大槌が風を切り、テーブルが叩き潰され、そこかしこで悲鳴が上がる。
無理も無い。冒険者の戦闘能力は、常人のものとは別次元だ。石畳に小さなクレーターが生じる!酔漢は、ピンチベックの足元を崩す作戦に出たようだ。グレートメイスは威力こそ高いが、小柄で素早い彼には当たりにくいだろう。足元から体幹を崩し、一気に勝負をつける。それが彼の作戦である。
『ウォォオーッ!』
虎の如し雄叫び!常人なら間違いなく失禁するレベルの覇気!だが、怪力自慢の冒険者、「大熊座のシャーク」の本能は目の前の敵が若いながらも油断ならぬ手練れであると告げる。
「コヒューッ!コヒュッ!コヒュッ!」
得物では不利ながらも、壁や椅子を蹴り、果敢に距離を詰める!戦場で培った森や閉所での効率的な戦術は、いかに冒険者でも付け焼き刃の対策では破れない。地面を打ち付ける強烈な打撃も、敵が床に足を着けねば意味がない!
「コヒュウッ!コーッ!」
鋲付きグローブでの僅かな隙を突いた素早いワンツー!
『ウゲーム!ガハッ!』
大きくのけぞるも、微々たるダメージに過ぎない!すかさず反撃を見舞う!
『エェイッ!』
空中では近接攻撃の回避は不可能!これぞまさに「肉を切らせて骨を絶つ」を地で行く戦法である!全てはシャークの掌の上だったのか?彼は象に踏まれたトマト缶めいて潰されてしまうのか?
否! 座席にあったカクテル、「スパイシーチリ・レッドキャップ」の入ったグラスを、彼は取り出した短刀を投げ破壊!ガラス片と飛沫が辺りに飛び散る!その様子はさながら大道芸のフィニッシュである!
『ウワーッ!?』
ピンチベックはこのカクテルの味を知っていた。数日前、別の店ではあるが、カラドリウスに、無理矢理酒場を梯子させられた時に飲んだ事があったからである。その味は、カクテルというより、スパイスの香りが強く、辛いスープに高純度アルコールを混ぜたようなものであった。人間、嫌な事は10年前の出来事でも覚えているものである。
思わぬ飛び道具で、炎の具現のような水滴が粘膜に直撃!激痛に転げ回るシャーク!そこに寸分狂わぬ、猛禽を思わせる跳び蹴り!シャークは泡を吹いて失神!怪力と知恵を併せ持つ強敵であった。
「お味が気に入ったようで何よりだ。」
思わず一人の観客が拍手を送り、その拍手がさらに拍手を呼び、たちまち嵐となる。劇団ピンチベックの公演は大成功だ。
『な、リーダーを倒しやがった!それなら…お前ら、やっちまえ!』
これ以上時間をかける訳には行かない。さて、どうしたものか….
『憲兵隊だ!抵抗は無意味である!大人しく事情聴取に応じるのだ!』
破壊された石畳、泡を吹いて失神している大男。もはや言い訳は無用だろう。しかし、意外にも憲兵隊の仕事が早い。これならば人の通りが多いこの周辺の治安も安泰だろう。さて、仲間があの男を庇うような事があれば厄介だ。最高議会からの質問攻めは逃れられないな…。
さっきまで喝采を送っていた観衆は、無責任にもだんまりを貫いている。自らの平穏の為なら暴漢を退治したヒーローが犯罪者になっても構わないのだ。王国発祥のギルド傘下の施設だけあって、周りは人類種ばかりだ。薄々分かってはいたが、憤りを感じずにはいられない。
『俺がやった。早く連れて行け。』
意外にも、私を庇う者が現れた。陥れたり庇ったり忙しい奴らだ。見ると、ソードマンらしい冒険者が憲兵隊の前に出る。
『お前ら!散々囃し立てておいて、自分が危なくなったらだんまりかよ!随分と生きやすいな!プライドが無くてよぉ!』
誰も言い返そうとしない。皆が黙っているから。簡単な理由だ。人類種は個人より集団を尊重する「習性」がある。これは人類種特有の思考と言われ、効率を重視した魔物出現以前の旧時代の人間社会の名残だと歴史研究家は考えている。「ギアーモンキー」の蔑称は的を得ていているだろう。
「彼は正当防衛だと思いますが……周りの方からの反論も無いようだ…つまりは彼の無実を皆認めていると同義ですよ。」
