ピンチベック   作:あほずらもぐら

49 / 123
第44幕 : 隣

「……このような事を予想出来んとは……何という迂闊だ……しかし解せんのは、何故視察の計画が筒抜けだったかだ…」

 

ピンチベックは走る。カラドリウスは重傷、何とか生きてはいるが、仮に治療が出来たとして、間違いなく後遺症があるだろう。恐らくはストゥーピストやペラドンナ、コームも襲撃を受けている。増援は望めない。ピンチベックは己の無能を恥じた。

 

『…私を……捨て置きなさい……せめて…生きて……』

 

「何故私を責めないのです……危うく自分の手で貴女様の命を奪う所だったと言うのに…!」

 

『意図は…分かりましたから……それに…貴方はいつも、このような傷を負っている……それに……比べれば…』

 

「とにかく、この事態を切り抜ければやりようはあるのです……見捨てるなど有り得ません。」

 

切り抜ける?どうやって?それは彼にも分からなかった。失って久しい恐怖という感情が、この絶望的な状況で蘇る。また自分は失うのか?また守れないのか?背中に背負う少女が、恐ろしい程に軽い。汗が滝のように流れる。

 

『…貴方……背が伸びましたね……前は……150センチ程…だった…』

 

「喋ってはいけない!」

 

とにかく、居場所が割れた以上、必ず仕掛けがある筈………だが今は治療をしなければ!間違いなく彼女が死ぬ。

 

『……私は……後継ぎとして……一人……だけ……貴方を………弟の……ように………身分…さえ……』

 

「……また…失うのか、私は……!」

 

その時、後方で爆発が起きる!教団の放った刺客、ユージェニックだ!

 

 

『凡才がわざわざ二人で来るとはな!たかが悪霊一匹、直ぐに終わらせてやるよォ!』

 

ユージェニックはプラズマブレードを起動!背中のブースターで一気に加速し、一撃で仕留めるつもりだ!プラズマブレードは実体剣をすり抜ける為、近接戦では無類の強さを発揮する!傷ついたピンチベックに回避は不可能と予測、バッテリーをフル稼働させた!人間に当たれば血の煙になって蒸発する威力だ!だが背後から爆音!思わず振り向いた隙にピンチベックの必要最小限の動きで繰り出された蹴りがユージェニックの顔面にヒット!

 

『ぐわぁ!何だ!また凡才が増えたのか!?』

 

『…そのようだ…』

 

それは塔の上に立ち、白いローブを纏い、隙間から黒い鎖帷子を覗かせた、神々しい冒険者であった。

 

『何事かと思えば、手負いを蛆めいて狙う下賤な罪人が一匹…恥を知りなさい。己の力は、そのような野蛮な目的に用いていい代物では無い。』

 

『誰だ……僕の邪魔をするな!』

 

『…ヒュペリオン。お前が聞く最期の名だ…地獄でサタンに会ったら、私からよろしくと言っておけ。』

 

『…ヒュペリオンだと?ふざけた名を……』

 

『……笑うなら笑え。貴様にあの二人は殺させん…この場で死ぬのはお前だけだ……逃げなさい!』

 

「誰かは知らんが…私の悪運もここで終わりではないようだな。感謝するぞ。」

 

 

『凡才が僕の邪魔をしている!こんな事があってはいけない……ダメだ…千年王国の為に、凡才は排除だ……』

 

『問答無用!』

 

ヒュペリオンは独裁者めいた起立姿勢で高台から急降下!その手には氷山めいた輝きを放つシミターが握られている!巻き上がる土煙をぶち抜きヒュペリオンが突進!ユージェニックはプラズマブレードで迎撃を試みるが、シミターが纏った超自然の光によって相殺される!聖属性のエンチャントだ!

 

『我が剣は無辜の衆生を救う為にあり…貴様の歪んだ理想とは非なるもの…故に私が勝つ!』

 

『何だ…何だよお前!この剣は旧時代の聖遺物で…』

 

しかしヒュペリオンの技量はユージェニックを確かに上回る!得物の軽さで戦力差は大して感じないが、ユージェニックは焦っていた。自身に施された肉体改造とマナ適性発現処理は完璧であり、戦闘テストの結果も極めて優秀。だが敵の判断力、戦闘能力が、何より経験が武装の差を感じさせないのだ。

 

『…知ってるぞ…冒険者でも、これには勝てないんだ!死ねぇ!』

 

ユージェニックは肩のバルカン砲から魔導弾を連射!シミターに弾かれるが、一瞬の隙が生じる!バッテリーを使い切り横薙ぎの斬撃でヒュペリオンの首を狙う!シミターごと叩き斬るつもりだ!しかしヒュペリオンはシミターから真空波を放つ!ゼロ距離で真空波を受け止めたプラズマブレードの威力は大きく減衰!ブレードは途中消滅した!

