ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第49幕 : 不可視の戦争 中編

〜旧市街地〜

 

 

 

 

『……間違いない…このマナ反応…』

 

『あぁ…魔法陣の作成急げ!後方支援を絶やすなよ…!』

 

 

バンディーア討伐の為に集められた多数の冒険者、そこに紛れて指揮官を殺害する。それが彼らに与えられた任務である。まさに命懸けの戦いが始まろうとしていた!作戦開始!

 

バンディーアを食い止める為に、数人の冒険者が殺到する!

 

『フーン!小娘、残念だが家出はお終いだ!このグレートエンチャントで氷漬けにしてくれる!』

 

ストルズが果敢に突撃!パワーは互角、凄まじい筋力のせめぎ合いで地面が割れる!バンディーアの鉄塊めいたガントレットに霜が走る!だがバンディーアもアドレナリンの暴走で巻き返しを図る!この勝負、互いに一歩も譲らず!

 

『お前たち!俺様も巻き込んで構わん!全力で援護せよ!』

 

『了解した!』

 

憲兵隊がクロスボウやロングボウを構え、一斉射撃!冒険者に比べればダメージは落ちるが、チームワークと一発一発にマナの籠った攻撃は脅威だ!バンディーアに有効打を与えた!

 

『ぬぅ!お前たち大義であった!ここから逆転よ!』

 

ストルズは更に踏ん張り、徐々にバンディーアを押し返す!優勢か!?だがそう簡単には行かない!

 

「コヒュウゥゥーッ!!」

 

凄まじい勢いで放たれる六発の赤熱銃弾!ストルズの氷の鎧が一部分だけ溶ける!巨大が仇になり、憲兵隊が事態に気が付かない!そして電磁投げナイフの追撃!ストルズは激しく感電!

 

『なな、何だグワァァァァ!?』

 

グレートエンチャント崩壊!そこにダムダム弾と毒矢の追撃!ストルズは出血と麻痺毒で大きく怯み、一時撤退!

 

『…中々やるじゃないの……』

 

「……慣れているからな。」 

 

『まぁ……貴方に庇ってもらったから、これくらいはやってあげるけど…』

 

 

『…何だと…奴は…奴が何故バンディーアの護衛に!そしてあのエルフは誰だ!クラリドンめ……話が違うではないか!まさか貴様最初から…』

 

『し、知りませんよ!』

 

「これはこれはクラリドン殿……ご無沙汰しております。まさか貴方が手を引いていらしたとは…二重スパイという奴ですかな?私にカラドリウス様を撃たせるとは、徹底していらっしゃる!」

 

『…貴様…謀ったな!何故お前がこの作戦を知っている!』

 

「貴方の斥候から密書を”借り”ましてね……自治領の危機に居ても立ってもいられなくなってしまい…勝手ながら作戦を”改善”させて頂いた次第でございます。」

 

『……斥候の護衛に冒険者までつけて、このザマか…!アルベルトも貴様も、無能にも程があるぞ!』

 

『こ、これは……チッ…今は奴を殺しなさい!話は後で聞きます!』

 

 

『…後で覚悟しろ……奴を捕らえ、バンディーアとその雇われを殺せ!』

 

『彼は自治領を裏切った王国側のスパイです!教団の手柄にはさせません、此方が先に捕らえるのです!』

 

 

 

 

 

 

憲兵隊が、同じ国を護る同志が、ピンチベックに殺到した。ピンチベックは後ずさり……家屋の壁を蹴って加速し、先頭の憲兵の喉を掻き切った。押し寄せる憲兵隊の中から体格の優れた者の懐に飛び込み、ダガーで腎臓の付近を串刺しにする。

 

そのまま憲兵の身体を盾代わりにして飛んで来る矢を防ぎ、ダガーを引き抜くと同時に憲兵を蹴り飛ばし、前方の集団に叩きつけた!勇敢な兵士達の額に冷や汗が浮かぶ。憲兵隊の僅かな混乱で生じた隙に先陣に飛び込み、投げナイフをランダムに投擲する。

