ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第60幕 : 収穫者

「うぅーっ!重い……」

 

コカトリスの死体を手に入れたは良いが、毒を取り出す為には然るべき施設で処理する必要がある。しかもその毒を食らったヒルビリーが石化してしまい、滑空すら不可能な程の手荷物を抱える羽目になったのだ。

 

「……あとどれくらいかなぁ……」

 

地図を確認したが、次に休めそうな洞穴は10キロも先だ。彼は己の迂闊を呪った後、また歩き出した。ストゥーピストの動向次第だが、次の追手が来るのは暫く後だろう。

 

「せめて馬があれば……」

 

あの時は馬があった。追手に怯えながらも必死に手綱を握る、痩せ細った彼の背中が、誰よりも頼もしく見えたものだ。だがもう彼はいない……自分の背中で冷たくなっている。あれから3週間、天候次第だが、あと数日で本格的に腐敗が始まるだろう……そうなれば手遅れだ。酷く蒸し暑い。

 

或いはどこかで馬を盗めば、ある程度の余裕を持って目的を達成出来るかもしれない……どの道今の自分は犯罪者、懸賞金に金貨数枚が追加されるだけだろう。自分達の潔白を証明した後、貴族階級の特権を使って握り潰せば良いのだ。

 

………それが出来れば、どれだけ楽だろう。

 

 

一体、どこで歯車が狂った?

 

半端な覚悟で戦場に出た事だろうか?

 

自分の力量が足りないのか?

 

 

彼が何をどれだけ失ったのか、想像も出来ない。

 

それに比べて、自分はなんて幸運で、恵まれていて、才能があって、脆弱で……甘くて、弱いのだろう。格上の敵を捨て身で倒す勇気も、片腕が欠損した状態で不意打ちを仕掛ける実力もない……

 

 

 

 

 

これも報いだろうか。周囲の自由を妬み、高貴な生まれから来る誇りは傲りに変わり、当然のように反感を買い、他人の努力を嘲笑うように実績を積んだ。実力主義と貴族主義に染まり、他人に富ではなく嫉妬を分け与えたのだ。

 

10歳でアナコンダを倒し、11歳でワイバーンを倒し、他者に劣等感を植え付けて虚無感から目を背けていた。高価な贈り物にも、美しい娘との縁談にも魅力はなかった。親に言われるまま鍛錬を重ね、親に言われるまま新聞の記事を飾った。

 

皆は彼を神童だと勝手に囃し立て、親は勝手に進路を決めた。世間的には人生の絶頂期であったし、自分以外の全員が満足していた。名声は高まる一方であったが、友と呼べる者は一人としていなかった。そして、彼と出会った。

 

 

その時、自分は知った。痛感した。

 

自分はなんと小さな人間だったのだろう。恵まれた環境に居ながら、今まで声一つ上げる事も出来なかったのだ。彼にはチャンスすら与えられなかったのに……それなのに、追手から逃れながら、嫉妬も嫌味も口に出さずに命懸けで血路を開いてくれた。

 

「このまま死なれると殺人鬼扱いされてもおかしくないのでな。」

 

理由を尋ねると保身の為だと言う。それなら何故、彼は自分が食べ残した野鳥の骨を齧っているのか?

 

何故、毎日三食も食べているのに日に日に痩せていくのか?

 

帰還魔法で帰って来た時、彼の目標は確定した。骨が歪み、翼が折れ、角が砕けても止まる事はないだろう。

 

 

 

 

〜一方その頃〜

 

 

 

 

 

 

『ハァーッ!ハァーッ!ここまで来れば奴を……』

 

赤銅の鎧を身につけたこの男はドレッドソード。アヴァ商会管轄の冒険者ギルドから派遣された冒険者である。背中には彼の代名詞である幅広のツーハンデットソードが収められている。そしてたった今、魔族の香の匂いを補足したのだ!

 

『ハッハー!特別ボーナスは俺の物だ!』

 

彼は対象を追跡する人工的な精霊を貸与されており、加えて脚力が高い。このミッションには適役だったのだが……ドレッドソードが駆け出したその時!

