ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第73幕 : 戦いの意味

「アイアンクロスは?」

 

『………たった今撤退した。これから父さんが調査員を送って教団の動きを妨害するって。』

 

「鳩が帰り次第、コイツの体組織をあの人に送れ……解析出来る筈だ。」

 

『分かった。もう直ぐ返事が来る筈だよ……… 瓶にでも詰めておいて。』

 

 

教団に対する抵抗拠点たる宮殿から無闇に出る事は避けたい。思えば、教団自体が自分達を陥れる為の大掛かりな仕掛けにすら思えて来た。

 

 

「………私は、間違っているのか?同じ思いをさせてやると言っているのだ………罪のない子供や聖職者ではなく、私のようにならない内に改造された被害者を二匹処分するだけだと。人の家族を奪っておいて、自分の番が来た途端に止めろとは随分と虫の良い話よな……」

 

『……君は、どうなりたい?』

 

「………教団の人間を、皆殺しにする。」

 

『それで、皆死んでしまったら次は?』

 

「無論、地獄まで追いかけて行くさ……」

 

 

『………僕は、君に行って欲しくないな。』

 

「私は人殺しだ………君のような善人には、もうなれない。あの子を抱きしめる筈だったこの手は、血と内臓に汚れている………何度も抉り出し、突き刺し、辱め、切り裂いて殺した。」

 

『……誰かの無念を背負って戦うのは、凄い事だと思う。』

 

「好きだったよ……もう何年も前に焼けて、死んでしまったあの人が好きだった。あの人はきっと、こんな事は望んでいないのだろう。だが望まずとも私は許さない。結局は私のエゴだ……崇高な使命でも、誰かの無念でもない、ただ憎いだけなんだ。」

 

 

『…………それでもその過程で誰かを救えるなら、憎しみ以上の意味はあるんじゃないかな。』

 

 

「…………だが、あの人はきっとやめろと言うだろう。憎しみは何も生み出さないとな……生み出せずとも良い。私はな、連中から全て奪えればそれで良いのだ……意味など無い。あの夜、犠牲になったのが何人かは分からない。だが私が良く知る人間が死に、傷ついた……だから、奴等の首で弔いがしたいのだ。」

 

『……自分と同じように教団のやった事で悲しむ人が生まれない為、じゃダメなんだ?』

 

「綺麗事で飾っても、結局は人殺しだ………それか、今も私は悪の大王を倒せばお姫様が生き返るとでも思っているのか……下らんな。優しいお姫様は真っ先に死に、醜い灰被りの薄汚い狼だけが生き残ったというのに。」

 

『……その狼は異国から迷い込んだ王子様を助けて、おかげで故郷に戻れた王子様は両親と仲直りし、狼のように強きを挫き弱きを助ける勇敢な騎士になりましたとさ。』

 

「酷い駄作だな、ありきたり過ぎる。」

 

『僕にとっては感動の名作だよ………実話だって知ったら皆そう思うさ。』

 

「その狼は今煉瓦の家を叩き潰し、三匹の子豚を拷問してバラバラに引き裂くつもりだ……無論、その後鍋で煮て殺すが。」

 

『結局、優しい狼は悪い子豚たちを傷つける事が出来ませんでした。』

 

「何?馬鹿を言え、今からでも遅くは無いぞ……思い直した狼が豚の首を刎ねて、血の色で頭巾を赤く染めるかも知れん………私は、優しくなどない単なる殺人者だ。」

 

 

『でも僕は今幸せだし、君に会えて良かったと思ってる。』

 

 

 

「……………私はあの時、君を本当に裏切り者だと思っていた。未だに奴が、そして自分自身が許せぬ。」

 

 

彼は唇を噛もうとした。だが彼に唇は無かった……若い罪人を晒し首にした時すら、これ程惨めな気持ちにはならなかっただろう。何年にも感じる沈黙が流れた後、ペラドンナが口を開いた。

 

 

 

『許さない……二度と君が同じ間違いをしないように、僕が側に居よう!』

 

「済まなかった………それから私も、君と会えて良かったよ。」

 

 

この瞬間、ピンチベックは確かに人間性を取り戻していた。彼は無数の罪人を、そして復讐の対象を葬ったが、自分の心までは完全に殺す事が出来なかったのだ……安らかな心臓の脈動を数年振りに感じ、呼吸していた。黒い血液が全身を流れる感覚が鮮明に蘇る。

 