 

そして怯んだ兵士の身体を踏み台にして跳躍!踏み台にされた兵士は背骨が砕けて死んだ……ピンチベックは上空でホルスターから拳銃を引き抜き、空中で拳銃を乱射!あっという間に戦場は血の海になった。

 

『同じ人間だ!殺せ!我々も憲兵隊に負けるな!』

 

『クソッ!これ以上陣形維持出来ません!敵は敢えて急所を外してやがる!』

 

教団兵が投げ斧を投擲!だがピンチベックは斧を飛び石代わりにして一気に移動!兵士の首が踏み砕かれ、悲鳴が飛び交う!金色の筋が見えた途端に隣の兵士の手足や首が無くなり、時に空中に放り出された兵士が血煙を撒き散らして死ぬ。当然、ピンチベックも無傷ではないが、まだまだ戦える状態だ。遠くでも破壊音や魔法を詠唱する声が聞こえる。恐らくはコームの私兵冒険者だろう。

 

「……どうした…私の首を取って見せよ!」

 

『お前達下がれ!ここは私にやらせて貰う!ピンチベック、お前はこのギフトブレイズが倒す!』

 

ギフトブレイズ、油断ならぬ強敵。毒の滴る両腕に掴まれれば全身が腐って死ぬだろう……高い脚力を活かした蹴りも要注意だ……

 

「ほう!面白い、このピンチベックに二度も敗れた貴様に倒せるか?その腕を叩き斬り、司祭の口に突き込んで殺してくれる!」

 

ピンチベックの後ろ回し蹴り!だがギフトブレイズは全く同じ動きで相殺!格闘戦はギフトブレイズが上か!?ピンチベックは足を振り抜いた勢いでブーツから針を射出!しかしギフトブレイズはブレーサーで防御!ゼロ距離での火炎放射!

 

『児戯めいた技でこの私が倒せるかぁ!』

 

ピンチベックはマントを翻し防御!火炎放射の終わり際を狙いマント越しに射撃!尖った銃弾がギフトブレイズの肩を切り裂く!

 

「どちらが児戯かな?火炎頼りの雑兵が…」

 

『ぐぅぁ!?やはり出来る…だが簡単に殺せると思うな!』

 

ギフトブレイズは傷を炎で焼き、地面にクレーターが出来る程の踏み込みで加速!ブリッジの姿勢で最初のパンチを回避したピンチベックの下半身を足払いで狙う!足を捉えた!空中に打ち上げてパンチを連打!しかしピンチベックは銃身で辛うじてガード!射撃でパンチの勢いを殺し、銃身でパンチの方向を逸らす!やはり格闘戦では不利なのか!? 

 

「コーッ!ヒュヒューッ!」

 

だがピンチベックは諦めていない!ガードをしながらリロードを何とか完遂、拳銃を乱射して反動で距離を取る!ギフトブレイズは弾丸に阻まれ追撃が出来ない!何たる攻防一体の戦術!

 

『…貴様…教団に降れば妹に会えるのだぞ!?何故迷う!何故抵抗する!』

 

「……貴様らの支配する自治領など、私の、カラドリウス様の生きる世界ではない……貴様らに降るなど、リディアが望んだ私ではない!故に貴様ら教団に連なる者は全て殺す!」

 

『……何という芯の通った狂気…何という忠誠心……!』

 

「…貴様こそ…よくもあのような砂上の楼閣に住み続ける事が出来るな……私に崩される事も分からないか。毒が頭まで達したと見える。」

 

『私は自分の意思でここにいる…祖国の復興の為にな…』

 

ギフトブレイズは面頬から毒の吐息を吐き出す…今までに見た事の無い動き……悍ましい覇気が溢れる。肩の傷口からも毒霧が溢れ、目が輝く!