私が加勢すると、『そうだな』『相手も酔っていたし…』賛同の声が出て来た。全く、単純な生き物だ。どうやら私の嘘に異議を申し立てる者は居ないようだ。彼らが次に進化をするなら、自意識を放棄するに違いない。
『ご協力感謝します、護民官殿、しかし、休暇中に災難でしたな。』
「いえいえ、憲兵隊の皆様の迅速な対応もあって、今日はまだ楽しめそうだ。それでは気をつけて。」
簡単な事情聴取の後、倒れた冒険者を縛り上げると、憲兵隊は私に一瞥して去っていった。
「貴方のお陰で助かった、なんとお礼を申し上げれば良いか。」
事実、あの無言地獄とも言える同調圧力の中、私に手を差し伸べた人類種がいた事に驚きながらも、敬意を込めて一礼をする。あのような人間ばかりではない、分かってはいるが殆ど見た事は無かった。
『てか、あんた強いねぇ。冒険者になれば中堅クラスからでも始められるんじゃあないの?あ、俺?俺はストゥーピスト。』
金属の輪で急所を保護している黒コートの冒険者はそう名乗ると、私に握手を求めた。私は少し躊躇した後、それに答える。
『ちょっと場所を変えて、飲み直さないか?』
思いがけない提案だったが、恩人を無碍にはしたくない。
「ありがとう。それではお言葉に甘えて、ご一緒させて貰おう。」
ストゥーピストの案内で、やや手狭だが風情のあるバーに入る。ガラス管に詰められたヒカリゴケが、夜の街に映える。
『見ない顔だねぇ。あの酒場には何の用で来たんだ?』
「急に仕事が休みになってしまって、私は仕事以外にやる事が無かったので、食事でもしようと立ち寄ったのだが。」
『そりゃ駄目だ!女の子との遊び方くらい覚えないと、あんたみたいな真面目な奴はいつか倒れちまう。』
『本日入荷した、ドルイド・ヴィオラです。』
「ありがとう。」
普段酒は飲まないが、バーに来た手前、弱いものを注文して飲み干す。なんでも、取り寄せたばかりの果実酒を使った試作品らしい。確かにベリー類の香りがする。度数は思った以上に低いが、その分酒臭くなく、所謂「素材の味」が最大限活かされている。
「余り酒は好きでは無いが、常識が変わったかも知れない。」
『そうか!そりゃ良かった!そういえば、食事がまだなんだろ?大将、なんか、腹に溜まりそうな物頼む!』
こんな人間もいるのか。人類種は他を遠ざけ、蔑む愚かな生き物、そう割り切り、達観したつもりだったが、遠ざけていたのは私も同じだったようだ。
「女性との遊び方、か。頭の片隅に入れておこう。」
不意に「彼女」の笑顔が脳裏に浮かぶ。そして最期の言葉。
「私は何もしていない、私に罪はない…か。」
私はもう、私では無い。それに、あの時から、私は幾度となく罪を重ねて来た。天国…本当にあるのなら、人はそこでも争うのだろうか。
〜同時刻〜
「ゴォォォオーッ!」
凄まじい火炎が、酒場の机を焦がし、一瞬で灰にする。
『もう一度聞く。穴だらけの仮面被った奴、ここに来たよね?』
『はい、彼なら数分前に、出て行きました!お願いです。殺さないで下さい!』
有無を言わせず、再び火炎放射!客の男は、たちまち火だるまになって転がり、数秒の間暴れた後、動かなくなった。
『あ、君達も、勿論連帯責任ね。まぁムカつくから八つ当たりも兼ねてるけど。』
辺り一面に悲鳴がこだまし、全員が出口に殺到する。しかし、出口はそこまで広くはなく、人々はラムネの瓶に入ったガラス玉のように脱出不能に陥った。群衆雪崩を炎が溶かす!
こうして、僅か数分の間に、賑わっていた酒場は焦げ付いた肉の匂いが漂う廃墟と化した。目撃者の話では、犯人とおぼしき男は、肘から先が銃器の類に付け替えられていたという。そして、ルーン文字が刻まれたローブを羽織っていた。
第六幕 完
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