 

「………私はもう、人間ではないのだろうな。」

 

 

灰色の肌と黒い血が滲んだ包帯を見ながら、彼は言った。

 

 

「この身体はな、確かに人間の親から生まれた筈だ。だが……」

 

『見たよ。君のお母さんと………その……とにかく人間だった。』

 

 

「気を遣わずとも良い、少なくとも遺伝子の持ち主であったのは事実だ。出来れば、あの人に一度でも息子と呼んで欲しかった…………私には過ぎた幸せだろうがな。」

 

 

 

『………ねぇ……ローデリウスじゃなくて、セタンタって呼んでいいかな………君の友達として、その資格があるなら。』

 

 

「…………友よ、その名前は捨てたのだ……本当に済まない。」

 

『ご、ごめん!辛い事を思い出させてしまったね……』

 

 

 

 

 

「………母の弔いが済んだら、改めてそう呼んでくれないか。改宗する前に、私を本名で呼んでくれたのは母だけなんだ。だから、もし全てが終わったならあの人の墓前で、そう呼んでくれ。私にも生涯の友が出来たと、だから心配せずに眠って欲しいと言いたい。そこで初めて、私はその名前を名乗る資格がある。」

 

『分かった、約束だよ。』

 

 

「即答か………その寛大さ、私には真似出来んな。羨ましい限りだ、全く。」

 

 

『………喋り方が機械的過ぎるって良く言われない……?別に責めてる訳じゃないんだ………無理、してるよね?』

 

 

「……感情を御さねば、復讐、ましてや殺しなど出来ん……寧ろ機械で良いのだよ、私は。この言葉で相手が如何に屈辱を感じるか、このナイフで如何に苦痛を感じるか………復讐と抑圧の機械、謂わば暴力装置……社会にはそれが必要だ。少なくとも私は、どういう形であれ必要とされているのだ。」

 

 

『……つまり、あの人への忠誠心って事でしょ?素直じゃないな、君って。』

 

「実際、私が果たすべき役割は嘘吐きの方が向いている。今まで不自由した事はない。」

 

『……僕は、熱い君をもっと見ていたいのだけど………僕を助けてくれた時みたいに、真っ直ぐで熱く、美しい君をさ。』

 

「………美しい?私が?」

 

 

『だって、君は美しいものを持っている。僕はその輝きに魅了されてしまったんだ……とにかくあの時、僕はこの世で一番美しい物を見たんだ。こうなりたいと思えるような、美しい何かをね。』

 

「……持ち上げるのは良いが、後から幻滅するだけだぞ?」

 

 

 

 

 

その時だった。シンビジウムが息を切らしながらドアを両断して来たのだ!

 

 

「………先の続きをしろ、という訳ではないようだな。」

 

『今、伝書を扱っている姉妹から連絡が来ましたの!以前に説明した、カラドリウス様が待機している筈の場所に吸血鬼の群れが!本人も姿を消して……!』

 

 

「……すぐに行く……今すぐだ。奴等に目的を吐かせ、皆殺しだ……」

 

ピンチベックは殺気立った目で唸るように呟いた。冒険者でない者が今の彼を見たなら恐怖のあまり無意識に舌を食い千切り、窒息死していただろう………ここにいるシンビジウムも充分な鍛錬を積んだ相当の手練れであるが、この男の放つ段違いの狂気と、人間離れした悍しい眼光には背筋が凍りついた程だ。

 

 

『お、落ち着いて下さいまし!貴方はまだ疲れが取れていません、その隈や全身の生傷を癒やしてから万全の体勢を……』

 

「一理あるが、下手を打てば彼女は死ぬ。向こうが要求を突きつけて来る前に敵の目的を探らねば。」

 

 

『足を引っ張らないのは承知の筈、私も行きますわ!』

 

 

「……これ以上、貴女達に面倒を掛ける訳には行かない。これも私の弱さが生んだ事態だ。故に私が一人で行く!」

 

 

彼は手入れの済んだリボルバーをホルスターに仕舞い、全身に仕込まれた武器を確認すると冒険者ですら視認出来ないようなスピードで宮殿を飛び出し、狭い路地の壁を走り去る!

 

 

(ようやく好きに殺しが出来るというものよ!カハハハハハハハッ!)

