『クソが……俺なんかを拾ってくれたあの人の真似なんか………しやがってよぉ………許さねぇ………!』
片腕を失ったヒルビリーが血塗れで呻く。ゴーレムは崩れ落ち、結界を張っていた魔族達も消耗して休息を余儀なくされている。
『黙れ!僕がペラドンナだ………僕が本物なんだ!』
「……ほう………貴様は幾分か利口に見えるが。しかし、下手な贋作よな……もっと愚鈍だぞ、彼奴は。教団は美術に疎い者が多いのかね?本物に似せてこその贋作だろうに。」
『何……!?何で君、いやお前が!』
「………切り口が雑だな。それでは血管が広がって人質が早死にしてしまう。」
『黙れ!お前は……お前は僕の仲間じゃない、偽物だ!本物は自治領に殺されたんだ!』
「……誰に吹き込まれたのか知らんが、私の友を愚弄した代償は払って貰うぞ。」
『ア、アンタは!?』
「止血すれば蘇生の必要はないな……私が時を稼ぐ………案ずるな、他の者は皆無事だ。」
『すまねぇ………どうやら、そういう訳にも行かないようだ………』
ヒルビリーの首に両手剣が突きつけられる。
「やはり偽物か……本物は自分から人質など取らん。」
『動くな!一歩でも動いたらコイツを殺して、首を爆破する!』
『構うな……や、やってくれ!今なら俺一人で済む!』
「そういう訳にも行かん……役人が他所で人死にを出すとな、色々と面倒なのだ。取り敢えず、要求を聞こうか。」
『ペラドンナを騙る不敬な偽物、そして自治領で起きた内乱の首謀者であるカラドリウス。この二人の引き渡しと、君の服従。』
「成程、今はそういう事になっているのか……」
ピンチベックは仮面を着けていた事に安堵した。無ければ動揺を見抜かれていたかも知れぬ。煙玉や毒塗りナイフで動きを止めようにも、予備動作の時点でヒルビリーが殺されるだろう。
「悪いが、カラドリウス様の居場所は我々も知らん。とっくに移動しただろう……あの人はお前達が思っているより賢い。」
『ペラドンナの偽物は!?ここにいるんだろ!』
「居るな……目の前に。」
『何だと……?お前、自分の置かれてる状況分かって言ってるのか………』
「図星か………薄々気付いてはいるようだな。メテオリットの尻はそんなに良かったのか?あの男も随分と物好きよなぁ………頭だけでなく、股まで緩いとは思わなかった…………情報提供に感謝する。」
『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!黙れぇーッ!』
ペラドンナは地団駄を踏み吠える。しかし、ピンチベックは全く恐れない……先程本物が見せた気迫は、これの比では無かったからだ。
「それと、無様に隙を見せてくれた事にもな………」
ゴゥン!
次の瞬間、鎖分銅が凄まじい勢いで飛んで壁を粉砕!壁に寄りかかっていたヒルビリーは転落、下階に落ちていく!
『またかあぁぁぁぁっ…………』
「まぁ死んだとして、蘇生自体は可能だろう……さて、これ以上は此方も耐え切れぬのでな………始めさせて貰おう。偽物なら加減も要らぬというものよ……」
ピンチベックは素早く拳銃を抜き放ち、無造作に赤熱する弾丸をばら撒く!数秒前までその心臓が鼓動を止めていたとは思えない程の、正確無視な射撃が偽ペラドンナに襲い掛かる!
『はぁぁっ!』
だが偽ペラドンナはこれを軽々と回避!しかし動きに間違いなく動揺が見えている……最大の好機を、忠誠を誓った人間への侮辱で失ったのだ。或いは、此れが本物であったなら……脳裏に浮かぶ最悪の可能性を振り切り、蒼く帯電する両手剣を構えた。
「それなりの業物……丁度手土産を忘れていた。一応は表敬訪問として処理しようと思っている、頂くとしよう……本来、貰い物は法度だが仕方あるまい。」
『どれだけ僕達を侮辱すれば気が済む、貴様……!』
「……剥製にして、家族の元に送ってやる………前にも、教団の人間で何度かやったがな。話くらいは聞いただろう?それなりの自信作だったのだが、その後評判はどうだね?」
『うわあぁぁぁぁぁぁ!』
あまりの怒りに偽ペラドンナは絶叫し、両手剣を振り回す!その一撃一撃が達人の域ではあるが、ピンチベックには擦りもしない!