 

『待てやお前!その精霊寄越せ!研究してウチの商品にするんやからな!』

 

『何だ貴様ぁ?趣味の悪い成金エルフめ、さっさと目の前から消えないとその服をズタズタに引き裂いて強制的にその躰を』

 

『あ?譲ってくれへんの?全くケチ臭いなぁ……いいか、年長者の頼みは素直に聞き入れて借しを作った方が』

 

『クーッ!時間切れだ女ァ!貴様の内臓は勝ち組の爺さん共に二束三文で売り払い、査定の足しにしてやる!』

 

ドレッドソードがツーハンデットソードを振り上げ、女性を両断する………筈だったが!

 

『うぉらぁあ!!』

 

重厚な鉄塊がウォーサイズによって、まるで紙切れのように振り払われたのだ!この女性は紛れもなく冒険者……それも手練れの!

 

『こんなモンか……まぁ手ぇ離さなかっただけマシやな……』

 

『何だと……貴様、何処のギルドだ……!』

 

『今から死ぬ相手に教えてもなぁ……広告効果無いやろ?』

 

『クソ……何て奴だ!物理エンチャント無しでここまでやるか!』

 

ドレッドソードはカウンター斬撃に見せかけ、いきなり剣を突き立て跳躍!そのまま走り去る!

 

『こんな筈では……!』

 

ドレッドソードは目的を悟られぬように進路を変更、一瞬で茂みへ消えた!そのまま震える手で通信機のスイッチを押し、近くの冒険者に連絡を取る!ただでさえ厄介な相手が控えているのに、彼女と戦って消耗するべきではないだろう。

 

『皆、聞こえるか!ウォーサイズを構えた手練れの冒険者が襲撃して来た!人工精霊を狙っている!救援を頼めるか!?』

 

『ク、クソ!こちらブラッドダガー!こちらも襲撃を受けている!』

 

『こちらツイングレイブ!クソ、こちらもダメだ!白装束の冒険者が襲って来ている!一人一人は弱いが数が多い!撤退する!』

 

『こちらスティールスレッジ!スリーアンダーとナパームヘッドがやられた!敵は十字架型のハル………ザリ、ザリザリザリ……』

 

ドレッドソードは自身の身体から血が引いていくのを感じた。だが彼も優秀な冒険者、素早く状況判断と自戒を済ませ行動を開始!人質を取ればまだチャンスはある……敵と交渉するフリをして殺してしまえば良いのだ。

 

『影よ、霧よ、我が足跡を隠せ!』

 

何という事か、ドレッドソードの足元が透明になったではないか!冒険者の第六感すら欺く影魔法である!

 

『ハハハハハ……ハァーッ!』

 

そして恐るべき高速移動!影めいて滑るように駆ける!そして剣を振り上げ、女冒険者の背後を捉えた!そして人質にする為に剣を喉元に

 

『なっ……!』

 

突き刺す寸前で、彼は振り返りざまに繰り出された斬撃をツーハンデットソードで受け止めた!

 

『ええな……ウチに来おへん?』

 

『……軍用犬ですら気付かない俺の攻撃を……』

 

『………そらその犬が馬鹿だっただけや…前もそうだったからってのが一番あかん。次は気をつけてな……』

 

 

 

 

『次なんて、あるわけ無いんやが……』

 

 

 

コームの目が、怒りに燃えた。

 

『どうせ墓まで持って行くんや、教えたるわ。収穫者(ハーヴェスター)……それがウチの本当のコードネーム……』

 

『ハーヴェスター……馬鹿な、偽物だ!以前の戦争ではその傭兵、名前すら出なかったのだ!死んだに決まっているだろう!』

 

『こんな美少女だと思わんかったやろ?』 

 

『こんな馬鹿な話があるものか!フリーランスだった冒険者にわざわざ首輪を着ける人間が居たなど……有り得ない話だ!』

 

『じゃあ……首輪を自分で”作った”って線はどうや?』

 

『戯言もいい加減にしろ!』

 

『五月蝿いなぁ!ウチはこの後、電撃で黒焦げになったり、投げナイフを急所に刺されたりする予定なんや!ビジネスの邪魔すんな!』

 

『クソがぁ!何だってこんな事に……精霊は渡さんぞ!』

 

ドレッドソードは剣を掲げ、呪文を詠唱!

 

『影よ光と混ざり合い、そして硝子の色と成れ!』

 

ツーハンデットソードが光を放ち、先端から半分が透明になる!最早間合いの把握は不可能だ!

