焼け落ちる木々、逃げ回る動物。まさに黙示録に記されし最終戦争。黒焦げた大地にまた一人、聖なる戦士が降り立ったのだ!
『ククク……空間の歪みを手掛かり無しで割って入るのは無理だが………おい”ペラドンナ”、聴こえているな!』
『あぁ、こっちも粗方片付いた。ピンチベックの作戦を継続して、この国の騎士団を掌握する………』
『中々大層な作戦じゃねぇの?ブリキが詰まった脳味噌でよくそこまで考えたな。』
『…………何?それは誰?』
『……今重要ではない。とにかくだ、』
『ペラドンナに伝えとけ、偽物野郎!お前の事助けたんだから、謝礼に金貨1億枚くらい……いや、税金が面倒だな………それくらいの商品券用意しとけってな!』
『は?誰だよそいつは!?』
『話せば長い。とにかく敵を殺せ!話はその後だ、いいな!』
『………分かったよ。おい、大人しくしろ!』
『嫌だ、ギリギリまで時間稼いでやるぜ……行け、ゴーレム!』
『懲りないね、君も……!』
『………早くしないと本物が大物連れて戻ってくるぞ!ほら急げ急げ!死んじまうぞ……!』
『このっ!』
『フン、貴様の仲間もじきに死ぬだろうな……我々をあまり舐めない方が良い、今すぐ降参すれば命までは……』
『お前みたいなガラクタ舐めたら舌が腐るぜ!舐めるなら女の子が口付けたグラスにしとけよ?』
『……………クソッ!』
ユージェニックは焦っていた……この男の余裕だらけの態度、そしてヒルビリーの意外な奮闘。だが敗北は無い、絶対に勝てる戦いだ………自分に言い聞かせる。国境は既に包囲を開始しているし、士気も充分。名誉の為、神の為、家族の為………そして復讐の為。
『さて、俺様も少し頑張るかね………頼んだぜ、お嬢……』
〜一方、その頃〜
『アデプトB、聞こえるか?こちらエンゼル92、異常無し……どうぞ。』
『アデプトB、特に異常無しだ。万事上手く行っている………ヴァルキリーはどうだ?』
『エンゼル92、了解……分かった、今繋ぐよ。フレアヴァルキリー、アデプトBから定時連絡だ。』
フレアヴァルキリーと呼ばれた冒険者は困ったように微笑み、しかし嬉しそうに通信機を手に取る。
『何かな……?』
『………君、これが終わったら幹部に昇進するんだろ?出世祝いに何が欲しいかなって………俺たち同期だし、出世頭として南街区の支部から離れるかもだろ?せめて元同僚として思い出に残るやつをドーンとさ!』
『……………指輪、君から渡して欲しいな。』
周囲がわっと盛り上がる。フレアヴァルキリーは甲冑の下の顔を赤く染め、一気に加速した。恥ずかしいのではない、やっと言えて嬉しかったのだ。
『えっ、そんなつもりじゃ……いや、凄く嬉しいよ!でも君の昇進に間に合うかなぁ………?』
『待つさ、それくらい。いつも君に叱られてばかりだったからな……私がせっかち過ぎると。私なりの、教えて貰った礼という奴だ。』
『………分かった。この前新しい剣を買ったばかりだけど、まぁ頑張ってみるかな!』
『楽しみに待っているよ。流石に指輪を奢るのは私も憚られるのでね!』
フレアヴァルキリーは素早く空中で宙返りを決めると部隊に合流し、探索を再開した。旧時代の技術を危険だと避ける者もいるが、正しく使えば大勢を救う事が出来る………例え、脊髄を榴弾に持って行かれた兵士でも。
若き戦女神は蒼い晴れ舞台を駆ける。赤い翼は神の怒りに触れる蝋か、それとも再起を誓った不死鳥か。
……………………………………………………………
彼女が消えてしまった。
家族が一度に二人も居なくなってしまった。
一体どうすれば良いのか?
