『……えーと…予定では暫く後にトーナメントやな。明日に決勝戦か……』
「待った、泊まりだと今日聞いたんだが……」
『まぁそれだと君、絶対行かないでしょ?一応エントリーは済ませてあるから……あ、これ美味しいよ!』
「………そうだな…」
『…どうしたの?元気ないけど……』
「…もし、私が敵として出て来たら、君はどうする?」
それが単なる疑問…彼なりの好奇心の類だったのか、それとも何らかの打算や計画があるのかは分からない。表情は窺い知れないし、何より声のトーンは驚く程無感情だったからだ。
「私に便宜を図るのか…それとも完全に叩き潰すか?」
『……そうだな……やっぱり、真剣勝負って楽しいからさ、僕は君と本気で戦いたいな!』
「そうか。それが聞けて良かった……やはり私には真似出来んな。」
『…いや、僕もまだまだだよ……それに真似しなくても、君は優しいし、何より芯が通ってるからね!僕はそこが気に入ってる。』
「……全く、嬉しい限りだ…そろそろか……準備してこよう。」
『……来たか。正直、貴方を試すような真似はしたくない……だが決まりは決まりだ……分かってくれ。』
『…分かっている。』
『この毒を奴に撃ち込め。アレルギーに似た症状で死ぬ。』
『……了解した。』
金髪の女性はローブの男を一瞥すると霧めいて揺れ、消えた。読者の皆さんに冒険者並みの動体視力があれば、彼女が高速で移動し、残像が半ば幻覚めいた錯覚を見せたのだ!
『では始めよう、良い余興だ……食後の運動には丁度良い。』
ローブの男は木人に向かって無気力に腕を翳す。一瞬で、本当に一瞬で返し付き投げナイフが木人に突き刺さる。男は自分の高い技術を何ら気に留めずマントを翻すと、音も無く走り去った。金髪の女性と同程度、つまりかなり高水準の実力者である。
『シュシューッ!お前が新しい仲間か!中々強そうだ!精々この俺を引き立てて見せろ!』
『……二人とも、手筈は分かっているな?タングステン殿はこの作戦に期待しておられる。指輪を、鍵を何とでも取り戻し、今度こそ理想世界の実現を完遂するのだ!』
『そう!今度こそだ!我々は敗けから何も学ばぬ負け犬ではない!』
『……ユージェニック、そしてバンディーアが戻った今、勝ちは目前。理想郷も現実味を帯びて来たな……誰もが王となる世界か……』
〜一方その頃〜
『しかし決闘を申し込む必要が無くなるとはなぁ!ハーハハハァ!まぁ雑魚を選んで喧嘩売れなくなったのはキツいが……貴族や金持ちの下らん礼節とやらに付き合わなくて済んだのはデカいぜ!あの親父も中々粋な真似をする……まさか賞金付きで闘技場を始めるとはな。』
『…私も同感だなァ……しかしここで君を倒せば王国領での仕事も増えると言うものだ!』
ストゥーピストの正面に立つ黄色い鎧のずんぐりとした男はビーハイヴ。彼の獲物はアダマント製のウィングドスピアだが……彼自身も只ならぬオーラを放っている。紛れもない手練れである!
『よし皆……準備は出来ているな……』
(何をしている……?まさか外野に仲間が!?)
『先手必勝!全軍突撃!しかしA小隊のみ分散!フットボールフィッシュで行くぞ!』
ビーハイヴの鎧、その隙間から……おぉ、何という恐怖光景か!大量の殺人蜂が生じ、ストゥーピストを狙う!ビーハイヴ自身も薙刀でリーチ外からの攻撃で連携を狙う!
『おいマジかマジかマジか!観客映えを狙い過ぎだろ!』
だがストゥーピスト強い!風のエンチャントと同時に真空波で蜂の群れを牽制!残る蜂も背後を狙うが風で狙いを外す!この勝負、互いに譲らずだ!
〜更にその頃〜
『初めまして……僕はスワッシュバックラーです。君は?』
スワッシュバックラー……今はそう名乗る中性的な男性は禍々しいフルーレを抜く!先端から雷が迸り、凄まじいマナが大気を満たす!
『……ワークレイフィッシュだ。かなりの実力者と見た……お手柔らかに頼むよ。』
『…君も中々強いと思うけどね……じゃ、お互い頑張ろう!』
スワッシュバックラーは言い終えると同時に飛び出し、斬撃攻撃用に改良されたフルーレとシールドスペルを合わせた防御的斬撃を繰り出す!しかしワークレイフィッシュは滑るような動きで移動、両手で受け止める!
『か、硬っ!そして…』
ワークレイフィッシュのカウンター!斬撃をいなした勢いのまま、身を屈め真横から血のような色合いの二又ナイフで脇腹を串刺しにかかる!スワッシュバックラーはフルーレを傾けてガード!しかしフルーレの耐久力では無理が出来ない!早めに決着をつけるべし!
