬コロ、畜生に過ぎん!我に比べれば並の霊など所詮はドングリの背比べ!)
「……やれ!」
ボロ布から露出した右腕が、甲虫の蛹めいて肥大化し、左手の指は歪に結合し、槍めいて変形!ライカンスロープの追撃を…防いだ!防いだのだ!だが傷口から血が溢れる!しかし男は顔色一つ変えずに左の手を回転させるスクリューめいたチョップ突きを放ち、ライカンスロープの脇腹を抉った!腕が腸を貫く生暖かい感触を確かめるように深く突き刺し、内臓をぶち撒ける!
『槍と……盾……凄い…!』
少年はこの神話的光景に思わず感嘆の声を上げる!まるで熟練の戦士が乗り移ったような的確な攻撃!彼の残虐な戦闘センスが完全に覚醒したのだ!
『グワァアアアアアアン!!』
恐ろしい断末魔を上げ、ライカンスロープが倒れる!黒い毛が抜け落ち、女性が姿を現した!人間を操り、無辜の少年を喰らおうとした悪霊の魂は霧散!
『何で…身体が…勝手…に……痛い…』
だが敢えて即死は避けた。狼憑きとしてではなく、人間としての死を与える為だ……怪物同士の戦いは終わり、しかし後には傷ついた人間だけが残った。
「……結局、少し違えばこのような末路か……」
『……人間……?』
「あぁ…彼女”は”人間として死んだ……怪我は無いか…?」
『でも、貴方は?貴方の言い方だと、自分が人間じゃないみたい…』
「……すまない、包帯が取れていた……不快な思いをさせてしまったな……」
『…ありがとう!』
「…何故、感謝を?」
『だって…助けて貰ったらありがとうって言うのは当たり前でしょ?』
「…………私に?」
「……私を呼んだ者に言え…親は何処にいる?」
『……ちょっと遠くかな……その……一人旅って言うか……とにかく、魔法が無いとすぐには帰れないかなぁ…』
「………………ついて来い。このまま死なれてはつまらん。何処かの村で降ろしてやる。」
『………うん!』
(馬鹿め!此奴はいつか戦士になる!それを貴様は…いずれ殺すやも知れぬ相手を守るとはなんたる馬鹿げた真似を…!)
(…いざという時は路銀にでも換えれば良い……人質にもなるし邪魔なら熊の餌にでもすればいつでも消せる。)
〜数日後〜
教団の新人冒険者チームのメンバー、ランドフィッシュは遂に敵の潜伏先を発見した。彼は地面に潜る特殊な大地魔法に精通しており組織内での実質的な地位も相応に高い。狙った獲物は逃がさないのだ。幹部候補生を経て実績を積み、後は年功で地盤を固める。冒険者殺しの狂人とあらば得られる報酬もかなりのものだろう。
『奴め、今頃は辺りの雑草でも食っているか…食べ物を探しに来たのを狙うのが良いかね…』
「魔族は何を食べるのだろうか……?」
(来た…!ここの声間違いない!いや期を見誤るな…冷静になれ…)
「……魚なら問題ないだろう。」
(よし…水辺に移動した…溺れ死ぬがいい、狂人め!)
ランドフィッシュが飛び掛かる!標的の足を掴み、一気に引き摺り込む!
『うわぁっ!?』
確かな手応え、だが違和感を感じる。何故だ?敵はこんなに足が細いだろうか?成人にしては小柄な部類だと聞いたが、これではまるで子供…子供!?次の瞬間、古びた槍がランドフィッシュの腕を貫き、河を赤く染め上げる!
『ぐっ……わぁああああああ!?』
槍に返しがついており中々抜けない!常人離れした膂力で水面に引き摺り出す!そのまま胴体を蹴り上げ、無理矢理に槍を引き抜いた!冒険者を殺し、図に乗っている狂人などではない、本物のマナ適性を持つ冒険者だ!
