ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第77幕 : 再会 前編

薄暗く荘厳な地下の聖堂街に一条の光が差し込む……むせ返るような血の匂いと、転がる何かの頭蓋骨。古びた石畳を踏みしめ、彼はこの異常な光景に戦慄した……

 

 

『……来たか。』

 

ストゥーピストだ……そして謎めいた女性。

 

「…………そちらの女性は?」

 

『ブラッドソルです……初めまして、ストゥーピスト殿に雇われたのです。』

 

「あぁ、初めまして……どうやって中へ?警備は厳重だったと思うが。」

 

 

『いや、小さな子供と、やたら派手な虫族の女の子がここまで通してくれたんだがな……子供の方は幻術か何かで消えちまった。』

 

「消えた?私の時は四散したのだが……些細な違いと見過ごすべきか、それとも何かのメッセージか……?」

 

『ふむ……別に貴方は拉致された訳ではないと?吸血鬼達の目的は分かりますか?』

 

「全く分からん……二人に対する対応を見るに、我々を今すぐ殺すようには見えないが………流石に肝が冷えた、全く状況が見えん……」

 

彼は息を吐くような自然さで嘘をついた……そうしなければ生き残れなかった。その事を彼女はよく知っている……嘘かどうかは理解出来ないだろうが。

 

『そうかい……しかし災難だな、何があったか説明して貰えるか?』

 

「あぁ、デスペラードとかいう吸血鬼だな。恐らく、私を拉致した本人だろう……奇襲を受け、こちらも抵抗したが力及ばす………雷を心臓に撃ち込まれて失神した後、城の上階に放置された……そして彼奴が飼っている竜の餌にされかけたのだ。なんとか竜を追い払うと、この先から不気味な気配がしてな……身を隠すにも丁度良いだろう?」

 

 

真実と嘘を巧妙に織り交ぜる……それ自体は大した事ではない。ある程度の頭がある人間ならば容易いだろうが……彼には一切の懸念や抵抗が見られず、目線も全くブレていないのだ。リーシャは、ブラッドソルはそれを知っていた……彼は喧嘩で出来た傷の原因を聞かれた際に、よくそうやって誤魔化していたからだ。

 

 

『成程、確かに活きのいい獲物の方が竜も喜ぶだろうな………しかし、今日のディナーはちと活きが良すぎたって訳だ……竜には悪いが、俺はアンタが死ぬとは微塵も思ってなかったぜ?』

 

この男は彼の言葉をどれ程信じている?

 

そもそも自分の正体に気付いているのでは?

 

何故偽らなければならない?

 

嘘から生まれる疑問は自分に関するものばかり。最初に騙していたのは自分だった筈だが、いつの間にか絡め取られてしまう……彼はいつもそうだった。

 

 

(どちらが蛇なのか、これでは分かりませんね……)

 

 

ブラッドソルは仮面の下で唇を噛んだ……あの日、犯罪者の娘である自分から彼を引き離して悪影響を避けたつもりだった……しかしあの時、無理矢理にでも彼を親元から拐って一緒に暮らしていれば、或いは彼が狂う事は避けられたのではないか?

 

「……どうしました?」

 

『いえ……ここは死体だらけだし、埃っぽいですから……具合が悪くなってしまいそうで。』

 

「確かにこんな場所にいては病気になりそうだな……とにかくこの先に向かいましょう。」

 

カチッ。

 

体内に仕込まれている爆弾の安全装置が外れた………ここでの会話は全てメテオリットが傍受している。下手な事を口走れば殺す、という事だ………

 

「……何の音だ?」

 

『さぁ……ネズミでもいるのでは?』

 

 

「そうか……ネズミを操って情報収集をしているのやも知れん、何かあったらこれを使うように。」

 

ピンチベックはそう言うと、二人に鳥の骨で出来た簡素な笛を投げ渡す。

 

「この笛は常人には聞き取れない高い周波数を発生させる………吸血鬼相手では気休め程度でしかないが、何かあったらこれで知らせてくれ。」

 

 

ピンチベックはランプの類を一切持たず、四足歩行の姿勢で素早く這い回り移動する……体重を掛ける事により起動する罠を警戒しての行動だ………何処からか黒い襤褸を取り出して羽織り、完全に闇に溶け出す……

 

 

『おいおい……まるで大昔の暗殺者だな。吸血鬼を不意打ちで殺すのは相当難しいぜ?』

 

「難しいだけだ、無理ではない……」

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

ー数分後ー

 

 

 

『こんな所に教会がねぇ……』

 

 

この教会……保存状態は良いが、一面に埃が溜まっているし聖書のカバーはかなり古い……棚から一番新しい聖書を手に取ってみる。

 

『これ何時の出版だよ……えーと、帝国暦21年の春………帝国ぅ!?博物館から掻っ払って来たのかよコレ………この辺りの帝国って確か大昔に竜人族に喧嘩売って滅んだ筈だぜ?しっかし内容は大体同じだな………ちょっと待て、23項の内容が違う………ここ竜人族侮辱してやがる!全く坊主なんていつの時代も生臭いもんだねぇ………あー、嫌だ嫌だ!さっさと掃除しよ!』

