ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第76幕 : ジャバウォック

凄まじい咆哮と共に10メートル近い竜が広間に着地する!獣と竜を轢き潰してかき混ぜたような禍々しいシルエットを、不気味な紫色の松明が照らす!

 

「この辺りにはこんな格の高い竜族が生息しているのか!?道理で人が寄り付かない訳だ……!警備の者は何をやっている!まさか全員食い殺されたとでも」

 

 

『あぁ、それか。其奴は2、3年くらい前に勝手にこの城の屋根裏に巣を作ってるのじゃ………しかも崇拝者や血族が可愛がってるせいで中々出て行かん……お前と遊びたいようじゃし、相手をしてやったらどうだ?』

 

「………こんなものを飼い慣らすのか?まず前例が無いと言う話は別にして、特に戦闘に使うでもなく、愛玩目的でこんな高位の竜を飼うとは酔狂にも程があるぞ……!」

 

『クォォォォォォォォォォン!』

 

赤く長い立髪の生えた馬のような首をもたげ、狼のような頭部を持つ異形の竜が両腕を構える!

 

「まずい!」

 

ギギギギ……ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!

 

激しい火花を散らしながら石畳が切り裂かれる!さながらギロチンの刃のように、曲刀が並んだような鋭い爪がピンチベックを執拗に追い回す!

 

「これが遊びとは……恐れ入った!」

 

『クォォォォォォ………』

 

ピンチベックは爪を小剣で受け止め、石畳を砕く勢いで踏み留まる!しかしもう片方の爪が迫る!宙返りして紙一重で回避するが、そこに竜の牙が襲い掛かる!

 

「……コシュウ!」

 

だがこれこそ彼の狙い!狙い澄ましたサマーソルトキックが流麗な半月を描き、巨竜の頭蓋を揺らした!予想外の反撃と初めて体験する脳震盪で完全にペースを乱し恐慌!

 

『ギュウアァァァァァァァァァッ!』

 

闇雲に爪を振り回すが、壁を跳ね回るピンチベックには当たらない!尾が周囲を滅茶苦茶に破壊し、粉砕された石粉が辺り一面に舞い散る……

 

「……落ち着いたか?」

 

竜は静かに頷いた……爪をしまい、ピンチベックの目の前に座って尻尾を振る。どうやら戦えずにストレスが溜まっていたようだ……ばつが悪そうに後脚で頭を掻き、辺りを心配そうに見回す。

 

『………ハッ!ハッ!ハッ!』

 

「良く慣れているな……余程人間が好きなようだ。」

 

ピンチベックが顎の辺りを撫でてやると、竜は彼の手を自分の爪で優しく持ち上げ、自分の頭に置いた……そのまま撫でると、竜は目を細くして翼を折り畳む。

 

『クォォォ……』

 

「筋肉や骨格は随分と発達しているが、首の部分はまだ鱗の色が淡いな……幼体から卒業した辺りか。人間基準での推測だが、自分の力を試したかったのだろう……やられてやった方が良かったか?」

 

竜は驚いたように首を横に振ると、毛の生えた尻尾で彼の身体に付いた埃を払う……

 

「……竜は賢い生き物だと聞くが、驚いたな………私の言葉が分かるのか?自治領にもワイバーンの騎兵隊がいるが、躾も無しにここまで賢いとは……」

 

『………にん、げん。』

 

「な………!」

 

『おどろいた?』

 

「少しだけな……ここまで位の高い竜族に合うのは初めての事だ……言葉をある程度は理解出来るとは思っていたが、まさか自分で喋るとは予想外だった……あのまま続けていれば、私も危なかっただろう……賢い竜で安心した。」

 

『ありがと!でもびっくりしたよ……いたくないのに、あたまふらふらした………なんで?』

 

「骨から振動を伝えて……とにかく、頭の中身を揺らしたのだ。大丈夫か?」

 

『うん……にんげん、つよい!ちいさいのに、なんでつよい?』

 

「強くはないさ……力は君の方が何倍もあるし、私は空も飛べん。ただ、どうすれば君に勝てるか考えただけだ……」

 

『うそ……にんげんとべる!さっきにんげんとんだ!』

 

「飛んではいない、壁を足の力で登った……壁が無ければ飛べん。」

 

『はねない、でもとべる!にんげんすごい!』

 

 

「………大して人間の子供と変わらんな。少しばかり大きいだけだ……私はこれからやる事がある、悪いが退いて貰えるだろうか?」

 

ピンチベックは竜の横を通ろうとしたが、尻尾がそれを邪魔する。

 

『やだやだ!もっとあそんで!さびしいよぅ!いなくなるのいや!』

 

「少し待ってくれれば、すぐに用事は終わる。その間、私に何をやって欲しいか考えてくれ……」

 

『ついていく、だめ?』

 

「彼はこう言っているが?」

 

 

『全く仕方ない子じゃの……悪いな、こんな面倒に付き合わせて……噛んだり、引っ掻いたりするな。それから其奴の言う事は必ず聞く事!良いな?』

 

「おばあちゃんありがと!にんげんいっしょ、うれしい!」

 

竜は柔らかい毛の生えた身体でピンチベックに擦り寄る。これが大型犬ならどれ程良かっただろうか……彼は石壁にめり込みながらそう考えた。

 

『うわぁ、にんげんがぁ!』

 

「私は大丈夫だ……小さくて悪かったな。」

 

『ちいさいのわるくない!ごめんなさい!たからものあげるからゆるして!』

 

そう言うと、竜は胃液だらけの宝石や金属の塊、鉱石を大量に吐き出した!石壁から抜け出したピンチベックは雪崩に飲み込まれる!

