『………つまり何だ、メスガキ……お前さんは俺の舎弟、ヒルビリーの妹だと言いたい訳だ……』
『………アンタみたいなクズに、兄貴がついて行くなんて信じられない……!』
『何とでも言えよ……だが確かに、妹が冒険者なら兄貴の面子も立たんわな……年端も行かんこんなガキにデカい顔されたらよ…良く耐えたもんだな、奴も……』
『……だって弱いじゃない……大した稼ぎも無い上、義父さんが死んだのは……アイツが病気にさえなっていなければ!』
『……弱い、か……少なくとも、本気出した俺に正面から食って掛かるくらいには男見せてたぜ?』
『…馬鹿じゃないの!?それで石に変えた訳!?』
『馬鹿言え、仮にそんな魔法が使えたとして、そんな周りくどい事しねぇよ……まぁ慎重さに欠けるって言えば済む話だが……それでもお前さんの知る奴よりは変わってた。』
「……僕が確実にコカトリスを仕留められるように、囮になってくれたんだ……ごめん!僕のせいだ!」
ペラドンナは頭を下げて詫びた。普通の貴族ならば屈辱で憤死してもおかしくは無いだろう……だが彼はそれが出来た。あの傷だらけの泥臭い背中を追う内、高慢さは跡形も無くなった。
『………チッ……頭上げろ。癖で踏みたくなって来たぜ……貴族ならもっと堂々と構えてりゃいい。俺からも謝らせて欲しい……あの時、奴を止めるべきだった。』
『……これからどうする?世間が狭いって事と、お互い今は敵じゃないって事は分かったが、教団や自治領の裏切り者が出張ってるんだろ?』
「仲間が四人も増えたのは大きい……ヒルビリー君もその内起きるし、後は彼をどうするか……」
『待て待て待て!四人って俺も入ってるのかよ!?悪いが俺は……』
「でもさ、家に帰って来るのと、儀式に使う素材集めるの協力してくれたら、僕の実家からお金出るし、僕がローデリウス君を助けようとして死ぬのが早くなるよ……すっごいお得じゃない!?」
『……チッ………お嬢もやる気みてぇだし、奴の言う通りに動いてたの俺だけかよ……コイツどれだけ人望ねぇんだよ……』
「………取り敢えずローデリウス君が起きたら家族を紹介した後、一緒に遊んで引き摺り回して、疲れて眠ったら夢の中でも疲れるくらい一緒に遊んで引き摺り回した後に、体重が3キロ増えるくらい手料理食べさせて、その後太らないように一緒に特訓して、それから買い物して装備を揃えた後に……でも彼痩せてるし、少しくらい健康的な見た目になった方が……」
『お前はアイツを何回死なせるつもりだよ……大体、お前の家族誘拐したんだろ。下手したら他国の貴族誘拐した時点で縛り首だぜ……』
「大丈夫!さっき弟達から伝書鳩が来て……」
『あぁそうか、ガキは無事なのか、じゃあ後でどうとでも事実を……何、伝書鳩だぁ!?』
「うん!僕の実家ってさ、両親が忙しいから何かあったらすぐ伝書鳩飛ばすように言ってあるんだ!」
『待て、伝書鳩って国跨いで飛ばせるもんなのか!?』
「いや、勿論眷属だよ?」
『待て、眷属って確か高位の黒魔術師とかネクロマンサーとかじゃないとそこまで繊細な操作は出来ない筈だぜ?』
「うん、三番目の妹だね!確か魔法学校の黒魔術師部門で表彰されてた筈……その年齢で高位の黒魔術に興味持つ人は中々いないから、競争率低いとは思うけど。」
『お前の妹何歳だよ……今年で70歳くらい?』
「まさか!一番上の僕がまだ18だよ?妹は14歳。」
『……嘘だろ?しかも高位黒魔術って……それこそ密教の魔女とか、吸血鬼の婆さん連中しか使えないようなマイナー魔術じゃ……』
「なんか教えて貰ったらしいよ!確か出世払いでいい感じの若者を連れて来るって約束して…………」
『……まぁいい、とにかくこの辺りに竜なんか居たか?』
『えーと、竜種の骨髄と、幽鬼の髪が要るのか?』
メモを確認しながらアイアンブレイカーが呟く……そして、唐突に髪留めを外し、分解した……燃えるような赤髪が無骨な黒鉄の鉢金から溢れる。
『……ほらよ。』
その時!
