雨雲の中、汚れ、落雷で焼け焦げ塗装が剥げ始めた装甲を軋ませ、肉が絡み付いた半身を脈動させ、彼は笑っていた。
『空挺部隊……聞こえるか…………奴のマナ痕跡を……………完全に分析し……………補足した………』
正しく狂気の所業であった。強化心肺すら弾け飛ぶ程の上空からマナ痕跡のみを辿り、予備燃料すら使い潰す勢いで飛行し、美しい白磁の装甲からは塗装が剥がれ、時折衝突する鳥類の血と臓物に塗れ、それでも敵を追い続けた………そして遂に生体レーダーにペラドンナと同一の生命反応が映ったのだ!
『…そのまま奴を見失うなよ……!追跡部隊、地下に潜伏している部隊と合流して国境を越えるぞ……見つかれば命の保証は無い、だが今まで血を流して来た我々の同志、そして犠牲になってしまった人々に報いる為、ここで巫女様の兄上を救出し、千年王国の第一歩とする!』
『ウォオオオオォォォォォッ!』
白装束の冒険者達が、ロングソードや短槍、グレイブを掲げて雄叫びを上げる。その数200人……冒険者でない者や傭兵、義勇兵も含めれば300は下らないだろう。敵対者の中でも特に用心深いカラドリウスを誘き出す為の餌というだけではない。火塔の巫女、その兄を悪魔の手先から救出するというシナリオで信者達や協力者の士気を上げる目的もあるのだ。
『潜水艇、準備OKです!』
『陽動部隊は潜水艇でもう一度ブリーフィングを行う!』
『……激しい抵抗が予想されます……”彼”は尋常ではありません……絶対に油断せず、敬意を払って挑むように。』
『私はサイバネティクスの有用性を証明するだけです…自治領の利権をこれ以上広げる訳には行かない……それで……』
『分かっています、ヴェノムパピヨン……今回の件、解決した暁には貴方を幹部に推薦する………約束は守りますよ。』
『フフフッ……それでこそ理想の施政者。巫女様の兄上の奪還は勿論、あの魔族の首もお持ち致します故………貴方様の立場が危うくなってしまうかも知れませんなァ……?』
『………面白い。見せて貰いましょう、貴方の覚悟を………』
女王の座はあの少女か、それとも自分か……そして勝つのは天使か、それとも悪魔か……失って久しい高揚が、面頬の中で牙を剥いた。
『そして、”貴方”がどれ程強くなったかも、ね………』
〜一方、その頃〜
『………あっ………そんなぁ……………そこは………ハッ!』
「あ、起きた……おはよう!」
『……………あぁおはよう………何か浮遊感が……………アッ!』
「危ないからあんまり暴れないでね?」
『……雲の上…………ウッ!………ウーン………』
「あれ……また寝ちゃった…………でも起きてないと敵襲の時危ないし………よし!」
ペラドンナはヒルビリーの肩から手を離した。重力に従ってヒルビリーの肉体は凄まじい速度で落下する……地面に叩きつけられて挽肉になるまで、そう時間はないだろう。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……」
『……へ?』
「あ、起きた。」
『………うわ、わあぁぁあぁあぁあぁあああぁぁっ…………』
谷底に真っ逆さまだ!ヒルビリーは泡を吹きながら落下!ペラドンナもそれを追い越す勢いで降下、羽根を畳み更に加速!ヒルビリーの真下に着地、一気に飛び上がって抱き止めた!
「…………今度こそ起きたかい……?」
『…あぁ!起きたよ…………完璧に目覚めた。』
「これ弟達にやってあげると一発で起きるんだ……今から会うのが楽しみだよ。」
『………あと……少しで……永遠に眠る所………だった………』
「えっ……ごめん………」
『……いや、実際ちょっと楽しかったぜ………寝起きじゃなかったらもっと楽しめるんだが………』
「本当!?嬉しいな……じゃあ家に着いたら今の10倍くらいの高さでやってあげるね♡」
『おっ、おっ、おぉ、おう!楽勝だぜ、妹にもいい所見せないとな!』
(………やべぇ、また安請け合いしちまった………)
「……………本当は怖くて仕方ないって感じだねぇ?」
『そ、そうかぁ?』
「……君達って本当無茶ばかり……そろそろ、僕の番が回ってくるのかな……………なんてね♡」
『い、いや……そんな事はねぇと思うぜ、俺は………確かに、あの人達が異常に頑張ってるのは確かだけどよ……ここで少し踏ん張れば、また逆転の目も見えて来る筈だ…………この数ヶ月、俺なんか普通のバイトから一気にプロの冒険者よ……いまいち実感湧かないけど。』
「ハハハハ!確かにそうだね!でも実際、こんな事になってるのに逃げなかった君は………本当に素晴らしい友達だよ。」
『友達……俺が?』
「うん!だって僕の事、命懸けで助けてくれたでしょ?」
『それは………』
「君が居なかったら危なかったよ…………本当にね。」
『いや……アレは………アンタが勇敢に戦ってたから、俺が勝手に影響されただけだ。』
「それが凄いって、何で分からないかなぁ………」
『俺、弱いだろ………いつも足引っ張ってよ…………なんか惨めでさぁ………アンタは笑うけど、俺は………冒険者になっても、あんまり変わんないモンだな…………アンタやあの人みたいに強くなれないよ、俺は……』
“臆病風に吹かれて父親を守れなかった、兵役逃れのクズ”
周りから言われた通りだ……自分は冒険者になっても、変わらないのかも知れない。
「…いや、成れるね………この僕が保証してあげよう、だから君が必要なんだ。これからも、一緒に戦ってくれるかい?」
『あ、あぁ!勿論だ……』
「…………ごめんね………」
『何?俺は何も……』
「いや、何でもない……何でもないよ………あ………」
『ど、どうした……さては敵襲か!』
「前見て!ほら!」
ヒルビリーが空を見上げると……何と数キロ先から、空が紫色に染まり、黒い雲が浮かんでいる!
