ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第69幕 : 目覚める魂たち 中編

『ザリザリザリ………マグナム、聞こえるか………』

 

『はい、聞こえます。』

 

『…………出来れば、取り越し苦労で終わると良いんだが。』

 

『ですね………』

 

 

黒地に赤のファイアパターンが刻まれたオリハルコン製特殊繊維スーツを装着した少年が無線を片手に、戦闘用マジックギアの準備を始める。

 

『無論、彼らにも正義はあるのでしょうが……気掛かりはそれだけです。』

 

『……個の為に全体を犠牲にする事は出来ない。悲しいが、それが現実だ………そしてその悲劇を少しでも改善する為に、君が遣わされたのだ。』

 

『分かっています………ただ………』

 

 

不可解な護衛任務に、自分と大して歳の変わらぬ少女を使った傀儡政治。この数ヶ月で世界の汚れた一面を全て見てきたような気分になる。

 

最初は、苦しむ人の支えになりたいと思った。だが秩序を守る為に犠牲になった人間を見て、最善策だと分かっていながら葛藤せざるを得ないのだ。ましてや敵が自分と知りながらに立ち向かって来る、あの男を悪人と断じるなど……

 

 

『あの塔が全て起動すれば、王国の害虫……ケチな犯罪者など全て一掃出来るのだ……勤勉な労働者の、市民の時代が再びやって来る!』

 

 

バスカールの言葉に矛盾は無い。そして、この世界に正義は無い。だが、正義を作る事が出来るなら。自分のような人間が必要無い世界が生まれるなら。

 

ヒーローの要らない世界があるなら。

 

 

 

 

 

『……フレアヴァルキリー、配置についた。』

 

『……同じく、シノビスケイル。』

 

『……あ……バンディーア………。』

 

『ヴェノムパピヨン、準備完了しました。』

 

『インドルジェンス、いつでも行ける!』

 

『こちらテイクポイント、今すぐでも迎撃可能だ。』

 

『ボンバーダー!作戦行動を開始する!』

 

 

大量の冒険者からは一様に準備完了を伝えるメッセージ。全身にコードを繋いだ冒険者が端末を確認し、サムズアップした……冒険者特有の素早い処理速度を使い、生体コンピュータとして機能しているのだ。それは彼の意思だろうか?誰にも分からなかった。

 

『……奴等もこれで終わりだ。』

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イアァッ!」

 

小型ナイフを一閃し、羽を両断された蠅が落ちる……あれから5年経ち、ここでの生活も慣れた。だがこの癖だけは抜けない。彼は隙あらば有害な人間を殺傷する訓練を積んでいる。それで家族が助かるなら安いものだ。冒険者には及ばずとも、盗賊を追い詰めて殺すくらいは出来る筈だ。

 

もうあの時のような事を、繰り返してはいけない。姉に誓いながら、蠅を踏み潰した。

 

 

『きゃあっ!?』

 

 

キッチンから妹の悲鳴が聞こえた。少年はすぐさまドアを蹴破り、予備のナイフを同時に数本抜いた! 

 

「どうした、何があった?」

 

腰を抜かす妹を起こし、周囲を警戒する。遂に最悪の事態が起こってしまったのか?

 

『……大きいネズミが……犬みたいなサイズの!』

 

 

動物の魔物化は大して珍しいものでもない。低級な悪霊に支配されたり、マナ適性に近いものを持って生まれ、変異した動物はよく人間を襲う。この街は強固な壁でそういった魔物の侵入を防いでいるが、小動物サイズでは流石に無理がある。

 

「齧られたか?」

 

『いや……叫んだら驚いて逃げて行ったぞ………』

 

「すぐ大人に伝えろ。誰かが怪我をする前に、早く!」

 

『分かった……』

 

 

少年は持っている中で一番刃渡りが長い玉鋼のダガーを取り出す。本来の名前は削られたのちに溶接され、「ローデリウス」と新たに刻まれている。

 

 

『カサカサカリ……』

 

「キキッ、キキキキキキーッ!」

 

敵は近い。獲物となる虫の羽音を真似ながら、片手でダガーを弄び、風を切る音を再現する。キッチンでは夜遅くまで作業する人間の為、暖房代わりに火が焚かれている………火の音と炭の匂いが、僅かな違いを掻き消したのだ。

 

『ヂ……ヂュー!』

 

「コシューッ!」

 

 

ダァン!

