ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第51幕 : 陰謀の狂宴 前編

「……ここが会場か……”客”という立場でこういった場所に来るのは初めてだな。」

 

『僕は一応慣れてるけど…でも嫌なんだよね……』

 

『全く、羨ましい限りだなお前は……まさか待ち合わせ場所で既に女に絡まれてるとは思わかったぜ…仮にも金持ちの割に見境ないねぇ…』

 

『……森に篭ってるタイプのエルフみたいやし婚期逃してたんやろ…ウチも早い所旦那探さんと、あんな狡い真似する事になるんかな……』

 

「…私には文字通り縁の無い話か…今日は食事に来たのだ、さっさと社交辞令を済ませて敵の腹を探るぞ……」

 

『……お前が腹を探るとか言うと物騒なんだよな……まぁ良い、馬車代の元くらいは取るさ。』

 

「…別に関係を修復する訳でもない。カラドリウス様が殺せと言うなら殺す。殺すなと言うなら黙っている。」

 

『……緊張してる?』

 

「……こういった場所での荒事は慣れているが、食事をする側になるのは初めてだ…私は常に緊張感を持って任務に当たっている。」

 

『まぁそう緊張するな、俺も何回か行った事がある…要はナメられないようにすればいいんだよ。背筋を伸ばして歩く…で、質問にはハッキリ答える…でかい声でな。それで大抵の奴は俺を見てビビるか尊敬する。』

 

「そういうものか…努力はしよう。」

 

『じゃ、開けるよー……』

 

 

ペラドンナは丁寧に扉をノック、門番に招待状を見せ華麗に挨拶するとスムーズに仲間を紹介し、滑らかに一礼して豪邸に侵入した。

 

 

 

『すげぇな…俺は入るまでに一分掛かったが、こいつ15秒で終わらせたよ……』

 

「貴族の堅苦しい礼節とやらはよく分からないが、彼の作法が完璧なのは理解した。この中で貴族出身者は彼だけだが……貴族は皆これが出来るのか?」

 

『……いや…多分ここまで出来る奴は少ないな…最初に会った時も身なりが良いからどこぞの貴族かと思ったが…こいつは予想以上だぜ…』

 

「それでいて人格的素質と能力にも優れるとは……全く、羨ましい限りだな。」

 

 

『…………皆、早く行こう…?』

 

「…あぁ、悪いな……さて、何が出て来るか…マナーなどは予め勉強してきたが……何か気を付ける事はあるか?例えば、食べる順番だとか…」

 

『別に今回は貴族以外の人もいるから、気にしなくていいと思うよ♡』

 

「そうか…分かった…ありがとう…。」

 

『…緊張してるね?君のそういう真面目な所、僕は気に入ってるんだけど?』

 

「………だが私の真似はするな…君こそ、私が蘇生した際にこの計画から抜ける事も出来た筈だ。蘇生したのだから遺言では無くなった……何故それをしなかった?」

 

『……だって君のたった一人の家族でしょ?助けるに決まってる。』

 

「………やれやれ、私には真似出来んな……君のような息子を持った御両親もさぞ鼻が高いだろう……家族と話はしているか?」

 

『うん!今度ローデリウス君に会ってみたいってさ!兄弟も沢山いて……あぁ、今度君を連れて行くよ。』

 

「…………そうか……それは……嬉しい限りだ。」

 

 

 

『お、おい……奴は…』

 

「良い、私を思いやった上での言動だ、あまり咎めてやるな。それにペラドンナには私の両親が死んでいる事は隠してある、私の落ち度だ……私のな…」

 

『お、おぅ…だが……無理するなよ。』

 

「…承知した……」

 

 

 

 

 

通された席につき、暫くすると男が壇上に立つ。バスカールだ。実年齢は50歳近い筈だが、髪は鮮やかな黄金を保ち、顔の皺も驚くほど少ない。これも教団の技術だろうか?バスカールは声を張り上げる。

 

 

『どうも皆さん…いつもお世話になっております!今回のメインはあくまで商談ですが…是非食事も楽しんで頂きたい!今日の為に私の行きつけのレストランからシェフを呼んでいます!勿論、事前に伝えた通り代金はいりません。食べたい物が無い?この場で作らせましょう!材料も一通り準備しています!そしてビール、ワインも完備!』

 

 

『よっ!お大尽!』

 

ストゥーピストの声をきっかけに拍手が響き渡る。実際の所、娯楽目当てで来ている資産家や貴族も多いのだろう。きつい礼服を着ずに済むのも幸いしたのか、幾分か穏やかな空気が流れている。

 

『おっと、そこの彼、まだまだ驚くのは早いですよ!今回は商会傘下の娯楽施設から…なんと100人!様々な種族の女性を用意致しました!おっと……要望があればそれに会った子を個別にご用意致します!』

 

『マジ!?』

 

『この高級温泉旅館は皆さんの貸し切りだ!防音設備もバッチリ!是非最終日まで飲んで、食べて、泳いで、騒いで下さい!』

 

