『……何だって?そりゃ変ですよ……だってボスの話じゃあ、クラリドンとやらはやられた筈だ…こっちの大将が直々に首を刎ねたと聞いた。』
『…まだ分からんのか……お前達の負けだ。王手詰み……そちらは人質を取ったつもりだろうが、それは違う……』
グレー装束の冒険者は懐から人工水晶のパネルを取り出すと、魔力を投射して映像を映し出した。
『……これが何か分かるか?』
そこには子供の写真が数枚映し出されていた。着ている服からして身分はかなり高いだろう……恐らくは貴族。市井の生まれであるヒルビリーにも分かる。
『このガキがどうかしたか?人違いだろう……』
『いいや、お前はこの子達を知っている……角の形状は大分違うが、特に目元がそっくりだ……』
『…おい………その子達、無事なのか……』
『お前達が大人しく投降すれば無事かもな。』
『待って!これ間違いなく罠ですよ!何があったか知らないけど下手に出るのは……』
『駄目だ!俺にはこの子を危険に晒す権利は無ぇ……クソが!最初から全部こいつらの掌だった!おい、関係ないアンタを巻き込む訳には行かない、直ぐに逃げろ!俺が時間を稼ぐ。』
『そうはさせない。この周囲には我々の仲間があと30人いる。逃しはしない。死ぬか、降伏か。早くしろ……』
『29。』
『……ヘ?』
『28!』
『おい、誰だ貴s……アバッ……馬鹿な……どうやっ』
肉を切り裂く音が響く。そして鉄板入りブーツの重厚な足音も。グレー装束の中にプラチナの鎖帷子が覗く……続けて顔全体を覆う白い布。
『これであと27人か……二人共、怪我はないか?』
『だ、誰だアンタ……』
『通りすがりのスーパーヒーローだ……小さな子供すら奸計に利用する虫ケラ以下のク…オホン、非道なる邪教め……許して置けぬ!』
白装束の男は二本のシミターを鞘から引き抜き構えた…対多数の型だ!周囲の地面に風が渦巻き、剣が淡く発光する!
『…これから貴様らは0人になる……何故かは分かるな?』
男は二人に向き直り続ける。
『スワッシュバックラーを自室に戻せ。彼奴には荷が重い……此処が命の張り所か……聖戦士達よ、行け!』
『は、はい!』
『さて、始めようか…来い、雑魚が……』
『たった一人で挑むか、愚かな事だ。』
『そちらこそむざむざ殺されに来てくれるとはな……お互いこんな下らない事しか出来ねぇんだ、さっさと死んでくれや!』
『雇われが何を吐かすか、偉そうに。』
グレー装束の冒険者が二人、ロングソードを構え先陣を切る!しかしヒュペリオンの熟達した二刀流は二人の斬撃を一度に受け止めた!刀を素早く交差させてガード範囲を広げ、ノコギリめいた形状の刃先で敵の剣を捕らえたのだ!
『ヒャハハハハハーッ!あばよ!』
ヒュペリオンのカウンター蹴り!砂嵐で足元を隠していたのはこの為だったのだ!二人の冒険者は咄嗟に身を引いて回避!しかし蹴りを繰り出した足を軸にして更に追撃!一人が避けきれず吹き飛んだ!ヒュペリオンは吹き飛んだ冒険者目掛けて剣を投げつける!敵は脳幹を貫かれ即死!
『26……来いよ、こっちは試合中止されてまだ暴れ足りねぇんだ。それとも何だ、泣いてママの所に帰るか?』
『此処にはまだ4人居る……戦況は大して変わらん。』
『丁度いい……この剣が何人まで連続して斬れるか、試してみたかったんだ…』
『突撃…奴を殺せ。』
四人の冒険者が同時に飛び掛かる!いかにヒュペリオンが手練れとは言え、この数は危険か!?
否!ヒュペリオンは突風と同時に跳躍、砂嵐を巻き上げ風属性エンチャントを施した拳で一人を殴りつけると、敵の腕をシミターで斬り落とし、その腕でヌンチャクめいて敵を殴りつけた!