「あまり喜んで頂けなかったようで残念だ……貴様らの真っ黒な腹を、折角清潔な綿で白くしてやったのだがな。」
銃身で斬撃の嵐を捌きながら、冷ややかな黄金の目で告げる。地獄の炎よりも熱い怒りが、その二つの炉で静かに燃えていた。それを代弁するかのように黒鉄の銃身が吠え、弾丸が吐き出された。
『どうした!?ま、まさか……』
騒ぎに気付いたユージェニックが通信の向こうで話す。偽ペラドンナはその返事を嗚咽で返した。突如死のラリーを放棄したピンチベックが射撃で偽ペラドンナの剣戟を逸らし、トンファーめいた持ち方で赤熱する銃身を彼の腹部に撃ち込んだのだ!更に引き金を引いて至近射撃!合金繊維のボディースーツと強化骨格に阻まれたとはいえ、無視出来ないダメージを負ってしまった。
『ぐ………』
今や競技ですら見かけないような時代遅れの回転式拳銃ですら、彼にとっては手足の延長に過ぎない。その証拠に、一ミリでもずれれば上半身を両断されかねない致命的な斬撃をたった一発の射撃で逸らしたのだから。
「………もう終わりか!化けの皮が剥がれてはなぁ!?」
仮面の下の、オーガですら泣き叫んで許しを乞うような表情が容易に想像出来る。唇の無い剥き出しの牙、醜く爛れた右の顔……全ては偽りの記憶だとしても。
殺意に溢れる絶叫と、異常なまでに卓越したダガー捌きが全てを物語る。一度でも幻想した友が、憧れたあの背中が、全て崩れ落ちる。人工的な有機ユニットからは涙は出ない。
剣戟を繰り広げる手が震えた。恐怖に、絶望に、無力な自分に。ひたすらに距離を取り、電撃を放った。狂気を纏った現実から、目を背けていたかった。
「…………1000度殺してやる。貴様のような、生命を、人間を冒涜する屑どもは………私から全て奪ったように、全てを奪われて絶望しろ!私のように!罪なき彼らのように!」
ピンチベックの鋭い斬撃が、虚飾の鎧を、紛い物の肉を切り裂く。兵器が撒き散らす筈の無い、呪詛を叫びながら。機械が流す筈の無い、涙を流しながら。理不尽に対する憎しみを、自分にぶつけて来る。
彼は、彼らは叫んでいた。
両手剣が、音を立てて落ちた。
避けなかった。避けられなかった。
あの人は、偽物なんかじゃなかった。
どこまでも人間臭い、ただ愛する人を失っただけの少年だったんだ。最初から紛い物として生きる事を強いられ、それでも必死に足掻いた人間の成れの果てだったんだ。
『僕はペラドンナなんだ………僕は……!』
叫んだ。誰かにそっくりな声で、顔で。
「貴様、貴様!まだ言うか………!貴様はペラドンナではない、只の粗悪なコピー品だ!その彫刻のような顔も、その手入れされた長髪も!全てまやかしだ!」
『……………信じてよ……友達だから………!』
「貴様は敵だ!肌はゴム、内臓は歯車で、血液はオイルだ!機械が、人間の、私の仲間の真似事をするな……!」
ピンチベックは偽物の喉にナイフを掛ける。小さな切り傷から、一筋の血が流れる。
『………それでも、僕はそれしか知らないんだよ…………』
ピンチベックは大きく振りかぶり、友を騙る醜悪な造形物の喉を切り裂くために、一気にダガーを『待った!』
ヒルビリーだ。残った片腕で、ピンチベックのダガーを押さえている。切り裂かれた手からだらだらと血が流れる。
「…………何のつもりだ。」
『それ以上やったら、ダメだ……』
「今日は満足に人を殺せん日だな。訳を話せ……」
『アンタ……とにかく憎いんだろう、その人がよ………でもダメだぁ……その人殺ったらよぉ、アンタ………アンタじゃ無くなっちまうよ……そんな気がするんだ………』
「………今までに数え切れん程殺したぞ、こういう手合いは。」
『……泣いてるぜ、その人はよ……』
「……コイツの何割かは間違いなく機械だ。恐らく人間の表情を模倣するプログラムとやらが仕込んである。……感情は無い。出来が良いだけの人形だ。」
『…………いや、泣いてるぜ。少なくとも笑ってはいねぇ……』