 

『所詮は大した魔法も持たん弱敵、我が影魔法で葬ってくれる!』

 

不可視の刃が弾丸のスピードで迫る!狭い森の中で防御を強いる作戦だ!

 

『危なっ!』

 

攻撃に特化した形状の大鎌では防御も難しく、ハーヴェスターは突きでギリギリでガード!恐るべきは対人戦に特化したドレッドソードの影魔法だ!しかし一度防御すれば!

 

『何だ!?』

 

大鎌の装飾がドレッドソードの剣を絡め取り、更にハーヴェスター自身の膂力を合わせて投げ飛ばす!しかしドレッドソードは剣を手放して着地!更に影魔法で気配を消し、背中に差したショートソードを投擲!そのまま走り去る!

 

『死ねぇ!』

 

更にハーヴェスターの背後から駆動音!ショートソードを打ち返した彼女はこれを回避出来ず、鉄塊が背中に叩きつけられる! 

 

『痛っ……がぁああぁ!誰やぁ!』

 

『アヴァ商会、冒険者ギルド第四支部所属……Bランクトルーパー。コードネーム、フライトレッグス。』

 

両脚を薄いコバルトカラーの義肢に変換した冒険者が名乗りを上げる。

 

『…片田舎で名を上げただけの野良犬が……我々の邪魔はさせぬ。』

 

フライトレッグスは脚部ブースターに点火し、地面の枯葉を焦がし、浮遊しながら腕を組みハーヴェスターを見つめる。

 

『出力にやや不足……胴体もサイバネティクス置換すれば一撃で冒険者を殺害出来るか。』

 

『……そりゃあ……面白いな……笑えない事以外は傑作や……』

 

『まだ馬鹿にするか…!無秩序の尖兵が、ゴキブリめいてしぶとい事だ。』

 

『知っとるか?ゴキブリってな、首落としても丸一日動くねん!どっかの誰かに似てると思わん?』

 

『貴様……!』

 

『どれだけ痛めつけられても、どれだけ馬鹿にされても、血ィ吐いて倒れても、内臓抉られても、その度仲間を増やして立ち上がる…… どれだけ惨めでも、哀れでも、必ず餌を食い潰すまで止まらん。』

 

『害虫は焼き払い殺す……それだけだ。我々が毒の炎で焼き払い、魔法で四散させ、十字架で両断し貴様らを皆殺しにして千年王国を築く。』

 

『そうか……それで平和になるとええな。そんで滅びるんやろ?旧時代(まえ)と同じようになぁ……』

 

『我々の側には神がおられる!二度と過ちは無い!』

 

フライトレッグスの加速蹴り!青い炎の筋と共に爆発的衝撃が襲い、あまりの衝撃に辺りの樹木が砕け散る!

 

『これぞ神造の兵器!分かるか、これが世界秩序の礎となり、千年王国の到来を……』

 

『で……勝てるんか、ウチに?』

 

凄まじい蹴りは……おぉ!ハーヴェスターの足元から生じた蔓草が綱めいて重なって加速度を殺し、脚は辛うじて脇腹近くの空気を掠めるだけだ!最小限の動きで回避していた!

 

『くっ……無駄な足掻きを!』

 

しかしフライトレッグスも脚部ブースターで蔓草を焼き切り脱出!再び距離を取って構える!

 

『新世界の秩序たる我々が負ける筈は無い!この聖別された義肢で!千年王国の土を踏むのだぁ!』

 

フライトレッグスは腰に装着されたベルトから注射器を取り出し、躊躇いなく首筋に突き刺した!脳が覚醒し、命の炎が燃え上がる!

 

『あーあ……それやっぱ教団にも流れてるんやな………』

 

『黙れ!』

 

フライトレッグスは桁違いのスピードで蹴り!ハーヴェスターはブレーサーでガード!しかしダメージは骨まで浸透!電撃のような痛みが走る!

 

『まだまだ行くぞ!』

 

更に木を蹴って三角跳びからの空中回し蹴り!ブースターの炎で蔦を焼き切りながらハーヴェスターの金髪を焦がす!ただでさえ機敏なスピードが薬物でブーストされ危険だ!回避があとコンマ1秒でも遅れていれば、顔の前半分がクッキー型めいて抉られていただろう!