 

「……一体、この取るに足らん茶番に幾ら掛かっているのだ。王国貴族がいるという事は王国の税金も使っているのか?」

 

『ハーハハハハァーッ!今の聞いたかよ!酒も飲み放題、飯も女も食い放題だ!しかもこれで給料が出るとはなぁ!』

 

『まぁ…今日くらいはさ…ね?』

 

「………だが任務は忘れるな。この食事形態で毒はあり得ないだろうが、毒物検査キットと護身用の武器くらいは常に携帯しておけ。」

 

『…分かっとる。だがこいつらはそんな迂闊はせえへん…お前も力み過ぎると逆に危ないで?』

 

「……用心するに越した事は無い。今見て回った限りでは自治領の議員もいるようだ。確定では無いが、背格好に見覚えのある者もちらほら……出来るものなら証拠を押さえて追求したいが…どうにか芋蔓で裏切り者を炙り出せないものか…」

 

『よし皆、飯に何があるか調査や!これは任務やで!』

 

「…何と緊張感の無い事か…私はあの方が峠を越えたと本人の口から聞いてやっと冷静に……」

 

コームはピンチベックの目の前に小さな機械を差し出す。

 

『心配させてしまい申し訳ありません…私は大丈夫です。』

 

「なッ!?」

 

『ふふっ…びっくりしました?貴方には助けられてばかりです…今回は任務もそうですが、久しぶりに楽しんで見ては?』

 

「……貴女様がそう仰るなら仕方ありません…努力はします。」

 

『はいはい、無理をしてはいけませんよ?ちゃんと肉と野菜、魚をバランスよく食べて、締めは暖かいものにし、デザートは食べすぎない事!生ものもほどほどにして下さい。それから一日に最低5時間は寝るのですよ!』

 

「…はっ!して、体調の方は如何ですか!」

 

『貴方が急所を外してくれたおかげで、背中の傷以外完璧に治りましたよ…しかし次の脱皮は少々骨が折れそうです……その…帰って来たら、手伝って頂けますか…?』

 

「……挽回の機会を与えて下さった事、感謝します。無論、手伝わせて頂きたく存じます。」

 

『…ありがとう…ザザザ…あれ…もうザザ…間で……ザザ……申し訳……ザザザザザ……ではまた…ザザザ……』

 

『おっと、そろそろ回線カモフラージュが消える時間やね。安心せい、あと数十分後、また連絡出来る。』

 

「…話には聞いていたが、それで本当に人の声を聞けるのか。監視システムに転用すれば、不敬罪で一斉検挙……何故旧時代の文明が滅んだのか、分かった気がするな。」

 

『……あぁ…これだけは幾ら金になっても売る訳にはいかんな…全て終わった後、教団から盗んだ技術は全部棄てるつもりや…さ、飯や飯!』

 

「…あぁ。」

 

 

(……この時代に存在自体が許されないとは…まるで私だな…だがそれで良いのやも知れん。)

 

『お前また難しい事考えとるやろ?』

 

「……否定はしない。」

 

 

この場には自分達以外の冒険者も大勢いる……上流階級の人間ばかりの集まり故、手練れも複数人…末端に至っては何十人といるだろう。最近はマナ適性者も増え、各地のギルドでも構成員の質の低下が課題になっているという……マナ適性者による事件も増加傾向にある。

 

『あれはヴォーパリスト……向こうのは…ビーハイヴか。中々の面子やなぁ。』

 

「……有名なのかはさておき…実力者の気配は多数。火種さえあれば大爆発だな。」

 

『つまりここに居る奴等と決闘すれば…どれだけ箔が付くか楽しみだなぁ!』

 

「目立つのは避けろ…と言いたい所だが…売られた喧嘩は買え。敵側に回る可能性がある戦力は事前に把握しておきたい。なるべく強そうな者を狙え……可能なら骨の一本でも折っておく事だ。」

 

『…全く、お前さんは性格が良いのか悪いのか……まぁ俺は暴れられれば何でも良いんだがな。やってやろうじゃねぇか!お前さんはピッタリの相手を雇ったな!』

 

巨大な部屋一面に広がる料理の山に群衆が群がる。だが無作法な酔漢や走り回る子供は居ない。大衆向けレストランとは格が違うのだ!

 

『……あっ!珍しいのが……これ、実家のパーティーで食べた事ある奴だ!』

 

『………何だこれ……?何で近くに割れた栗が飾ってある?』

 

 

『…雲丹も知らないとはな…全く、面白い人だ。』

 

貴族らしい少年が皮肉る。だが次の瞬間、ピンチベックが僅か数センチの距離まで接近!首を傾げながら仮面の下で目を見開く!

