ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第57幕 : 紫の日没

ダガーとフルーレが激しくぶつかり、火花と紫の稲妻が散る。雷属性のエンチャントが乗った斬撃を喰らえば身体が痙攣し、そのまま串刺しにされた後内臓が焼け焦げて死ぬだろう。

 

 

『頼む……諦めてくれ。この件から手を引くと言うなら家族は解放する……』

 

「無理な相談だねぇ……生憎僕はプライドが高いんだよ…君が気に入ったから手放したくない。」

 

『黙れ!何故私などにそこまで執着する!お前の知っているローデリウスは死んだ!此処にいるのは殺すべき敵だ!』

 

「……別に君一人なら殺しても良いよ?だけどさ……リディアちゃんはどうするの?」

 

『…黙れ……黙れ…私達兄妹の何が分かる!私は……私はお前と戦いたくないのだ……何故だ…!』

 

「………君、やっぱり優しいよ……♡」

 

『何故だ!何故私を……何故………』

 

「……君のそういう所が良いんだ……そうやって苦しんでるのに、悩んでるのに僕の心配しちゃう所とか……後は僕のせいで危険な目に遭った時、何も言わずにいてくれる所とかさ……」

 

『……勝手な感想、幻想だな。私はそんな人間ではない。』

 

「……この嘘つき。」

 

『…黙…れ……黙れ……いい加減に黙って……く……れ…… 』

 

ピンチベックの目が仮面の底で紅く染まり、不気味に輝く。

 

「……黙らないよ……親友がそんな辛そうな顔してるのに、黙って帰るなんて出来る訳ない……」

 

ペラドンナの角と、水晶めいて澄んだ瞳が紫に変色し鈍く発光する!死闘はまだ始まったばかりだ。一瞬の沈黙の後、紫と赤の軌跡が再びぶつかり、血飛沫を散らす!

 

『……今、脇腹を狙ったつもりだが。中々に……鍛えたようだな……』

 

「君もね……今のは確実に決まったと思ったんだけど……」

 

僅かに急所を外れた刃は表皮を斬り裂くだけに留まり、二人の覇気は全く衰えない。いや、寧ろピンチベックの覇気は、殺気は数秒前から数倍近くに膨れ上がっている!

 

 

 

『……ク……クク……小童が。このアブホースに弓引いた事、そして産まれて来た事を後悔させてやる……』

 

「出たね……君とも友達になれれば良いのだけれど……これは君の仕組んだ事かい?」

 

『クッハハハハハハ!何?馬鹿を言え!愚鈍な屑め……まだ分からんのか……これは我にとって非常に不本意な事象だ!だが貴様が現れたのは僥倖よ!さぁ死ね!貴様を殺せば此奴の憎悪は文字通り跳ね上がる!この小僧が大事ならば死ねぇ!』

 

次の瞬間、ぞっとする程冷たい鉄の爪が、ペラドンナの髪を切り裂いた。反射的に避けていなければ顔の皮を剥がされていた筈だ。

 

「………ッ!」

 

意識が飲み込まれるリスクのあるアブホースまで出すとは、かなりの本気だろう……逆に言えば、それだけ両者の実力が近いのだ。勝機は充分、ペラドンナは剣を構えた!

 

『向かって来るとは愚か也!我が魔技で魂を削りとってやろう!』

 

「…家族の為か……やっぱり大事な物の前では誰でも脆いのかな…」

 

 

紫色の瞳には感傷のみがあった。不思議と怒りや悲しみは無かった……今、目の前に居るのは誰だ?両者の深層意識が揺れ動いた。彼の記憶に波長を合わせる……

 

 

 

 

『やめろ!俺たちが何をした!唯生きていたいだけなんだ!』

 

『血筋を恨むんだな、呪われた人種め……』

 

 

『この国は終わりだ……私の愛したあの国は……』

 

 

『許さぬ…許さぬぞ……お前達が怠惰だったせいで、俺は……お前達が俺を踏み躙ったのだ!』

 

 

『……裏切ったな……何故だ……!』

 

『…こうするしかなかった……許してくれぇ!』

 

 