 

「………彼は何をした?やけにアブホースが活発だが………まぁ良い、それに関しては同感だ。貴様も死にたくなければ出し惜しみはするなよ……」

 

 

ピンチベックは人通りの多い商業地区に差し掛かるが、街を歩く市民は彼を認識出来ない。彼は凄まじく足が速い上に、誰にも悟られず静かに移動するのは朝飯前だ。人混みの中に紛れた密偵の首だけを切り取って持ち去った事さえある。

 

 

 

 

『待て、そこn』

 

 

…………今回のように。そこまで言うと、その冒険者の首から上が手品のように消し飛び、前方を歩いている男の袖口から顔を覗かせた。いつの間にかピンチベックの手に握られていた斧にはべったりと返り血が付いている。彼は斧を敵の背中で拭うと、首があるべき場所に静かにフードを被せて壁に寄り掛からせた。綺麗な斧が白装束の隣に置かれる。

 

 

「………もうここまで来ているか。」

 

 

ダガーで機械化された目を抉り出し、首から顎の骨を引き千切って踏み砕く。これで蘇生されても暫くは喋れない筈だ。最早赤い塊になった”それ”を彼はゴミ箱に投げ捨てた。どこからかやって来たネズミがその中に入って行く。

 

 

「…………やはりネズミは嫌いだ……油断していると庭先にまで湧いて出る。次いでだ、少し掃除をしよう。」

 

 

消音装置を備えた拳銃が彼の後頭部に突きつけられる。

 

 

『大人しくしろ、命までは取らん!』

 

素早く頭を下げれば、相手が引き金を引く間もなく反撃出来るだろう……目の前を歩く市民の犠牲を無視すれば。銃撃戦に持ち込もうにも大口径のリボルバーでは威力が高過ぎて人体を貫通し、まず間違いなく民間人に被害が出る。ならばどうするか?

 

 

『カハッ!』

 

 

死んだのは消音拳銃を持った男だった。横に一歩だけずれたピンチベックが自らの胸に突き刺した細身の小剣は、彼自身の胸を貫通し、肋骨を潜り抜けて背後にいる敵の肺を串刺しにしたのだ。

 

『ば……はぁっ!』

 

苦しみ喘ぐ敵と対照的に、彼の胸からは僅かに数滴の血が滲むのみ。血管や神経の少ない場所を一瞬で判断し、寸分違わぬ正確な刺突で敵のみを殺したのだ………買い物に夢中な市民達がこの一瞬のやり取りを見ずに済んだのは幸運な事であった……いや、見て見ぬ振りをした者や何らかの芸だと勘違いした者もいたのかも知れない。だがそれでも哀れな殉教者に比べれば、幾らか幸運であった筈だ。

 

 

「………ローテクも捨てた物では無かろう?」

 

彼は胸に小剣を突き刺したままゆっくりと路地裏に移動し、垂直に刃を引き抜いた。内臓の付近を貫通していながら、出血は驚く程少ない……筋肉で傷口を収縮させているからだ。腰に下げた小瓶の中身を口に含み、ゆっくりと飲み干す。回復ポーションは即効性に欠けるものの材料が安価で、誰でも手軽に回復出来る為に相手から身を隠しながらの暗殺には向いていると言えるだろう。

 

 

「………忘れていた……念の為だ、恨めよ。」    

 

 

彼はまるで蟻でも踏み潰すように、肺を貫かれて静かに悶絶する兵士の眉間を撃ち抜く…………懐を探ると、良く研がれた合金製サバイバルナイフと手榴弾が見つかった。敵の武装が充実している以上、単なる捨て駒ではないだろう。無関係な勢力を装ったヒットマンが相当数いる……

 

 

「コイツ、冒険者ではないな。金属も入れていない……あの偽物の手引きで入り込んだか。」

 

久方振りに弱者を殺めた感触。柔らかい肌を、脆い肉を刃が貫く感触。なんと甘美な事だろう。腕の古傷が捲れ上がり、筋肉が異常に脈動する……全身が心臓と化したような強い生命力と全能感……あの時と同じだ。

 

(思い出したか?我々は強い……本当に弱者の側に立つ必要はあるのか?)