 

 

 

遂に姿を現した大ネズミの眼前に大振りの刃が突き刺さる!慌てて換気口に逃げ込もうと方向転換する大ネズミだが、換気口に肉切り包丁が飛び、逃げ道を無惨に破壊!肥えた捕食者は切り裂かれ、ひしゃげた入り口から逃げられない!どちらかが死ぬまで終わらぬ、完全なる果たし合いだ!

 

 

『ヂャーッ!』

 

大ネズミが少年の喉笛に飛び掛かる!中型犬にも匹敵する脚力だ!

 

「コシューッ!」

 

冒険者すら唸らせるナイフ捌きで致命的な爪斬撃を受け流し……前脚に斬撃!茶色い血がフローリングを汚すが軽傷!まだまだネズミの闘志は衰えぬ!

 

「チッ、浅い!」

 

まさか冒険者でもない身で魔物と戦うとは…………しかし、背中を見せれば敗れる。

 

『ヂュヂューッ!』

 

再び大ネズミの攻撃!長く強靭な尾を鞭めいて振るい、叩きつける!ローデリウスの主観時間が引き伸ばされ………腕に痛みが広がる。常人ならそうなる筈だった。激しく打ち付けられ、ミミズ腫れが浮いた細い腕が尾を掴む!

 

『グヴォ………』

 

ネズミの巨体が古木のフローリングを叩き割り、追撃のストンピングが内臓に無視出来ぬダメージを負わせた。猫すら喰い殺せる筈の自分とは無縁の痛みという感覚が、身体中に広がる。飛び上がり逃げようとするが、尾を踏まれてそれも出来ぬ。

 

 

「………神聖な場所に薄汚い皮を纏って入るとはな。」

 

 

ナイフを背中に当て、侵入者の脊髄を引き抜く準備をする少年を、止める者がいた。

 

「………姉妹よ、偉大な貴女様が大変に慈悲深い事は私も存じ上げている次第ですがね………あわや、リディアは破傷風で苦しむ所でした。」

 

『なりません。彼らの生活を邪魔しているのが、我々なのですから……それに、この件で懲りてもう二度と来ない筈です……』

 

「……強い者が弱者から奪う。いつもそうやって来ただろうが!この野獣は我々の家族を傷付けようとした………これは殺戮ではなく狩猟です。脅かされず生きる為の……」

 

 

『手を汚すのは構わないと?無益な殺生を、聖職者の前で行うと?そんな人間ではないでしょう、貴方は。力で相手を捻じ伏せるなど、思慮の浅い、弱い人間の考え方です!』

 

 

「………弱い?これが正しい力の使い方だ!これが!俺の受けた仕打ちに比べれば、こんな物は足元にも及ばん!」

 

 

彼の細身ながら鍛えられた腕にはドス黒い血管が浮き出、無数の古傷が刻まれていたし、凍傷の後遺症で指先は紫色であった。産まれ落ちて間もなくから暴力に親しんで来た彼には、例えどれだけ尊敬している人間の正論も綺麗事にしか聞こえない。

 

 

『……痛みを理解出来るからこそ、私達を想って行動してくれているのですね………万が一が無いように。』

 

 

「…………やめて下さい、私は善人ではありません。」

 

 

『……生ける者は皆、有るように有るだけですよ。彼も、我々も………残念ながら、貴方を悪と決めつけた者達も。しかし、神は救う側の人間として、我々を創り、引き合わせたのです……今この試練も、主が我々の信仰と善性を試されておられるのです。』

 

 

その言葉には一切の欺瞞無く、ただただ神と家族を想っていた。彼女は少年が暴力の螺旋から解放されると本気で信じている。謂わば綺麗事であった。だが少年はそれを否定しなかった。否定出来なかったのだ。

 

 

 

まだ、否定出来なかった。

 

 

愚かにも、このクズが招いたのだ、破滅を!