『重い!これは思った以上かも……!』
『今のは肝を冷やしたぞ……一回戦目からコレだよ全く…ツイてないと思わないか?色男さんよぉ…』
『…まぁ否定はしない!欲を言えばもっと言って欲しいかな♡』
『…チッ……俺は調子に乗ったイケメンとでかいウシガエルが嫌いだ!覚えておけ!』
ワークレイフィッシュはもう一本の二又ナイフを取り出し、卓越した平衡感覚で風車の如く二刀を回転させる!水属性エンチャントを詠唱し、フェイントめいて緩慢なステップから鋭い突きを繰り返す!敵の得物は比較的耐久性が低い。時間を掛けて集中を削ぎ、連続攻撃で素早く畳み掛けるべし!両者は睨み合い、音を置き去りにせんばかりのスピードで火花を散らす!
〜同時刻、Bブロック会場にて〜
『……まさか魔法すら使わずに勝ち上がって来るとはな……エルカッサムだったか?』
『使えんのだ……見栄えは期待出来ないが、悪く思うな。』
『ハハハ!冗談を!よもや成り立てでもあるまいて、魔法の修練すら積んでいないとは言わせんぞ?』
『魔法なら子供でも使えるだろう。悪いが無駄な事はせんのだ、私はな。』
『力に頼る僧正満、このワイアードがへし折ってやろう!唸れ、我が大地魔法!』
ワイアードは拳で強く地面を打つと、金属の刃がエルカッサムの足元を貫く!エルカッサムは素早いステップで回避!しかし回避した先にも刃!エルカッサムはフェイントのステップで難を逃れた!
『中々出来るようだが、いつまで持つかなぁ!どうした!ほらほらどうしたァ!』
『馬鹿にした以上、肉体は鍛えているのだろう?耐久性を見せてくれ…』
エルカッサムは不規則なステップで接近!予測困難な移動リズムがワイアードの攻撃タイミングを狂わせる!しかしワイアードも自身の周囲に金属の防壁を張り防御!致命的な蹴りをガードした!金属の防壁が大きく歪む!敵の身体能力は平均以上、ワイアードの手が僅かに震える。
『やる……だが貴様の余裕は慢心だ!食らえぃ!』
歪んだ防壁に加えられたエネルギーが反射され、局地的な衝撃波が生じる!しかしエルカッサムは腰に吊るしたソードオフショットガンを素早く抜き、衝撃波を相殺!銃弾が粉砕され、当たりに散らばった!
『成程、受ければ持たないと見える。パフォーマンスの何たるかを知らぬのか。』
『あの早撃ち…出来る!』
〜Cブロック〜
『シュシューッ!シューシューッ!』
『ぬおぉッ!』
フェザーダンサーのマシンガンに匹敵するジャブ連打が炸裂!ヒルビリーはバックフリップと同時に煙玉を地面にぶつけ、そこに詩作型の魔導銃を放つ!粉塵爆発で両足を黒焦げにする算段だ!しかしフェザーダンサーも新人ながらそれなりに高い実力の持ち主、奇襲攻撃をギリギリで回避!ズボンが焦げ付く!
『貰ったァ!このまま昼飯を吐き出せ!』
フェザーダンサーの追撃!身体全体を捻り、ジャンプパンチを放ち、ヒルビリーの脇腹を捉えた!しかしそのまま倒れるヒルビリーではない!魔導銃でパンチの勢いを殺し、勢いを逸らす!何とか致命傷を回避、そのまま回転して着地した!
『クソが!反動が少ないのが裏目に出たかよ!』
脇腹に鋭い痛み、だが地面を踏み締めて耐える!思えばあの拳銃使いはもっと反動を利用して回避や攻撃を行っていた。問題点は山積みだが、昨今の冒険者の大量覚醒から治安を守る為、憲兵隊の新たな武装の開発は必須……実際自分の懐事情も甘くない。予約だけで半年待ちのレストランに妹を連れて行ったのがまずかったか?
『来いよ!これなら”奴”の出る幕も無いぜ!』
『俺がここで終わるような男に見えるとしたら、相当の節穴だなぁ!ちょっとキャリアがあるからっていい気になってると、痛い目を見る事になるぜ!』
『その意気やよし!全力で潰してやるぜ!久しぶりに燃えて来たァ!』
今まで不純な動機で、周りに煽てられるがままに仕事をこなして来た。だが、こんなに高揚した気分は久しぶりだ。養成スクールで無謀にも自分に決闘を挑み、結局自分と引き分けた地味な同級生を思い出し、フェザーダンサーは心から笑った。あれは確か女の奪い合いだったか……結局、引き分けたせいで誰も物に出来なかったのだ。
『ぬぅ!?中々重い!良いスイングだな!』
『だろう?お陰で俺も火がついた。』
ヒルビリーの棍棒が唸る!フェザーダンサーの上半身全体を乱打が襲う!フェザーダンサーもパンチ連打で何とか押し返すが、此方のリーチの関係上、どうしても若干のダメージは避けられない。完全な近接戦メインの自分にここまで食らい付くか。
『シューシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!!』
『ハーイハイハイハイハイハイハイハイヤァーッ!』
凄まじい衝撃波が二人の間に生じ、確実にダメージを与えていく。そして勝負に出たフェザーダンサーのフェイントステップ攻撃が均衡を崩す!初撃より僅かに右にずれた拳がヒルビリーに迫る!だがヒルビリーも同じタイミングでフェイント!偶然か、それとも高度な読み合いか、ヒルビリーのダメージ覚悟の不意打ちがフェザーダンサーの下半身に飛び込む!相討ちのクロスカウンターである!
