ピンチベック   作:あほずらもぐら

53 / 123
第48幕 : 不可視の戦争 前編

〜ユーラントの街にて〜

 

 

乾いた薄暗い街…しかし活気が無いという訳ではない。小さな酒場に男が入って来る…ホルスターには今時競技用でも見ないような大口径の回転弾倉式拳銃を差し、穴だらけの鉄面で顔を覆い、スケイルメイルに似た構造の装束を装備している。どう見ても堅気ではないだろう…

 

『…注文は…しかし見ない顔だね、観光って柄では無いようだ……』

 

「……ミルクで良い…後はそうだな………腹が減った。」

 

『…タコス、あるよ……ワシの特製……毎日完売する…といいなぁ。』

 

「それだ。」

 

『…あいよ。何かアレだね、最近物騒だよ……戦後だからさ。取り敢えずミルク、先に出しとく。冷やしてあるから旨いよ……近くに冒険者のギルドがあってね…魔法で冷やしてくれんのさ。』

 

「それは良い。実は私も冒険者だ……別に腕に自信がある訳じゃあないがね。」

 

『…もしかして、ギルドに入ったりする予定?…… 最近は無軌道な冒険者も増えた…個人が力を持ち過ぎるのも考え物だな……ほい、タコス出来たよ。』

 

「…まぁそんな感じだ………美味い。」

 

『……兄ちゃん、仮面は取らないのかい……何、咎めてる訳じゃないが、何だか窮屈そうだ。』

 

「……………。」

 

『ハハハ、悪い悪い!誰だって見せたくないものの一つや二つ、あるよな……ワシだってあるもん!』

 

「……ありがとう。いや、美味かった……これから仕事だ。代金はここに置いておく。」

 

『……頑張れよ…ドラゴンとか野蛮な巨人、倒しに行くんだろ?冒険者なら…』

 

「…それよりも遥かに力がある”魔物”だ…私はそれを倒す。そして何人もの人間が倒れた骸の下敷きになる。」

 

『……難儀よなぁ…まぁここでは人の事情は関係ない。まぁワシは応援したいがな!ワシが思うに、何かこう…単に仕事だけではない、お前さんなりの思惑があるのだろう?それにワシではお前さんを止められない。』

 

「……あぁ…少し外が騒がしくなるが、どうか勘弁して頂きたい。」

 

『何、ワシも退屈していた所だ…冒険者の力、間近で見るのは久しぶりだからな。迷惑は掛けないよ…』

 

「では…」

 

帽子を一層深く被ると、ピンチベックはゆっくりと歩き、懐にしまってある短刀を垂直にした。そして、唇が無いせいで剥き出しの歯を更に剥き出しにした。

 

 

『…手前…他所者の癖に随分と生意気だぜ…マスターに素顔すら見せないとは、あんまりじゃねぇか……!』

 

「……彼は何も言わなかったが。用件は?君達の取るに足らん行動が私のミッションに重大な遅れを齎している。」

 

『何だと…お前そんな態度がまかり通ると思ってんなら大間違いだぞ!おい、このミルク坊やに分からせてやろうぜ!俺たちを敵に回したらどうなるか教えてやる!』

 

冒険者二人が軍刀と槍を取り出す!人通りのない街が不気味な静けさに包まれ、激しい視線のぶつかり合いが始まった!

 

 

「……人が見ているぞ……小さな街だ、二対一なんてした日には商売上がったりだなぁ……」

 

『……チッ…まぁいい。おい、同じ冒険者同士、連戦で勝てると思うなよ、タフガイ気取りが。』

 

「怖い怖い……さて、どれ程のものか、見せて貰おうか。」

 

『そんな事言っていられるのも今の内だぞ……!まずは俺、グレイエッジからだ!』

 

グレイエッジは軍刀を両手で下向きに構え、軍刀に気を込めて全速で接近する!並外れた脚力で接近!下から上へ一気に斬り裂く!岩すら斬り裂く渾身の一撃!一瞬だけ刃が金色に輝く!

 

「コォー……」

 

『このまま内臓をぶち撒けろ!』

 

恐ろしいスピード!グレイエッジは一瞬でピンチベックの背後まで移動しながら斬りつけた!止めを刺す為に背後から追撃の突き!

