『まぁ、暫くそこで一緒に居るのも悪くない。墓に入れるものでも選んでやるといいさ……』
「うん……」
『俺はヴォーパラーと落ち合う……急ぐ必要はねぇよ。』
「…ありがとう……」
『家族は既に保護してある……傷一つ負っていないそうだ。奴はかなり用心して世話をしていたらしく、要望にも応えていたらしい。』
「…ありがとう……あの子たち、結構ワガママだよね……」
ペラドンナは弟達にするように、優しく頭を撫でた。
「……ん?」
す まな 許し 愚かな
もう と 私
構 で で詫 ない
「……!?」
彼の心臓は完全に停止しており、脈も一切無かった。それなのに………最期まで自らを殺めた自分に詫びているらしい。まだ魂が休眠していないのだ。
「こう 他 た どうか 妹 恨 いで い 」
断片的なメッセージではあったが、情報が頭に流れ込んで来る。ノイズの中に複数の影が映り、消えを繰り返す。
「待って!何があったの!?」
「 うか の 生 て 私 事 忘れ 」
次第にノイズが脳内を埋め尽くし、接続は切れてしまった。
「どうしたの!?ねぇ!」
『お、おい!何かあった!?大丈夫か!?』
「ノーマン君……」
ヒルビリーは蘇生直後の混濁状態から覚醒し、既に事態を察知していたようだ。遺体のある建物内のドアを蹴破って駆けつけた!
『その人が……どうかしたのか?だって死んでるじゃねぇか……喋ったのか?』
「うん……まぁ、僕が魔法?を使って記憶を見たんだけどさ……何かいつもと違うんだよね……」
ヒルビリーは最初、仲間の裏切りと死を受け入れられないペラドンナの妄言かと思ったが、その目には確かな光があったし、何より動揺と言うより困惑に近い態度だったと思った。
(良いか、お前は捻くれてはいるが間違いなく根が正直なタイプや、迷ったら直感を信じろ……お前はウチと同じ人間や…ウチはそうして成り上がった!)
信頼出来るビジネスパートナーの言葉が伝来し、魂に電流が走る!
『待て……俺は特別な力や体質がある訳でもないし、アンタのように優れた血筋の人間でもない……飛び抜けた才能がある訳でもない……だが手伝いは出来ると思うぜ……』
「でも……」
『俺を信じてくれ!俺はもう足手纏いじゃねぇ!俺は……俺はさ……昔から要領が悪くて周りから馬鹿にされて来た!ずっと人間が怖かったさ!だがな、必死で目の前の困難に喰らい付くアンタ達を見て……何かよ、こう……あぁ………えっと………悪い流れから出て行ける気がするんだよ!』
「…分かるよ……僕もさ、最初はお礼するだけだった筈がさ……何か難しいけど、凄く綺麗な目をしてるんだよね……あんな目に遭っても、僕達を信じてくれた。」
『………何というか、人間離れした暴れっぷりだ……今まで野心を持たなかったのが不思議なくらいだな。』
「まぁ彼、損得で動くタイプじゃないからなぁ……」
『それこそ、妹さんの為に今まで命懸けで戦って来た訳だからな……生きていると分かって、最善の策を取ろうとしたんだろう。』
「……あの時、リディアちゃんを止めていれば彼は……」
『……時は戻らない、何が必要だ?俺もこの人に助けられた……だからせめて恩返しをしてやりたいんだよ。』
「ノーマン君……」
『あと、彼女の親父さんが”自分みたいに曲がった事はするな”って言っててさ……出来れば真っ直ぐに生きたいってのが本音だな!俺も家族がいる身だ、あの人の気持ちも分かる……許されるかは別にして。』
「彼も君くらい素直だったら良かったんだけど……よし!じゃあまず精神集中の時に焚く特殊なお香と、魂内潜行の触媒に使う竜種の骨髄、それから魂の流出を防ぐ為の結界に必要な夢魔の角と、魔力の籠った紐状の……そうだね、幽鬼の髪の毛を用意して!あ、コカトリスの尻尾の毒も!」
『…………俺も男だ、一度吐いた唾には責任を持つ!このヒルビリーが、アンタの依頼、命に替えても……いや、死なない程度に完遂してやるよ!』
「…ありがとう……!」
ペラドンナはヒルビリーを思い切り抱擁し、目に涙を浮かべて感謝した。正真正銘、これが最後のチャンスだろう。
(…やべぇ……めっちゃいい匂いする……)
『………俺達二人だけで、彼が処刑されるまでに謎を解く。状況は厳しいが、墓から自力で蘇った男もいる事だ……やるだけやってみようじゃねぇか。』
「まずは彼の死体を隠すんだけど……そのままだと肉が腐るから、コカトリスの毒を表面に塗って防腐処理をする必要があるんだよね……普通は儀式とかに使うやり方だけど、選んでる時間はない。」
『…コカトリス……中々手厳しいな。半日もすればストゥーピストや教団の連中、コームさんが血相を変えて俺たちを捜す筈だ……動きが読まれるまで、もって3日間だろうな……その後も時間の勝負だ。』