 

『…何だ……まさか弾丸を弾きながらエンチャントのエネルギーを飛ばす為に…呪文を詠唱していたのか…!?』

 

大振りの攻撃を外し、追撃への恐怖でアドレナリンが過剰分泌される。ゆっくりと泥のような動きでシミターが迫る。しかし自分は動けない…機械化された右腕が切断される様を、見ている事しか出来ないのだ。オイルと血が混ざったカクテルが飛び散り、カメラアイを汚した。

 

『…何……何……で…』

 

次の瞬間、まるで魔法が解けたかのように、痛みとスピードが戻って来る。彼は一秒の慢心で、腕の一本を失ったのだ。即座に鎮痛物質が分泌され痛みが無くなるが、君の悪い温もりが、腕に張り付いて離れない。

断面からオイルの供給管と強化骨格が飛び出している。カメラアイのディスプレイには、”稼働限界まで後60%”のアラート表示。

 

『まだだ……この…遺物で……千年王国……兄さん……』

 

カメラアイに纏わりついた血が蒸発し、左腕の電磁ブレードが青く発光する。まだだ…まだ何も成し遂げていない。誰かの重荷には、もうなりたくない。足がブースターの予備加熱で赤熱する。魂が燃える感触、とうに失った筈の熱い血液が巡るような錯覚。

 

『僕のIQは150だ……だから勝つ…お前が僕と同じだとしても、もう油断はしない。』

 

腕の自己修復機能は健在。あの腕を拾えば、まだ勝機はある!ユージェニック(優生学)…自分でも皮肉な名だとは思った。だが、高い知能指数を、この才能を理解してくれた人間がいる。それが嬉しかった。

 

『…魂はまだ人間のようだな……それでこそ殺し甲斐があるというもの……来い。しかし私は周りの人間を本気にさせる癖があるようだな…これもオーディンの悪戯か……存分に足掻いて見せろ。』

 

ユージェニックは火力のリミッターを解除!全身に負担がのしかかるが、最早気にしない!ヒュペリオンは間違いなく高位の冒険者だ…雑魚ならばプラズマブレードで血煙を噴き出して即死する。身体はまた作れば良い。今はこの才能を摘む!

 

『…千年王国……太平の世…邪魔はさせない…。それが民意、それが我々の理想……王国の理想だ!』

 

ユージェニックのブースターが火を吹き、背中から放たれたナパーム弾と共にヒュペリオンに迫る!周囲を一瞬で火の海にする大火力で、付近の家屋が吹き飛ぶ!ヒュペリオンはナパーム弾を全て回避するが、激しい爆風は回避できまい!そこに追撃の電磁ブレード!攻撃後の為出力は低いが当たれば無視出来ないダメージだ!この爆風の中心に突っ込めば間違いなく自分も火傷を負うが、鋼鉄の肉体で損害は軽微だ!

 

『…成程、その増上慢、根拠はあったか。』

 

何とヒュペリオンは辛うじて回避!いかにして視界を確保したのか!?皆さんは目撃している!ヒュペリオンの両腕には風の渦が!いかに微弱な適性と言えども、武器を収納して詠唱を行えばある程度はカバー可能だ!ヒュペリオンの拳がユージェニックの顎を捉え、凄まじい風圧と共にアッパーカットを放つ!

 

『…ゴ……オゴ……馬鹿…馬鹿な……』

 

ヒュペリオンの脈打つ腕からは血が多量に流れているが……短時間で確実に出血量が減ってきている!高い耐久力と継続治癒の魔法で、並の冒険者では不可能な攻撃を可能にしたのだ!

 

『…機械はよ……肉や骨みてぇに魔法で治らないよなぁ?分かるか、これが凡才の実力よ!いい加減善人ぶるのも飽きて来たんで、あの野郎が来ないうちに終わらせるぞ、クソガキ!』

 

『……黙れよ…何で勝てない……僕は他人より…優れている筈なんだ!でなきゃ何で周りと同じ事が出来ない!何で皆に嫌われる!許さない…許さないぞ!』

 

『知らねぇよ…』

 

『な……』

 

『知らねぇんだ!お前の事を知らないんだよ、周りの奴が!どうせ気味が悪いとか周りと違うとか、取るに足らん理由で、お前のプライドを奪ったからよ!そういう下らん事で他人の才能を殺すんだよ、馬鹿な奴等は!単に利用すればいいのに皆そうする!』

 

『……何だよ…それ…お前に分かるのかよ……何で生まれて来たのか、何で生きるのがこんなに苦しいか、分かるのかよぉぉお!』

 

ユージェニックは右腕をパージし軽量化、脚部ブースターを加速し、カメラアイの精度を最大まで上げた。捨て身の一撃が、ヒュペリオンを吹き飛ばす。自分はこんなに強いのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。叫びながら、刃毀れした電磁ブレードを振り回す。二人の身体は傷だらけになった。

 

『…お前さ……目的とか…あんのかよ……世界が平和になって、そこにお前みたいな鉄の塊の居場所…ないだろ……好きな女、男でもいい…それか…趣味とかよ……目標になる奴……居ないだろ、お前さ…』

 

『……目的…か……考えた事……無かった……全部…人の目的…だった…全部……兄さんの…目的……』

 

『じゃあ、考えとけよ。お前の居場所、近いうちに俺たちが潰すからよ……暫くそこで眠ってろ。』

 

そう言うとヒュペリオンは、ユージェニックの身体から剣を引き抜い

た。人工的な内臓が露出し、ユージェニックはオイル溜まりに倒れた。

 

『…兄さん……の…目的…何だよ……………確か………幸せ……か……馬鹿な……兄貴……………兄さんと……が…側に……いる……だけで……俺と……………せ……だったのに……』

 

それ以上は、ノイズで聞こえなかった。ヒュペリオンは、正教式の黙祷を捧げた後、鉄の塊を引き摺って、ピンチベックを追い、何処かへ消えた……オイル溜まりには一滴の涙が浮かび、美しい月を映していた。

 

『……お前…ガキの癖に、重いんだよ………クソが……この後治療だろ?……フン、大事な奴の前では、スーパーヒーローか………まぁ、やるだけやるさ……三人分の蘇生……頑張ってみるかね…』

 

 

 

 

 

第44幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。