ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第54幕 : 新たなる疑惑 前編

『ウフフフーッ!焔塔教団の幹部と言えどこんなものですか!新たな幹部の座は頂きますよォ!』

 

ヴェノムパピヨンは翅から大量の麻痺鱗粉をばら撒く!翅全体から魔力を放ち威圧!彼女の羽根全体が魔術の触媒なのだ!鱗粉に当たればサンドバッグ同然、いかにタングステンが手練れでもこれは厳しい!好きなように動けない!

 

『フフフーッ!動けませんか?そうですよねェ!あのピンチベックとかいうクズも貴方の代わりに殺して差し上げます!しくじった貴方の代わりにねェエ!?』

 

そのまま鋭い蹴りを放つ!タングステンは何とか躱すが、強化筋肉との相乗効果は大きい…今や教団に所属する戦闘員の8割が何らかのサイバネティクスを移植している。

 

 

『……空中戦も中々……あのエリート気取りの高位魔族も殺せる……!』

 

『……強い……だが……』

 

彼は本来指揮官であり、戦闘は不得手だ。しかし失態を重く見たメテオリットは彼に適性試験を課した。新たな幹部候補生との決闘……それも反自治領を掲げる武闘派の。事実上の降格処分だ。

 

『ポイズンヒーリング…!』

 

バトルロッドを構え解毒魔法を詠唱する…だが、このままではじり貧だ。貧困に喘いだ少年時代、戦場に消えた青春、散って行った同志たち……今の地位を築き上げるまでの過程がフラッシュバックする。戦争が全てを奪った。無辜の市民の幸せを破壊し、畑を焼き払い、城を崩し……彼の最愛の人を殺した。

 

 

『……二度とは…二度とは繰り返させない……二度とは!』

 

タングステンは決死の覚悟で走った。力は平和の為にある……だが彼のような人間が幹部につけば、待ち受けるのは自治領、ひいては王国との戦争……バトルロッドを握りしめ、聖属性エンチャントを詠唱する。

 

『…血迷ったか……つくづく使えん男だ。見苦しいぞ!』

 

『…黙れ……この世は地獄……だからこそ、我々が救うべき人間で溢れている!必要なのは慈悲だ!』

 

『その口を閉じろ!今日からは私が幹部だ!英雄だ!』

 

『……それはどうかなぁ!』

 

タングステンは懐から瓶を取り出し、地面に叩き付けた!飛び散った水は霧となり、鱗粉を掻き消す!

 

『馬鹿な……それはミストハンド様の………』

 

『あぁ、こっちもイカサマ無しで分の悪い賭けをする程愚かじゃあない……これで状況は五分……とまでは行かないが、それなりには傾いた。』

 

 

 

 

 

〜一方その頃〜

 

 

 

 

『こっちも厄介な相手が控えてるんでよ、早めにダウンしてくれや!』

 

ストゥーピストは風を剣に纏わせ、飛来する雷を弾き返す!そのまま空中に放り投げ、聖属性エンハンスメントを施した拳で殴り掛かる!

 

『君素手でもイケる訳!?初耳……初目なんだけど!』

 

『あぁ……昔はよく絡んで来た奴の骨を霜柱踏むみたいに叩き折ったもんだ!うらぁ!』

 

白く発光する腕がスワッシュバックラーを捉える!フルーレのような長リーチの武器は中距離では無類の強さを誇る反面、近距離戦に弱い!戦争殺人と残虐なショービジネスによって鍛えられた観察眼が存分に活きる!

 

『ヘぐっぅう!?』

 

路地裏仕込みのパンチが脇腹に炸裂!4メートル近く吹き飛んだ!

 

『……痛たた……仲間内での隠し事は良くないって……』

 

『チッ……やっぱそこら辺のチンピラと同じようには行かねぇか……って事は殴り甲斐がある!ハハハハハ!』

 

『じゃ、僕も得意な奴やるよ♡』

 

スワッシュバックラーがフルーレを掲げると、刀身が紫色に輝き、凄まじい魔力が大気に満ちる!

 

『……マジかよ……それってまさか』

 

恐ろしい爆音と同時に紫色の柱が剣先から放たれる!爆風と雷が勢いよく放射されたのだ!常人に直撃すれば血液ごと蒸発し、跡形も消えて無くなる威力!

