〜一年後〜
『コシューッ!』
「コシューッ!」
少年は冒険者の凄まじい身体能力から繰り出されるチョップを………寸前で回避!そう、回避したのだ!更にゴム製ナイフで脇腹を突き刺しに行く!
『…………はぁっ!』
だが肉体の完成度は覆し難く、少女は指二本でナイフを受け止め、90度曲げてしまったのだ。
「貰った!」
ナイフでの刺突は捨て石めいた前座だ!鋭いローキックが少女の脇腹に突き刺さる!
『……………おめでとう!』
少女は暖かい笑顔を浮かべ、少年の頭を撫でた。一年間の修行で初めて一本取られた………それが堪らなく悔しく、嬉しいのだ。
「……俺が、やったのか……姉さん…………」
『えぇ……貴方が冒険者なら今のは有効打になり得た筈ですよ。』
「………もう……馬鹿にされたり………しない?」
ボロボロの身体でなんとか立ちながら、少年が呟いた。彼女から一本取る為に何回も投げ飛ばされ、打ちのめされたのだ。
『………貴方は強くなった……残酷さしか取り柄のない他の者は、貴方に道を譲るでしょうね。』
「……じゃあ、勝てるかな…………親父に。」
『………勝った後、どうするのです?貴方の母は、その男を今も愛しているのでしょう?それが間違いであるとも知らずに………家族を想う貴方の気持ちは分かります。しかし、このまま家に帰っても貴方が傷つくだけでは?』
「……それでも、この世にたった二人しかいない、俺を愛してくれる人だから。出来れば両方とも幸せにしたい……あの人が間違ってるなら尚更。」
『…………もう、貴方が傷つくのは見たくない。』
「……親父を説得したら、すぐ戻りますよ。これ以上貴方に迷惑を掛ける訳にはいかない。」
『………分かりました。』
この一年、格闘術と武器術を本物の冒険者から学んだ。
全てはこの日の為、母の為、姉の為に、ここまで鍛え上げたのだ。
……………………………………………………………
『……まだ帰らんのかぁ?あのクズ。』
「…あなた、そんな言い方………」
『なんで庇う……お前は黙って奴を探しに……』
いつも通り拳骨の雨が降ると思い母親が身を屈めた直後、父親の拳が寸前で止まった……いや、止められたのだ。
「………恨むなら、俺を恨めよ。」
『……な』
父親の頬を少年の右拳が抉った……そのまま腕を捻りながら振り抜く。
硬い骨が削岩機のように筋繊維を潰し、痣を作る。さっきまで居なかった筈の息子が、すぐ隣にいた。
「……………あのさ、母さんはアンタを愛してる。だからナイフで刺さないんだよ………こんなクズでも。」
『お前……お前……!』
父親が立ち上がり威圧しようとするが、不意打ちとはいえ体格の優れた自分を本気で殴るとは思わなかったようで、動揺が目に見える。少年は顔色一つ変えずに食卓に置かれたフォークを父親の脚に突き立てた。
『ぐわっ!?』
痛みでよろめく父親の股間を蹴り上げる……正面からやれば勝ち目が薄い、やる事はシンプルだった。痛みでパフォーマンスを奪い、屈辱で技を鈍らせる……父親はまだ”起きて”いない。
『な、何をするんだ、俺は』
頭蓋に蹴り。錘を仕込んだ運動靴で脳を揺らす。たった十数秒のやり取りで、あんなに恐ろしかった父親が虫ケラのように這いつくばった。今まで自分を虐げていた生き物の、なんと脆い事だろうか!
「教会で蘇生して貰えば良いだろう?いつも俺にやっているように。」
暫くは立てないが、足を掴まれれば終わりだ。少年らしからぬ冷静な思考が、湧き上がる全能感を一瞬のうちに鎮めた。背中から折り畳み式の棒を取り出し、何発も殴りつけ、打ち据える。
『あぐっ!やめっ……いがぁ!?』
「…………このクズが!アンタみたいなゴミに!着いてきてくれている母さんを!まだ!疑うつもりか!」
棒の先端が赤く染まる……それは油めいて少年の怒りを更に過熱した。母親や自分に同じ事をしておいて止めろと言うのだ。
『……分かった!何が望みだ………何でも買ってやる………出て行く!この家を出て行くとも!』
違う。
ただ人並みに暮らしたかった。
貧しくても良かった。
追いかける背中が欲しかった。
家族を、愛したかった。
愛して欲しかった。
血溜まりに自分の顔が映る。いつの間にか古傷が開いていたのだ……そして、父親も全く同じ色の血を流していた。
それから何秒、何分、何時間経っただろう?
「二度と彼女に手を出すな。」
この男が手遅れだと知った。一言でも謝れば、名前を呼んでくれれば許すつもりだった。
少年は、泣いていた。
それを窓から眺めていた少女も。
数ヶ月後、少年の父親は死んだ。
あれから逃げるようにして家を去り一人で暮らしていたらしいが、誰にも頼れずに孤独死したらしい。
発見が遅れ、腐敗しきった遺体から判る事はそれくらいだった。
男がいた部屋”だけ”が”ひどく焦げていた”事以外は。
…………結局のところ、真相は誰にも分からなかった。腐敗ガスに引火した可能性もあるし、自殺の際に放火したものが運良く鎮火した可能性もある。低級な妖精やモンスターの悪戯という事もあるだろうし、所謂鬼火のように父親が亡霊化した線すら疑われた。
今でも夢に見る。
私は、あの人に人殺しをさせてしまったのではないか?
第67幕 完