 

『…殺す事しか覚えなかった貴様に…我が道…破らせはせぬ。来い、貴様の覚悟、見せて貰おう!』

 

ギフトブレイズは緑色に変色した腕を見せつけるように構え、頷いた。ピンチベックもダガーを水平に構え、ギフトブレイズの目を見つめた……両者は殆ど同時に動き、拳から、ダガーから火花を散らす!そしてまた同時に向き直り連撃の応酬!

 

(…腕に無属性エンチャント……厄介だな……)

 

ピンチベックも極度の集中でギフトブレイズの動きを見極め、適切にカウンターと防御を繰り返す。二人がいるのは間違いなく戦場であった。辺りでは実際に激しい戦闘の音が聞こえる。

 

(…強い……場数では奴が上か…メテオリットが疎む訳だな……)

 

だが二人はまるで宇宙にいるかのように、そこに二人しかいないかのように向き合い、ひたすらに火花を散らした。しかしそこに、見かねた憲兵隊からの援護射撃!

 

『フゥ…ハァァーッ!』 「コォォ…ヒュゥーッ!」

 

ピンチベックは飛来するボルトを回し蹴りと斬撃で散らし、ギフトブレイズに向かって残骸を飛ばす!だが緑色の炎が全てを焼き尽くす!

 

「…まだ余裕はあるようだな……同じ炎使いでも、アーソニストとは雲泥の差よ…あれは手負いを寝込みに遅った上で敗れた一芸止まりの浅ましい犬……」

 

『そうか貴様が…中々見込みのある少年だったが、貴様、道理で強い訳だ。アイアンクロス、バンディーア、そして…』

 

「いつまで続くのだ、この無駄話は。死人に口なし、と言う諺を知らぬと見える……殺してやろう…無様に泣き叫び、臓物を吐き出して許しを請え。それが彼女への弔いになる…」

 

『…仇か。私は…』

 

 

次の瞬間にはもう二人は息がかかる距離まで接近し、瞬間移動めいた高速殺人ラリーを再開していた。もし二人の間に動物を放り込めばまず間違いなくミンチになるだろう。

 

 

〜一方その頃〜

 

 

 

『ウォォーッ!』

 

冒険者になった時は、自分が世界の王になったつもりだった。今までは冒険者なんて、ちょっと人より魔法が使えるだけだと思っていた…なのに……

 

『ハイヤァーッ!』

 

なのに、何故自分は殺し合いをしているのだろうか。ありふれた若年労働者からギャングチームに転向、組織の崩壊に乗じて大金を盗み出し、それを元手に装備を揃え……自分なりに、他人に頼らず一人で生きて来た筈だった。

 

『雇われが……調子に乗るからですよ……』

 

クラリドンの背中には刀傷が刻まれていた。だが浅い…グレイスピアは操り人形にされ、自分を殺そうとしている。手が震えた。頼れる相手は……彼にはいない。信頼出来る相棒も、今は自分を殺す為に槍を振るう。

 

『殺せ!殺すのです!』

 

速い!クラリドンは彼の精神に介入し、肉体のリミッターを外している!このままでは共倒れだ!グレイエッジは何とか彼を救い出す算段を考えるが、殺人的な槍術に阻まれクラリドンを倒す事は困難、捨身で向かえばチャンスはあるだろうが、いきなり精神介入が遮断された場合のフィードバックが無いとも限らない。

 

『…おい……俺はあの男から一緒に逃げ出すぞ……』

 

だがグレイエッジに彼を見捨てる選択肢は無かった。父は酒浸り、母は教え子と駆け落ち、手元には金だけ。冒険者になる前から武闘派の用心棒として鳴らしてはいたが、冒険者同士の戦闘は不慣れ。しかも軍刀は折れ、手元にあるのは間に合わせのロングソード。

 

思えば小さい頃から金には不自由しなかったが、彼を指導する立場の親が居なかった為に数々の素行不良で左遷。自分でも分かるほど惨めだった。だからこそ、似た境遇のグレイスピアを見捨てておけなかった。

