ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第46幕 : 仮初の覚醒

『えぇい!死に損ないが!さっさと往生しろ!』

 

ディスコネクターは凄まじい剣戟でペラドンナを追い詰める!大質量はそれだけで即死の威力だ!故に無造作が最適解、無駄な演武や大層な型など不要、洗練された暴力の濁流が襲う!

 

『もしかしなくても僕って今死にそう!?』

 

シールドスペルで鉄塊を弾き、削り取るような剣技の隙を見極める。装甲タイル鎧はそこまで重くはない。恐らく彼女の防御は本人の耐久力と短期戦を可能にする圧倒的な身体能力に依存している筈。だが閉所ではアドバンテージを見出す以前に相性が悪い。

 

『そうだ。死ね!』

 

『お、おい!役得重点だぞ!殺してはダメだ!そいつが死んだらウチの評判も下がるじゃないか君ィ!』

 

『勝手に言っていろ、この俗物が!コイツは簡単に生け捕りに出来るような三下ではない!見て分からんのか!お前も刻まれたいか!?』

 

『ひぃぃっ!そんな横暴なぁ!』

 

ディスコネクターの眼光にシャイロックは震え上がる!失禁寸前だ!彼は冒険者ではなく、単なる構成員に過ぎない!激しい戦いを目で追うだけでも気絶しそうなのだ!

 

『横暴なのはどっちだよ!この力は使いたくないけど……仕方ない!』

 

ペラドンナの角がピンク色に光る!人間の感情を増幅させる怪電波だ!ディスコネクターのアドレナリン分泌の方向性を歪め、一瞬怯ませるがそれでも攻撃は激しい!

 

『何の光ぃ!?』

 

『カーッ!小細工を!だが私をそこらの脆弱な雑魚と一緒にするな!』

 

だが冒険者相手には持続して放射しなければ効果は薄い!ディスコネクターは強靭な精神の持ち主。後数分は耐えるべし!互いの視線が、死線が交錯する。この勝負、先に心折れた方が死ぬ!

 

 

 

〜一方その頃〜

 

 

 

男は槍を携え、必死に走る。せめて仕事を終えたい。戦争の恐怖から逃げ、王国から逃げ、自分の出世から逃げ、冒険者から逃げる。だが仕事からは、唯一打ち込めた事からは逃げたくない。あの青年と面識は無かった。だが、何故か自分と同じ匂いがした。何故だろう?そんな疑問は追手の声で消えた。

 

『居たぞ!直ぐに捕まえろ!』

 

『増援はまだか!大事になる前に黙らせるんだ!』

 

怖い。怖くて仕方がない。昔から要領が悪かったので、周りに助けられてばかりだった。だが鍛治仕事だけは一人で出来たのだ。不思議なくらい手際よく作業が出来た…少ないが常連も出来た。人からの評価が嬉しかった。別に金が欲しくはない、ただ自分でも人の役に立てるのが誇らしかったのだ。

 

『……結局武器は少ししか持ち出せなかった…だが、仕事はやり遂げて見せる!』

 

息が苦しい。身体が熱い。だが配達で鍛えた足腰は伊達ではない!驚異的な底力を発揮し、黒鉄の髑髏が道路を駆ける!一軒目はもうすぐだ!

 

『配達でーす!』

 

速い!槍を素早く組み立て、穂先を布で包みドア下側のポストに投入!

続けて請求書を投函!奇跡的に郵便受けに命中した!配達成功!

 

『次だ!』

 

路地裏を直角にカーブし、人混みを躱しながら疾走!禍々しい外観に似合わない、恐るべき甲冑の可動域の広さ!これが匠の技なのか!?追跡部隊がジャックナイフを投擲!しかし頑強な装甲と緩衝材がダメージを完全に無効化!二軒目はもうすぐだ!

 

『配達でーす!』

 

魔力が込められたドリアードの古木をメインに、アダマント合金で補強した会心の作であるブーメランに、麻縄で請求書を括り付け投擲!素材に宿る不思議な力が働き、ブーメランが勝手にポストへと吸い込まれる!配達成功だ!

 

『…ハァ…よし…調子が出てきた!』

 

息を切らしながら尚も勢いの衰えないパワフルな走り!大泥棒めいた高揚が筋肉の痛みを忘れさせる!だが目の前に棘付きバリケードだ!男は円形の輝く大盾を取り出す!胸の前に構え、突如地面にダイブした!溶けない氷の盾だ!スケートの要領で器用に滑り、バリケード地帯を潜り抜けた!三軒目はもうすぐだ!