 

 

「…………今は、ただ、報復することだけを考えろ……彼の庭を土足で、踏み躙る、クズを、殺せ。それだけだ……」

 

 

“自分”をより近く感じる……骨が軋み、自分の影が歪んでいく。自分の声帯から不明瞭な呪文が聞こえる。

 

 

「……ィア………リ……ディア……イア………イア、イア……!」

 

 

歪んだ影法師が歩き出す。両腕の骨が皮膚を突き破って手甲を形作り、手の爪が異常に伸びて十本のナイフと化した。その歯は人間と海洋生物の中間に近く、ひび割れた肌が竜の鱗のように黒い筋繊維を覆う。

 

 

「少しばかり本腰を入れて来たか………この腕で直々に殺せと?益々あの人らしい……だが乗ってやろう。」

 

 

そう言うと彼の瞳孔が完全に開き、辛うじて人間の形をしたそれは産声のような雄叫びと共に狩りを開始した。

 

「ギエェェッ…………殺してやるぞ……生き汚い半死人も、鉄屑の成り損ないも、彼女を害し、彼の庭を荒らす者は全て殺す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー数分後ー

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけた、これで4人目。』

 

ペラドンナがゴミ箱に捨てられた生首を拾い上げる。彼が持った袋には既に三人の惨殺体が詰め込まれていた。

 

『うっわ……一番柔らかい箇所を狙って、完璧に切断されてますわ…………どんな修行積めばこんな技術が身につくんですの……?』

 

『彼、ストイックに修行するよりも実戦でひたすら技を磨く感じじゃないかな………実際、彼の短剣術は何処の流派か分からない。もしかしたら我流かもね……蹴りは向こうの大陸の武術に似てる。多分、先生が居たんだと思う。夢で見た……』

 

『つまり、あの方に技を教えた…………つまり、あの方と同等かそれ以上の使い手が?』

 

『確か、炎のパンチの使い手だった。冒険者になってから日が浅いって言ってた筈…………10年前にね。今生きていれば相当に強い筈……』

 

 

 

『うっ………』

 

 

突然、真後ろにいたシンビジウムが気絶した。

 

『えっ………!?』

 

 

『ぁう!』 『ぐわ……』

 

 

一人、二人、30人。煙の中から、緑色の炎がちらつく……

 

 

『……非致死性です、ご安心を……抵抗すれば貴方達は殺しますが。』

 

炎が蛇のように地を這い、彼女が拳を突き合わせると同時に激しく燃え上がる!

 

『貴方達の故郷に踏み込んだ事、先ずはお詫びします。降伏して我々の仲間を解放するのであれば、我々も今後一切そちらに手を出しません……実際、空間が歪んでいては”塔”も使いようがないですから。』

 

 

『それで………君達が力を付けていくのを、ただ黙って見ていろと?自分とか仲間の身体に機械を入れるなんて嫌なんだけど。』

 

『私もですよ……ですが医術が発展すれば皆が健康な身体で天寿を迎える事が出来る!食い詰めた人間には教義と仕事を与え、機械化した冒険者に治安維持させれば凶悪犯罪者は生まれない!醜い身体を持って生まれた人間を美しく生まれ変わらせる事も出来るし、下賤な差別主義者を根絶する事だって出来る!』

 

 

『………じゃあ、なんで世界は一度滅びた……お前は何も、分かっていない!お前達が掲げる幸福の影で、必ず泣いている人がいる……』

 

『それは使う人間が愚かだったからです……だが此度は違う!神が直々に、我々を導いて下さる!あの御方は決して歳を取らず、不浄な力によって傷付かず、手をかざすだけで雨を降らせて下さる!』

 

 

『何、それって幹部が勝手に言ってるだけの出鱈目じゃあないのか……!?』

 

 

『神は優れた人格と正義の心を持ち得る者に、等しく慈愛を与える。神は全てを救われる………信じられないでしょうが、本当です。』

 

 

『その結果が僕の偽者?彼は教団を抜けて正解だったね。』

 

『変革には常に犠牲者が居るもの……自治領の発展とて、王国の衰退があって初めて成立したのですよ?我々の方が彼より多くの弱者を救える……無敵の法治国家という理想の手段でね。』

 

 

『無敵なら、なんで魔法すら使えないような人類種一匹にここまで戦力を割くのかな?日和っているようにしか見えないね、僕は……あの子が握っている権力を侮ってかかった上、即席の作戦に引っかかって焦ってるような奴に無敵の法治国家とやらが作れる訳ないよねぇ?所詮、君は彼に嫌われたくないだけなのさ。』

 

 

『舌まで彼に似ましたか。血も繋がっていないのに、我々は不思議ですね………』

 

 

面頬の下で、彼女は困ったように笑った……逞しく成長して命懸けで他者を救った弟を誇りに思ったし、その弟が認めた男が凄まじい手練れとして立ち塞がっているからだ。

 