私も居なくなれば、母さんはきっと………
どちらを選ぶかなんて、私には出来なかった。
結局、どちらも失った。
本当の名前は、身元を隠す為に捨てた。
金は奴らに騙し取られていた。
信仰は母の首と同時に消え去った。
全てが、たった数ヶ月で無くなった。
『今日は、新しい家族が来るんです。』
杖をついた若い女性が、朝一番に子供達に伝えた。足が不自由なようだが、それでも幸せそうだった。
「…………………………」
『大丈夫ですよ……君は何も悪い事などしていません。ここには友人が居て、教師が居て、仕事があります。』
「…………………それは、殴られる仕事か?それとも殴る仕事か?」
女性は少年が放った凄まじい気迫に恐怖と同情を禁じ得なかった。全身には大量の古傷がびっしりと刻まれ、頭髪の先端は燃え尽きたような灰色。瞳には白目がなく、顔の右半分は異常に変色している。
神がどれほどの試練を彼に与えたのか、想像すら出来ない。
「…………貴方も災難だな。他の子供達も。」
『そんな事はありません、神は貴方の苦境に必ずや』
「ここには説法を聞きに来たのではない。聖職者らしく怪物退治でもしたらどうだ。包帯を外せと言ったのは貴方だろう。それで……次は私を磔にして火で炙るのか?それとも剥製にして博物館に売り飛ばすのか、えぇ!?」
『………私は彼らを信じています。』
「あぁ、私も信じているさ!私を一目見れば間違いなく叫び声を上げて逃げ回るか、死ぬまで殴り続けるだろうよ!改宗だか何だか知らないが、私は生まれてこのかた神なんて一度も信じていない………散々迫害しておいて、最後の最後で子供だから助けてやる?目の前で母親を殺した生き物の言う事は本当に意味不明だな?」
『……………………………』
返す言葉が無かった。今まで酷い仕打ちをして来た人間が信仰する神、信じられる筈が無い………ましてや彼らは目の前で母親をギロチンに掛けたのだ。
「……祈ったらどうだ?結局、神の御心とやらにも値札が付いているのだろう?この金で天使に頼んで私の魂を浄化して貰えば良い。」
少年は懐から何枚もの金貨を投げ出し、女性の目の前に置いた。
『う、受け取れません!』
「何故だ?神など、天使など居ないからか?移る病気だと思っているのか?」
『…………お金で買えない物もあります。君だって、私が幾ら金貨を払っても友達になってはくれないでしょう?』
「………友達?何を言い出すかと思えばそんな綺麗事を……」
その時、修道院のドアが勢いよく開く!そこには金細工のように光を反射する髪に銀色の瞳を持ったエルフの少女がいた………歳は少年と比べて一回り程下だろうか?
『姉様、その人が新しい人かー?』
『あ……リディア、勝手に入っては……!』
『おい、後ろを向いていたら顔が見えないぞ!こっちを向いてくれ!』
「……………待て、まだ包帯を直していないから」
『怪我してるのか!?だったら私が助けてやる!』
少女は素早く少年の肩を掴み、一気に引き寄せた。
(………………終わったな。)
『うぁ…………』
次の瞬間少女が目を輝かせて、更に顔を近づけた。少年はあからさまに機嫌を悪くした…………好奇心が加虐欲求に変貌するのに、そう時間は掛からない……幼い子供ほどその傾向が強く、歪み易いのだ。
「…………面白い物は見えなかったようだな。」
『貴方は金色の目に銀色の髪か!なんて綺麗なんだ!』
「何?馬鹿を言え、それ以前に私はまともな人間では……」
『貴方と反対に私の目は銀色で、髪は黒なんだ!良く見てくれ、きっと私達が出会った事には特別な意味があるに違いない!』
「あまり関わらない方が良い………何故因縁をつける?」
『そうだ、きっと貴方は私の兄弟だな!遠い前世、生まれ変わりによってバラバラになってしまった私達の魂を神様が引き合わせてくださったのだ!』