「…随分と大きな魚だな……いや、蛍の幼虫めいて煮ても焼いても食えぬ屑……外道だな。」
『ば、馬鹿な……仲間がいるなんて…聞いてない……』
「撒き餌に自分から掛かっておいて何を言っている…?まぁ良い、魚の餌が増えた。」
『待て!僕を殺しても教団が黙ってないぞ…今ならまだ』
「結局は命乞いか……懺悔の一つでも出るかと思えば、貴様ら人間には失望した。地獄で我が家族に詫びるが良い。何、仲間もすぐに後を追わせてやる。私のように孤独を味わう事も無い…喜べ。」
『た、頼む!嫌だ、嫌だ……死にたくない!嫌だぁああ!!』
この男は本気だ。察しは出来ても逃げられない。ならば、伝承鳩を送り、それに賭けるしかない!悲壮な覚悟を決め飛び掛かる!今際に放った地面魔法は形を変え…岩の拳を形作る!槍に貫かれ、折れた骨を岩が補強し、強力なパンチを繰り出す!速い!死に際で魔法が覚醒、暴走した!
「何……!ぐふぅあ!」
パンチが脇腹に食い込み、斜め上にずれて肋骨を割る。幸い被弾時に身体をずらした為に内臓へのダメージはゼロだが、今ので数本は折れただろう。
『ハァーッ!ハァーッ!』
「………来い…その足掻きが無駄だと教えてやる…地獄で仲間と共にサタンの裁きを待つがいい!」
彼は嘘つきであった。そうしなければ死ぬからだ……小柄に見合わない、よく鍛えられた威圧感のある声で虚勢を張り、正教の教えを引用して挑発する!
『サタンだと……背信者の裏切り者が正教に魂まで毒されたか!』
「……裏切り者?裏切ったのはお前たちではないか。お前はあの処刑を、あの惨劇を知らぬ。私の母はギロチンで首を刎ねられ、姉妹は生きたまま焼かれた。そうでなくとも皆散り散りになってしまった…」
『………全て貴様のせいだぞ、この悪魔が!彼らはお前を葬る為の犠牲になったのだ!』
「欺瞞だらけの大本営発表をそのまま信じるとは、おめでたい頭だな。そんなに頭が悪いとは、前世でのカルマが余程低かったに違いない。」
神もショックで目を覆う程の罵倒!これで激怒しない宗教者は居ない!
『貴様ぁぁあああああああ!!この、この悪魔が!許さんぞおぉ!』
岩の塊と化したランドフィッシュが駆ける!腕を蛹めいて肥大化させ相殺!だがダメージが蓄積している!これ以上は危険と判断し、素早く距離を取る!
『貰った!』
ランドフィッシュの追撃!しかし逃げている訳ではない!次の瞬間、ボロ布男の上半身が不自然に捻れ、追撃を回避!身体を捻った勢いで回し蹴りを放つ!それも二発!格闘家ではない為に威力は落ちるが隙を生むには充分!そのまま空中に蹴り上げて大地魔法の使用を封じ、全力で斧を投擲!足を斬り落とした!これで受け身は不可能だ!
「フゥゥ……コシューッ!」
そして延髄に追撃の蹴り!そのまま両腕を掴み、膝を首に押し付けながら地面の岩に叩きつける!ランドフィッシュは後ろを向いたまま血を吹き、暫くバタバタと踊り力なく倒れた!
「よし…見られてはいないな。逃げられると面倒だ…」
強敵を討ち破り、血を吐きながら呻く。苦戦は意外だった…これが人間の可能性なのか?そんな浅はかな考えはとうに捨てた筈だった。単なる魔力の暴走。偶然に理由は無い。死体を見つめ、必死に否定した。人間は虫以下の屑。自分はそれを超越した存在なのだ…
「…カ…カハッ……」
『……大丈夫!?』
「何故、そんな事を言う…意味が全く分からん。私は君にとって世界を構成する有象無象に過ぎんと言うのに…」
『……何で…その人は誰…』
「……私がどういう人間か、よく分かっただろう?あまり褒められた人間ではない…気にするだけ無駄だ。」
『じゃあ何で僕を助けたの…?』
「あの見張りの女から飯をもらう為だ。君を連れているのは道中、醜い私に代わって買い物をさせる為に過ぎない。奴らは足元を見て露骨に値上げして来る。」
『…へぇ……それにしては君、僕に食べ物くれるけど自分は殆ど食べないよねぇ…?』
「…そ、そんな事はない。君が眠っている間に食事をしているだけだ。」
『石に縄で括りつけられたまま食べるなんて、随分器用だね…少なくとも昨日は殆ど食べてないよ、君。』
「……大人はこれくらい平気だ。行くぞ、直ぐに追手が来る…」
…続く?