 

 

素朴な額に飾られた絵画……天使がフレイルで聖職の騎士を殴り殺し、少年の脚につけられた拘束具を鋸で切断している……

 

『エレア正教会が相当腐敗していた時期の風刺絵だな……400年くらい前か?いい気味だ……しかし、こんな物置いて大丈夫だったのかね?』

 

ストゥーピストは丁寧に部屋の埃を落としていく……修道士見習いだった頃を思い出し、彼は複雑な表情を浮かべた……

 

 

『おっ……このシリアスな表情の渋いイケメンハーフエルフは誰だ?ここも大分綺麗になったな………次の部屋行くか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

ー懺悔室ー

 

 

 

 

『……敵から隠れるには丁度いいな、入ってみるか。』

 

 

彫刻されたドアを開けて中に入る……

 

『おっ、椅子が柔らかいぞ!姉妹よ、私は罪を犯しました……ってゲホッ!埃だらけじゃねぇか……ただでさえ花粉症気味なのにハウスダストにまでやられたらこの世に逃げ場が無くなっちまう!風よ吹き荒れろ、穢れを虚無に消し去れゲホッ!オェェッ!』

 

 

ストゥーピストは風魔法で埃を一点に集め、ゴミ箱に捨てる。

 

 

『鼻水出てきた……ティッシュかハンカチないかな……しかし狭い部屋だと埃が舞うな……前が見えん。』

 

 

彼の手に柔らかい布が触れる。

 

『おっ、神様の思し召しだぜ!有り難く使わせて貰おうか……』

 

鼻水を包んだ布を丸めてゴミ箱に捨て、振り返るとそこには修道女のミイラがあった……折れた剣も………胸に刺し傷がある。

 

『…………………悪いな、辛抱強く何百年も待ってたのにこんな不躾な奴が来ちまって……取り敢えず、アンタを外に出すぜ……これだけ時間が経過してると蘇生も無理だな。』

 

 

全身の水分が抜けてカラカラに干涸びた小さな塊に跪き、手を合わせて祈る……

 

『……俺なんかの祈りが通じるのか分からないが、多分アンタは良い人だったよ。死ぬ間際まで困ってる奴を助けようと、こんな場所で一人待ってたんだからな………やっぱり戦争かね、アンタの死因は………こんな戦争屋に弔われるのはさぞかし屈辱だろうぜ………』

 

 

ストゥーピストは感傷的な目で亡骸を見つめ、心から冥福を祈る………時代に振り回された、哀れな殉教者を弔う為に。  

 

『今まで見つけてやれなくてゴメンよ。折角だし、何処か寂しくない所に埋めてやりたいな………教会にはよくある無縁墓地とかが理想なんだが……』

 

ミイラが破損しないようにターバンを巻き、ゆっくりと持ち上げる………悲しい程に軽い。

 

『………どこで眠りたいかな、お姫様…………なーんて、答える筈ないか……ちょっと失礼して……おっ、丁度いい所に川が……』

 

ストゥーピストはミイラから血に汚れた服を脱がし、暖炉から灰を持って来ると服を洗い、風魔法で乾かした。

 

 

『敵地まで来て俺は何やってるんだ…………よし、次は傷を見せて貰おうか…………こういうのは合意の元にやりたかったが、剣が刺さったまま寝かせるのも嫌だからな。』

 

傷口はかなり深い……心臓を一刺しにされて即死したようだ。奇跡による医療も請け負う聖職者は同性から恨みを買う事も多い……あの絵画の件もある、心臓に刺した剣を敢えて折っているのも治療を困難にする為だろう。

 

『まだ回復魔法が発展途上だった時代だ、この傷を治せる奴は少なかっただろうな……』

 

傷口に手を入れ、一気に破片を引き抜く!

 

『い痛ってぇ!大昔の剣の割にシャープだな……血で錆びてない辺り聖銀か?打ち直せば相当使えるぜ、こりゃあ……』

 

切断された指を魔法で治療しながら、破片を眺める……古い様式のルーン文字が描かれた上質な剣だ。装飾も豪華で、魔石が取り付けられた刀身には今も魔力が残留しているらしい……

 

 

 

『まさかこんなご褒美があるとはねぇ……この分じゃ金塊で殴られて死んだ奴も居るかもしれないな………とその前に、この人を埋める場所は……あら?』

 

ミイラが消えた……剣は残っている。

 

『ちょっとさぁ……もう土に還っちゃった?長い間待ってたのは分かるけど気が早いぜ……』

 

『す、すみません……』

 

 

『…………ヘ?』

 

『………貴方が、血を下さったのですか?』

 

若い女性……紺色の聖衣に十字の首飾りを下げたその姿は、間違いなく聖職者……そして吸血鬼だ。

 

『そうだ……アンタはここの人?裸にして悪かったな、まさか生きてると思わなくてよ……』

 

『いえ、謝るのはこちらの方です……私を見つけたという事は懺悔にいらしたのでしょうか?』

 

