何故…あの時…私は…兄を弔おうとして…それで、奴らに攫われた。兄が知ったら、悲しむだろうか?ペラドンナさん達を恨むだろうか?この指輪は絶対に外れない。指を切断すれば外せるが、何故か皆、それをしなかった。
『…何故、兄様が…あんな優しい人が…』
『巫女様…』
メテオリットはリディアを見て…家族を思い出した。隕石めいた爆発魔法、それによって築き上げた輝かしい少年期、本物の隕石が全てを奪ったあの日、自分は親殺しを疑われ、村から追放された。家族、友人、財産、全てを奪われて、あの人に拾われた。そして、あの男から全てを奪った。
『バンディーアもやられた今…あの男の細胞サンプルに適合出来る冒険者は…クソッ!何故私ではない!攫われた妹を取り戻すのは兄の仕事と言う訳か…』
メテオリットが目をやったその先には、おぉ、何という事か、アイアンクロスの遺体があるではないか!ピンチベックに心臓を抉り出された後、冷凍保存されていた肉体を何者かが持ち出したのである!
『……これで晴れて三兄弟揃って化け物か…笑えない話だな。』
『あぁ、こんな事があって良い筈が…幾ら大義の為とは言っても…』
『…憎むべきはピンチベック……奴さえ居なければ…!』
メテオリットは理解していた。全ての元凶は、あの男を狂気に走らせた自分であると。あの時、彼の死を偽装していれば、或いはシスターが生きてさえいれば、惨事は防げたのではないか?だがそれを忠誠心と言う名のエゴが許さなかった。7年前のあの時、奴の復讐で当時の仲間を皆殺しにされたあの時から、復讐の連鎖は始まったのだ。もう、後戻りは出来ない。
〜一方その頃〜
ピンチベックは、変装したカラドリウスと共に現場の視察に来ていた。面倒臭がったストゥーピストが荷物を全て持ち帰った為に、部屋はがらんとしていたが憲兵隊への事前の根回しが効いたようで、荷物以外は全て発見当時の状態で残されている。
『…始めなさい。私も近辺を探します。』
「はっ…」
ピンチベックは床を見て何かを感じたのか、すぐさま這いつくばり、猟犬めいた姿勢で移動する。斥候として戦場で磨いた勘と嗅覚が、冒険者に匹敵するマナ適性により高まった五感が、僅かな違いを見つけ出した!
「………ゴム臭だ…さほど劣化はしていない。床の損傷具合は大した事はないな…だが普通に歩いているとも思えん。恐らくは…」
『…車椅子の類ですか…それもタイヤ部分がゴム製となれば最新型…続けて下さい。』
ピンチベックは床を踏み締めながら歩き、辺りを見回す。そしてある事に気付いた。ピンチベックは怒りで乱杭歯をギリギリと鳴らし、仮面の下で錆と金が入り混じった目を剥いた。
『どうしました…?』
「…この床…出入り口の近くが僅かだが斜面になっている…玄関口は滑り止めの無い磨かれた石材…つまり魚を捕まえる罠のように、車椅子で入ったら出られないようになっているッ…!」
『……大した洞察力です…しかし…何という…』
「…このような仕掛けには、人一倍詳しいもので。褒められた事ではありませんが…」
『誰かがやらなければいけない事を、貴方がやってくれたまで…よく仕えてくれた証拠です。』
「……元より捨てた命、拾って頂いた恩は忘れていません…私はそれに報いたまでの事。」
『私は…貴方のそういう誠実な所が気に入ったのです。大体、貴方程の…』
『貴方程の御方が、まさかここまでいらっしゃるとは…』
胸に自治領のバッジを装着した頭巾姿の冒険者が現れた。四本の腕を動かし、拳を突き合わせて一礼する。
『どうも…私は護民官のクラリドンと申します。』
「これはこれは…して、御同輩が何用ですかな…我々はこの退廃的レイシズムの象徴たる違法建築物の視察に来ているのだ。邪魔立てはしないで頂こう。」
『…いえ……貴方様の邪魔は致しませんとも…”貴方様”のね…』
「…ほう…下がってください。ここは私一人で充分故、心配には及びません。」
『……貴族出身というだけの世襲に、良く仕えていられますねぇ。我々はいつから権力を傘に着て政治をする腐敗組織になったのですか?』
「…下がれ下郎、不敬であるぞ。カラドリウス様の地位に不満があるならば、最高議会本部に言って貰おうか。」
『…フン、まだ分からないのですか?我々はカラドリウス様の能力に不満はありません。しかしその御方は”悪しき前例”を作ったのですよ。これからも世襲で議会に成り上がる輩が出てくる可能性を作ってしまった。ですから天誅を下すべきと、我々の”議長”は判断しました。そしてその天誅を下すのは、貴方なのです!』
次の瞬間、クラリドンの水晶製義眼が怪しく発光!カラドリウスが硬直する!そして腰に下げた拳銃を発砲!銃弾を寸前で回避したピンチベックの仮面から火花が散る!