 

 

貴様も出て行け!

 

 

 

記憶が激しく捻れ、ペラドンナの精神が食い荒らされるかのような苦痛に襲われる!

 

「……嫌……だ……」

 

必死にしがみつく。ピンチベックの魂が彼を拒絶し始めたのだ……美しい女性の笑顔が浮かんでは捻れを繰り返す。

 

 

あの時!あの時!あの時!あの時!あの時!あの時!あの時!

 

 

私が!私が!

 

 

殺していれば!殺してさえいれば!

 

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

 

 

 

厳かな修道院の風景が崩壊し、水晶の魔眼が覗く。

 

 

『此れは、彼の意思だよ。』

 

『お前なんかがどうにか出来る訳ないんだから。』

 

『お前は弱いんだ。』

 

『お前は!弱い!何も出来ないクズなんだからさぁ!黙って死ねよ、ペラドンナァ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌だ………こんな悪夢………こんな悪夢、終わらせてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       お前なんかに          君などに    

             

 

 

         彼の苦しみが    私の苦しみが

 

         

 

     理解出来る訳がない    

 

 

 

紛れもなく彼の声だった。どれだけ、この声を聞きたかっただろう?どれだけ会いたかっただろう?その声に否定され、自分はどれだけ辛いのだろう。

 

 

「…………こんな……」

 

 

『こんな事があり得るのだよ、認めろ。』

 

『理解など出来ぬ、それが救いだ……』

 

 

ペラドンナは目の前の仮面を見上げた。錆びた瞳に金色の球体が浮かんでいる。

 

 

 

 

『君が憎いのだろうな、私は。』

 

 

 

『還れ………私を忘却しろ、永遠に。』

 

 

 

 

少年は男の手を握り、誓った。

 

「君を忘れない。」

 

6年後、少年が握っているのは剣であった。

 

 

『きっと、忘れたくなるさ………もし、君がその時憶えていたなら。』

 

『「有名になって、」』

 

「『出会った事を』」

 

『「そして、この醜い怪物が取るに足らぬ安い命を賭けた事を」』

 

「『後悔させないで欲しい。』」

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………このピンチベックは卑しい男だ………御国の為だと、大義の為だと言って、ただ憎いからと言って大勢殺した………戦う事も、逃げる事も出来ない人間もな。若い女、貧しい男、聖職者、軍人……皆、苦しみ助けを乞うて死んだ……………手を抜けば、お前もそうなる。憎いのだよ、君が。』

 

 

「……多分、殺した人より助けた人の方が多いだろうね…………君には向いてないよ、怪物の真似は。」

 

 

『黙れ……下らん感傷はもう終わりだ。私は、君のような人間が羨ましい………そして憎い!何故だ……何故安全な宮殿も、約束された地位も放り出して…………家族すらも…………私がずっと欲しかった物だ!何でお前は全て持っている!最初から、力も、未来も、金も、家族も!』

 

 

その叫びに意味は無い………彼が一番知っていた。だが、認めたくなかった。同情など要らなかった。ただ、普通に生きたかった。自分から全てを奪った存在が憎かった。最初から持っている人間が憎かった。世界が憎かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………僕は、分け与える為に幸せを持っている。君も、踏み躙られる人を助ける為に力を持っている。もう時計の針は戻らないけど……朝日が昇る時間まで、進める事は出来るから……生まれた事を後悔してるなら、間違いだよ。君のお陰で救われた人間が、目の前にいるからさ……」

 

 

 

 