 

「ムッシュ…失礼ですが、貴方は勘違いをされていらっしゃる……この方が仰っているのはだな、”この内陸部にこの鮮度で雲丹を運び込むのは大変な事だろう、信じられない”という意味のジョークだ。この方は大変賢い方、おいそれと疑問など口には出しません……何故なら元より疑問など無いのですから。」

 

『ひ、ひぃっ!そ、そうであったか……これは失礼をしたな。で、では!』

 

少年はピンチベックに背中を向け逃げるように去っていった。仲間のミスを敵の失策へと繋げる、卓越した話術だ!これに殺気が合わされば、大抵の一般人では成す術が無い!

 

「子供の浅知恵ではこの程度よな…いい薬になるだろう。」

 

『俺とした事が……悪いな、全部タダじゃなきゃ一杯奢ってやる所なんだが……』

 

「問題にはならん。これで親が怒鳴り込んでくるようであれば護衛に決闘を申し込んでやれ。ああいう手合いはプライドを傷つけるに限る。」

 

 

『…お前……今のごっつカッコええなぁ!久しぶりに胸がスッキリしたで!』

 

『………物理的に?』

 

『喧しい!ウチだってもっと欲しいわ!まぁモンスターと戦う分にはこっちの方が邪魔にならんから、一長一短やな……それに……』

 

コームはピンチベックの冷たい仮面を見て、それ以上は何も言わなかった。……外見の話は控えた方が良いだろう。ストゥーピストも空気を察して黙る。

 

「……私はあまり腹が減っていない。食事は後にしよう……」

 

しまった。彼に気を遣わせてしまっただろうか?……迂闊だった。彼の心の傷を舐めていた。そう簡単に塞がるものではない。自分だってそうだった筈なのに。

 

『…いや、ウチはそんなつもりで言った訳やなくて……』

 

「………済まない。」

 

 

ピンチベックは素早く身を屈め、人混みの中を高速移動!服の裾にすら触れない巧みな足捌き!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コヒューッ!」

 

そして鉤付きロープをカーブ投擲!何かを絡め取り、一気に引き寄せる!黒い棒状の物体……そう、鞭である!

 

『な!?貴方は!』

 

「家庭内の問題に手を出す形になってしまい申し訳ない……どうかその辺りで御勘弁願えないだろうか。」

 

『い、いや!貴方が許しても私が許しません!あのような無礼を!貴族として罰せねば!』

 

「……このような集まりで、このような無粋な真似、何より貴方様の御手が汚れましょう……それに、彼に必要なのは痛みではない。」

 

『な、何で僕を庇うんだよ……失礼だっただろ!』

 

「……しかし誰かを殴った訳でも、誰かが精神を病んだ訳でもない……先程私の方でも注意しました…勝手にね。失礼はお互い様です。」

 

『…何と!しかし……』

 

ピンチベックは右腕を見せた。無傷の培養された腕……の、筈だった。あれから然程傷を受けていなかった筈の右腕には、夥しい数の火傷や傷が広がっていた。彼の本来の腕を、憎悪を、痛みを、アブホースが”復元”しているのだ。病的に白い肌を、グロテスクな模様が彩る。

 

「不快な思いをさせてしまい、申し訳ない……これは、私の父がやりました。一度暴力の渦に嵌れば、抜け出すのは不可能……それに、貴方はいずれ後悔する。」

 

『……おぉ…何と……』

 

先程の微弱なマナは、間違いなくこの少年のものだろう……誰も気付いていない。あと一年もすれば、少年は強大な力を得る。そして強大な力の矛先は、いつも憎しみへと向く。今まで無機質に”処分”して来た命の中には、そういった人間も大勢居た。

 

『……その痛みが、どうか報われますように……』

 

まだ若い父親は、十字架のペンダントを握りしめた。

 

「……ではこれで……」

 

たまには、正義の味方の真似事も悪くない。血に塗れたこの手で、誰かを救えるだろうか。ガントレットを付け直しながら、仮面の下で強張った笑顔を作ろうと試みる…だが、唇の震えが止まらなかった。父親を思い出したのだ。あの最低の屑を。

 

 

『……その…ありがとう…その首飾り……父上と似ているな……貴方も正教の信徒なのか?』

 

「…信徒だった……魔法も奇蹟も使えん単なる半端者よ…」

 

『……奇蹟なら、もう使えるでしょ?』

 

 

 

 

「………随分と詩的だな……私は見苦しいから辞めさせただけだ。あのような物を見せられては、私も余り気分が良くないのでな。」

 

『それが君の本性さ……謙遜も過ぎると、卑屈に見えるよ?』

 

「……馬鹿を言え。今まで私がやって来た事を見て、私が何故そこまで善人に映る?最早戻れないのだ、私は。」

 

『……そう?少しは自慢してもいいんだけど…彼を助けたのは事実だし。』

 

「………この感傷は捨てる。捨てて見せる。」

 

 

ピンチベックはそのまま人混みに紛れ、消えていった。感情を押し殺した声で、最後の一言を放った。

 

 

 

 

 

第51幕 : 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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