 

「ヒュゥー……」

 

バキャン、と嫌な音がした後、グレイエッジの軍刀が折れた。そして追撃の突きも切っ先に伝導していた気が漏れ出し、満足には通らない!何故?疑問に思いながらもバックフリップで距離を取る!

 

「……貴様、東の人間か…中々肝を冷やしたぞ。それで、次は何をする?腹を見せて降参か?」

 

『お前…!』

 

気を込めた一撃を脅威と判断したピンチベックは、最優先で武器を破壊したのだ!大きく破壊された武器に気を注いでも漏れ出してしまう……高威力の代償は大きいのだ。

 

「…来い。貴様も武器を構えたなら、戦で死ぬ覚悟は出来ている筈だ…」

 

(…速い……今の一瞬で抜刀したのか……!)

 

「よもや自分から仕掛けた戦を投げる人間など……居ない筈だな?」

 

(この状況で奴を倒すには……スピードが通じない以上、武器のリーチとパワーで押し切る…一発でも攻撃を当てれば必ず動きが鈍る…)

 

グレイエッジは脚力を活かし、強い踏み込みから腕を伸ばして連続で長リーチ攻撃を仕掛ける!折れた刃と言えど冒険者の身体能力が加われば致命傷になりかねない!

 

「コーヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!!」

 

異常な呼吸音と共に力なく腕を揺らしながら反復横跳びめいた高速移動回避!下半身の輪郭が見えぬ程の素早い足捌きだ!

 

激しいステップで砂煙が巻き起こる!一気に決めようとしたグレイエッジの下半身を狙った薙ぎ払いを回避し……砂煙が晴れた…腹部に激しい痛み。

 

『な……ゲボぉ!ガふぅうぁ!』

 

大きく怯むグレイエッジが見たのは、空中に漂うピンチベックと、自分の腹部に突き刺さるダガーだった。ピンチベックは着地しながら足元の砂埃を払う。

 

「…肝臓は外したか……まぁ良い。」

 

『な、何だ……お前…』

 

ピンチベックは質問には答えず、グレイエッジの腹に刺さったダガーを無造作に蹴り飛ばした!

 

『ぎゃあぁぁあぁッ!?痛でェ!』

 

「私は今とても機嫌が悪くてね…ミストハンド、彼に用がある。」

 

『…ミストハンド…何の用だ……奴は知らない奴には会わないぞ……そういう契約になってるからな…』

 

「…そこの二人目、来ていいぞ。」

 

『……………。』

 

「どうした?分からせるのだろう……?」

 

ピンチベックはグレイエッジの首を掴み、手頃な壁に叩きつける!不幸にもグレイエッジは仮面から覗く彼の目を見てしまった。融けたような不気味な金色が彼を睨んだ。

 

「そうか、準備だな。いやはや……これは済まない事をした!私とした事が配慮に欠けていたな……遠慮せずに準備してくれ!何、私の事は気にしなくて良い、じっくり準備して来なさい!」

 

『た、助け……』

 

「喋っていいなんて一言も言った覚えはない。仲間の集中力を乱すつもりか?」

 

『降参します、許し…』

 

ピンチベックは無言でグレイエッジの首を絞めた。そしてもう一人の冒険者、グレイスピアの方を睨む。

 

「……準備はまだなのか?スケジュールが押しているのだが。」

 

『あの…両手離さないと戦えないんじゃ…』

 

「確かに、御心配ありがとう。」

 

ピンチベックはグレイエッジの足を蹴り転ばせると、首から手を離して地面に叩きつけた。そしてホルスターから銃を取り出し、グレイエッジの頭に突きつける!撃鉄は既に起こしてあり、彼が人差し指を動かすだけでグレイエッジは脳味噌を吐き出すだろう。

 

「これで両手が空いたな。さて、始めようか…」

 

グレイスピアは武器を投げ捨て、地面に頭を擦り付けた。屈辱感は凄まじいが、このままでは仲間が、何より自分が殺されてしまう!後頭部に冷たい重量感がのし掛かり、身体の震えが止まらない。グレイエッジが一太刀すら浴びせられないで負けた。

 

『もうやめて下さい。降参です………ここは退屈で…暇潰しだったんです、もうしませんから…』

 