『撃てぇ!』
煙幕砲弾が洞窟に撃ち込まれる!全員が凄まじい爆音と同時に床に叩きつけられた!
『二発目、装填完了!撃てぇ!』
更に追加の砲弾だ!冒険者ですら粉微塵にする威力!
『突撃ィーッ!巫女様の兄上を救出せよ!』
白装束の冒険者が一斉に雪崩れ込む!立ち上がった人影にロングソードを叩き込み、一気に引き抜く!鮮血が岩を濡らした!
『やった……一人出血多量で撃ひゃ……あ、あぁぁぁ………!』
無線で連絡を取ろうとし兵士の手首から先が落ち、強化骨格で保護された腹から温かい内臓が漏れ出した。
『………人が粋な真似してる時に、何やってんだお前………』
『……馬鹿な………生体カーボンが!こんな簡単に……』
更にもう一人、恐怖に呻いた冒険者の首が落ちる。
『空中部隊!敵の戦力は予想以上だ、援護を!』
『……早く行け!ここで死なれたら俺は昆虫のお嬢に申し訳が立たねぇ!』
ストゥーピストは敵を蹴り飛ばした隙を突き手榴弾で壁を爆破、逃げ道を作る!
「待って!それなら僕も」
『おいクソガキ!俺は今日、まだ四人しか殺してないんで機嫌が悪い!さっさと連れて行け!閉所じゃ頭数揃えてもこっちが不利だ!早くしろ!』
『アンタも大概じゃないの!?まぁ兄貴の仲間だし、信じてあげるけど!』
『全く、ピンチベックの野郎以外はとんだお人好しだなお前ら!これで五人だぜ!もっと来いよ!』
更に袈裟斬りで首を刎ね、出来立ての死体越しにショットガンで一方的銃撃!しかし前列の冒険者達は腰に下げたマシンピストルを取り出し一斉射撃!ストゥーピストは弾丸を全てサーベルで切り裂くが、その隙に戦闘兵器が起動!放たれたナパーム弾が洞窟を崩壊させる!
『やべぇやベぇやべぇ!何人居るんだよお前ら!』
しかし退く事は出来ぬ!火傷と瓦礫のダメージを回復魔法と痛覚遮断魔法で誤魔化し、戦闘を継続!立ち上がると同時に跳躍し、砂嵐を纏って集団に飛び掛かる!
『な……まさかこの人数相手に正面から!?』
彼らは表社会で行われた格闘試合を教師データとしており、例え訓練を積んだ軍人でも一度に10人を相手に出来る……
しかし積み上げられた鍛錬と自信は、ストゥーピストの非常識なまでの残虐性と凶暴性によって、あっさりと破られた!数を活かした戦法で切り傷の一つや二つはつけられるが、傷口は徐々に塞がっていく上、生半可な傷では彼を逆上させるだけだ。一人、二人と激しい剣戟に仲間が倒れて行く!
『代表者出てこい……こんな虫ケラじゃ斬ってもつまらんぞ!』
ストゥーピストは砂漠のように乾いた、冷たい笑いを浮かべた。全身を濡らす返り血が肌を冷やし、彼の思考をフラットにする。ストゥーピストは二本目のサーベルを抜き、左手で軽く素振りして見せた。
次の瞬間、彼の左側にあった木々が何本か両断され、倒れた。戦場のスリルと限界まで膨れ上がった殺人の高揚が、彼の技量を最大限に発揮させている!