『………アンタの同族に言われて来たんだよ、ここで待っていれば俺の仲間が来るってな………なぁ教えてくれ、ここには大勢の吸血鬼がいるみたいだが、アンタは何であんな風に銀の剣で封印されていた?俺の仲間には喧嘩っ早い奴もいてな、吸血鬼と一緒にいる訳を話さないと俺が殺られるかも知れん。』

 

 

 

 

『分かりました……今からお話しする事は歴史の闇に葬られた秘密……心して聞いて下さいね。』

 

 

ストゥーピストの額に汗が浮かぶ。聖職者はその口を開き、語り始めた……

 

 

 

『ある時、帝国のエレア正教が中心となり起こした戦争………竜族に全てが破壊された後、ドラクルという種族は竜の子として徹底的に迫害されました。名前が似ているという理由だけでです………我々は優れた薬学の技術を有していた。普通の人間をマナ適性者に匹敵する程の戦士に変える薬……禁じられたその製法を、とある領主の家系が秘密裏に受け継いでいました。』

 

『その領主はドラクルの生き残りを集め、調合した秘薬を魔力が高まる日食に合わせて飲み干しました………やがて領主の身体に変化が起きます。全身の老化現象が完全にストップし、人間を素手で消し炭にする程の力を手に入れたのです。』

 

 

『志願者は次々と薬を飲み、超人的な力を手に入れました……私も。帝国の兵士が領主の城に辿り着き、激しい戦闘が起き………我々の力を恐れた周辺の国々までもが帝国に加担しました。幾ら強くても不死身ではありません、仲間達が一人二人と殺されていきます………そして遂に、領主は封印されました……全身に弱点である銀の剣を刺され、鎖で何重にも封印され…………それでも、彼女が死ぬ事はありませんでした。彼女は討伐に現れた軍勢の血液を全て奪い尽くし、生き延びました………』

 

 

『まさか、その領主って……』

 

『始祖様です……いつしか彼女はそう呼ばれました。しかし種族の体質的に銀が苦手な我々では彼女を助ける事が出来ず、聖職者から忌避される吸血鬼を助ける者など誰も居ません…………聖銀の封印は固く、強大な冒険者でなければ救う事が出来ない。あれは聖なる力などではありません……もはや呪いです……唯一親交のあるデミゴルゴアには正教の司祭が殆ど居ませんし、そもそもこの聖堂街の扉は貴方のような聖職者しか開ける事が出来ない……』

 

 

『……俺は聖職者じゃねぇ、寧ろ合戦でアンタの同僚を軽く30人は殺したぞ。』

 

『殺さなければ貴方が死んでいた……思想に殉じて死ぬか、それとも手を尽くして生き残るかは当人次第ですよ。そもそも戦争自体が神もやっておられる事ですから………私は嫌いですが。』

 

『俺は戦争屋だ……その前は僧侶見習いで、その前は少年兵……アンタが一番嫌いな人種だろ?どれだけ強くなろうが、結局は暴力から逃げられない……』

 

『いつの時代も人間は同じ……明日は我が身だと考えると何かに縋りたくなるものです。そういう人を少しでも助けたいと、吸血鬼になっても思いました。』

 

 

『……俺の故郷じゃ内戦ばかりでな、完全に地位や名誉に固執しない聖職者ってのは珍しいんだ………下層民は真っ先に死んで、司祭様は高みの見物よ。もっと早くアンタみたいな人に会ってれば、俺も変われたのかね……?』

 

『あまり自分を卑下しないように……貴方から非常に強い奇跡の力を感じます。一般的な聖騎士は中級の回復奇跡程度しか使えないのですが、貴方は奇跡や魔法に対する理解度が相当に高い。』

 

 

聖職者の目が白色に発光する……かなり高位の奇跡だろう。

 

 

『驚いたな、それ聖眼の奇跡か……相手の精神の波長がある程度読めるってやつだろ?』

 

『激しい気性の中にも、弱者を気遣う優しさを持っている……理想的な聖騎士の精神性です。』

 

『…………マ?』

 

『多少歪んではいますが、人間などそんなものです。寧ろ歪んでいない人間の方が恐ろしい……そういう人間は過ちを過ちだと認める事が出来ない……分かっていても理解が追いつかない、もしくは疑問で終わってしまう。だから自分や他者に破滅を齎す事が非常に多い……真っ直ぐな人間程、狂うのは早い。』

 

 

『あぁ、一人知ってるぜ……狂気に向かって真っ直ぐ突っ走ってる奴をよ……だが奴ぁ狂ってからが本番だ。そういうイカれた男なんだよ、奴は………見てみるか?面白いぜ、あの男はよ……何でも』

 

 

ドォン!ゴォォッ!

 

 

『……その彼が何かに巻き込まれているようですが?』

 

 

『クソが!アンタは話がややこしくなるからそこに隠れてくれ!放って置くといつもこうだ……トラブル体質にも限度ってのがあるだろ……』

 

 

 

 

 

 

第77幕 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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