『オ、オゴ……一矢……報いた……かな……』
『………馬鹿野郎……十矢くらい……グバァァア!?』
両者は衝撃波で吹き飛ばされ、共に重篤なダメージ!しかしフェザーダンサーは何とか膝で立ち上がり、顔半分を覆う金属製の酸素供給マスクから蒸気を吹き出す!
『……お前……お前…中々……耐えたじゃあ……ねぇか…よ……』
だがヒルビリーも全身の筋力を使い跳ね起きる!その目は血走っており、棍棒を握る手袋がギチギチと不快な音を立てる。そして懐に手をしまい、大きく踏み込む。
『まだやれるぞ……まだ…やれる筈だ……』
『フン、死に損ないが……俺だってやれるさ!』
両者は構え、再び敵に向かって駆け出した!
〜更に更に更に、一方その頃〜
道着めいた軽装の冒険者が、敵対者に向かい厳かに礼をする。だが対する冒険者は軽く頭を下げたのみ。文化の違いである。
『ありがとう。私はギフトブレイズ……宜しくお願いします。』
『……始めようか……俺はクワサリー。俺と似たような技の使い手だとは人から聞いている。対策も万全、棄権した方が身のためだぞ?』
『…そうですか。では……』
両者の手足に炎が灯る。緑色と赤色が交差し、激しくぶつかり合う!クワサリーは槍めいた連続蹴りを放ち、ギフトブレイズは無骨なストレート連打でそれを相殺する!両者の拳戟は文字通り白熱し、凄まじい熱量で二人の姿が歪む!
『……中々出来るようだが…これでどうだァ!』
クワサリーは自分の周囲に何らかの液体を散布!だが凄まじい熱量で観客席には見えない!何という卑劣な策略か!敵の炎を一時的に弱め、毒手を封じたのだ!これでは毒手はおろか、炎の使用すら危うい危険な状況だ!
『自分の熱量が仇になったな…最新式中和剤……ドラゴンの捕獲にも使われる奴だよ。炎が強い程拡散する。もう炎魔法も使えない、ブレスの毒素も軽減出来る。』
『……それで……?』
『強がりはやめろ。俺はその中和剤を更に中和する薬を飲んでいる!』
『…ハンデが必要なら、そう言えば良いのに……力さえ勝っていれば戦術はいらないと思い込んでいる者があまりにも多い…全く、嘆かわしい事ですね?』
『てめぇ!』
クワサリーの脚に灯った炎が更に勢いを増す!そのまま遠心力に任せた回し蹴りだ!ギフトブレイズはブレーサーで弾くが、更にもう一発!両脚で交互に蹴りを繰り出している!炎は勢いを増し続け、火の粉が辺り一面に散らばる!
『どうしたァ!このまま押し殺してやるよ!俺に挑んだ事、後悔しながら膝を付くが良い!』
『中々の腕前……』
次の瞬間、クワサリーの口から血が垂れた。
『………え?』
冒険者同士の勝負は状況さえ出来れば一瞬で決まる。それこそ成り立ての新人同士の決闘ですら数秒で決まる事もあるのだ。例えばどちらかが一方的な試合に酔い、敵の奥の手を失念した時。
『……エンハンスメント無しの単なる打撃では、確かに貴方を仕留めるには余りにも不十分……ですが!』
そう、クワサリーは炎の勢いを重点するあまり、敵の小さな動きを見逃していたのだ!炎の渦に敵を閉じ込め圧殺する戦術に特化した彼にとって、それは余りにも致命的!
ギフトブレイズは拳を外に向ける独特の構えで蹴りの向きを僅かに逸らし、予め面頬の中に溜めていた毒霧を吐き出したのである!炎の渦を形成する為には大量の血中魔力と酸素を消費する。常に呼吸は欠かせないのだ。大量の毒素を吸い込んだクワサリーはたちまち痙攣する。
『バカな……バカ……なぁッ……うぅっ、こんな…こんな……一瞬で…』
『……ありがとうございました。』
鋭い拳の一撃が、朦朧と立ち尽くすクワサリーの意識を完全に閉じた。仲間達は上手くやっているだろうか……まだ大会は、陰謀は始まったばかり……まさにこの時、運命は残酷な真実に迫っていた。
第52幕 : 完