ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第50.5幕

カチャ…カチャ……

 

 

「ヒールポーションを。これで内臓が繋がる。」

 

『……ったく、コレ、正教の奴なら多分破門だぞ……下手したら打ち首かもな……』

 

「…神を信じているのか?では何故あのような所業を行った教団がのうのうと生きている?」

 

『まぁ、教え自体は信じてる…俺の場合は手段を選ばないがな。自由に出来んのよ、あのルールでは…立派だとは思うが、あれでは助けられる人間に限界がある。』

 

「……奇遇だな。私もそうだ…だが私の知る最も敬虔な人物は一番最初に死んだよ…よし、手足を縫え。」

 

『…………裁縫は得意だがよ…まぁ傷口の応急処置くらいはやった事ある…任せておけ。』

 

「……培養した筋肉は何処に置いたか…臓器の移植は私がやる。」

 

『しかし…この内臓、何処から持って来たんだよお前……まだ新しいぞ…心臓に至ってはまだ動いてる…しかもお前、帰って来た時は歯が半分くらい駄目になってた筈だぜ…』

 

「……話に時間を割くと指が凍りそうだ、早く終わらせるぞ。」

 

『しかし寒いな此処…』

 

「………悪いが内部の人間は信用出来ん。本来なら冷房設備のある施設を使うべきだが…まさか放棄された魚市場の冷蔵室、その地下深くでこんな事をやっているとは誰も思わない筈だ。」

 

『…冗談キツいぜ。マニュアルは何処まで進んだ?次のページをめくってくれ、こっちは片付いた。』

 

「……神経接続は…よし、挿絵の通りになったな。次は消化器官の確認だ…」

 

『…問題ない。いや、大問題だがな……貴重な体験ではあるが…二度とやりたくないな、これは…こういう仕事を続けてるのは素直に尊敬する………』

 

「……よし、腹を閉じるぞ。」

 

『………あぁ…しかし何だ、この感触には慣れたくないもんだな。祭りの七面鳥のようには行かんな……』

 

「中々良い例えだな…皮肉も効いている……正教の信徒なら祝いの日に必ず食べる物だからな。」

 

『文字通り皮と肉を………うぇ、もうダメだ、悪いが後は任せた……』

 

「…本当に済まん、埋め合わせは必ずする。」

 

『……地下闘技場……昨日はアヴァ商会の出場者を5人病院送りにしてやった。お前も近いうちに出場しろ……そういう話になってる…VIP席で待ってるぞ…仕事がない時は大体そこで暇を潰してるからよ。』

 

 

 

 

「……善処する。」

 

『……期待しないで待ってるぜ……』 

 

 

 

 

奴は底の知れない男だと、分かってはいた。別に奴を責める訳じゃあない……チッ……家族かよ………何で俺は奴と同じような境遇なのに、また声を掛けてやれなかった!あの時も、俺がリディアを止めてさえいれば、今頃奴は……

 

『クソがぁ!』

 

ストゥーピストは拳を握りしめ、海を見ながら錆びた安全柵を殴りつけた…柵が歪に折れ曲がる。

 

『何で…何で俺は……あの娘を行かせちまったんだ!』

 

結局、家族がいた奴が妬ましいだけじゃなかったのか?結局、いい事がしたいだけ…自己満足ではなかったか?結果的に二人を引き裂く結果に終わった。せめて会わせてやりたいと思ったのが間違いだった。

 

『……一番救いたい奴が…目の前の奴が…中々救えないんだよ……』

 

それ見た事か。空の上にいるゼウスやオーディンがそう言っているような気がした……あの男はいつも以上に感情が摩耗していた。理由は分からない…あの裏切り者の魔族…クラリドンとか言ったか。そいつに思い入れがあったのか、それとも真相に辿り着き、目的を失う事が怖いのか………だが下手に切り込めば奴は間違いなく心を閉ざす。

 

 

「……終わった…蘇生魔法を頼む。終わったら君は戻って欲しい…私は彼女と”話”をする必要がある。報酬は今日中に口座に振り込んでおく。」

 

 

ストゥーピストは腕を突き出し、鋭く心臓を一突き!止まっていた心臓が再び動き出す!