「…お前のような人間は、私が見逃してもどうせ続けるのだろう?なら開き直って”またします”とでも言えば良いのに……もうしません、改心しました、これからは……反吐が出る。これは更生が必要だな……」

 

『……すいません、金なら払いますから…』

 

「…退屈なら仕事をくれてやる……お前のような屑に向いたスリリングな仕事をな…それで頭を冷やせ。」

 

ピンチベックは瓶を取り出し、中身を布に染み込ませると、グレイスピアの首を絞めながら薬品の染み込んだ布を口にあてがう。しばらく暴れた後、グレイスピアは動かなくなった。

 

『お、お前何をした!何を……』

 

グレイエッジにも同じ事をすると、ピンチベックは二人を黒い袋に包んで、去り際に店の方角に向き直り、深々と頭を下げると馬で何処かに運んで行った……この珍妙かつ不穏な光景を、彼らは窓から眺めていたが…誰一人咎める者は居なかった。

 

 

 

 

 

〜数十分後〜 

 

 

 

『う…ぁぁ……!』

 

まず起きたのはグレイエッジだ。全身の感覚が戻り、見慣れた路地裏の光景を見て酒に酔って見た夢かと思ったが…甘い考えは異物感で吹き飛んだ。首輪だ……

 

『何だ…これ…?』

 

何か嫌な予感がする。あの不気味な小男は何処だ?外そうとしたが、どんな細工があるか分からない…異様に重いのだ。冒険者の動きを阻害する程ではないが、それでも普通の金属ではないような感じがした。

 

『……お、おい相棒、これ何だ?外せないのか?』

 

『分からない……だがこんなふざけた真似をして……』

 

だが、目に入ったものを見て二人は黙った。パイプにワイヤーで吊るされた肉塊が、自分達と同じ首輪をつけているのだ。そして……

 

 

カチ……メリリ……ズブズズズズブ!!

 

 

異様な音と共に、肉塊が首輪から飛び出して来た針に貫かれ、紫色のペーストに変わったのだ!そして、ドロドロに溶けて骨が浮いたペーストに数枚のメモが浮かんでいる。グレイスピアが恐る恐るそれを手に取り、開いてみると……

 

「スリリングな仕事 ページをめくって冒険の旅へ。」

 

と書かれていた。ページをめくると

 

「三つ足狼団の加盟ギルドへ向かえ 着いたら2ページへ。」

 

『これ……どうする?』

 

『やるしか……ねぇだろ。見たかよ、今の……』

 

『でもよ、どうせハッタリだろ、本当に殺す訳な……』

 

 

カチ…

 

 

二人は戦慄した。あの男は何処からか自分達を監視しているのだ……逆らえば全身が腐って死ぬ…彼らに選択肢は無かった…人間ペーストになってしまえば蘇生は不可能。

 

『……やるしかない。俺はまだ死にたくないからな…』

 

『…あぁ……あぁ……』

 

二人は震えながらも歩く。鎖帷子を仕込んだコートで首輪は隠されており、周りが気付く可能性はゼロに等しい。三つ足狼団の加盟ギルド前に着いた……着いてしまった。絶望しながらページを開く。

 

「ミストハンドを探せ。見つけて隣の村まで連れて来い。」

 

『…ミストハンド……奴に何の用があるんだよ、あいつは…ギルド内でも影の薄い奴だぜ……』

 

『……探っても意味ないだろ。とにかく俺達は奴を探すだけだ……でなきゃ俺達は死ぬ。』

 

『何だってこんな事に……クソが!』

 

『おい、そこのあんた……ミストハンド、何処に居るか知らないか?』

 

近くにいた冒険者に話し掛ける。

 

『…ミスト…何故ミストを探す?彼は……今急用とかで出て行ったばかりだぞ…?』

 

『いや…どうしても外せない用事があってな……緊急なんだ。』

 

『東の関所に向かったんじゃないか?奴はいつも取引とかはそこを通って行く……まだ間に合うと思うぜ?』

 

『お、恩に着る!』

 

 

二人はひたすらに走った。何故こんな事をしているのか。自分はただ遊び心でやっただけなのに……彼らはそれが理解出来ないからこんな僻地にいるのだ。全ては繋がっている……もっとも、そんな事を考える余裕すら無かったが…冒険者は覚醒した直後の全能感で道を踏み外す者も多い。