「………判断材料は?涙を流していない。」
『なんとなくだよ……心が泣いてるって奴だ。妹がよくやってた……本当は血の繋がった姉ちゃんに会いたいのに、俺に当たる事で我慢してる……そういう悲しい奴の目だよ。』
「……そんな理由で、家族の仇を諦めろと?この不快な見た目を見ろ……胸が悪くなる。」
『不快な見た目か……アンタも、普通とは違うんじゃねぇか?』
「……………コイツは、ペラドンナの真似をした。それが許せないと言っているのだ……存在が彼を侮辱している。」
『でもソイツ、直接アンタに酷い事した訳じゃあねぇだろう?あの人に似せたならよ……時系列的に、もっと後の人間だ。』
「………………教団に加担しているのは事実だ。それで充分破壊するに値する筈だ。」
『……アンタ、今この人を「教団だから」って理由で殺そうとしたよな?それってよ……アンタに酷い事した奴等と同じだぜ?周りと違うから虐める。教団だから殺す。何が違うんだよ……?』
「………………そこまで言うなら責任はお前が取れ。もしコイツが逃げ出したりしたら、貴様には腹を切って詫びて貰う。」
『……当たり前だ。案外お人好しだな、アンタ。』
「さっさと治療しろ、見苦しい。」
〜数十分後〜
『ぅうっ……うっ………』
ピンチベックとヒルビリーは偽ペラドンナの両手足に手錠を嵌め、太い金属製のワイヤーで全身を何重にも縛った後、余ったゴム製の死体袋で簀巻きにして猿轡、目隠しを取り付けると、更に鎖と麻縄で厳重に縛って柱に括り付けた。麻縄には大量の鈴がついており、動けば確実に音で分かる仕組みだ。頭にはアルミホイルで作った帽子を被せて電波の受信を妨げ、場所は宮殿の一番地下の部屋にした。
『流石に気の毒だな、ここまでやると。』
「出来れば機械らしい部品を全て抉り出した方がいい……まだマシな方だ、これは。」
『………そうかよ。アンタは辛くないのか?敵に全く同情しねぇ訳じゃないだろ?』
「…………例え教団の中にどれだけ善良な者が居たとしても、私のような犠牲者がいる事は事実だ。真っ当な組織なら違法薬物の輸送を黙認したりはしない……薬物を見つけるまで、上は自治領まで進出して来なければ良しとしていたが…………今となっては、それも裏切りの予兆だったのだろうな。」
ピンチベックは魚の骨のような形状のナイフを研ぎながら話す。
「犠牲者の無念は計り知れない……以前、教団の下部組織を襲撃した……皆殺しだ。最後の一人の悲鳴が止んだ後、地下から妙な声が聞こえた。檻の中に何があったと思う?」
『えっと……珍しい生き物とかか?条約で保護されてる………鳥とか?』
「………裸の人間だよ……舌が回っていない上に、目は虚ろだった……薬物で一時的な混濁状態に陥っていたよ。まだ14、15歳くらいの子供も何人かいた。」
『…マジかよ…………!』
「残念だが本当だ……全員が今も施設で療養中……未知の集団感染症の後遺症治療兼研究という名目でな。かなり遠くから攫われて来たのか、身元が分からずに施設で過ごすしかない者もいる。」
『待て、それで教団に戦争仕掛ける口実になるんじゃ……?』
「……恐らく最高議会の議員が噛んでいる………仮に戦争を仕掛けて教団が壊滅すると……資料が流出するな?公になれば失脚はおろか三親等まで極刑だ。」
『つまりだ……最初は対等以上の関係だった。だが何らかの方法で教団に弱みを握られ……又は教団の齎す利益を求めて………従順になる。例えば、ペラドンナの偽物のように、新しい顔を……作るとか。』
ピンチベックは少し前まで自分の顔を覆っていた人工皮膚をヒルビリーに見せた。
「…………正解だ。女子供をペットとしてばら撒いたり、見た目を変えるだけではない………このレベルの科学力なら、現在の科学技術では治療が不可能な難病を治したり、或いは全ての人間が一度は願う不老の肉体や、もしかすると………常人を冒険者にする事すら可能なのかも知れん。凄まじい数の冒険者が教団にいる…君も見ただろう。」