 

そして何より、この男との死合いは弟と過ごした平穏と同じ位に楽しめそうだ。

 

 

『お見知り置きでしょうが、改めて……火塔教団名誉構成員、並びに教団内格闘術振興連盟顧問………翠蛇(リーシャ)。またの名をギフトブレイズと申します。』

 

 

殺し合いに見合わぬ程に完璧な礼儀作法は、この冒険者が武人として高いプライドを持ち合わせている事、そして不意打ちなど使わずともペラドンナを殺害出来るという無言の自信を感じさせる。

 

 

『………我が名はペラドンナ・フェルグス・デミバアル……祖国の為、大義の為、そして我が友の為に!行くぞ!』

 

 

『………有難う………弟が、貴方のような誇りある戦士と逢えた事を、私は嬉しく思います……無論、私も一人の兵として。』

 

 

蠱殺(コシュウ)......!』

 

 

独自の呼吸法により酸素を深く吸収したギフトブレイズの拳が燃え上がり、竜の翼のような緑の軌跡を描いて飛び上がる!

 

 

『貴方はこの”双竜形拳”で相手をします……厄介な相手が控えています故、手早く済ませてあげましょう。』

 

二匹の竜が火を吹きながら敵を喰らい尽くす!本命の貫手は回避したが、風圧で服が切り裂かれ、毒の火の粉が舞う!

 

『う………』

 

ペラドンナは毒を吸い込まないように回避するが、酸素を補給出来ぬ!

 

『速い………やはり殺すのが惜しいですね。家族は大事、そうでしょう?手元に貴方がいれば、彼も考え直す筈です……どうですか?手を組みませんか?あの偽者と入れ替わりにすれば良いでしょう。』

 

 

全て仕組まれていた。彼が教団に連なる人間を無差別に虐殺することを見越しての待ち伏せだった………まだ敵は諦めていなかったのだ!最悪、文字通り自分の首と引き換えてでもピンチベックを”連れ戻す”算段だ。彼の大切な物を全て手に入れ、自分達の側に居場所を作ろうとしている………これを狂気と言わずして、何と言うのだろうか?

 

 

『断る……彼は彼だ。代わりなんて出来ない………』

 

『では、倒れて貰います!』

 

 

ギフトブレイズは腕を突き出すと外側に向け、竜が敵を威嚇するかのように構えた。まるで両腕が身体から切り離されたような自在な動きだ……

 

『倒れるのは、お前だ!』

 

ペラドンナはフルーレを抜き放ち、フェイントめいて石突で殴打!ギフトブレイズはこれを跳躍回避、踏み潰すような跳び蹴りで敵を狙う!

 

『………二段紫電突き(サンダーレイヴン・ツインズ)!』

 

 

しかしペラドンナの狙いは的中した!石突に仕込まれた魔石から雷の矢が放たれ、肩を射抜いたのだ!高圧電流により肉体が硬直した隙を狙って蹴りでギフトブレイズを吹き飛ばし、その勢いで汚染地帯を抜けると同時に翼を広げ、雷の槍を連打!

 

 

『コーシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!』

 

ギフトブレイズは燃え盛る両腕をダガーのように振り乱し、雷の雨を全て弾く!魔力同士でダメージを相殺し、攻撃を無効化しているのだ!

 

『浅いか……!』

 

『いいえ、痛みからして皮膚が焦げた筈………熱に耐性のある私に電撃だけでこれ程の手傷、称賛すべきでしょう。』

 

ギフトブレイズの背後に大量の火球が浮かぶ……

 

『だが………その程度でこのギフトブレイズを倒せると思わない事です!』

 

高速で火球を飛ばし……殴った!ショットガンのように炎が拡散、更に小爆発で毒をばら撒く!建物が乱立する都では逃げ場無しだ!炎の雨をシールドスペルで受けるが、その隙を見逃すギフトブレイズではない!堅牢を誇るシールドスペルごとペラドンナのガードを打ち破り、20メートル近く弾き飛ばした!