 

『配達でーす!』

 

突如開け放たれた扉に盾ごと飛び込む!長い玄関でジャンプ、迷いなく盾を投擲した!家の中に飼われているライオンめいた魔獣が異変を察知、盾を見事に咥えてキャッチした!数少ない顧客との長年続く信頼関係が成せる離れ業だ!続けて請求書を投擲!魔獣はこれを肉球で受け止め、何と小切手を投げ返したのだ!男は寸前で受け止め、魔獣が開けた窓から跳躍し脱出!

 

『よし、次行くぞ次ぃ!』

 

根性でペースを維持!身に纏う黒鉄の甲冑が赤熱せんばかりのスピード感!しかし残りの配達物は僅か、歯を食いしばり大地を蹴る!

 

『…せめて一矢報いてやる……俺の鍛治を奴らに見せてやろうじゃねぇかよ……』

 

男は髑髏型防護仮面の下で無理に笑顔を作る。一番遠い配達場所、だがこれで仕事は終了だ。足は既に筋肉痛で悲鳴を上げ、腰も不気味な違和感がある。だが追手は近く、休む事は許されない!ここは身体を休めながら隠れて進むべし!黒鉄の甲冑が物陰に紛れる!

 

『……よし!撒いた……後は向かいの通りを回って行けば!』

 

路地裏を走り抜け、マンホールを外して下水道を通り、目指す方角に向けて移動……流石にもう追って来ないだろう……自分一人にそこまで時間も人も割けない筈だ。

 

『…不信な人物を検知。サーバに接続………』

 

無機質な声が響く。身体から熱が引いていくのを感じた。ゴーレムか?

 

『……データ照合に失敗……武装判定ポジティブ。侵入者用戦闘シーケンスに移行。セーフティを解除…対象を殺害します。』

 

『……は?』

 

だが驚く隙は無い!非力な男をマシンマグナムの連射が襲う!しかし頑丈な装甲がこれを阻む!しかしマナを纏わない鎧では限界か、鎧が音を立てて変形する!

 

『うっあぁぁぁぁあ!!』

 

反動で動けない。死ぬ程痛い…俺はこのまま死ぬのか!?まだやりたい事がある!ここで終わりたくない!様々な感情が脳内を駆け巡る!そして天使の姿を幻視した……赤い眼光を彗星めいて引き、両手に銃を持った天使の姿を!

 

『…新たな敵発見、データ照合に成功。重点殺害対象……ターゲット順位変更、対冒険者戦闘シーケンス起動。』

 

「……よく喋る鉄屑だ、そこの彼に打ち直して貰え……拷問器具くらいにはなるだろう。」

 

『ファイア!』

 

戦闘マシーンは二脚で突撃しながらマシンマグナムを乱射!冒険者でも当たればミンチになる威力だ!重装甲と合わさり驚異的な積載量!銃弾がめり込み壁が砕ける!粉塵が舞い、火薬が炸裂する!しかしピンチベック速い!冒険者にとって弾丸など子供が投げる石礫同然だ!しかし圧倒的物量!

 

「早く逃げろ!いつまで保つか分からん!」

 

『あ、あの!これを!』

 

男は鞘に入ったダガーを投擲!ピンチベックは足で受け止め……そのまま上に放り投げる!壁を走りながらガントレットで銃弾を弾き、空中で鞘と分離したダガーを蹴り飛ばす!予想外の行動に戦闘マシーンのCPUが一瞬フリーズ!戦闘マシーンの関節に新品のダガーが突き刺さり、激しい火花を散らす!更にダガーを引き抜きながら駆動部を蹴り、完全に破壊!

 

『駆動部、著しく破損……戦闘行為継続。』

 

ピンチベックは銃弾の雨を蛇めいた挙動で回避!しかし鋼鉄のモンスターは切り札を繰り出す!脚部を折り畳み背部のブースターで超加速!自身を弾丸めいて打ち出したのだ!金属の塊がぶつかれば冒険者と言えど壁の染みになるだろう! 

 

ピンチベックはまずダガーが突き刺さり収納しきれていない脚部に注目!同然空気抵抗やらで速度は落ちる!しかし不意をつかれ回避は困難、ならばやる事は一つ!押し返すのだ!両腕が甲虫の蛹めいて膨れ上がり、鋭い爪が生じる!一時的とはいえ高い身体能力を発揮、徐々に押し返す!

 

「………錆びついた鉄屑如きに…この私がァァ!このピンチベックが倒せると思うな!」

 

爆発的な力で弾道を逸らす!止めに壁を蹴り、身体全体を回転させてパンチを放つ!暴走したスクラップの塊は反対側の壁にぶつかり大爆発!

