ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第61幕 : 女王、出陣

『……バカな………我々は提携した筈では……』

 

『…寄進はもう充分に集まった……貴様ら資本の犬はあの方の治世に不要だ……死ね。』

 

アイアンクロスのハルバードが鋼鉄で覆われたナパームヘッドの首を一撃で刎ねた。彼の表情は青色の光を放つサイバーヘルムによって隠されている……そして感情も。

 

『……低カルマ者を殺す度、我々の魂はより崇高なものとなる!信仰を高め、我々の肉体を更に強靭な金属に置換するのだ!』

 

『万歳!教団万歳!』

 

アイアンクロスの熱弁を白装束の冒険者が賛美する。無個性な人間達を一体感で操作しているのだ……個人の手柄を全員で共有する事で連帯感も生まれ、無敵の軍隊が生まれる。なんたる集団意識を利用した恐るべき洗脳か!

 

『私は君達と共に、この変革の中心地に立っている事を大変誇りに思う!来るべき千年王国の為、一人でも多くこの国から低カルマ者を浄化するのだ!』

 

アイアンクロスのサイバーヘルムから涙が溢れる。それは理想世界に思いを馳せた喜びの涙であっただろうか。それとも、肉親を兵器に変えられた悲しみであろうか?それは最早彼にも分からなかった。

 

『『『世界に平和を!民に等しく幸せを!塔に祈りを!』』』

 

肉体の50%をサイバネティクス強化した信者の代表に続いて、マナ適性発現装置により加護を経た信者達が掲句を唱える。

 

『さぁ行け同志達よ!更に戦闘データと信仰を集めるのだ!そして不敬にも巫女様の兄上を無慈悲に殺め、遺体を邪教の儀式に用いようとするペラドンナを成敗するのだ!』

 

『教団、万歳!』

 

部隊は散開し、ペラドンナを猟犬のように追い詰めて殺すだろう。アイアンクロスは過剰な肉体改造によって変質した声帯で呟いた。

 

『……ローデリウス……!』

 

背部ブースターを起動し、プラチナ製の翼を広げたその姿は天使か、それとも悪魔か。少なくとも、空中からの索敵は効果的だろう…… 機械の翼を持った冒険者が、アイアンクロスに続く。

 

天使達が悪魔を狩る。神代の伝説が、今再現されていた。

 

 

 

 

 

 

 

〜一方その頃〜

 

 

 

 

「何アレ……とにかくヤバいのは分かるけど……」

 

後もう少しで休憩地点に差し掛かるという時、大量の影が空を覆った。不快な金属の匂いと夜空を照らすサイバネティクスの光は彼の本能的な恐怖を煽る。

 

『この辺りは探したか?』

 

『いや、まだ見ていないな……敵は翼を痛めているようだし、あまり遠くには行ってない筈だが。』

 

『蛇の眼をこっちに寄越せ、追跡用の人工精霊では限界がある。』

 

翼を折り畳んだ冒険者が低空飛行しながら索敵する。その目には旧時代の特殊温度計が仕込まれており、猫の一匹も見逃さないだろう。

 

『む……ここにも異常無しか、異常が無いのは良い事だが……』

 

冒険者は素早くブースターを起動し、捜索を続行した。それから数秒後に、細長い岩を抱えたペラドンナが茂みから飛び出した。

 

 

「危ない危ない……しかしヒルビリー君は優秀だねー、将来出世すること間違い無しだ……」

 

石化したヒルビリーの肉体が赤外線を遮り、厳重な巡回を欺いたのだ!石像から抗議の視線を受けた気がしたが、彼は気にも留めずに行動を再開した。

 

「さて、地図によればこの辺りに……」

 

ペラドンナは蔦に覆われた岩壁を見ると、稲妻のような速度でそこへ飛び込んだ。ここなら監視の目も届きにくいだろう……

 

「寒い……」

 

だが火を起こせば気付かれる可能性もある為、冬の寒気が容赦なく針葉樹林の洞窟に吹き込む。

 

「もしもし、聞こえる?安全な場所に着いた……」

 

『お疲れ様です……彼は無事ですか?』

 

「うん……外傷は無いけど、途中で目を覚ましたりしないように縛ってある……」

 

『この事が自治領に露見すれば、私達は間違いなく死罪です……』

 

「でも本当に良かったのかな……彼が助かる見込みはあるの?」

 

『……かなり厳しいでしょうね……私も医者の端くれ、夢魔に寄生された人間から魂を分離出来ても、その何割かは廃人に……ましてや彼は二重人格、一つの身体に三つの魂が存在するなど、聞いた事もありません。』

 

「………でも、ここでやらなきゃ……今度は僕が助けるからね……」

 

『………ありがとう……』

 

カラドリウスの複眼から涙が溢れる。通信越しでも分かる程に憔悴した声……数年前、死にかけのローデリウスを拾った時を思い出した。たった一人の少年の為に、文字通り命懸けで追手から逃れながら自治領に辿り着いたのだ……

 

 

 

 

〜数年前〜

 

 

 

『勇敢な方、あの子は家に帰りました……貴方のお陰ですよ……だからしっかりして!』

 

「ありがとう……この子も守れなかったら、私は………!」

 

『今従者が食べ物を持って来ます……死なないで!』

 

「他人から死ねと言われた事はあったが……死ぬなとはな………慣れない事なので、上手く行かないかも知れません……」

 