「な…!?」
『何と!?最高議長殿が乱心した!忠臣を手に掛けようとするなど、恐ろしい蛮行だ!突然の裏切りに、護民官ピンチベックはどう対処するのか!?』
「……くっ…貴様ァ!!」
カラドリウスは拳銃を乱射!ピンチベックはガントレットで銃弾を弾き、関節を異常な角度に曲げ、クラリドンに向かって投げナイフを構える!
『おっと!』
だがカラドリウスは自分の頭に拳銃を向ける!
『私が貴方を英雄だと証言します!さぁ天誅を下しなさい!貴方は周囲から不当な評価をされ、現状に不満がある筈!殺した暁には、貴方を我々の同志、その一人として評価します!さぁ、共に栄光の道を歩みましょう!』
「……NOと言えば?」
『私が今ここでカラドリウスを殺し、貴方は反逆者として処刑です。私が証言します!卑怯と言いますか!?しかし貴方も卑怯な手段で敵を葬り、高額の恩賞を得ていた…同じ国を愛する者同士、私達の理想が分かる筈です…』
「……理想…理想と言うか…逆に問おう。カラドリウス様の後釜は誰だ?威力部門の内の一派閥が消えるのだ…お前達の指導者が考えなしに行動するとは思えん。」
『それは殺してから教えます。早くしなさい…さもなくば…』
銃声と同時に、ピンチベックのガントレットから火花が散る。その顔は虚ろであった。そして、カラドリウスは再び自分の頭に銃を向ける。
『…再生が困難な頭ですよ…? その次は全ての内臓を…我々は寛大ですから、今話を聞くなら、彼女は投獄だけに留めてもいいですが…』
(グッドコップ、バッドコップか…王国軍の捕虜になった際、あの軍人がやっていた手口だな…ここは時間を稼いで、彼女のイヤリングについた発信機を押して救援を…いやしかし、頭を撃たれては記憶の混濁が心配だ…)
『この先にはクォーツも待機しています。勝とうとは思わない事です。時間稼ぎも無駄です。今ここで死ぬか、我々に協力するか、一分以内に決めなさい…!』
ピンチベックはホルスターにゆっくりと手を伸ばす…そしてコンマ一秒後、拳銃を引き抜き…カラドリウスを一瞬で蜂の巣にした!
『…それで…良い…貴方……は…』
緑色の血液が辺りに散らばる。一切の躊躇なく、彼は主人を撃った。あまりの無慈悲さに、クラリドンすら一瞬動揺した程である。
だが、それこそが彼の狙いであった。
『…ほう…中々の腕前ですね。おめでとうございます。貴方は正義の側に……ぎゃあっ!?』
次の瞬間、クラリドンの左足が爆ぜた!ピンチベックの大口径リボルバーの弾倉は空である。では一体、この銃弾は何処から?
『……全く…酷い……人…です…』
カラドリウスである!未熟な甲殻に12発の銃弾を全て食らった筈のカラドリウスが、震える手で拳銃を握っているではないか!?ピンチベックは拷問と同じ要領で、あの一瞬の射撃を全て急所から外していたのだ!何という卓越した射撃技術か!