 

『うわぁぁぁ!ごめんなさい!ごめんなさい!』

 

「……ぅ………捕虜として潜入した牢獄に………味方の砲弾が直撃した時を思い出す……」

 

 

ピンチベックは雪崩から這い出すと、胃液でドロドロになった服を脱ぎ捨てて歩き出す……灰色の即身仏のような身体には大量の火傷跡や、自分で乱暴に縫ったであろう傷跡が刻まれ、手先は凍傷の後遺症か、それとも血の色素を皮膚が吸ったのか、赤黒く染まっている。

 

『こ、こわいよぅ……!』

 

「………本当に済まない、こんな醜い姿を晒してしまって……」

 

『ちがう……こわい……あなたにこんなことをしたやつがこわい!なんでこんなことをするの……だれがやったの!?』

 

 

「……怖いからだ。人間は知らない者や自分と違う者を怖がる……私は生まれつきこんな身体だ………石を投げる程度ならまだ優しい。同い年の子供に竹の弓矢で背中を射抜かれたり、靴にカルトロップを入れられた事もある……鞄に落書きされたり、筆を盗まれたりもな……彼らの残酷な行動、その根底にはいつも恐怖がある。」

 

『そんなことをしても、おなかはふくれない……そんなことをしても、たのしくない……!こわいならにげればいい!なかまなのに、なんできずつける!?』

 

「人間は怖い物を退けると満足して、幸せになれる。私を傷つける人間は皆幸せそうだった……弱者を虐げている間だけ、自分は害されない、完全な生き物だと錯覚出来る……それが人間の遺伝子にまで刻まれた本能だからだ。」

 

『でも、あなたやさしい……わたしのこといじめない……』

 

「君の事は怖くはない……知っているか?人間は傷つける事も好きだが、優しくしたりされたりする事も同じくらい好きだ……」

 

 

ピンチベックは竜の頭を撫でた……その時、巨大な竜を腕一本で跪かせる怪物じみた男の姿を城の吸血鬼達は確かに目撃していた。始祖配下の吸血鬼でも屈指の強者であるデスペラードの首を自身の臓物で絞め落とし、岩の杭で心臓を貫いた男。そしてプライドの高い竜族が、自ら進んで跪く程の実力と器の持ち主……

 

 

「………竜が人に平伏すとはな……良いのか?」

 

『みんなみてる……にんげん、つよいしすごい……みんなにしってほしい!』

 

「……そうか………」

 

(あの時神に見放された、まだ年端も行かない兄弟達。あの虐殺の中、一体どれだけが生き残っただろう……危うい程に純粋なこの竜を見ていると、彼らを思い出す……)

 

 

『……いこう、にんげん。』

 

「あぁ、悪いな……」

 

 

二人は瓦礫だらけの広間を抜け、庭園に出る。黒い薔薇に囲まれ、蝙蝠の翼を生やした聖女の像が血のような赤い水を抱えた瓶から水路へ流している……水の音に混じり、何処からか美しいハープの音が聞こえて来た。

 

『美しい月は……太陽のように我らを害さず、星のように我らを照らす……だが湖に移る金の月は定命の者には毒となり……今その毒を浴びた者が、私の目の前に。』

 

 

羽音がゆっくりと近づき、彼の耳元で囁く……四本腕で鋏と弓を携えた吸血鬼が、目の前にいた。

 

『この城の庭師を、100年程務めさせて頂いています……グリムバードとお呼び下さい。』

 

「蛍種の虫族……?かなり珍しいな、全身が発光しているのか。」

 

『それはお互い様です……私も肌が灰色の人類種など初めて見ましたよ……長生きしてみるものです。』

 

「その身体なら、確かに夜間の屋外でも継続して作業が出来る……訪問者を案内する時もかなり便利だな。」

 

『しかしこの身体は戦で目立ちます………そのせいで私の部隊は全滅………幾ら弓の腕が立ったとて、仲間を守れぬのでは只の役立たず……私に出来るのは、死んだ同胞の分まで生きる事。』

 

 

「……私には、もう充分に罪を償っているように見える。誰も殺さず、何百年も慎ましく暮らして来た……それで誰が貴方を責められる?たった6年程度で何百人と殺して来た人間に比べれば、些細な事だろう。」

 

 

強い霊感を持つ吸血鬼である彼女は彼の周囲に蠢く、悍しい”何か”を感じた事だろう。遠い昔の戦争をはっきりと思い出す……自然と腰に下げたハープに手が伸びた。それを見てピンチベックは目を見開く……

 

 

「昔を思い出す……よく妹に曲を弾いてやったものだ。」

 