『俺でもギリギリ倒せる感じだったが……確かに奴等冒険者だったな。もし冒険者を作れるんならよ、奴等の兵隊は……』
「あぁ、教団の思想や利益に目をつける人間がいる限り増え続けるな……無限とまではいかないが、全滅は無理だろう。」
『クソ……どうすればいい!ペラドンナさんの偽物が来たって事はつまり、そういう事だよな……』
「この都自体が既に包囲されている事も考えられる……直ぐに迎撃しなければ。奴等の注意を少しでも私一人に向けるのだ………都自体を攻撃する訳では無かろうが、この隠された都の場所が敵に漏れるのは大変まずい。それに、今敵の戦力を蟻一匹分でも削いでおかねば、カラドリウス様も危ない。」
『待て!死にに行くようなものだぞ………折角助かったのに、またリスクを冒すのか!?』
「奴等を友の故郷に一歩でも入れてなるものか!あの時のように奪わせはしない!」
『……俺もゴーレムを遠隔操作して戦う。弾除けにはなるだろう……せめてそれくらいはやらせてくれ、頼むよ!』
「…………無理はするなよ。」
『ペラドンナさんは斥候に向かった……急いで追うぞ!』
「了解した。」
〜国境付近にて〜
『ペラドンナとの通信……完全に遮断された。インプラントされた受信機も動かん。間違いなくやられたな………』
『誰にやられた!?』
『……………ピンチベックだ。奴の声がして、次にペラドンナの悲鳴が聞こえた。』
『まさか本当に彼女の洗脳から脱しただと?分かった、そこで待機しろ。今治療班を向かわせる……』
『……聞いただろう。貴様の悪運も終わりだ………治療班が到着すれば、僕の身体から貴様を完全に取り除ける。』
『何、まだ勝てると思ってんの?ピンチベックの野郎が起きたのに?馬鹿じゃねぇのお前ら!?ギャハハハハハハハハ!コイツ、ククク……勝てるわきゃねーだろーがぁ!コイツは傑作だぜ……』
『何がおかしい!?』
『全部だよ全部!あのバカがマジでピンチベックの野郎を叩き起こした事も、お前らが無様にお嬢を取り逃した事も、あの偽物のブリキ野郎が寝起きの奴に簡単にブチ殺された事も、全部だ!』
『ピンチベックの首を目の前にして、同じ事が言えるか?ここにはアヴァ商会が認めたAクラス冒険者が5人も居る!魔法すら碌に使えない、小賢しいだけの虫一匹、蚊を潰すより容易だ!』
『小賢しいってのは案外キツイぜ?奴さん、あのクズみたいなマナ適性の三下……ドローンだっけ?』
『クローンだ!』
『そうそう、バルーン共じゃ例え密室に百人居ても勝てないだろうな……片手で50人ずつ相手にして楽勝よ!』
『根拠は?言え!』
『アイツ……魔法が使えねぇって言うより、どの道要らねぇんだわ。タフだぜ、奴は………その上、下手な医者より生き物の身体を良く知ってやがる………何処を斬ったら死ぬか、逆に何処までなら斬っても死なないか、簡単に筋繊維が切断出来る場所は何処か、血管が何処に集中してるか、銃弾が貫通せずに体内に残留するには何処を狙えば良いか…………全部知ってる。』
『では強化骨格や電動義肢も斬れると?』
『あぁ……どれだけ武装しようが所詮は人間、頭ん中まで歯車が詰まってる訳じゃねぇ……それに、人間が設計したモンは必ず欠陥がある。人間自体が欠陥だらけの不良品なのがその証拠よ……欠陥品の事は欠陥品が一番良く理解してる……雑魚を何匹ぶつけようが、あのおっかない二重人格の餌だぜ?俺はな、虫が何匹死のうがつまらないんだよ…………俺が見たいのは雑魚狩りじゃねぇ、殺し合いだ!どっちがくたばろうが関係ねぇ!分かるか………お互いが一番勝算のあるやり方でぶつかるのが最高なんだよぉ!』
『狂人め…………急行中の部隊全員に告ぐ!最初は僕が迎え撃ち、お前達は待機しろ。頭数は一人でも多く温存する……治療班はB-4で待機、必要に応じて支援を頼む。』
『………了解。』