『こんな時代に、こんな人生に何の価値がある!俺は……人類は……何故こうも恵まれぬのだ!』

 

 

『こんな横暴が許されるものか!きっと報いを受けるぞ!必ずだ!』

 

『黙れ……お前は俺に何をした!言ってみろ!全てお前のせいだ!』

 

 

 

 

複数の声が反響し、激しい頭痛が襲う。今まで彼を虐げた人間の声だろうか……耳から血が一滴垂れる。術の酷使が原因だろうが、記憶を覗くだけでこのフィードバック、只事ではない。

 

「君は…誰………」

 

『怪物だ。遠い昔から続く……』

 

彼は一体どれ程の狂気を内に封じていたのだろうか?冒険者の精神構造は常人に比べて強固だが、それでもいつ発狂してもおかしくないレベルで精神が汚染されている。

 

(人間、破滅すればこのような傷を少なからず負う……だけど、彼は……その破滅的な狂気を絶え間なく負って来た……)

 

彼の過去を全て知っている訳ではない……だが肉片に侵食され、歪んだ仮面から流れる血の涙が、全てを物語っていた。 

 

『憎い、憎いぞ小僧!何故抗う!これは我が鞭、我が罰であるぞ!』

 

「……寄る辺が無かったのか、君は……」

 

『欺瞞的だな、これから死ぬというのに!』

 

「死ぬ……?あの時彼が来てくれなかったら、僕は絶対に死んでいた……仮に死んだとして、貰った物を返すだけだ……」

 

 

(おかしい……何故戦う事を後悔しない……!?我に相対した者は皆、恐怖や嫌悪を浮かべていた……何故だ………何故……!?)

 

 

ペラドンナは地面にクレーターを作りながら突進!殺人的スピードの刺突を繰り出す!しかしアブホースは寸前で回避!槍めいた蹴りでのカウンターだ!靴に仕込まれた刃でペラドンナの肉が僅かに抉れるが、通電した血液が爛れたアブホースの皮膚を焼く!

 

『その小細工を維持する魔力がいつまで持つか見ものだな!』

 

だがピンチベックの異常な生命力とアブホースの執念が合わされば、単なるかすり傷に過ぎないのだ!傷口から血を蒸発させながら接近、蹴りでペラドンナを吹き飛ばした!

 

「もしかして手加減してくれた?」

 

だがペラドンナ無傷!シールドスペルで衝撃を殺していたのだ!

 

『…言っただろう……貴様を苦しめて殺す。奴に絶望を刻む為になぁ!』

 

「まぁ君の肉体を傷つける時点で大分絶望してるけどさ……」

 

アブホースの巨体が揺れ、一瞬でペラドンナの背後に出現する!ただでさえ強靭な脚力が更に強化され、最早常人の網膜には映らない!魔導機関車の轢殺に匹敵する掌打をペラドンナの延髄に向けて放つ!だがペラドンナも素早く向き直りサマーソルトで迎撃!この勝負、互いに譲らずだ!

 

「どうしたの?この程度であの隕石使いを追い込める筈が無い……ましてや僕を。」

 

『だから言ったであろう……不本意だとな!貴様を殺し、我が全盛の力を取り戻してくれるわ!』

 

「あ、そう……頑張ってね♡」

 

『ではその下らぬ人生を後悔しながら死ぬがいい!』

 

アブホースの腕が血を撒き散らしながら変形し、黒い血管の浮いた手に鋭い鉄の鉤爪が生じる!酷く刃毀れしており、斬られれば間違いなく致命傷だろう。

 

『GRYYYYYYYYYYYYY!!』

 

歪んだ仮面から凄まじい殺気を放ちながら赤い閃光が走り、螺旋状回転からの槍めいた突進でペラドンナの内臓をぶち抜く勢いで突っ込む!