 

 

『都市圏での遭遇戦は100回程VR演習で経験済みです………この街を毒の都にしたいのですか?』

 

『う………ゲホッ!ま、まずい………シンビジウム………』

 

『自分の心配をしなさい。降伏すれば安全を保障すると言っているのです………無駄な抵抗はやめた方が両方にとって利になります。毒ガスの濃度を更に高めても良いのですよ………?』

 

 

 

一緒でこの街の人間全員を人質に取る毒、更にペラドンナを近接戦闘で圧倒する技量…………教団幹部の名声に恥じぬ、凄まじい手練れだ。ペラドンナがその気になれば、翼でガスを押し戻す事も出来る筈だ……しかし、押し戻されたガスはまず間違いなく市民の犠牲に直結する。

 

 

『…………我々の目的は人殺しではなく、今回の事態の収束です。』

 

『貴方は……彼に嫌われたくないだけだ!』

 

 

ギフトブレイズの目に動揺が浮かぶ……素人目には分からないだろうが、練れた冒険者であれば一目瞭然だ。

 

『……我々は和平を望んでいるだけです。あの見た目さえ完全に治癒すれば、彼は大手を振って歩く事が出来る………他の子供達だって同じ事です。他人と違うという理由だけでゴミのように弄ばれ、不当に搾取される人間の気持ちが分かりますか?』

 

 

『……あぁ、良く分かってるさ………だが貴女は、信じる相手を間違えた。普通の人をゴミのように搾取して紛い物の平和を謳う教団と、貴女の正義は同じではない筈だ。』

 

『全員は救えない、とだけ。綺麗事で世界は回りません……誰かが貧乏籤を引いてくれるから、我々が栄えているのです。弱い個人を奴隷や憤りの捌け口にする事と、我々強者がそれを支配して抑制する事、どちらが良い選択ですか?』

 

 

『…………彼が話しているのを聞いた。子供を貢ぎ物にして権力者を黙らせていると……犠牲者に目を背けておいて、良くそんな事が言えるな……!』

 

 

『ストリート・チルドレン。』

 

 

『え……』

 

『捨て子、戦災孤児、勘当、少年兵………彼らは犯罪組織に所属したり、非合法な手段で生計を立てている者が大半です。殆どが手遅れですよ………堅気には戻れません。だから我々が雇用を与えた………そのまま放置していれば、人殺しか飢え死にです。生きるために身体を売った結果病気で死ぬ者も大勢いる……』

 

『それなら、保護施設にでも入れれば』

 

『身元が分からない子供を簡単に預かれると?彼らを哀れに思うのは結構ですが、社会に適応出来ない者が殆どですよ……それに、人殺しかも知れない子供など何処も引き取りませんから、最終的にまた暴力の現場に戻ります。最近はそういう子供達を殺してしまえと言う輩も多い。実際、彼らは社会に何の貢献もしていないですからね………』

 

『あぁ……そういえば、貴方の仲間のストゥーピストとやらも戦災孤児でしたね。過去の罪から逃れて、都合よく義憤に駆られるなど………全く、犯罪者の思考は理解しかねます……』

 

 

『お前………お前………!』

 

『……所詮は資本で作った関係、そこまで怒らずとも良いではないですか……戸籍を作って、資本のある家に迎え入れる。犯罪者にここまで尽くしているのです、彼らも納得するのでは?』

 

『…くっ………』

 

 

この巧みな演説は、間違いなく彼が彼女から引き継いだもの………即ち、この無慈悲な戦士は彼の姉なのだ……剣を握る手に、力が入らない。

 

『どうしました?もしや躊躇しているのですか……?貴方こそ、私の死で彼が傷つくと思っているようですね…………弱者の思考、脆弱の極み。』

 

 

皮膚呼吸によって身体が毒を吸収し、思うように脚が動かない。

 

 

『……感傷ですが、こんな場所では戦いたくなかった。』

 

 

『…………かっ………こんな………』

 

『そろそろ声帯も麻痺して来たでしょう……そんな身体で、よく立っていられるものです。やはり彼が認めた戦士、並ではない……痛みはありません、首と共に落とします!』

 

 

ギフトブレイズの右腕が、激しい業火に包まれる。

 

 

『蠱ォ………………殺ゥ!』

 

 

入り組んだ都に無数に並ぶ絢爛な家々、その一つが”切断された”……数千℃の高熱が、頑丈な石壁と鉄骨をドロドロに溶かし、焼き切ったのだ。土煙と蒸気に包まれる周囲で、彼女はなお残心を解いていない。

 

 

『ひぇ〜っ!凄ぇな、それ………それで金属入れてないんだろ?』

 

 

『戦争屋が………ノコノコやって来たか。』 

  