『中々お利口じゃねぇか……そんなに”アレ”元に戻したいかよ?自分が大事じゃねぇのかよ?なぁ………あんなに元気じゃねぇか………確か、奴の細胞だったか?凄ぇな……つまりよ、奴ぁあの娘の命の恩人だな?今からぶっ殺すのかよ?』
『…………奴が元凶だ。言語能力に明らかな減退が出ている以上、あの娘は完治したとは言えん。』
『寝たきりとどっちがマシだ?神サマは嘘吐いてねぇか?信じてんのか?』
『僕達にはこれしかない。お前も見ただろう………神の祝福を、奇跡を!僕も車椅子から立ち上がる病人を、杖も無しに歩き出す老人を見た!紛れもない奇跡だ……!』
『値札が付いた奇跡か………仁義も信仰も、そんな簡単に報われるかねぇ?実際、そいつら金貨何枚分くらい寄進したんだよ、えぇ?』
『堕落した資本の犬は然るべき天罰を受けた。敬虔な信徒のみが残り、時代錯誤な寄進など必要無くなった!全て神が見ておられる証拠だ!』
『へぇ……でもよ、そしたら神サマはお前らの昼飯とか、読んでる本のジャンルとかも分かんのか……監視社会なんてそれこそ時代錯誤じゃね?綺麗な女神様に”槍”見せるならいいけどさ………』
『槍だと………雷のか。天罰の真似事で我々を葬ろうてか!』
『あーあ、勉強ばかり出来る優等生君の相手はつまらんぜ……お前もあと4年くらいすれば意味分かると思うが………ま、その前に死んじまうけどよ!それ見ろ……それ見ろ、神サマだぜ………死に神だぜ……手ェ合わせて祈れよ!ハハハハハハ!』
「……死に神か………そんな生温いものか、私は。」
仮面の男……家族から全て奪った殺人鬼。千年王国建造における最大障害の一つと目される策士にして、自治領の汚れ仕事を一手に引き受けるとまで言われる程の狂人。
「ストゥーピスト、それから離れた方が良いぞ。爆破で貴様まで巻き添えを食いかねん……」
『おぉ、貴方は聖人ですか!間抜けな信者が折角母ちゃんに貰った肉体を魔改造する、クソッタレの自称神サマに比べてどれだけ信用出来る事でしょう………』
『圧迫物の除去を確認。通常モード移行………』
ストゥーピストはべちゃっ、という音と同時にユージェニックの身体から這い出し、ヒルビリーのゴーレムが差し出した肉片に巻きつき、肉体を再構成しながら立ち上がる。
「ソイツを骨格代わりにしろ………まだ歩くには無理がある。一から作ると骨が柔らかいからな……」
『ありがとよ、ドクター………今回のオペも頑張ってくれよ?さてと……俺も頑張りますか……近いうちにまた会おうぜ、兄弟!』
「相変わらず軽薄な男だ。一体何を考えているのか、全く分からん………だが貴様らに恨みがあるのは非常に理解出来る。」
走り去るストゥーピストを見送ると、その首が鳥類めいて回転し、ユージェニックを睨んだ。男の足元では治療班の生首が苦悶の表情を浮かべている………如何なる方法によってか、彼らの動きは読まれていたのだ!
(……小賢しいとはこういう事か。)
『関節の可動域は一般的な冒険者の二倍程度………サイバネティクス無しでそこまで出来るとはな……貴様の骨格標本は良い研究資料になるだろう。』
「……特許料は貴様の命だ。高い買い物だぞ、慎重に考えろ………」
「地獄でなぁ!」
ピンチベックは地面に小さなクレーターを作り突進!ユージェニックが咄嗟に繰り出した赤熱ブレードでのカウンター突きを紙一重で躱し、背後から鎖分銅を投擲!ユージェニックは突き出した赤熱ブレードでそのまま回転斬りを放ち、鎖分銅を両断した!
『速い……身体能力は予測以上か。だが貴様との戦闘シミュレーションはこれまでに51回クリアしている。僕を舐めるなよ………!』
「ならば52回目、本番で満を持して死ぬが良い。」
(このような羽虫に遅れを取るなど笑止……今すぐ鉄屑へと変えるのだ………しかしながら、敵の手数は多い。間合いを見誤れば死ぬと考えよ……)
「忠告とは恐れ入った……珍しいな。」
(……あの男、何か企んでいるぞ。ただ殺すだけでは終わらせぬつもりだ…………今は時を稼げ……!)