『後悔か……し過ぎて忘れてしまったな、そんなものは……だが、久しぶりにしているな、今は。』

 

「まだ、やり直せるかな?」

 

『…………君はどう思う。手遅れに見えないのか?だとしたら………もう、狂っているぞ。』

 

「………………簡単な質問だね。」

 

『そうか………そうだな、愚問だった。』

 

 

ピンチベックは0.1秒足らずでダガーを抜き、逆手で構えた。

 

 

 

 

 

『「狂ってでも、ここでお前を倒す!」』

 

 

 

 

 

 

暗闇の結界で、金色の閃光と紫の稲妻が激しくぶつかり合う!ペラドンナの雷光を帯びた連続の刺突をピンチベックは二刀流で全て逸らし、そしてダガーで挟み込み、弾く!生じた僅かな隙に、肝臓を狙った上段蹴り!ペラドンナはシールドスペルで正面から受け止める!

 

 

「速っ………魔法要らない訳だよ、本当に……」

 

『正直、肝を冷やした。大層な綺麗事を言う割にはやるな……そういう連中から死んで行くのが普通だ。』

 

 

次の瞬間、彼はは恐ろしい殺気を感じ、本能で背後に飛び上がる!すぐ真横の空気が切り裂かれ、真空波が彼の頬を撫でた。

 

『………これも避けるか。』

 

「……………はぁ……ッ!」

 

ペラドンナは頬にべったりと付着した自分の血液が首まで流れ落ち、徐々に冷え固まる感触を味わいながら、身震いした。何が起きた?彼が構えてから、ダガーを振り抜くまでの動作が殆ど見えなかったのだ………あのまま動かなければ確実に喉を斬られていた。

 

 

『以外と痛くないものだろう?アドレナリンの分泌が途切れるまでに終わらせないと、少しばかり痛むぞ。まぁ案ずるな………脳内麻薬は恐怖と物理的危険に応じて増える。』

 

『つまり、君が死ぬるまで脳内麻薬の分泌は止まらないという訳だ。安心したまえ………次は急所を刺して一撃で仕留める。分泌量によっては快楽すら感じるだろうな……夢魔としてこれ以上の死に方もあるまい?』

 

 

ピンチベックは本気だ。隙さえあれば間違いなく殺されるだろう……これまでにない程鮮明に自分の死に様が想像出来るのが何よりの証拠だ。

 

「………あまりに代償が重過ぎないかな、それ?」

 

『戦争だぞ、此れは………負ければ当然死ぬ。』

 

 

再び彼の輪郭がぶれる。そして……今度は下だ!刺剣でカバーし難い下半身を狙って超低姿勢からの斬撃を繰り出した!

 

 

ペラドンナは……無事だ!その脚は……おぉ、紫色の稲妻に包まれている!彼は脚部に強力な電流を流す事により瞬発力を上げ、更に凄まじい稲光によって脚の位置を隠していたのだ!更に姿勢が崩れた所に雷の槍を撃ち込む!

 

 

『ぐっ………やる!流石に露骨だったか……』

 

片腕の一部が熱で炭化した上に電流と神経の損傷で麻痺したらしく、ピンチベックはダガーを一本に持ち替えた。

 

「普通は感電死する電流食らっておいて、よく言うよ。まだ手札あるって顔してるけど?」

 

『………答え合わせだ。』

 

 

 

ピンチベックは後退しながら大量の鉄針を投擲!一瞬で針が周囲を覆い尽くす!ペラドンナはシールドスペルで防御するが、ピンチベックはそこに投げナイフを撃ち込んだ!その全てが同一箇所にヒット!堅牢を誇るシールドスペルが陶器めいて容易に破壊されたのだ!

 

「な………!」

 

『……貰った。』

 

この隙はあまりにも大きい!シールドスペルが破壊された衝撃とショックに仰反るペラドンナに赤熱する弾丸が叩き込まれる!