 

『……早くしないと……俺達……』 

 

『無駄口を叩くな!走れ!』

 

胃が重い……キリキリと痛み出す。身体が震える。冒険者の身体能力があれば荒れた道でもスタミナを切らす事はないが、恐怖で息が上がる。あの男の恐ろしい技、そして無慈悲さ。グレイエッジは頭に冷たい銃身を突きつけられた感触を思い出して失禁しそうになった。グレイスピアは自分の後頭部を踏みつける男の侮蔑と憎悪の入り混じった視線を思い出して嘔吐しそうになった。

 

『…あいつ、何処から見てやがるんだ……畜生!』

 

臆病風に吹かれた相棒を叱り飛ばしてはみたものの、グレイスピアの恐怖と困惑は拭えない…許されるなら彼らは手足を振り回して泣き喚いた筈だ。

 

『あぁ……狂ってやがるぜ…』

 

だが相棒の共感は確かにグレイスピアは安堵した…呼吸を整える。あの狂人は誰かなんて事は知らなくて良い、とにかく今の問題はこの忌まわしい首輪を外す事だ。相手も人間、会話は通じたのだ…幾らでもやりようはある。

 

『ハァ……お、おい、あれ!』

 

『よし………まだ運はあるようだな!』

 

二人の必死の走りが目に入ったのか、ミストハンドは慌てて馬を止める。一時の安堵が彼らに齎された……思わず溜息が漏れる。

 

『……どうした二人とも?何故そんな急いでいる?』

 

『ミストハンド…お前に会いたいって人がいるんだよ、確か…』

 

『……?』

 

『確か、そう!メテオリットだ!』

 

メモに書かれていた名前を挙げると、ミストハンドの目つきが変わった。好感触だ!

 

『うむ……しかしな、私は今急ぎの用事があって…街の方で……ほら、”テロリスト騒ぎ”があっただろう。それの残党が暴れていて、どちらを優先すれば良いだろう……分からないな…ここでは回線も悪いし…』

 

『回線…何の話です?』

 

『いや、こちらの話だ……とにかく何の用だ?』

 

『えーと……バンディーアが自治領の拘束を破り暴走。装置の故障が原因と思われる。錯乱状態で暴れている…市民への被害を抑える為に協力して欲しい…バンディーア……ゴーレムか何かの固有名でしょうか?』

 

『……何!?クソ、奴を野放しにすれば間違いなく市街は焼け野原だ…しかも装置と言うのがアドレナリン制御装置だった場合、何人が犠牲になるか分からない……あぁ、あれはゴーレムだよ。ゴーレム…そう、ゴーレムだ……』 

 

『それで…隣の村に討伐部隊を組織して待機しているから、指揮を任せたいと……』

 

『分かった……とにかく頭数が必要だ、君たちも直ぐに来て欲しい!』

 

 

怖い程に上手く行った。しかし、バンディーアとか言う奴はそんなに強いのか?この情報が本当なら、何故自分達に伝令をさせた?わざわざこんなに手の込んだ仕掛けを用意したのには理由がある筈だ……

 

 

 

〜隣の村にて〜

 

 

 

村人は家に閉じこもり、恐怖するしか無かった。突然戒厳令が敷かれ、憲兵隊と冒険者達が村に集結したのだ。水晶の目玉を持つ冒険者が作戦の説明を行なっており、部隊も中堅クラスの冒険者で固められている。

 

『……来ましたか…』

 

『貴方は…確かクラリドンでしたか。』

 

『…焔の塔は民の望む平和そのものだと、我々は考えています。あれは今後の自治領、ひいては世界に平等にあるべきもの。』

 

歯が浮くような台詞……だが堂々とした態度。彼女の上司が居なければ教団の自治領進出は叶わなかった。しかしあの毒虫は生きて、暗殺者の恐怖という名の毒を垂らし続けている……世辞は良い、虫一匹殺せないのか、口から漏れ出しそうになる。全ては欺瞞だ。 

 

『とにかくこの人数であれば、間違いなく奴を倒せます。』

 

 

二人は次のメモを見る。

 

「討伐部隊として出撃し、クラリドン、そしてミストハンドを殺せ。死体は必ず蘇生出来るようにしろ。」

 

 

 

 

 

第48幕 完

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。