あまりに支離滅裂な要領を得ない会話。目と髪の色が似ているというだけの強引な理由付けと、破綻しきった稚拙な理論。それを純真な表情で尊大に語る彼女の目的が全く分からない。
『全く、今日はなんと素晴らしい日か………おっと、すまない。申し遅れたな、我が兄よ。私の名前はリディアと言う。貴方の名を聞かせて欲しいのだが、構わないかな?』
「……セタンタ………いや、今はローデリウスだ。」
『………貴方も訳があるのだな………しかしどちらも我が兄に相応しい良い名だ。』
「随分と上品な言葉遣いだが?」
『………それなりの地位を持っていた。今や両親は遠くへ旅立ち、私は跡を継ぐ為にこうして肉体の成熟を待っている。あと7年もすれば元老院から跡を継ぐ許可が出る筈だ。』
「……悪かったな。」
『謝る事はありません兄様!ゆくゆくは貴方も私と共に荘園を統治することになるのですから!』
「待った……本当に私を兄弟だと思っているのか?冗談も程々にしろよ。」
『冗談とは?』
「全部だ……私の家族は死んだ母親と失踪した姉しかいない。親が悲しむような悪ふざけは止めろ。」
『………つまり、貴方は私を妹だとは認めないと?』
「そうだ……私に関わった人間は大抵が死ぬ。ましてや家族など……」
「……私が故郷で何と言われているか知りたいか?」
『知りたい!貴方のような美しい瞳の持ち主はさぞ』
「悪魔………正教徒に最も嫌われる呼び名だ…………分かっただろう?私は内面まで醜いのだよ。分かったらさっさと周りの人間と同じように叫んで逃げたらどうだ?」
『………誰だ。』
「は?何を言っている、私は」
『……兄様を傷つけたのは誰かと言っている。名前と住んでいる街を教えるんだ………三親等まで縛り首にしてやる………!』
「待った、そこまでは………」
『では兄様が刑罰を決めて下さい!私の家系は知名度こそ並ですが名門と同等の権限があります故、市民が身内に危害を加えたとなれば相応の罰を与えるのは必然です!』
「……身内って…………百歩譲って、前世で血縁者だったとしても、現代で血の繋がりは無いだろう。」
『いいえ……貴方が本当に悪魔なら私が勝手に顔を見ただけで激怒して私を傷つけた筈です……しかし貴方は文句を言う事なく、黙って瞳を覗かせてくれた。普通の人でも声に出して嫌がるくらいはする筈です……貴方、本当は優しいですね?』
「………無責任な事を言うな。私が優しい筈がないだろう………家族は私のせいで死に………………死なせた。詳しい事は言えんが、そういう人間だよ、私は。」
『それでも、悪意あっての結果では無いのだと分かる。』
「だから、無責任な事を言うんじゃあない………私は紛れもない極悪人だ。だからもう………やめてくれ。」
包帯の目元が滲む。あまりにも重なり過ぎた………きっと、自分の居場所はここなのだろう。今度こそは、誰も傷つかない筈だ………
誰も傷つかない筈だった。私さえ居なければ。
『何故、彼を兄弟と?』
『………あの人が生きるのをやめない為です……私はごく幼い時に両親を失ったが、兄様は……………あの身体で天涯孤独となれば、間違いなく生きる意味を失う。それに、優しさを忘れないで欲しいのだ、あの人に。』
『………貴方幾つです?』
『今年で7歳だが、スノーエルフは肉体的にも精神的にも成長が早いのです。厳しい冬を乗り切る為には屈強な心と身体が必要不可欠。だからこそあの人を他人とは思えない………私と大して変わらぬ歳で二つとも持っている。我々の理想だ……案外本当に血が繋がっているのかも知れない……家族の顔を知らない私の、身勝手な想像ですが。』
少年は、部屋の外で全てを聞いていた。
こんな少女にさえ気を遣わせる自分が不甲斐ない……もっと、強くならねば。
拳を強く握りしめる……これ以上、失わない為に。
第68幕 完