『そうだ……俺ぁこの仕事が大好きでな…………幾ら殺そうが奪おうが、戦争(ビジネス)なら全部が合法!いい時代になったよなぁ………だがよ……幾ら仕事が楽しかろうが、失業しちまったら意味が無ぇ………』

 

 

『そんで、軍隊とか傭兵ってのは、謂わば俺たちの防波堤よ……ソイツを取っ払ったら、喧嘩しか能が無い奴はどうなる?ビジネスじゃねぇ盗みをしなきゃいけなくなる………リスクがあるのはつまらねぇなぁ!?絶対に勝てる戦争(ビジネス)にしか興味がねぇんだ、俺ぁ!』

 

 

『違うな……そういう人間は淘汰され、優れた人格者が残る。』

 

 

『マトモな奴が戦争したって単なるストレスだぜ?ほら、アンタの国の諺……”好きこそ物の上手なれ”って奴よ!あれ、それはサムライだったか?まぁ良いや、とにかくお前を倒す!』

 

 

『倒す?殺すのではないか貴様……貴様に差し向けた兵士の殆どはバラバラで、見るだけで吐き気がするぞ……!』

 

 

『アンタを………殺すだと……?』

 

『そんな……そんな勿体ない事を、俺がすると思ったのかァァァァァァ!』

 

 

ストゥーピストは小脇に抱えたペラドンナを乱暴に投げ飛ばし、毒素を全て風で吹き飛ばしながら絶叫、サーベルを抜くと同時に風の刃を飛ばす!ギフトブレイズはこれを最低限の動きで回避!

 

『………いいのですか?』

 

『あぁ……バッチリ守備範囲だぜ!』

 

『いや、風魔法で毒素を拡散した事についてなんですが………流石に犠牲者が増えるのでは?』

 

『死にはしないんだろ?アイツは優し過ぎてな………悔しい事に、奴の見た目はクールで中性的なイケメンだが、中身は少女漫画の優男だ………後々改心する体育会系のマッチョや初期の不良系ライバルに花壇の花を踏まれて悲しむタイプの奴。こういう奸計は専門外だ……そんな時の俺様って訳よ!』

 

 

『フン、随分と御人好しな戦争屋だ………中々腕も立つ!』

 

ギフトブレイズはサーベルを全て腕で弾き、獰猛な笑みを浮かべる。

 

『美人の褒め言葉より嬉しい物は……沢山ある!だが嬉しいのは本当でな………失礼ですがご趣味は?』

 

『貴様のような下衆を、社会から一掃する事だ!』

 

『いいねぇ!流石奴の姉だ…………堅物は落とし甲斐がある……喰らえ!』

 

 

ストゥーピストはサーベルを空中に放り投げ、拳に聖なる力を込めてレバーブロー!続けて上体を逸らしながらカウンターを警戒し、軽いフェイントを混ぜたストレートを連打!落下して来たサーベルをギフトブレイズに向けて蹴り飛ばす!

 

 

『ぬ………ぐぅあ!』

 

レバーブローは反射的にガードしたものの、素早いステップから繰り出される連続パンチでガードを崩され、飛んで来たサーベルに肩を浅く切り裂かれた!更に突進しながらのスクリューブロー!ギフトブレイズは横飛びで大きく回避するが、真横に突き刺さったパンチが石壁を粉砕!

 

 

『チッ……なんてなぁ!』

 

埃が舞う中、粉砕された壁からサーベルを拾い上げ炎の拳をガード!慢心から放ったかに見えたスクリューブローはサーベルを回収する為の布石だったのだ。

 

『……動きに一切の無駄がないな、大口を叩くだけはある……うちの機械化歩兵達に指導を願いたい程だ。』

 

『…………分からんでもない。あんなカスども、俺の敵じゃあねぇからな……並程度しか相手に出来んだろう、アレは……今この瞬間も奴がスクラップにしてるぜ……吸血鬼に喧嘩売る前のいい準備運動だな?』

 

 

『吸血鬼……?』

 

『新鮮なガキで釣って、カビ臭ぇババア共にお嬢を攫わせたんだろ?奴等は虫人を食わんから死ぬ心配もねぇし、何より強いからな……頭に機械入れてるだけあって、中々賢いじゃねぇか。』

 

 

 

 

『…………何?』

 

 

 

 

 

 

『そんな話は………聞いていない!』

 

 

 

 

 

 

 

第73幕 完

 

 

 

 

 

 

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