『25……そろそろ潮時じゃないか?』
『黙れ…我々に撤退は許可されていない。』
首が160度折れ曲がりながらも白装束の冒険者が呻く。ヒュペリオンの蹴りでその首が更に360度回転して捩じ切れる。
『……24。胸が悪くなる…さっさと終わらせるぜ!』
『何故だ……話が違う……だが撤退命令は無し。』
最後の冒険者は震える手でロングソードを握りしめ、下段から斬り上げるように突進!
『くどい!』
ヒュペリオンは剣筋を完全に見切った後、足払いで敵を転ばせて心臓に剣を突き刺し、エンチャントでズタズタに切り裂く!
『…チッ……23…後はアイツらの方か……ケチなマナ適性者の寄せ集めだが、こうも数が多いとなぁ…』
〜一方その頃〜
『痛ッ……あのクソガキ、覚えとけや……あぁ、死んだ爺ちゃんがヴァルハラから手を振っとる……こりゃアカンかもな……』
『そうだな。ここで終わりだ……』
『……チッ…もっと贅沢したかったんやが……まだアイツらに何もやってやれてへんのに……』
『死ね……貴様は自治領に害を齎す存在だ。』
敵からは大したマナや殺気は感じない。しかしこの状況では厳しいだろう……捨て身で仕留めるか?そう思った矢先……
『…待て待て……この女、見覚えがある…確かギルド所属者だ。今殺しては面倒だよキミィ……』
『……アルベルト……!』
『クソガキが、随分と掻き回してくれたじゃないか、えぇっ!?』
『何が望みや…』
『お前さんの事業全て。それからその指輪だ……命だけは助けてやろう。』
『指輪はもう渡した……ここには無い!』
『…では何処にある?』
アルベルトは白装束に指示をし、一斉にクロスボウを構えさせた……言わなければ撃つ、と言う事らしい。
『……お前が守り続けたあの娘も、明日には引退宣言だ。貧者は脆い……私が一筆書くだけで容易く破滅する。だが我々はどうだ?違う筈だ…私とて君を簡単には殺せない。』
『……勝手に言っとけや、ゴミが。』
『…やれ。』
コームの脛にボルトが突き刺さり、傷口から血が溢れた。
『……それで……それで満足か!?私を愚弄して、何かが変わるとでも!?次!』
脇腹にボルトが突き刺さる。
『くっ……あぁぁ!』
『この時間さえ惜しいのだぞ!わざわざ私が出向いたのは貴様の妨害を考慮しての事だ!このケチな盗人が!さっさと吐け!路傍の石に構っている暇はない!』
『クソ…ここで終わる訳にはいかんのや……!』
その時、凄まじい勢いでグレーの物体が飛来!アルベルトの肩を粉砕した!衝撃で腕があらぬ方向に曲がり、関節が鈍い水音と同時に外れる!
『ぐっうぅあぁああぁあぁあ!?』
『チッ……スペア取ります!うぉらぁ!』
再びグレーの物体が飛来!しかしアルベルトの首が砕け散る前にグレー装束の冒険者がロングソードで投擲物を切り裂く!よく見れば、それは乱暴に切断された冒険者の首!
『はぁぁああ!?何で私の邪魔をするんですか!?』
『お、落ち着けって!』
『…あ、ゴメンなさい……私、ちょっと熱くなり過ぎたかな?』
『お、おぉ…落ち着いたんなら良いが……お、お、お前ら、俺達がな、今から皆殺しにしてやるから覚悟しとけ!』
『やれ!やれぇ!そ、そいつらを殺せ!』
『……了解。』
『へへへ…お兄さんにいい所見せちゃいますよぉ……』
言うが早いか、ヴォーパラーの漆黒レザー装束から魔力が迸る!これは如何なる魔法か!?
『防御陣形、了解。』
敵は素早く陣形を組み直し、ヴォーパラーに注意を向けた!互いに手の内は不明、両者の額に汗が浮かぶ!