『……早く!輸血はまだですか!』

 

「高貴な方……何故私をここまで助けるのですか………こんな人間擬きを………御手が汚れます……周りの者に………何と言われるか……」

 

『…そこに苦しんでいる人間がいるからです!貴方が我々に身をもって示したではありませんか!?縁もゆかりも無い人間の為に!』

 

「……私は……決して善人ではありません………今ここで………朽ち果てるべき存在だ………ここに来るまでに……何人も………復讐を……」

 

『…それでも生きなさい……貴方は決して善性を捨ててはいない。きっと神の御意思です!』

 

 

「悪いが……神様は信じておらんのですよ………私の慕う人は、非暴力を掲げた為に………暴漢に……妹まで!……もっと私に力があれば防げた筈なのに!あの人は素晴らしい聖職者だったのに!こんな非力な化け物に、何の価値がある!この俺に、この化け物に言ってみろぉ!」

 

 

男は血を吐きながら叫んだ。全てを失った者の、恐怖から逃れるような痛ましい苦悶の声だった。

 

『復讐の為でも良い、生きなさい!その方の分まで……貴方をこの地獄に縫いとめた私が憎いなら殺しなさい!私はそれでも貴方が生きる事を望みます!あの少年のように、救いを待つ人間の為、戦いなさい!』

 

 

少女は男を抱きしめた。ただ強く、そして優しく。

 

「………何故だ……何故…………こんなにも………貴女は私の愛した人達に似ているのだ………ダメだ、こんな事は許されない……!」

 

『私が許します。最高議会の長、その長子であるカラドリウスが。』

 

「そうか………そうか………私は………嬉しいのか………?」

 

男は泣いていた。そして感情すら摩耗し、死にかけていた。

 

『………少なくとも、私は貴方のような人間に会えて、嬉しいですよ。』

 

 

 

 

 

血が戻り、身体に活力が戻る……指先の感覚が戻って来たのを感じる。傷口の膿が蛆に食われる感覚を、たった今認識する。

 

 

『……痛みますか!?麻酔がそろそろ切れて……』

 

「…構いません。この程度の痛み、今まで味わって来た苦痛に比べれば小指の先以下です。」

 

 

その傷は、常人なら暴れ回ってもおかしくない筈の痛みだった筈……だが彼は顔色一つ変えず、そう返した。

 

『この身体が治癒魔法に耐えられる程度に回復するまで、ずっとここに居ても構いませんか?』

 

「………そんなに奇形が面白いのですか、変わった人だ……直ぐに気味悪くなって逃げ出したくなりますよ……」

 

『断じて違います……私こそ、貴方から見れば只の巨大な昆虫でしょうに……あ……触ってしまいましたが、不快ではありませんでしたか?』

 

「……鏡を見るよりは随分と良い気分です。」

 

『……この国は新興ながら百近い種族で成り立っています……無論、昔から住む人間の中には、それを良く思わない方もいらっしゃる。そして貴方は、差別される痛みと差別しない優しさを知っておられます……』

 

「つまり?」

 

『貴方を私の従者にしたいのですが……』

 

「何!?いや、願っても無い申し出だ、実際有難いが私のような醜い者が周囲に馴染めるとは……」

 

『斥候から聞きました……何でも冒険者に匹敵する戦闘能力の持ち主だとか………全能感に支配されずに他者を助ける……そんな護衛が欲しいと思っていた所です。』

 

「…では、妥協案としてそういった人間を探すのを手伝って欲しいと?」

 

カラドリウスは無言で男に詰め寄った。

 

『……………………』

 

「顔が近いですよ……血で汚れてしまいます。」

 

『私に仕えなさい。』

 

「いやしかし」

 

『私に仕えなさい……貴方しかいません。私の事は復讐の為の資金源だとでも思いなさい。』

 

「…………何故、私を……私は実の親が斬首刑に処される所を見ている事しか出来なかった……その次は姉と慕った恩人から引き離されるのを受け入れてしまった………そして妹と………姉を………きっと貴女も……もう嫌だ……私の目の前で人が死ぬのは……見たくない……!」

 

『その力……まだ定着する前のマナですね……貴方はこれからもっと強くなる……私を守れる程にね……』

 

「私が……強くなれますか……」

 

『強くなりますよ、貴方は……きっと英雄になる…私が約束します。』

 

 

キチン質に覆われた腕が、彼の手を握った。外骨格とは思えない程の熱が、彼女にはあった。

 

 

「……今の言葉、信じさせて頂きます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼は私をこの地位に押し上げる為に修羅となった。あの時、地獄に拾ってしまった為に……あの人は、私の為に狂ってしまった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま、死なせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が隣に居ない天下など有り得ない……自分だけ、後陣で震えているのはもう飽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方が居ない戦場で、私はどこまで行けるでしょうね……死人に口なし、私も好き勝手やらせて貰いますよ。』

 

 

 

  バァン!

 

 

10点、10点、10点、9点、9点、10点、10点、9点。

 

 

『彼なら一発目に空いた穴に全て通すのですが……まぁ、稽古は彼が帰って来たらまたお願いしますかね。』

 

 

 

黒緑色の防刃コートとミスリル製振動ダガー、展開式カーボンシールド。そして8連装リボルバーニ挺を装備し、自治領の最高指導者は戦場へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第61幕 完

 

 

 

 

 

 

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