「…次はお前だ。」
『そんな…そんな馬鹿な!?奴を、奴を殺せ!作戦は失敗だ!』
『了解した!貴様に恨みは無いが…覚悟!』
地下空間にクォーツが突入!同時にチャクラムを牽制投擲し、ガードさせてからのスクリューブロー!ピンチベックは咄嗟にテーブルを蹴飛ばしてパンチを妨害する!しかしピンチベックの背中に戻って来たチャクラムが迫る!だが今動けばカラドリウスが危ない!ピンチベックの背中にチャクラムが突き刺さる!
「がふぅ!」
回転斬撃がピンチベックの背中をズタズタに切り裂き、肉片が飛び散る!だが動かない!チャクラムの勢いが弱まって来た!ピンチベックの骨が硬く、簡単に切り裂けないのだ!だが致命的な重傷!
『早く…逃げ…』
「……何を言うのです……貴方に仕えるのは……私の至上の喜び…拾って頂いた恩……無碍にはしません…」
ピンチベックは飛び散った自分の肉片をカラドリウスに埋め込み、最期の治癒魔法を詠唱する。魔力の過剰使用で目から血を流しながら…確かにそれは冒涜であった。しかし、虎に身を捧げるような慈愛でもあった。
『…嫌だ…だって……』
「……もうこの手からは何も奪わせぬ……これで彼女が生きるならば、代わりに私はお前達から幾らでも奪ってやろう…来い…来い、裏切り者!私を殺してみよ!貴様の武器は封じた!」
ピンチベックはチャクラムを背中から引き抜き、足で踏み砕く。その目は、黄金に光っていた。
『なんという……最新式のオリハルコン製チャクラムを骨で受け止めて立ち上がるとは……これが…これが…あの狂人だというのか…』
「来い。末路としては上々よ……そのおめでたい水晶の目玉を、サタンへの手土産にしてくれる!」
『……だが貴様はここで死ぬ…この国を守るのは我々だ!』
クォーツは光球を浮かべ、光線で弾幕生成!しかしピンチベックは弾幕を射撃で相殺する!光線は弾丸を避けないのだ!だがクォーツはフランベルジュを構えて迫る!手数で勝っているクォーツが有利か!?
『これで終わりだ!貴様のような狂人は犠牲を増やすだけだと、何故分からない!』
だがピンチベックはガントレットから爪を展開しクォーツの袈裟斬りを両腕で防御!フランベルジェを弾いた!しかしクォーツは左手でショートソードを取り出す!最初からこれが狙いだったのだ!鋭い刺突で心臓を狙う!最早これまでか!?
否!
見よ、ピンチベックは仮面を自ら外し、なんとショートソードを口で防いでいる!何という因果か!彼の乱杭歯が滑り止めの役割を果たし、刺す事も引く事も出来ないのだ!ピンチベックの素顔を直視したクォーツの力が恐怖と嫌悪で緩む!ピンチベックはそのチャンスを逃さない!高い瞬発力で二本の剣を押し返し、股間に蹴りを叩き込む!
『ぐえぇえっ!こんな…こんな奴に……こんな奴らに…この僕がぁ!?』
「彼女の慧眼により見出されたこの私がお前を倒す…何もおかしくは無い、この御方の海の如し器が貴様を飲み込むのだ。」
『…まだだ……お前などには負けない……このような事があってはならないのだぁぁぁ!』
クォーツは痛みに震えながら既に形すら覚束ない斬撃を放つ!しかし影の秩序の番人の技量はそれを凌ぐ!攻撃を無造作に弾いた後、爪を収納し特殊器具と卓越したリロード技術で二丁のリボルバーに12発の銃弾を僅かコンマ2秒で装填!しかしクォーツも速い!装填の隙に目の前まで接近する!
「『うぉぉぉっ!』」
ピンチベックの胴をフランベルジェが掠め、クォーツの胸を鉄鋼銃弾が貫いた。ピンチベックの胴から大量の血が滲む。そして、クォーツがゆっくりと倒れた。
『…見事……だが…お前の……負けだ………』
ピンチベックが振り返ると、長い階段を走っていたカラドリウスの背中に深々とショートソードが刺さっていた。
第43幕 完