無骨で激しい音色だが、その中に砂粒のような繊細さを感じる……彼女達の故郷とされる赤い砂漠の情景を思い起こさせた。

 

「良い曲だった。100年の重みと熱を感じる……」

 

 

『ありがとう……私が戦った戦場に、もし貴方のように勇敢な兵士がいたら……これは一種の弔いなのかも知れませんね。彼らが戦った証を、詩にして残したいのです、私は……』

 

「弔いか……立派な考えを持っておられる。」

 

『あの子に聞きました。先の戦争で、貴方は私達の故郷、赤砂の大地を守るために戦ってくれたと……』

 

「そうか………私も貴女方の土地を守れた事、誇りに思う。ではやろうか……あまり御老体を待たせるのも良くないからな……」

 

『戦闘種族たる我々を舐めない事ですね……人間には決して真似出来ない、キチンの甲冑と多腕から繰り出される我が弓、堪能して頂きましょう!』

 

 

グリムバードは弓とハープを構え、赤く発光する魔法の矢をつがえる……ピンチベックもいつの間にか乾燥を済ませた防具を羽織り、小剣を二刀流で構える……

 

『抜刀までの時間を見る限り、相当練れている……ですがこの庭園は文字通り私の庭!』

 

ピンチベックは上半身を異常にくねらせ、不規則なステップでグリムバードに接近!しかしグリムバードは翅で素早く低空飛行しながらハープで剣を受け止め接射!

 

「むぅ……!」

 

ピンチベックの仮面から火花が散るが無傷!上体を逸らしての回避が一瞬でも遅ければ、頭蓋骨を蜂の巣にされていた……

 

『近接戦もそれなりには……な!?』

 

ピンチベックは上体を逸らしたままの姿勢で地面に小剣を突き立て、四足歩行の獣めいて飛び掛かる!グリムバードは飛び上がって回避!真上から雨のように矢を放つ!

 

「……外骨格の節足動物には真似出来ん柔軟性だろう?」

 

素早く起き上がり小剣を振り回し、矢を弾きながら斬りかかる!

 

『デスペラード卿がやられたのも嘘ではないようですね……!』

 

「彼女は油断したから負けた……貴女はどうだ?始祖は貴女達も試しているやも知れぬぞ?」

 

『貴方に対しては殺す気で行かなければ、侮辱になりかねませんね!』

 

グリムバードは大量の矢を放つが、ピンチベックはこれを全て切り刻んだ……しかし、強力な破壊魔法に耐え切れず刀身が溶け始めている!ピンチベックはすぐさま小剣を放り投げ、鎖分銅を取り出す!溶鉄が石畳に垂れ、煙を上げる!

 

「吸血鬼など棺桶で寝たきりかと思っていたが、認識を改めねばな……!」

 

『全身に武器を仕込んでおいてそのスピード……技量や判断力だけでなく身体能力も決して低くない上に、霊的な力に依存しきっている訳でもない……成程、あの人は芯の強い人が好みですからね………』

 

 

「……貴女こそ、この入り組んだ庭園でよくここまで飛び回れるものだ……小回りの効く虫族の強みを完璧に発揮している……」

 

 

ピンチベックは鎖分銅を振り回し敵を睨む……この武器は頑丈なミスリル合金製だが、守りに入ればいずれ矢で破壊される……矢の弾速も速く、集中が途切れた隙に被弾するリスクも高い……ならば射抜かれる前に全身の骨を折り、殺す!

 

『良い目です……久しぶりの戦で、私も滾って来ました。ではこれを受け切れますか……!』

 

「ハイハイハイハイハイハイハイヤァーッ!」

 

グリムバードの庭園を埋め尽くす勢いで放たれる魔法の矢を、鎖分銅の錘部分だけで矢を全て打ち砕く!勿論回避はしない!ただただ跳び回りながら敵に接近する!肩を曲射が切り裂き、仮面やガントレットから火花が散る!まさに帆船を襲う嵐が如し熟練の多段射撃!しかしこの攻撃を生き延び、眼前まで迫る!

 

『一個中隊を全滅させた私の弓術をここまで捌きますか……対多数戦術は通用しませんね……』

 

「中々肝を冷やしたな……塹壕で放てば一網打尽だろう。」

 

ピンチベックは肩に突き刺さった矢を引き抜き、脇腹の矢をへし折りながら傷だらけの仮面を押さえる……流れ出る血が、彼に生命を実感させる。

 

『貴方、やはり痛覚が……』

 

「痛みはある、だが致命傷ではない……人生の大半を苦痛に苛まれているとな………嫌でも慣れる。」

 

グリムバードはいつの間にかハープを手にしていた……

 

『……私の負けです。あの時戦場から逃げた私には、真の兵士たる貴方を殺す資格はありません……私は始祖様の庭を守り、歌を歌い続ける身……きっと貴方の歌も歌います。』

 

「………生きていれば、いつか聞いてみたいものだ……楽しみにしている。」

 

『えぇ……聖堂はこの先です。それと、貴方の仲間も……』

 

 

 

 

ピンチベックは、荘厳な大扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

第76幕 完

 

 

 

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