 

『うぉ……マジで動いたぞ…!流石に丸一日使って作業しただけはあるな……』

 

「おっと、忘れていた。」

 

ピンチベックはクラリドンの首筋に素早く鎮静剤を打ち込み、布で包むと手際よく金属繊維を編み込んだ細縄で彼女の身体を縛り付ける。

 

『……色々とすげぇな……鎮静剤打ってから縛るまで10秒くらいか?』

 

「これくらいしか能がないのでな。いや、本当に助かった……」

 

『………あ、あぁ。ここから先は企業秘密って奴か…分かった!じゃあな、お疲れさん!』

 

「あぁ、良い休日を。」

 

 

 

「………この指輪……リディアの物ではないが、似てはいるな……。何故此奴が持っている?奴等、リディアを攫ったのは指輪の為か?」

 

ピンチベックは指輪を填める…だが何も起きない。次はクラリドンの手に填めてみた……すると…指輪の刻印の色が変わった。直ぐに指輪を外そうとするが、浅く填めた筈の指輪が外れない。やむを得ずクラリドンの指を切断し、指輪を外すと再び治癒魔法で指を素早く付け直す。

 

「…成程…俗に言う選ばれし者という訳か……全く……馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい……こんな…こんな指輪一つの為に、リディアは……シスターは……私は……」

 

歪んだ穴だらけの仮面から、一粒の血混じりの涙が垂れる。乱杭歯を鳴らし、拳を握りしめる…焦ってはいない。リディアは奇跡とやらを起こす…利用価値がある以上、直ちに害される心配はないだろう。

 

「…だが……この指輪で何をするのだ?奴等の聖書とやらは読んだが、焔の塔が何らかの遺物だとして……平和を齎す…抑止力か、それとも大掛かりな洗脳装置か何かか?」

 

『…中々ええ考察やな!』

 

「……何だ貴方か…どうした?場所代は払った筈だが。」

 

『……その指輪……なんや妹さんが着けてたんと似てるな…』

 

「…あぁ…この愚か者が填めていた、材質が全く分からん。合金の類だろうが、こんな質感の金属は見た事が無い。」

 

『ちょっと見せてな……うーん…この前鍛冶屋の兄ちゃんが見せてくれたマシーンと同じ匂いがする……多分旧時代の物だが……詳しくは分からん。』

 

「クラリドンが填めていた時はこの刻印が…赤色に光っていた。」

 

『……光…特定の人間に反応したとなると、”でぃーえぬえー”とかいう……まぁこの手の話はカラドリウスやお前の方が詳しいやろ?』

 

「…あぁ…顔の違い、肌の色、血液型、知能指数、障害の有無、才能の方向性、思考回路、趣味趣向、性格…その多くが決まる……まぁ私が言っても説得力はないだろうが。」

 

『…否定が出来ないのがまた……お前は悪くないのになぁ……』

 

「私は紛れもない悪人だ。個人の事情など知らず、何人もの人間を葬った。きっと私は周りが憎いのだ。妬ましいのだ……」

 

『……それは人間なら別に何もおかしくないと思うけどな……?』

 

「………あぁ…別にこの仕事に不満は無い。だが責任ある役目を自分のような人間が担当していいのか…今までは守る物など無かった。だから奪えた。だが…」

 

『……今は仲間が出来た。』

 

「……あぁ…だが、私はその仲間を疑ってしまった。馬鹿な話だ……彼は私がいつか気づいてくれると信じていた筈なのに……何故そこまでするのかと疑っていた………そして……最悪の形でそれが分かってしまった。」

 

『…アイツ…確かにあそこまでするのは凄い事やな……でもお前がそれだけ奴にとって大きい存在って事ちゃう?』

 

「……私に何を求めているのか……こんな…こんな私に……どう見ても合わないタイプだろう……」

 

『…確かにな……でも自分と別種の人間と付き合うのって楽しいで?』

 

「…そんなものだろうか……仮に彼が私の所業を知ったとして、私の側にいるだろうか?外見も、内面すらも醜い私を……この行為に愉悦めいた感情すら抱いている私を……彼が信じているのは、彼の中の私だ……彼の理想に過ぎん……」