『……マズいぜ……これは!』
次の瞬間、漆黒レザー装束が突然黄色と青の斑模様に変わり、軍刀めいた鋭利な形状に変形!まるで身体の一部かのように蠢き、触手めいて敵を串刺しに掛かる!
『擬似シールドスペル展開、カウンター斬撃を……』
思わず身構えたのがいけなかった。触手が敵の足元をフェイントめいて掬い、鞭のように薙ぎ払う!擬似シールドスペルを解除した瞬間、ヒルビリーの棍棒が先陣に立っていた一人の頭蓋骨を粉砕!グレーの頭巾が血の赤と脳味噌のピンクに染まる!
『うぁぁあっ……遂に殺っちまった……胸糞悪いぜ……』
『…この程度ならまだ生き返りますよぉ〜。山賊で慣れておかないと、この先キツいですねー…』
『な、何を手間取っている!?敵は農民上がりの駆け出しと魔術師めいたエルフ、たった二人だ!今すぐ排除しろ!』
アルベルトは肩を押さえながら駆け出すが、コームの足払いがそれを許さない!例え負傷していても冒険者とそうでない者の身体能力には致命的な差があるのだ。
『クソ…ロクに歩けない売女が、邪魔をするなぁ!』
アルベルトはコームを蹴り飛ばすが、それすら大したダメージにはならない。
『綺麗な靴やな……』
『何だ、何が言いたい!』
『それも分からんか、器が知れるのぉ……』
『訂正…私、エルフじゃないです……まぁ上手く”擬態”出来ているならいいです……実際、ちょっと素が出てしまったので焦ったんですが…』
ヴォーパラーの尖った耳が解け、青い瞳が点のように鋭くなり、鋭い牙が口から覗く!一体、彼女の正体は!?
『キへへへ……騙して…ゴメンなさい。』
『馬鹿な!?貴様は……』
『おい、ちょっと頼む!こっち限界だ!』
『はぁい……』
ヴォーパラーのレザー装束が完全に原型を失い、斑模様の不気味な触手が身体を覆う!一応は人の形を留めてはいるが、無機質な質感の表皮と危険な模様は間違いなくエルフではない。
『あぁ、彼に見せたら、きっと幻滅するよぉ……』
ゆったりとした言動とは対極に、凄まじい勢いで鞭めいて触手を振り回し、黄色い触手が一瞬で真っ赤に染まる!彼女の触手は強靭な筋繊維の
塊であり、布を貫通して内臓を破壊する事など容易いのだ!
『あぁ、窓に!内臓が窓に!』
『キへへへ……確かに、数は多いけど、みんな成り立てみたいですねぇ……』
『あ、あぁ、俺でも一対一なら何とか行けるぜ!二人目、俺の金星だぁ!』
ヒルビリーは吹き飛んだ敵に馬乗りになり、更に敵の頭を砕く!無駄の少ない動きで飛び上がり、棍棒を構えて絶叫!
『さぁ来い、貴様らなど本当はこの俺一人で……あれ?』
『お疲れ様ぁ……なんかゴメンねぇ……』
既に辺りは血と神経毒の海で、誰一人として生き残ってはいない!彼が2人倒すまでの間に、ヴォーパラーは5人倒していたのだ。
『……うん……って!大丈夫ですか!?』
『まぁな……取り敢えず、お前らが殺した奴らのポケットから薬見つけて飲んだが……やっぱ安物はあかんなぁ……』
『そうか、じゃあ俺が安全な所に運ぶからよ、頼むぞ……他の奴らも頑張ってるだろうから、助けに行ってくれ……』
『了解……楽しかった……また連絡下さい……』
『お、おぅ!待ってるぜ!』
(以外とああいう系統も中々……いや、浮気はダメだ!あくまでドライな、ビジネスの関係だぞ……!そこを意識しろ俺、プロとしての基本だ……)
〜数分後〜
『おっ!おーい!アンタ!確かペラドンナさんの知り合いだったよな?そっちは片付いたのか?まだなら俺も……』
『今、片付く所だ……心配を掛けてしまったな。』
ヒルビリーの肝臓に、ナイフが突き刺さった。
第55幕 完