 

「あぁぁ………ぐ、あぁぁぁあああっ!」

 

 

ペラドンナは暫く血を撒き散らしながら無様なダンスを踊った末に地面に倒れ伏した。

 

『………………つくづく馬鹿な男だ。おい、この下らん幻術を解け。そうすれば楽に殺してやる。急所は外した筈だぞ……』

 

「………嫌だ……………」

 

 

『貴様に何が出来る。終わりだ、何もかもな………』

 

 

 

暗闇に、ある記憶が浮かび上がった。

 

 

 

「父さん、僕、友達と……」

 

『友達?大人になったら作りなさい、そういうのは。今頑張れば必ず上手く行くんだ………』

 

「でも、皆は……」

 

『皆?皆がやっていたら、悪い事もやるのか?そういう事が起こらないよう、父さんは何でも買っているだろう?お前に立派に育って欲しいから、家族皆で頑張っているんだよ。』

 

 

「うん……」

 

 

『最近頑張っているんだって先生から聞いたぞー?よし、今度新しいオモチャを買ってやろう!』

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

「母さん、明日の旅行、何を持って行けば……」

 

『ごめんなさい、その……明後日から自治領のカラドリウス卿の葬儀……つまり偉い人への挨拶に出席することになってしまったの。旅行はまたいつか行きましょうね。』

 

 

「うん………忙しいなら仕方ないよね。」

 

『本当にごめんなさい、次こそ準備するから。』

 

「…………気にしないでよ。頑張ってね!」

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

貴族として生まれた者の宿命だった。両親が政治方面で頭角を表し始めた時期………貧乏騎士の生まれだった父親は子供達に不自由な思いをさせたくないという一心で息子に最上級の高等教育を受けさせ、母親もそんな父親を陰から支える為に、何よりこの国を少しでも良くする為に政治の表舞台に立って熱弁を振るった。

 

 

 

『家庭の事情など、見えない格差を可視化し、届くべき層に早急な支援を………』

 

『若年層の人権問題ですが、被害者は当然として、加害者にも健全な矯正を促し、当事者が納得出来る……』

 

『ですから、抜き打ち調査の頻度を高め、必要に応じて規制の強化、または緩和を推進する事で現場を完璧に把握する事が………』

 

『たった今指摘がありましたが、我々が法案や事業を主導するのではなく実際に暮らす市民による町づくりを応援し、自治領を手本に一次産業を振興して雇用を………』

 

 

 

『いいぞ!』 『頑張れ!』 『万歳!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騎士としてこの国を守ろうとする父親が頼もしく、貴族としてこの国を変えようとする母親が誇らしかった。自分の背中を見て努力する兄弟達を愛していた。

 

だが、自分は誰かに見て貰えているだろうか?

 

 

 

 

 

『親父さんみたいな強い騎士になるんだぞ!』

 

『お母さんみたいに立派な政治家になるのよ!』

 

 

『ペラドンナ君のお父さんって、あの有名なグラジオラス将軍でしょ?サイン貰って来てよ!』

 

『お前の母ちゃんに頼んで蛇口からジュース出るようにしてくれ、頼む!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も、僕を見てくれない。

 

 

僕はペラドンナじゃない。「強い将軍と優秀な政治家の息子」なんだね………

 

誰か、僕を見てよ。

 

派手な服を着よう。 綺麗な髪を伸ばそう。 身体を鍛えよう。

 

 

 

『カッコいい〜!』

 

『そうだ、雑誌の取材とか受けてみたら?僕のお兄さん仕立て屋で、モデル募集してるからさ!』

 

「………うん!」

 

 

 

 

これで、僕を見てくれるかな?

 

 

 

『流石将軍になる男だ、もう鍛えてるのか!』

 

『ペラドンナ君はお母さん似ね!』

 

 

 

 

 

『あ、あの……髪長いの……似合ってる。』

 

僕を見てくれた、嬉しい!