「………殺すだけが能だと思っていたが。」
ピンチベックは仮面の下で口を歪めた。それは義憤と復讐心故にか、それとも愉悦から来る笑みだったのかは彼にも分からない。だが、最も殺したい相手を目の前に、彼は自分でも驚く程冷静であった……平時の荒んだ心象風景は浮かばない。まるで血肉で構成された殺戮マシンだった。
『死ね、我が主の為に死ねぇ!』
ユージェニックは背部ブースターを起動、両腕から赤熱ブレードを出して斬りかかる!更に肩のミサイルポッドから小型追尾爆弾を大量に射出!歪んだ森は一瞬で火の海に変わる!
『出て来い……出て来いピンチベックゥ!』
しかし生命反応は変わらず……突如レーダーに高速熱反応!ユージェニックは咄嗟にブレードでそれを両断する!爆炎が視界を覆い、次の瞬間腹部装甲が火花を散らし変形!
「………出て来てやったぞ。次は貴様の内臓に出て来て貰おう……」
『あの爆撃を無傷で……熱感知で起爆する前に追尾弾の一部を蹴り返し、それを目眩しに渾身の一撃か……蛮人なりに知恵を使ったな。』
「次の手品を見せるが良い。癇癪玉だけが頼りでは無かろう……」
『貴様は我が戦闘理論に基づいて徹底的に破壊してくれる!凡人が!この俺に!勝てると思うなぁ!家族の仇……この狂人がぁ!俺達をめちゃくちゃにしやがって!』
「……分からないか…そうか、お前には酷な話か……血の繋がり、そして忠誠。盲目的に縛られ、それ以外の全てを破壊する………例えその先に秩序があってもだ…我が母は、姉妹は戻らぬ……時計の針も。」
練り上げられた狂気が、文字通りの鋼の肉体を睨みつける。蛇めいた鋭い眼光だが、本質は蟲のように淡白で無慈悲である。
帯電チェーンウィップが百足めいて唸り、イナゴの群れのような機銃掃射が飛ぶ。ダガーが稲妻の如くそれらを全て引き裂いた。
「故に……殺し、殺し、ただひたすらに殺し、償う。生きられなかった人間の為、血に濡れた手を振り、現世という地獄を歩く。無論、貴様らを殺した後でな。」
『償うだと……償うだと!?ふざけるなぁぁぁぁぁ!』
ユージェニックは腕部内臓型マシンピストルを乱射!閉所で弾幕を張れば、いかに冒険者と言えど回避は物理的に不可能だ!
「コーシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシューッ!」
………無論、相手が銃弾を全て弾き返す事が出来るならば話は別だが。ダガーが激しい火花を散らし、切断された小口径弾が辺りに散らばる!
『対冒険者戦法が通用しない……自治領にまだ、こんな奴が居たのか!』
「成程、回避出来る場所を物理的に潰すか……児戯にしてはまだまともな方か。」
『だがその程度だ!想定済みだ!』
ユージェニックは射撃で赤熱した腕でパンチを連打!ダガーが折られる事を防ぐ為にガントレットで受けるが、凄まじい衝撃がピンチベックを火の海へと押し込み、背中を焦がす!
『このまま火達磨になるが良い!』
「…………断る……断る!」
『ならばここでクズ肉になって死ね……!』
ミサイルポッドがピンチベックに向けられる!
『俺の……勝ちだぁ!』
小型追尾弾が至近距離で放たれる!直撃だ………無論、ユージェニックも無事では済まない!アーマーの絶縁塗装は剥がれ落ち、上半身のフレームは原型を留めない程に歪み、融解した。全身から火花を散らし、ボディスーツに包まれた本体が露出、めちゃくちゃになった配線が剥き出しになり垂れ下がる……覚悟の一撃だった。
『お、れ、の……勝ち……………勝ち、勝ち、カチッ………カシッ………バチッ………カチだ………俺は……役立たずずず……ナんか、じゃない…………』
「………だが、私には届かん!」
留め具が焼け、煤だらけの仮面が落ちる……殆ど骨だけになった彼の片腕も。腕を盾のように変形させ、ミサイル発射寸前の完璧なタイミングで斬り落とし、チャフめいた身代わりとしたのだ!ピンチベックは片腕を振り回し、溢れる血をユージェニックのカメラアイにぶち撒けた!