 

『やば……油断したわ……お前マジでええなぁ!』

 

全力の蹴りの隙を突き、ハーヴェスターは大鎌で首を刈り取りに行く!しかしあり得ない角度で脚を上げてガード!弾かれた大鎌が樹木に突き刺さる!

 

『フン、この程度か…』

 

『………と、思うやろ?』

 

ハーヴェスターの唇が僅かに歪む。次の瞬間、木の根がフライトレッグスの高性能義肢に絡み付いた!大振りな急所狙いの一撃は、最初から樹木に鎌を突き立てて魔力を注ぎ込む事が目的だったのだ!死角からの攻撃に不意を突かれバランスを崩す!

 

『迂闊!』

 

『貰いー!』

 

フライトレッグスはブースターを起動、非常用燃料を全て燃やし尽くす勢いでブースト!根を焼き尽くし離脱!致命的斬首攻撃を寸前で回避し、反撃の為に体勢を整えるが……

 

『な……熱い!何故!?』

 

突如ネズミ花火めいてブースターが暴走!絶対的な体幹により辛うじて地面への激突は避けるが、無防備状態でハーヴェスターに突っ込む!彼女は獣めいた低い姿勢から飛び上がり斬撃!岩すら容易に斬り裂く破滅的威力!フライトレッグスの下半身を抉り、脚部のコードが剥き出しになる!

 

(負けた……だが俺に出来る事はまだある!)

 

サイバネティクスは出血もせず、損傷しても痛みが無い。故に素早い状況判断が可能!敵を放置すれば間違いなくドレッドソードが危ない……ならばやる事は一つ!

 

『ここで死ね、ハーヴェスター!』

 

彼の目に入ったのは樹木に突き刺さるショートソード!柄を掴み、未だに彼を動かすジェット噴射の余韻を利用して方向転換、その勢いでショートソードを引き抜き空中斬撃!ハーヴェスターも殺気に反応して反撃するが、紙一重で回避!ショートソードが深々とハーヴェスターの脇腹に突き刺さる!

 

『これで終わ……』

 

次の瞬間、フライトレッグスの背後で爆発音!

 

『え……』

 

神聖なコバルト色の義肢が突如爆発を起こしたのだ!そしてハーヴェスターの大鎌は、損傷した脚部”だけ”を確実に切り取っていた。仮に捨て身の攻撃が成功したとして、脚部の爆発に巻き込まれて灰になっていただろう。

 

『……怪我、無いか?』

 

血に濡れた装束の脇腹を押さえながら、ハーヴェスターが手を差し出した…彼女の血を養分に指先から木の根が増殖し、筋肉に食い込んで止血をする。

 

『…俺の負けだ、介錯を頼めるか……』

 

『生憎、お前の不意打ちで腰を痛めてん……無理や!』

 

彼はあまりの惨めさに地団駄を踏もうとした……出来なかったので、更に惨めになった。機械化された眼球からは悔し涙の一滴も出ない。

 

『……ここで死なねば、俺はあの人達に申し訳が立たん……頼む!』

 

冒険者になったは良いものの、中々芽が出ずに悩んでいた所を教団に拾われ……出世の目も充分にあると思った頃、このミッションでやられた。

 

『折角手加減してやったのに今死んだら、ウチに申し訳が立たんと思わんのか!』

 

『俺を尋問するのか……』

 

『……お前は捨て駒やった……分かるか?あない爆発する義肢なんて危のうて仕方ないわ!どうせウチから情報を抜いた後、お前は口封じか何かの為に死ぬ予定なんやろ。尋問は……まだ分からん。』

 

『馬鹿な……捨て駒にするにしても、もっと替えの効く人間は居た筈!』

 

『だから!三下の雑魚にそれやったら捨て駒だって本人にバレるかも知れへんやろ!それ以前に普通ならビビって断るし!』

 

彼女の発言に根拠は無かった……だが、筋は通っていた。故に恐ろしかった……また捨てられたのではないか?そんな考えがよぎる。

 

『分かった……降伏する、連れて行け。』

 

『はいはい……』

 

 

 

エルフにしては小柄な彼女の背中が、やけに大きく見えたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

第60幕 完

 

 

 

 

 

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