「本当にいいんだね……君も同罪だよ?」
『何、どの道勝たなきゃ俺達は死ぬか捕まるかだ…不利な賭けなのは最初からだぜ!それにな、ここで諦めたら俺は一生後悔するだろう……俺は力も無ければ運も無い、だがそれでも悔いのない生き方をしたい、そういう強欲な人間だ……任されたんだよ、あの人にな……妹を頼むってさ。』
「ハハハ!確かにそうだね!」
『そうだ!俺達は冒険者じゃねぇか!冒険して然るべきだ!』
〜数時間後〜
『遅いな……今日は奴の弔い酒も一緒に買って行こうと思ったんだが……』
ストゥーピストは水煙草に香料樹脂の塊を補充しながら、額の血管を撫でる。
『まぁペラドンナの事だ、道にでも迷ってるんだろうが……迎えに行くかねぇ……』
その時、ディアハンターが戻って来た。かなり焦っているようだ……
『おいおい……どうしたよ?表に裸の姉ちゃんでも歩いてたのか?』
『……ヴォーパラーが例の場所の近くに居たので、迎えに行かせた……だが……』
『…逃げたみたいですねぇ……ヒルビリー君も一緒にぃ……』
『……そうかよ…ま、そんな気がしてたさ。』
『ハハハハ……!根性がある奴は嫌いじゃあねぇ……だがな、地獄では敵を選ぶ事だなクソガキ共……!』
『おい、馬車出せ……教団も奴等も皆殺しだ、行くぞ!表沙汰になる前に始末を付ける……』
『了解した。』
『……ほれ見ろ、だからこうなるんだよ、もう少し周りを信用しろや……ま、寂しくないようにはしてやるよ……スゥーッ……』
〜一方、その頃〜
『ちょっと待った!えーと……そこの……ここまで出てるんじゃがなぁ……いや言わんで良い……うーん……』
『……フライアガリックです。』
『そうだ、それ!いやー惜しかった!ハ行まで絞れていたんじゃが、すまんなぁ……最近の若者のセンスにはついて行けん……』
『いえ、冒険者としての誇りある名前を与えられたのは最近ですから、無理はありません……』
冒険者の名前をコードネーム制にしたのはここ数年の話だ。戦後数を増して行くマナ適性者には同性や同名の者も少なくない上、印象的な呼び名が無いと組織が管理し難いのだ。
『お爺ちゃん、次はどうします?』
威厳のあるハイエルフの老人に声を掛けたのは両目を覆う紋様鉢金と二又に割れた舌が特徴的な冒険者、バーテックスアイだ。
『どうすっかなぁ……現代表は何とか助かったが……わざわざ田舎から出て来たんじゃから何かデカい事やりたくない?』
『そうですね……でもお爺ちゃんが無茶をしたせいで少なくとも来月は嫌がらせされますよ?』
『まぁな……でも連中の驚く顔はプライスレスじゃろ?』
『ハッ!先代らしい!』
首に骨のタリスマンを下げた茶色装束の冒険者、ロングピースが豪快に返事をする。彼の足元には冒険者の首が転がっていた……
『しかしアヴァ商会の安かろう悪かろうの姿勢は変わりまへんな……稼ぎ頭のビクトリーマグナムくらいじゃねぇですか、マトモなんは……』
『まぁ他所様の商売にケチはつけるな……と言いたいが、ここまで人命を軽視するたぁ見過ごせねぇ!よし…………懲らしめちゃうか!』
『お爺ちゃん……遂にボケた訳?』
『違うわい!余り老人を虐めるでない!ちゃんと策がありますぅ!』
『何ですかい?バスカール浮かべればええんですか?』
『ちょっと違う……まずワシらは中堅グループじゃん?でもバスカールの所は大手じゃん?ワシらの挑戦断ったら看板に傷が付くじゃん?』
『あ、成程!』
『そう!騒動の収拾も兼ねて代替イベントを開催し、アヴァ商会を招致、勝負挑んで勝つ!それで奴等の面子丸潰れ!ワシらも懐が暖まってハッピー!お客様も番狂わせに盛り上がるって寸法よ!』
『でも勝てるんで?相手も面子賭けるんなら本気やと思いまんがねぇ……それこそ戦争です。』
『まぁ真の目的は別にある……さっき代表から連絡があってな……この案件、何か臭うらしいんじゃ……それを探る為に奴等の隙を作る必要がある。』
『……代表は御無事でしたか……それで、誰が臭うんで?』
『最高議会の議員……この会場の視察に来てるが、一議員にしては護衛の数がやけに多い……まぁ内部クーデターの噂が民間人に洩れている件で慎重に立ち回ってるだけかも知れんが……』
『まぁ、洩らしたのは”先方”ですが……』
『…あの娘も難儀よな……実力に見合わぬ評価を受け、忠臣を喪った……しかも最悪のタイミングで仲間割れか……』
『所詮チンピラ崩れと思い上がったドラ息子の悪足掻き、直ぐに片付くでしょう。お爺ちゃんは仕事に集中して下さいね!』
『おう、じゃあ二人とも頼むぞ……』
第58幕 完