 

『お前は…お前はどうなんだよ……俺たち、ここで終わっていい筈無いだろ。』

 

『下らない感傷を止めろ!』

 

いや、一つだけある。気を込めた一撃で精神を一時的にクリアにする技…“気付け”なら……クラリドンに対して最初に不意打ちを決めた時、あの男のような覇気や強い殺気は感じなかった…敵はあの洗脳能力だけに絞って鍛えている。

 

『行け!其奴の下らぬ人生を今すぐ終わらせろ!』

 

グレイスピアは大地を蹴り身体ごと槍を回転させ、紫色の瘴気を放つ槍で加速攻撃!だがグレイエッジはロングソードを投げ捨て、両拳を突き出す!今までの人生を場当たりで流されて来たとは思えない、確かな覚悟。悲観や諦観は無く、ただ仲間を見据える……

 

『カァァァァーッ!!』

 

目を見開き、拳に光を集中させる!まずは敵の直線的な動きを見切り、自分の背後に突き刺さったロングソードを、蹴る!槍はグレイエッジの肩から腕を一気に切り裂く!激痛に顔が歪む。しかし両拳をグレイスピアの顔面に叩きつけた!グレイスピアの虚ろな目に光が戻る!

 

『なぁぁああああ…馬鹿な……頭が痛いぃ!!』

 

そして極度の集中により魔術を維持していたクラリドンの水晶の目に激しいノイズが走り、耳や目から出血!相手を弱敵とした慢心が仇となった!

 

『ぃい…今だ!やれぇ!スピア!やれぇえ!』

 

グレイスピアは相棒の叫びを聞き、反射的に鋭い薙ぎ払い!輝く刃先がクラリドンを捉えた!骨を断ち切る感触を確かめながら一閃!足が吹き飛ぶ!グレイエッジもロングソードを投げ、空中に浮いたクラリドンを貫く!

 

『そんな…そんな……こんな……被支配階層に…私が……』

 

『俺たちの…勝ちだよ…』

 

『…クソが…全く…心配かけやがる。』

 

クラリドンは死んだ。だが、グレイエッジは倒れた…腕から毒が侵入し、死んだ。だが蘇生出来る範囲……迂闊だった。自分が初撃を外してさえいなければ、防げた犠牲だった。今や霧が立ち込め、ミストハンドを探すのは困難。グレイスピアも無傷ではない……身体中が痛む。激しい戦闘を無意識下に繰り広げ、肉体を酷使した代償だ。

 

『俺は…俺達は……まだ、諦める訳には……!ここで終わる訳にはぁ!』

 

だが、やり残した事がある。ミストハンドを倒す…意識は朦朧とし、足はふらつき、筋肉痛が全身を襲う。屍鬼めいて正気の無い目で辺りを見回す。自分達は後陣に控えていたとはいえ、前線の混乱で辺りはパニックである。ただひたすらにミストハンドを探す。どちらが優勢かさえ分からない。

 

『成程…クラリドンが死んだか……この霧の中だ、下手人は特定出来んが、恐らくはピンチベックとかいう手練れの兵か、それとも成金趣味の傭兵か……あの子を放って置く訳にも行かん。』

 

ミストハンドは自身を霧で巧妙に隠し、戦場へ向かう。憲兵の背後を捉え、一瞬で首をもいだ。首だけになった憲兵の口が徐々に開き、間抜けな驚き顔を浮かべる。

 

 

ミストハンドの白装束が渦を巻き、動きやすい形状に変形した。目は白く発光し、脱色したように白い長髪をフードから覗かせ、霧はミストハンドの身体を守るように収束する。

 

『そろそろ政治屋にはお引き取り願おう…自治領の内輪揉めに構っていては千年王国など夢のまた夢……骨は拾ってやる……残っていればなぁ!』

 

 

 

 

第49幕 完

 

 

 


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