 

『す…すげぇ……』

 

「今回も良い仕事だった。悪いが今手持ちが無くてな……ツケ分は労働で支払うとしよう!」

 

この男の奮闘なしでは、ピンチベックは間に合わなかったかも知れない。赤い眼光と共に、男は去っていった。ふと破壊された戦闘マシーンの脚部に目をやると、重金属の駆動部が紙クズのように貫通されていた……それを見た男は少しだけプライドを取り戻した。

 

 

 

〜数分後〜

 

 

 

『……依頼主は逃げた……お前は何故逃げない?』

 

『…だって……今逃げたら……あの人が作った物が…無くなる。』

 

ペラドンナは右腕の感触を確かめる……敵に痛手こそ与えたが、腕はあらぬ方向に曲がっており、動くには動くがやはり痛い。だが敵は火傷のみ、動きに支障は無い筈だ……あまりにも相性が悪過ぎた。リーチでも耐久力でも劣る上、下手に暴れれば工房を破壊してしまう。だが敵にそれを配慮する必要は無い。

 

『……よっし役得重点!……だが可哀想なのはそそらな……』

 

シャイロックはそこまでしか言えなかった。突然、心臓を鷲掴みにされたような恐怖が背中に走る。何かが落ちる音、血の匂い。地面を見ると、自分の心臓が落ちていた。

 

『……ぁ……』

 

シャイロックは死んだ。だが彼は幸運であった。これが戦の前でなければ、絶望して死ぬのは間違いなかったからだ。

 

「……ビジネスは広い視野が必要だが……これではビジネスマン失格だな?貴様もクライアントをみすみす死なせるとは、余程腕が悪いと見える……」

 

『…む……その血の匂い…出来るな……』

 

「攻める側と守る側、フェアではないだろう。正面ならば貴様は全身を黒焦げにされて死んでいた。誰が否定出来る?」

 

『…うわ……ボロボロだけど大丈夫?』

 

「腕の折れた魔術師に言われたくは無いが……私”は”大丈夫だ。早い所、見舞いに果物でも買いに行こう。ここは私に任せて先に行け……君が読んでいた小説の台詞だったか。」

 

『…どうせ逃げろって言っても聞かないんでしょ?分かった!』

 

 

「聞き分けのよい男だと思わんかね?おまけに優秀と来た……私とは大違いよな。まぁ貴様程間抜けでもないが……少なくとも主人を殺してはいない。後は…」

 

ピンチベックは背負った袋から赤い塊を投げ棄てる……よく見るとそれは、腸で首を絞められたらしい人間だ。恐怖と苦痛で毛が抜けた為に獣人族とは分からない。

 

「この屑も間抜けであった。策に嵌まり仲間を殺した上、貴様らの情報までペラペラと喋った挙句、従順にしていれば良かったものを……実に下らぬ抵抗を見せてくれたものだ…!」

 

ディスコネクターは吐き気を堪えた。ただでさえペラドンナの凶悪な精神攻撃でアドレナリンが枯れている上に、このような狂気の所業を見せられては仕方ないだろう。常人なら心臓発作を起こしてもおかしくないのだ。

 

「どれ、貴様にも少しだけ見せてやろう……」

 

ピンチベックは無様な肉塊を蹴り飛ばす。するとそれが僅かに蠢いた。虫の息であるが、まだ生きているのだ。読者の皆さんは大変な幸運の持ち主だ……冒険者の研ぎ澄まされた感覚があれば、この男の心音が聞こえる筈である。その小さな呻き声も。故に我々は、彼の意識が既にない事を願うしかない…

 

 

『おっ……おぇぇぇぇええっ!!』

 

ディスコネクターは耐え切れなかったようだ。力で骨を砕けぬならば、言葉と技で心を砕くべし。彼の信条である。激しく嘔吐するディスコネクターを尻目に、ピンチベックはもう飽きたと言わんばかりにテイクポイントの眉間を撃ち抜いて殺した。それを見てディスコネクターは再び嘔吐!度重なる精神攻撃で消化器官が限界だ!

 

 

「……ふむ…アルコール類を控えた方が良いのでは?さて、ビジネスの話をしよう……こうなりたくはなかろう?我々は平和主義者でね……諦めてくれないか?」

 

『………分かった……分かったから。もう君達に手は出さない……うぇぇ……暫くタルタルステーキは食えない……』

 

「待ちなさい……ミストハンドの所属は三つ足狼団で間違いなかったかね?」

 

『……あぁ。それがどうした……』

 

「…ありがとう……良い休日を。」

 

 

ピンチベックはディスコネクターの背後を見つめながら、静かにポケットから麻酔弾を取り出した。

 

 

 

第46幕  完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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