『な……これが……デミゴルゴアかよ!す、すげぇ……』
「次は下見てごらん!」
言われた通りに下を見ると、紅い川に灰色の森、そして………凄まじい威容を放つ、禍々しい都が現れたではないか!
『嘘だろ……だって………数分前は影も形も無かった!』
「僕達魔族の故郷は、ちょっとだけ魔力で空間が歪んでるんだ。詳しい人間の案内無しじゃ、もし着いても帰るのは無理……だから今まで戦争をやる必要も無かった………進軍出来ないからね!」
『絵で見るよりもずっと幻想的だ……御伽噺で竜に乗って異界までやって来た勇者も、きっとこんな気分だったんだろうな……まさに”大空を飛ぶ”って感じだぜ!』
「お気に召したようで何より♡さ、家で何か食べよう!」
暗紫色の翼を羽ばたかせ、豪雷と同時に加速!
『問題!僕の家はどこかな?』
「えーと……あのでかい屋敷かな?」
『じゃあ……答え合わせ。』
ペラドンナは雷光を纏い、錐揉み回転して高速滑空!都市の中心に聳え立つ巨大な城に向かって一直線だ!
『おわあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあッ!?』
「シャーハハハハハハハ!楽しいねぇーっ!」
超高速でヒルビリーを抱きしめたまま窓に突っ込む!飛行時の衝撃波が窓枠を壁ごと粉砕!ビスクドールの首をへし折り、精密なステンドグラスを叩き割り、磨かれたマホガニー材のテーブルを弾き飛ばし、美しい鏡にヒビを入れ、水晶のケースからは宝飾品が飛び散り、魔獣の毛で編まれたカーペットを捲り上げる!最後にドアに風穴を開けて廊下に転がり、ようやくペラドンナは止まった。
「翼だけじゃなく風に頼れば、まぁこれくらいの勢いは出るかな……目指せ人間ハープーン!」
『あぁ!あぁ……何て事を!絶対怒られるぞ!』
「まぁ見てなって……全然平気だから!」
ペラドンナは笑いながら指を鳴らした。すると、不思議な事に……部屋が勝手に片付けを始めたのだ!石煉瓦が積み上がって壁を修復し、歪んだ窓枠が音を立てて元に戻り、ステンドグラスがパズルめいて禍々しい肖像を描いた。他の家具も同様に修繕されていく。
「どう?面白いでしょ……この城の部屋は全部こうだから、全部灰にでもしない限り壊れないって事!」
『まるで絵本の世界だな……ここまで強力な魔法は中々お目に掛かれないぞ………』
『お兄様!?ご無事だったのですか!』
「この程度で僕が死ぬと思う?ただいま!」
『兄貴!帰って来たのかよ……今度ばっかりは流石にくたばると思ったが……賭けは俺の負けだな。』
『………兄さん……久しぶり………』
『おっ!それが噂の変身ヒーロー殿ですか!いやはや兄者、よく帰って来て下さった!』
『相変わらず派手な登場だな……』
大量の魔族達が、一気にペラドンナに雪崩れ込む。
「皆ありがとう!この僕、ペラドンナが都に帰って来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
次の瞬間、城中に荘厳な鐘の音が鳴り……若き英雄を称える50発のファイアボールが炸裂、暗い空に美しい華を咲かせた。
『あ……おあっ…………おまっ…………えぇっ!?』
「びっくりした?」
『した……凄いな………今の演出、今度リング上がる時に真似してみよう……』
「いいね!やっぱり士気上げるには派手が一番だよ!」
『帰って早々に、随分と元気な姿を見せてくれるな…我が息子よ。』
突如響いた雷のような重く覇気のある一声が、この場に居た全員を一瞬で黙らせた。見ると、有機質な甲冑に光り輝くマグマのような鋭い眼光、そして槍の穂先のように鋭い角の男が仁王立ちしている。
「あっ、パパだ。」
『息子よ、その者は………?』
くぐもった声で続ける。
『ひぃっ!おっ、俺いやっ、私は、自治領から、えっと、此方にいらっしゃる、ペラドンナ様の、あっ、あっ、一応は、仕事での付き合いがですね、ありまして、この度は、誠に、お日柄もよくですね、あっ、あっ……』
「僕の友達!ここに来るまでに助けて貰ったんだ!」
『友達か………ふむ……………成程、友達であるか…………』
男はヒルビリーの30センチ近くまで顔を近づけ、恐ろしい眼光で彼を捉える……男の構えが変わり、一瞬で適切な間合いに移動、更に……
『……息子が大変お世話になっております!この小国の外で息子がかけがえの無い出会いを体験出来た事、種族の壁を乗り越え、君達と友情を築く事が出来た事、魔族という種族の代表として、そして父親として誇りに思う限りです!どうぞこれからも、息子と仲良くしてやって下さい!』
深々と頭を下げた!なんたる完璧極まる礼儀作法か!これには堪らずヒルビリーも平伏す他無い!だがヒルビリーも冒険者、続けて挨拶を繰り出す!