 

「SYAOOOOOOOOOO!!」

 

ペラドンナもフルーレを避雷針にし、電流を全身に走らせて絶叫!そのままダガーを両手で握り締め、紫色の稲妻で空気を焼きながら渾身の刺突!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿……な! 馬鹿な!我が……この………私がぁああ!』

 

「えへへ……良かったよ…………効いた……」

 

ペラドンナはピンチベックの肩に手を置き、そのまま崩れ落ちた。

 

「あぁ……ちょっと……露出度高すぎかな………内臓まで……丸見え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『せめて……道連れに……道連れにぃいい!!この……屑がぁああ!』

 

 

アブホースは血と内臓を吐き出しながら絶叫!爪をペラドンナの心臓に向け、一気に突き出す!

 

「弱くて……ゴメンね……皆………」

 

『まぁそう気を落としなさんな。スゥーッ………』

 

『ハァーッ……ギリギリ間に合ったぜ……しかしペラドンナの野郎、大分強くなったな……いや、アンタが落ちたと言うべきか……柄にもねぇ事するからだぜ全く……』

 

「遅いよ……結構…熱い……展開……だったのに……」

 

『もう喋んなよ全く……内臓ぶち撒きながら話すのはピンチベックだけで充分だよ……スゥーッ……』

 

『貴s』

 

 

 

 

 

『まだ俺様が吸ってる途中でしょうが!』  

 

ストゥーピストの聖属性エンチャントを伴う激しい斬撃!しかし硬い外皮に阻まれ止めには至らない。それが彼の苦しみを却って増している!

 

『こんな!こんな下郎に、クズの人類種に、この我がァァアア!?』

 

『多分お前は間違ってる……俺はクズさ……そりゃあ間違いねぇ!だがな……お前は!お前達はクズじゃあねぇ!』

 

アブホースの全身をサーベルでズタズタに切り裂き、骨を蹴りで粉砕する!アブホースの肉体は数十秒で血みどろの肉塊と化した!

 

『よっと……』

 

ストゥーピストは肉塊の山から痩せこけたピンチベックを引き摺り出し、紐で縛った後ペラドンナに駆け寄る!

 

「痛っ……彼はこれを何度も………」

 

『はっきり言ってアイツは異常だ……正気を保っていられるのが不思議なくらいだぜ…それだけ妹さんや犠牲になった家族への想い一つで生きてきたんだろうな……』

 

「それでここまでしたって訳か……彼、僕には何も教えてくれなかった……やっぱり信頼されてないのかな……」

 

『あー……多分死んでるし、言ってもいいか。アイツな、多分お前に同情して欲しくないんだよ……ただでさえ危ない橋渡らせてる上に、自分に入れ込んだらマズいと思ってる。今まで身内が死に過ぎたんだ、無理もねぇさ……』

 

「……やっぱり優しいよねぇ……損得で動くタイプじゃないし。」

 

『こちらも片付いた……全く、狙撃手に無理をさせるものだ。』

 

『この程度の三下なら、別に問題ねぇだろ。ヒルビリーだって殺せるぜ、こんな雑巾の絞りカスみてぇな奴ら。』

 

『しかし数が桁違いだ…精鋭を送るのはやめ、替えの効く人材による人海戦術に切り替えたか。』

 

ディアハンター…ヴォルクも幾らか負傷してはいるが、致命傷は避けたようだ。背後を見ると、大型クロスボウの餌食になった冒険者が磔にされて死んでいる。

 

『ま、楽に死ねただけマシだな……半殺しが一番キツい。遅くなって悪かったな……』

 

「半殺しか……唯一の肉親を取り上げられて、どれだけ辛かっただろう……何年間もそれが続いた。」

 

『チッ……全く、お前さんは緩いんだよ。コイツはお前さんを裏切った挙句、家族まで弾こうとした……何でそんな奴を気にする?』

 

 

「………自分でも分からない……何でだろうね?6年前と同じ筈がないのに、何で……」

 

 

 

『知らねぇよ。お前が都合よく解釈してただけで、お前は最初から利用されてたんじゃあねぇのか?』

 

「……そうかもね。」

 

 

『まぁ、情はあっただろうが……余り気負うなよ。この仕事なら一度や二度必ずある事だ。』

 

 

「………うん。」

 

 

 

 

 

『……なるべく早く弔ってやれ。遅い程辛くなるぞ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これで良かったんだろ……チッ…………何でこんな……簡単に……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第57幕 完

 

 


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