『…うぅっ………』
白装束の内、先頭に立っていた一人が恐怖に呻く。マナ適性を得てから暫く抜け落ちていた恐怖という感情が、今までのツケを支払うように襲って来たのだ。サイバネティクスで強化され、無くなった筈の痛みが両腕に走る。汗がシリコンコーティングされた人工肌を濡らす感覚に陥った。汗腺など、とっくに切除した筈なのに。
『………低カルマ者が、旧時代的搾取位階たる貴族の太鼓持ち……野良犬が魔族の飼い犬になった所で変わり無し!全員下がれ、これ以上犠牲者を増やすな………この私が相手になろう!』
声変わり前の、だが威厳ある声……巨大な影が聖人めいて人波を割り、ストゥーピストの前に出る。
『よう、誰かと思えば無様晒した挙句、仲間に助けて貰ったクソガキか……プチ整形した?』
軽口を叩きながらもその目は油断なく敵の武装を確認している……ユージェニックの改造されたパワーアーマーは、以前と比べて倍近いサイズまで強化されている。
『まだ馬鹿にするか……この聖なる電磁装甲こそ、僕の覚悟と目的の象徴!ボルトの一本に至るまで聖別されたこの機体でミンチにしてやるよ!』
『中々面白いクリスマスプレゼントを貰ったな……だが、お前は悪い子だ。よってその玩具は、俺が没収してやる……』
『今に理解するぞ、我が神とその完璧な統治をなァ!お前達は手出しするな、あの魔族を追え!』
『いいねぇ!如何にも地位を手に入れて増長したって感じのヒーロー気取り、痛めつけ甲斐があるぜ!』
『黙れ!太平の世に貴様ら傭兵は不要、死んでヴァルハラとやらで永遠に起こらない戦争を待つが良い!』
腕装甲から飛び出したヒートエッジとオリハルコンのサーベルが激しく火花を散らす!凄まじい熱量でヒートエッジの刀身が融解するが、ユージェニックは更に出力を上げる!
『僕は貴様の戦闘シュミレータを20回はクリアしている、勝ち目はないと知れ!』
袈裟斬りをブースターで躱し、赤熱する刃をパージ!回避した場所を予測して正拳突き!吹き飛ぶストゥーピスト!起き上がりを狙って肩部内蔵型マシンピストルを連射!しかし激しい土煙の中を転がり回避!
(ここまではシュミレータに近い、次はどう動く……低い姿勢からのカウンターか、それともショットガンで遠距離戦か……)
土煙から飛び出したストゥーピストはショットガンを構える!
『貰った!』
ユージェニックは肩部装甲をパージ、ストゥーピストが引き金を引く前に接近して回し蹴り!
『うぐぅぁ!?クソが、ストリップでもやろうってのか……』
(身軽になった分、動きは間違いなく此方が有利だ……だが焦るな、ここは耐え、確実に殺せる隙を待つ!)
背部の追加フレーム腕を起動、ショットガンでの殴打を防御、銃身を曲げて破壊!敵が背中に手を掛ける……サーベルを抜くつもりだ!居合斬りを警戒して脚部で受けた!ダメージ軽微!足裏のジェット噴射装置で肉を焦がす!ストゥーピストの腕が焼けた!
『………勝てる……!』
回復の暇を与える訳には行かない……確実に攻め続け、長期戦で魔力切れを狙う。敵の傷は決して浅くない、走らせて少しでも出血させる。
『どうすれば奴に勝てる……?』
否、お前は僕に勝てない。教団に勝てない。全てを克服して完璧な成長を遂げた新人類に、勝てない。今まで僕の事を馬鹿にした報いを受けろ!もう役立たずじゃない!