 

『う熱ッ!あ、危ねぇ!そういや昔戦った召喚師の使役霊がこんなの使ってたぜ……』

 

『…カス当たりか……そう簡単に倒れて貰っても困るけどさ。どう?進化した暗月の紫電槍(スピアオブダークムーン)の味は?』

 

『中々面白いぜ……笑えない事以外は……』

 

ストゥーピストは落下するシミターを片手でキャッチし、弄びながら嗤う。その周囲に砂嵐が巻き起こり、彼の足元を覆った。

 

 

『さて、女とビジネスは引き際が肝心……そろそろ本気で行くかね…ま、蘇らせてやるからよ、死んでも文句言うんじゃあねぇぞ……?』

 

『言うねぇ……僕ってプライド高いからさ…一回目は許してあげるよ。友達だしね……ま、二回目言う前に死んじゃうかもだけど♡』

 

『良い目だな……ガチでやる時はそうじゃないと張り合いがねぇ!来いよぉ!』

 

 

 

 

〜更にその頃〜

 

 

 

 

「……卑しい雇われが、教団の犬に成り下がったか。弱い犬に首輪を着けても仕方あるまいて……」

 

『黙れ。無駄口は勝者の特権、つまり私だけの権利ね。』

 

「…何?少し静かにしろ。今は神聖な任務の最中だぞ……小言なら後で聞く。」

 

『あの傭兵だけは許さない……棄権しないなら死んで貰う。』

 

「好きに言え……貴様ら教団は一人として逃がしはしない…貴様の遺言は命乞いの断末魔だ。」

 

『…全セーフティの解除コード、承認……』

 

ファイブフィンガーの両腕から麻痺毒の滴る振動ブレードが飛び出し、脊髄に沿って接続された電磁装甲が赤い戦闘用ドレスの下で青く発光する!

 

『これで貴様も、仲間も終わりね……』

 

そして脚部装甲からは回転する滑車型ブレードが展開!まさに全身武器!彼女は主要な臓器と脊髄以外、全てサイバネティクス兵器に置換しているのだ!何という神すら恐れぬ蛮行か!

 

「…維持費は元老院のポケットから出ているのか、それとも信者の寄進か……鉄屑一つに随分と無駄金を掛けているな。溶かして貞操具にでもした方がまだ有意義だと思うが。」

 

『お、お前……まだ愚弄するね……!もういい、殺して黙らせるよ!』

 

「……そう来なくては。」

 

 

いつの間にかエルカッサムの木彫りの仮面は穴だらけでくすんだ黄銅色の、不気味な鉄面に変わっている。教団とアヴァ商会の癒着が明確になった今、変装は最早不要!恐怖の象徴たる仮面を、敵の網膜に刻み込むべし!ローブも脱ぎ捨て、黒緑色のスケール装束が顕になる!

 

『…お…お前は……!』

 

「上手く人間に化けられたようで何より……無闇に尻尾を出すのは控えた方がいいぞ。地獄では覚えておけ……」

 

『えぇい!ここで会ったが100年目!貴様の首で恩賞を頂く!』

 

ファイブフィンガーは凄まじいスピードで加速!脚部の衝撃吸収機構が彼女の脚力を従来の三倍近くに引き上げているのだ!そのまま飛び蹴りを放つ!彼女の技量とサイバネティクスが合わさればその威力は計り知れない!

 

「コヒューッ!コーヒュヒュヒューッ!」

 

攻撃のリズムを悟らせない不規則な呼吸で回避!蹴りで生じた風が仮面を揺らす!そしてバックフリップと同時にカウンターの投げナイフ投擲!しかしファイブフィンガーも猛者、ナイフを卓越した動体視力と強化された肉体反応で掴み取り投げ返す!

 

『この程度か!ハイヤーッ!』

 

「コーヒューッ!」

 

だがピンチベックも負けてはいない!飛んで来たナイフを再び投擲!更に追加でナイフを投げる!今や両者の間を飛び交うナイフはダース単位である!

 

「コヒューッ!」 『ハイヤーッ!』 「コヒューッ!」 『ハイヤーッ!』 「コヒューッ!」 『ハイヤーッ!』 「コヒューッ!」

 

 

永遠に続くかと思われた殺人的ナイフラリーだが、遂に戦況が動く!投げられたナイフを不意にピンチベックが蹴り飛ばし、銃を構えたのだ!蹴り飛ばされたナイフが観客席に飛ぶ!