『ご、ご丁寧にありがとうございます!黄金泊商会、冒険者ギルド本部所属、ノーマン・バレー・ロックウェルです!』
「あっ、こっちで倒れてるのはローデリウス君ね!」
『ふむ……伝書で聞いておったが、まさかここまでの殺気を肉体が死んだ状態で放つとは…………凄まじい精神力よな……よし!彼を安全な場所に移し、結界を張った後然るべき治療を始める……ノーマン君も疲れただろう、何か食べると良い……今準備をする。』
男は杖を抜き、難解なルーン文字を飛ばして黒い布に包まれた遺体を地下まで運ぶと、ペラドンナもそれを追って飛んでいった。
『………一人になってしまった。何をしたものか……』
『………そうでもないよ……』
その時……ヒルビリーの背後に、突如ペラドンナが現れた。
『えっ!アンタ、今出て行っただろう………?』
『………あぁ……僕は出て行った。』
『待て……誰かが化けてるのか?』
『化けてる……あながち間違いでもないかな………ねぇ、君はこれが現実だと……本当に確信出来る?夢じゃない、嘘じゃないと証明出来る……?』
『な、何の話だ……』
ヒルビリーは彼の異様な気配を察知し、背負った棍棒に手を掛ける。怒られるだろうが、いざとなれば家具を破壊して瓦礫でゴーレムを作る。
『誰なんだ……全く、あの人も趣味の悪い悪戯をするな……!』
『誰かだって?こっちが教えて欲しいよ。』
『何………てめぇ、まさかあの時の………!』
ヒルビリーの顔が怒りと恐怖に歪む。ストゥーピストから聞いた話では、以前ペラドンナに化けてピンチベックの命を狙った刺客が居たという……ここまで追って来たのか?だとすれば最悪のタイミングだ……
(今あの人たちが襲われたら……まずいな、俺の能力で何分保つ?)
『ここで終わるかな……君を殺したら、あの人たちは僕を終わらせてくれるかな……?』
『生憎、てめぇが誰かは知らない……だがあの人が出る幕じゃねぇな。少し手間取って貰うぜ!』
偽ペラドンナは背中の長剣を抜き、美しい構えでヒルビリーに相対する!ヒルビリーも武器を握る手の震えを抑え、決死の覚悟を決めた!両者は同時に走り出し、互いの得物が激しく火花を散らす!だが偽ペラドンナは巧みな剣技でヒルビリーの棍棒を受け流し、鋭い刺突で反撃する!
『いいぃっ!?』
反射的に構えた腕のガントレットが剣戟を弾く!ヒルビリーはこの一瞬の隙を見逃さない!長剣の間合いから素早く離脱、渾身の一撃で壺と棚を粉砕した!
『頼むぜ……』
瓦礫が人型を作り、ファイティングポーズを構える。手駒を増やせばある程度は時間が稼げるが、それでも素の戦闘力は心許ない。ヒルビリーの首筋を滝のような汗が伝い、酷い寒気が襲った。
『僕の記憶は君程度の人生よりずっと価値があるのだろうね。そうでなくては、生まれた意味が無いのだから。』
『何……何だと?』
『だってそうではないかな?家柄、血筋、外見、そして力……今からそれを証明してあげよう……』
雷がオーラと共に放たれ、絶縁皮膚に包まれた人口培養筋肉に血管めいた蒼いラインが浮かび上がる……まるで造花のような、不気味なまでに完璧な美しさがそこにあった。
『悪いが、ここで死ぬのは御免だな……自殺なら他所でやってくれ。』
『愚かだ……君は君の仲間と、その家族のせいで死ぬ……』
偽ペラドンナは人工的な蒼い雷を剣戟に乗せ、低い姿勢から一気に斬り上げる!ヒルビリーはゴーレムを盾に辛うじて回避!しかし、頬から血が垂れる感触が安堵感から彼を引き戻す。顧みろ、自分は誰と戦っているのか?
『血だ……汚い血だ!可哀想に……彼らが下らない情に流されたから君は死んでしまう……』
『……何て奴だ………こいつ相当だぜ。早く助けが来ると良いんだがなぁ!』
ヒルビリーは棍棒を振り上げ、一気に突撃した。
第64幕 完