『何故だ、何故当たらねぇ!』
残った片腕で刺突、回避。切り上げ、関節部で防御。全て順調だ。跳び蹴りを躱し、肝臓にボディブローを直撃させた。
『カハッ……』
怯んだ隙にチョップ突きで喉を潰す。魔法はもう詠唱出来ない……継続回復の魔法もじきに切れる……
『クク……カハッ……ガアァァァァ!』
突進、無駄な時間稼ぎを。最適化された動きで防御、呼吸も出来ない癖によくやる。ローキックで足を叩き折り、頭を踏み潰して
『…え……』
ユージェニックの身体が宙を舞った。接地格闘モードは解除していない。敵の腕は黒焦げの筈なのに!?突き出した岩に叩きつけられ、カメラアイにノイズが走る。
見ると、脚部に歪な肉塊がへばりついていた。何故?答えは血だ。ストゥーピストは装甲にへばりついた自分の血を触媒にして、腕に残った筋肉と結合、残った魔力の全てを継続回復に回して再生を繰り返し、一瞬で脚部を飲み込んだ!ブースターを起動しようにも、ストゥーピストは的確に脚部関節を岩で破壊、更に異常再生した肉で内部機構を塞ぎ、反撃を防いだ!
『ヴォアァァアア!?』
有機的且つ不完全な肉体を捨て、生まれ変わった筈なのに。脳改造で障害を克服した筈なのに。自分は選ばれた人間なのに!そうでなくては、他人と違う意味など無いのに!
右脚部、ブースター使用不可、圧迫物を取り除いて下さい。
背部増設フレーム、40%損傷。
網膜に移る警告メッセージを見て、全てを理解した。親から押し付けられた、この卑小で愚鈍な肉体を捨てた。それの何が悪いんだよ……ちゃんと産めば良かっただろう。兄や妹と比較しないでくれ、僕を捨てないでくれ。
『バオォオオオオ!!』
喉を潰されたストゥーピストの悍ましい咆哮が心を削り、樹木や岩に無敵の鎧が砕かれる!
『まだ……まだ……!』
しかし負傷したストゥーピストの肉が絡み付いたその身体は、まだ生きようとしていた。左脚のブースターで移動し、樹木に体当たりして軌道変更、右脚を引き摺りながらも立ち上がったのだ。右半身をドロドロの筋肉に飲み込まれながら、腕を振り回して歩く。何とか肉体の主導権を取り戻した。
『………役立たずじゃ………ない………俺達は………もっと………普通に………もっと……幸せに……』
肉の浸食は止まらない。ストゥーピストはユージェニックの合成バイオ筋肉に残留した魔力を使って、今ここで、一秒でも敵を縫いとめる為に死力を尽くす!まだ戦いは終わっていない!
『待って……いろ……!』
背中の増設フレームが火花を上げながら彼の歩行を補助する。ストゥーピストはカメラアイを肉で覆う。魔力の過剰使用で目から出血するが、それでも傷ついた脚部から漏れ出す人工血液を啜ってなんとか魔法を維持する。気絶すれば間違いなく止めを刺されて死ぬからだ。
『……飛行用……ジェット機構……予備電源…………起動………!』
ふらつきながら、背中の翼を展開して飛び立つ為、崖に向かって助走をつける!右脚は使えず、両腕の力で走っているのだ!
『マナ痕跡……トレース開始………』
『………システム……比較的安定……』
『ユージェニック、聞こえるか……おい!返事をしろ!』
『………………メテオ…悪い、今追跡中だ………ストゥーピストは………撃破した………奴はもう、戦闘は不可能………ペラドンナも……必ず………』
『何だと……よくやってくれた!よし、戻って休息を取るんだ。あの方もきっと喜んで』
『ここで逃がせば………あの方の兄上を………取り戻せない…………マナ痕跡…………少しだが…………空気中の…………』
『………分かった。やはり仇を討ちたいか……だが絶対に無理はするな、必ず帰って来い。』
兄は国を、家族を、そして教団を愛し、憎み、憂いていた。訓練で負ける度に装備を増設した……全て平和を信じてやっていた。身内から見ても狂っていた。だから自分も、狂う事にした……絶対に逃しはしない。後悔もしない。全ては家族の復讐が為、どんな犠牲でも払うと決めたのだ。
二度と後悔はしない。ユージェニックは、血の通わぬ黒鉄の拳を硬く握りしめた。