 

 

「ありがとう!その………今度、僕と遊びに行かないかな。勿論、友達も誘って。」

 

『いいの!?嬉しいよ!』

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

『いつも、妹と遊んでくれてありがとうな!』

 

「いいんだよ……友達になれるといいけど………ねぇ、お兄さんならあの子の好きな物とか知ってるかな?将来の夢とかでもいいよ!」

 

『そうだな……あの子は水晶集めるのが趣味だ。それと、ちょっと言いにくいんだが………あの子、騎士になりたいらしいんだ。その時はその………”手伝って”くれると助かるよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうか、最初からそういうつもりだったんだねぇ…………僕は馬鹿なガキだった。結局は政治の道具なんだね………誰も僕を、ペラドンナという一人の男を見てくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に行けば………もしかしたら。僕は宮殿を、朝一番に抜け出したんだ。騎士になりたいなら自分でなればいいんだ。

 

 

 

 

 

『坊っちゃん、どちらへ行かれるのですか?』

 

「…………すぐ戻るよ、ちょっと欲しいものがあるんだ。」

 

『でしたら坊っちゃん、私めが荷物持ちを……』

 

「大丈夫だって、重い物じゃないよ!それにお金もそこまで要らないからさ!僕が門限破った事、一度だって無いだろう?」

 

『………坊っちゃんなら大丈夫ですかね。旦那様の言う事を良く聞いていますし。』

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、あんな場所には戻らないぞ。

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

〜数週間後〜

 

 

 

 

『大分歩いたな……ドラゴンはいたけど、人間なんかどこにも……』

 

 

 

『ハァ……ハァ…………ちょっと、そこの君……』

 

 

「ん?」

 

 

人類種だ、初めて見た………でも具合が悪そうだ。

 

「お姉さん大丈夫?お腹痛いの?」

 

『いや………お腹が………空いて…………だから………』

 

 

次の瞬間女性の服が裂け、毛むくじゃらの狼めいた怪物が本性を表したのだ!

 

『ダカラ………ダカラ……………食べル…………』

 

 

「や、闇の雷よ、我が腕に宿り敵を穿て!ダークネスチェインボルト!」

 

 

少年の腕からは激しい闇の稲妻が飛び出し、怪物を…………焼かない。度重なる魔物との戦闘で魔力は切れ、僅かに火花が散るだけだ。

 

 

「な、何で……嫌だよ食べないで!お願い、許してよ!誰か助けて!」

 

 

少年は予想外の事態に怯えるしかない。蹴りを繰り出そうにも腰が抜けてしまい、最早逃げる事すら出来ない。

 

『嫌だ嫌だ!誰か!怖いよ!死にたくない!』

 

 

だがその時、颯爽と現れた男が鋭い蹴りを繰り出す!ライカンスロープの巨体が宙を舞った!

 

『グワッ………誰ダ!我ガ獲物ヲ………許サヌ!』

 

 

『………やめ……ろ………この子に……………この……子に…………手を出すな…………これ以上、私に………人を……』

 

『黙レ!マズハ貴様カラダ、死ネェ!』

 

 

ライカンスロープの曲刀めいた鋭い爪が………少年の眼前で静止した。

 

 

『クククククク………犬畜生の分際で、我が依代を害すなど笑止!』

 

少年の包帯がずれ、目が赤く変色した。耳まで裂けた口が獰猛に笑う。

 

『行くぞ小僧!奴を殺すのだ!その取るに足らぬ気紛れに付き合ってやろう!』

 

『……………無論だ。』

 

『小癪ナ!我ガ爪デ引キ裂イテクレル!』

 

ペラドンナを庇った男の右腕から血が噴き出す!しかし左腕が肉と骨が捻れる悍しい音と同時に槍めいた形状に変形、腕を斬り飛ばした!