『うわぁっ!?』
「…この程度で…………私が……カラドリウス様が………我が……忠義が………殺せると!思ったか!」
『クソッ、まだだ!まだやれる………!』
バチバチと火花を散らしながら、電子音の混じった苦しげな呻き声が歪んだ甲冑に反響する。破壊された腕の甲冑をパージし、加熱能力を失ったブレードを構える。
「…腕の一本で済んだか。安い犠牲だな……」
燃え盛る枯れ木に腕の切断面を押しつけて止血する。血の焼ける匂いが彼の意識を完全に覚醒させた。
『貴様、痛覚が無いのか……?常人なら痛みでのたうち回る筈だぞ……』
「痛みはある………だが慣れた。しかし不思議だな、他人が血を流すのはいつになっても慣れん……」
『今更正義漢気取りか……俺の妹をあんな姿にして、何が……何が慣れないんだぁ!言ってみろよ……言ってみろ!この悪魔が!』
「狂人呼ばわりしておいて、今更何を言う……元より貴様らが始めた事だろうが。」
ピンチベックの残った腕が、ズタズタに刃毀れした巨大な鉤爪に変形する。今際にも関わらず、生き残るという選択肢は頭から消えない………幾年にも渡って彼の精神を蝕む亡霊が如く。
一方は悪魔に魂を売り渡した怪物。一方は家族の為に魂以外の全てを鋼鉄へと鍛造した少年。
「……子供だろうが……ここで殺す。我々は、そう判断した……!」
半ば不完全に統一した意識を引き摺り出し、片腕の怪物が呻く。妹と同じ年の程であるこの少年の身体を引き裂き、バラバラにし、口に内臓を押し込んで殺す。彼は本気だった。
『出し惜しみをした事を後悔させてやる!』
ユージェニックも装甲が剥がれ落ち、基盤の露出した腕を構える……機械化された心臓の動きが早くなる錯覚。そして魂自体が冷えて固まるような恐怖……だが既に身体は動いていた。
「コシューッ!」
『うおぉぉ………!』
敵は片腕……左腕で斬撃を受け止め、本命の右腕ブレードで喉を切り裂いて殺す。そんな底の浅い現実は、激しい破壊音と同時に消え失せた。パワーアーマーの両腕は……おぉ、本体の腕と一緒に地面に落ちていた。
『ぐあぁぁっ!ぃゃあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!』
スーツを循環する止血ジェルに含まれた鎮痛剤のお陰で痛みは無い。屈辱の悲鳴であった。ユージェニックが思わず仰け反った隙にピンチベックはもう片方の腕を掴み、一気に引き千切った。少年は赤黒い血とオイルの混合物を一面にぶち撒け、釣り上げられた鯉のように地面を跳ね回った。
「…………これが凡才だ。貴様らは弱者と同時に虎の尾を踏んだ…… 立て!次は足を、その次は頭を潰してやる……そのまた次は貴様の家族を皆殺しだ。少しでも家族を生かしたいなら逃げてみよ………」
機械化されたかと見紛う程に美しく、冷たい目がユージェニックを見つめた。決して治らない筈の「持病」を治してくれた兄や教団に、恩返しがしたかった。しかし、この男もかつては兄であったのだ……焼け落ちた樹木が彼の隣に倒れた。
『熱源……カカカカカカカカカカカカカカん知。』
破壊されたスピーカーが低音の叫びを上げた。同時に胸部装甲が踏み潰され、少年の内臓が圧迫された。破壊された内部機構から冷却水が漏れ出し、彼は痛みと恐怖のあまり失禁した。今の攻撃でミサイルポッドが破壊された……
『あぁっ……う……く、苦しい!』
「…………何だと?」
殆ど大破したパワードアーマーの剥き出しになった配線が、突然異様な動きを見せた!脱出装置の類いかと、ピンチベックが訝しんだその時……
『新たな生体反ののノノ………ノォ……』
脚部ブースターが突如起動!ジグザグに空中を跳ね回り始めたではないか!配線が触手めいて液体を撒き散らしている!燃料の異常暴走か!?
ユージェニックは情け無い悲鳴を上げて………空間の歪みを通過!デミゴルゴアの国境を踏み越えたのだ!更に国境の塔へと向かい隕石めいて飛び立ち………
ドオォォォォン!
「馬鹿な…………何という事を!これでは戦争だ!」
ピンチベックは数年振りのパニックに陥り、大急ぎで仲間の安否を確認に向かう!
「無事でいてくれ……頼む!」
第70幕 完