 

『……そうやって他人を遠ざけるのはお前の悪い癖……直せとは言わん、だがもう少し良い方向に考えた方がええな……難しいのは承知の上やが、必要な事や……』

 

「…良い方向か……だが彼が望んでも、私と共に居れば必ず危険が付き纏う。」

 

『……でも自分、強いやん?だったら自分で護ればええんちゃう?』

 

「…護る……か……この血に汚れた手で、何が護れるのだ?逆に教えて欲しいものだ。」

 

『……もう、護って来た筈や…それが分からんとは、余程疲れとるみたいやなぁ。よし、この……この、これは………まだかいな……』

 

 

 

 

その時、ポータブル水晶玉から召集要請を暗示する紫色の光が!

 

 

 

 

『おーーっとぉ!?いや、ナイスタイミングやなぁ!ウチと、お前に召集命令やぁ!!これは早く行かなアカンでぇ!?敵もこんな辺鄙な場所に仲間の死体があると思わんし、何よりここら一帯にはマナ干渉波発生装置で水晶レーダーを無効化する仕掛けが”偶然”あるのよなぁ!今誰も居なくなっても分からんだろうし、更に”偶然”この辺りにウチの私兵が研修で宿泊してるんよなぁ!!』

 

「……少しは隠したらどうだ。」

 

『生憎お前に対しての嘘は金にならん。とにかく行くで!明日はウチと戦ってもらうんやから!それにお前にはまだやってもらわなアカン事が山積みや!』

 

「待ってくれ、武器の準備を……」

 

『早く済ませな置いて行くで!』

 

「取り敢えず麻酔を増やしておくか……何処へ行く?」

 

『……夜飯を食いに行くんや……まだやろ?今行けば丁度ええ、全部ウチの奢りや!』

 

「…誰が来る?」

 

『…全員や。ウチの商談もある、護衛してくれ……』

 

「しかし…誰と商談をする?」

 

『……バスカールや…最近お前の始末に失敗した奴等のリーダー…』

 

「……爆発物や毒の類を持って来た方が良さそうだな、直ぐに乗り捨てられる馬の手配も……」

 

『待て待て!早まるな!暗殺やない、護衛やって!本当に健全な話!まぁ……奴等の株主を大損させる算段ではあるが…合法的な奴!』

 

「成程、ではサラダに生きた蠍を混ぜて……いや、ステーキに火が通っていなかったのだ……それかシャンデリアの留め具が緩んでいた……」

 

『だから違ぁう!事故死もダメやから!今回は合法的に決着を付けるさかい、バスカールが変な気を起こしたり、教団が襲って来るかも分からないから護衛しろって話や!』

 

「……分かった。だが武器は持って行く……服などを用意する必要は?貴女に恥をかかせる訳にはいかない。」

 

『いや、金の刺繍も銀のボタンも、白磁の仮面も要らん。居るのはオリハルコンのダガーと黒鉄の艶消しリボルバー、投げナイフだけや。』

 

「成程、随分とカジュアルなパーティーのようだ。香水の瓶に硫酸、それから弾帯のベルトも必要か?」

 

『…いいか、舐められないのが重要や……ウチが小指を上に挙げるだけでバスカールの仲間を皆殺しに出来ると向こうに思わせるくらいには威圧したれ!』

 

「……了解した。既にパーティーの準備は出来ている……だが食事はどちらが用意するのだ?」

 

『……両方やな……別にウチらだけやない、この業界の人間は割と参加する……下手な真似はせんやろ……無関係な料理人が大半や。美味いで?』

 

「…分かった。では行きましょうか、プリンセス。」

 

『お前のプリンセスは別にいるやろ?浮気はアカンて。』

 

「…………?」

 

『……自分、よく鈍感って言われるやろ……そういう所やぞ……』

 

「…気を悪くしたなら謝罪しよう。柄にもなく冗談を言ったのも反省する、申し訳ない。」

 

『まぁ何でアイツが気に入ってるか、何となくは分かったわ。よし、出発や!』

 

 

 

 

 

 

第50.5幕 完

 


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