 

『馬鹿ナーッ!50年生キタコノ我ガ、コンナ猿ニ………!』

 

『小童が!狼ごときの、たかが50年など、この依代の憎悪が容易に上回って釣りが来るわぁ!』

 

更にライカンスロープの片腕を押さえ、骨の刃でノコギリめいて上下に引き裂き切断!千切れたそれをバリバリと貪り食う!

 

『待テ!分カッタ、大人シク封印サレテヤ』

 

『馬鹿めぇ!この器が殺すと言うておるわ!我が糧になるがいい!』

 

『アバーッ!?』

 

首を一撃で切断!更に斬り刻む!辺りは血の海だ!少年はその光景を震えて眺めている!

 

 

『…………………』

 

 

ライカンスロープだったものの解体が終わり、人間によく似た何かが此方を振り返る。尖った歯と歯茎が半ば剥き出しの顎に唇はなく、顔の右半分は異常に変色して爛れている。まさに異形としか言いようがない筈であった。

 

 

「あの………ありがとう………助けてくれたんだね。」

 

『何故、そう思う?これから君も殺すかも知れないぞ。そういう奴だ、私は。早く逃げた方が良いんじゃないか?』

 

「何故って………ちゃんと話が出来るでしょ?貴方は図鑑で見た人間とはちょっと違うけど、僕達で例える所の角の形みたいなものじゃないのかい?」

 

『………!』

 

男は慌てて包帯を巻き直した…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数日後〜

 

 

 

 

「インキュバスに縛ってくれって………そういう趣味な訳?」

 

『………何の話だ?良く分からないな…………魔族の子供達の間では、縄で人を縛るのが流行っているのか?』

 

「…………人間って変なの。」

 

『私が変なら分かるが………縛られて何が楽しいんだ?私はこれが必要だから頼んでいるのだ。私は……いや、私か?とにかく私が不快で仕方ないらしい。変な話だがな……』

 

「………馬が心配してたよ。やっぱりいい人なんだね、貴方って。」

 

『本当は野生に帰してやりたいのだがな………最後に君が乗る事になった。』

 

「あっ!そういえば名前!聞いてなかった!」

 

『ゴールディだ。出来た馬だよ……元々は別に飼い主がいたんだがな……亡くなったよ。きちんと弔ってやれるのは大分先だろう。何にしても、こんなことをした奴を……』

 

「………違うよ……貴方の名前!貴方の事、もっと知りたい!」

 

『教えたくない、と言ったら?』

 

「何で?僕の家、お金沢山あるから名前教えてくれたら一生遊んで暮らせるよ?」

 

『だからだ。恩など返さんで良い……勝手にやっている事だ………もう、先も長くないだろうしな………』

 

「……病気なの…………?」

 

 

『そんな感じだ………とにかく、どの道長くない。それに、残りの時間でやらなければいけない事がある………絶対にやらなければいけないのだ。』

 

 

「じゃあさ、僕のお願い聞いてよ……二つ!」

 

 

『……………言ってみろ。』

 

「”僕”が有名になったら、会いに来てくれる?それまで生きてたらでいいからさ…………その時なら手伝えるかも知れないし!」

 

『………二つ目は?』

 

「僕と………友達になって下さい!」

 

 

『……………友達?名前も知らないのにか………まぁ、気楽で良いかも知れん。どの道、私はもう終わりだ………地獄に行く前に、サタンに紹介出来る友達くらい作っておくかな…………』

 

 

「やった………ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれて初めて出来た、僕の友達………友達だから……………」

 

 

『……………そんな事の為に、わざわざ私を?こんな大層な結界まで張ってか!何と馬鹿馬鹿しい事を。』

 

「………初めて、僕を僕として見てくれて、嬉しかった。」

 

 

『…………友達、か。』

 

「………弱くて、ごめんね…………絶対、恩返しするって、決めてたのに…………ごめんね…………僕、友達失格だよ…………」

 

  

『…………………おい。』

 

「……お願いだよ………二つだけ。最期に、君の名前…………君の声で聞かせて。それからね………最期は、君を見ていたい。その綺麗な瞳をさ……………真っ直ぐに僕を見てくれた、綺麗な瞳を……………」