 

『ま、まずい!』

 

ここで負傷者が出れば教団の評価が下がりかねない!ファイブフィンガーはすかさずナイフの飛来する方向へブーストし、ナイフを蹴り返す!しかしピンチベックにとってこの程度の隙があれば体勢を立て直す事など容易!ミスリル合金製の弾丸をファニングショットでばら撒く!急速なブーストで体力と集中力を消耗したファイブフィンガーは弾丸を全て避けきれず被弾!

 

『ぐあぁっ!?』

 

止血ジェルが傷口に纏わりつく生温い感触を味わいながらファイブフィンガーは敵を睨む……残った脊髄が冷たくなる感触に襲われた。そして次に怒りが湧いた。今までよりも更に。

 

「…やはり元は雇われ……そちらを優先するか。」

 

『貴様、どれだけ我々を愚弄すれば気が済む……!』

 

「無論、お前達が全員残らず地獄に落ちるまでだ……一人として生かしては置かん。」

 

『狂人め…戯言もいい加減にするよぉ!ハイヤーッ!』

 

ファイブフィンガーは滑車型ブレードを回転させながらブーストで急接近、回し蹴りを繰り出す!岩すら切り裂く一撃!当たれば命は無い!

 

「………!」

 

予備動作の少ない合理的な蹴りを体内CPUが計算し、最大限の威力を発揮している!ピンチベックのダガーと滑車型ブレードがぶつかり合い、激しく火花を散らす!そして……

 

「……馬鹿な……!」

 

ウーツ鋼のダガーが完全に寸断されたのだ!高音と共に破片が地面に突き刺さる……

 

『やはり弱敵!』

 

「……荷が勝つか……或いは……」

 

 

その時である!突如会場に設置された拡声器から声が響く!

 

 

『か、会長、何を!』

 

『え〜、オホン……今回の大会、集まって頂いた皆には申し訳ないが、残念ながら不正が見つかった……』

 

『待って、それは先の会議で言わない約束で……』

 

『喧しいわ!大体多数決の時ワシは最後まで反対だったじゃろうに、あのガキどもが勝手に話を進めおったんじゃ!』

 

『しかし……!』

 

『黙れ!これ以上うちのファミリーを危険な目に遭わせて堪るか!それにうっかり殺されでもしたら、責任問題じゃあ!』

 

『えぇい仕方ない……捕まえろ!』

 

『…老人虐待とは世知辛いのぉ……行けお前達!そいつらを刺身にしてしまえ!』

 

『『イエスボス…』』

 

激しい金属音と悲鳴が拡声器の向こうで飛び交う!

 

『え〜、どこまで話したかの、そうだ、アレ……不正があったのだ。それでなぁ……まぁ、取り敢えず中止で頼む。』

 

『何ね……!?』

 

「これは僥倖……しかし誰が話しておるのだ?」

 

 

『あの声……まさか……!一時休戦だ!付いて来い!』

 

『え!?わ、分かった!』

 

 

 

『………敵襲か……?』

 

『おい!行く前にこのハルバード抜けや!クソ痛いねんけど!?』

 

『黙れ……!敵なら殺すまでよ!』

 

『痛ッた!お前マジでふざけんなよ!レディに対する礼儀っちゅうもんはないんか!?』

 

 

 

『何でしょうか……?』

 

『さぁ?しかし私は回転突撃を止められて、不快で仕方ないのだ!』

 

 

 

 

 

『な、なんだよぉ!?こんな話、上から聞いてないぜ!?』

 

『落ち着いて…って言っても無理だよね!私も今慌ててるし!ちょっと別の所行こうか!』

 

『待て、俺は…おい!離せって……!おい待て、怪我してる所引っ張るな!』

 

 

 

会場にも動揺や悲鳴が飛び交い、不穏な空気が一層強まる。何かの演出か?それとも……

 

 

『……待て。』

 

無個性な灰色装束の冒険者たちが、撤退するヒルビリーとヴォーパリストを呼び止めた。ざっと10人程だろうか。

 

『………お前、コームの私兵だな。』

 

『だ、だったらどうしたってんだよ!邪魔だ、退け!』

 

『お前達は指名手配されている……今すぐ降伏しろ。クラリドン様の命令だ!』

 

 

 

 

 

第54幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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