 

 

 

『………無理な相談だな。』

 

 

「だよね………こんな…………役に立たない………………ごめんね……」

 

 

『……これから死ぬ訳でもないのに、君を看取る事は出来ない。』

 

 

 

ピンチベックは、後ろで見ていた者を見つめ返す。今まで彼を支配していた”それ”は怯えていた。

 

 

 

 

 

 

「…………私は…………紛れもない怪物だ。とうの昔に人を辞めたさ………だがな……」

 

 

「これ程の男の友達とやらを辞める程、落ちぶれてはいない…………アブホース、行けるな?奴等に一泡吹かせるぞ!」

 

 

『………殺すか、何人だ?何人殺す?』

 

 

「何人でも構わん!この精神世界から出て、教団の走狗を全て殺してくれる!当然、この現象を起こした者の命も頂く!」

 

 

『面白い………だがインキュバスともあろう者が、貴様に魅了されるとは恐れ入った!下らぬ冗談ではあるが、その男に免じて手を貸してやろうぞ!』

 

 

 

 

 

(そんな………そんな!あの化け物は封じ込めた筈なのに…………コイツの身体は既に支配下に置いた筈なのに!完全に無防備な筈なのに!この私が、侵入者の撃退に気を取られたとでも言うのか!?)

 

 

「…………見えるか?私の地獄が。私という地獄が。」

 

(や、やめろ!来るな、来るなぁ!私はお前を支配しているのだ………お前の肉体を掌握しているんだ!)

 

 

「我が友まで、その地獄に引き摺り込んだ貴様を、私は、私達は決して赦さぬ。例え神が赦そうと、私が赦さぬ!例え肥溜めに隠れていようが、月の裏側に逃げ出そうが必ず見つけ出し、殺してくれる!無論、元の肉体に戻した状態でな!」

 

 

(こっ、こんな馬鹿な事が…………あり得ない!私が支配出来ない人間などいない筈なのに!嫌だ、嫌だ!こんな所でぇぇぇ!?)

 

 

「人間ではない………貴様らを滅するものだ……それで充分だ!我が肉体を離れ、恐怖に震えよ!」

 

 

ピンチベックは、アブホースは……二つの魂は、自らに巣食う強大な意思存在を………邪悪な思念体と化した”それ”を!肉体の外へ蹴り飛ばす!

 

(こっ、このままでは終わらぬぞ…………ピンチベック……呪わしき醜い怪物…………覚えていろ!)

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

『…………………て………』

 

 

『………………きて………』

 

 

『……………起きて!』

 

 

 

 

 

 

「………………悪い夢を、見ていた。」

 

『………だろうね。』

 

「……………だが、大切な事に二つ、気づいた。」

 

『…………何?』

 

「こんな私でも、誰かを救えた事だ。人を幸せに出来た事だ。」

 

『…………二つ目は?』

 

「………私は、友の覚悟にすら気づけなかった、愚か者だ。」

 

 

二人は暫く見つめ合い、覚悟を決めて立ち上がった。

 

 

 

「………有名になったら会いに来い、か………忘れていた。忘れていると思っていた……つくづく愚かな男よな、私は。」

 

『……一緒に来てくれて、嬉しかった。約束は守られたんだよ、最後にね。』

 

 

次に二人は敵のいる方角を見据え、拳を突き合わせた。

 

 

 

「………そうか。私は約束を守れたか……この恩は決して忘れない。これだけは、絶対に。」

 

『じゃあ、家に沸いた虫を追い出すの手伝ってくれる?』

 

 

「任せろ……だがそちらも、先のように手を抜くのは許さんぞ。」

 

『もう君にも勝てる。終わったら試そうかな……』

 

「それも良い……だがまずは此処で何人仕留めたか競うとしよう!」

 

 

 

 

 

 

 

第69幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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