前列の機械化冒険者がタワーシールドを構え、後列の兵士が機銃を構える……引き金が引かれた瞬間、彼は降り注ぐ銃弾の雨に向かい正面から向かっていく。連戦で疲弊した身体に鞭を打つように機敏な動きで精密な射撃を躱し、蹴りで撃ち落とし、ダガーで弾く!
『怯むな、撃ち続けろ!必ず限界が来る!』
彼は悟りを開き掛けていた。傷が開き、心が張り裂ける程に自分の身体が良く動く……自分の中の人格が削られ、砕けて洗練されている!右腕から鉤爪が飛び出し、強固なプラスチール製タワーシールドを紙屑のように容易く突き破って敵を殺した。
「まだだ………だが、近い。」
譫言のように呟き、黒い襤褸から血塗れの鉤爪を覗かせる。
『暗視モード解除、近接戦闘に移行するぞ!』
正面から三人がロングソードを構えて斬り込む!ピンチベックは一人を蹴り飛ばし、両腕で二人の斬撃を受け止めた!掌が傷つくが、ロングソードを敵の手から奪い取る事が出来たので何も問題はない……何故なら痛いからだ。
この痛みが憎しみを、そして力を生み出す!
「……イアァァァァァァッ!」
力任せの斬撃で哀れな敵兵二人の上半身と臓物が宙に舞う!彼らは恐怖の余り、末期の断末魔すら上げずに絶命していた……ピンチベックはその頭を踏み潰す!彼らが二度と蘇る事がないように、脳味噌の一片も残らずミンチにする!
「祈るだけのカスめ。これ程までに容易く死ぬるとはな……此奴の憎悪の足しにも成らぬわぁ!」
『よくも仲間を……死ねぇ!』
『や、やめろ!一人では奴に』
幹部らしき男の叫びも虚しく彼の剣は空を切り、義体化された脚の関節を蹴りで逆側に曲げられて転倒した。ピンチベックは火花を散らしながら這いずる兵士の脚を掴み、投げナイフを突き刺して引き千切る!
『ぐぅ!?何をする!やめろ……やめろぉ!』
「子供の頃は好奇心で良くやるだろう?蝗の手足を何本千切れば死ぬのか、蜻蛉の翅はどこまで短く切れば飛べなくなるのか………」
ピンチベックは関節を破壊された義足を器用に振り回しながら、即席のフレイルを振るい、足元でもがく兵士の頭を叩き割った。
「
返り血で濡れそぼった襤褸の中で、金色の目だけが静かに燃える……機械化され安定した意識に激しいノイズが走り、圧倒的な力を手に入れた敬虔な神の信徒達をして後ずさる程の恐怖を与えた。
『か、数で押せ!全員で近接武器に持ち替え、総攻撃を仕掛けろ!』
半ば悲鳴に近い号令を上げ、兵士達は剣や槍、斧、メイス、盾を取り出して突撃!その数は20人、まともな冒険者なら間違いなく逃走を選ぶ数だ……先の行動でそれなりに落ちているとはいえ、未だ士気も高い。
(増援を考慮すると負傷は避けたいが……この鈍ではあと2、3人が限界だな。やはり武器を確保して正解だった……)
義足を垂らし敵の攻撃を待つ。後手必殺の構えだ……敵は多いが、閉所で自分を取り囲める人数には限りがある。ましてや武器を持った人間が仲間殺しを気にせずに同時攻撃出来る人数など、たかが知れているのだ。
『ハァァーッ!』
目の前の兵士は下段で足元をカバーする構え……蹴り技を警戒している、予想通りだ。背後から来る槍での刺突をしゃがんで回避し、突き出された剣を義足で絡め取って後方へ投げる。
『ぐわぁ……!』
これで一人死んだ……身体能力や練度は悪くないが、投擲物を避ければ後方に被害が出る事が想定出来ていない……不自然だ。丸腰になった兵士の喉を、防具に仕込まれた投げナイフで貫く……これで二人。
『こ、このっ!』
槍を躱された兵士が足元に突き……踏んでへし折る。これで閉所で振り回すのに最適な武器が出来た。接合部にスパイクをつけていれば防げただろうが、量産品にそこまで求めるのは酷か。剣戟を地面に転がりながら回避し手に取る。
『潰してやるよ!』
比較的大柄な兵士だ……盾で潰しに来た!槍だった刃を突き出して盾を貫き、手を傷つける!驚いて盾を離した隙に”本命”の脇の下を軽く突き刺す。神経が集中している箇所であり、改造されていたとしてもデリケートな関節周りなので改造の度合いは最小限だ……
『痛ぃいっ!』
この程度の武器なら肉の盾で血糊が付いてしまえば斬れ味は大きく落ちる。人間の死体ならまだしも、まだ生きている人間は文字通り必死で声を出す分、敵が攻撃を躊躇しやすいのだ。そうでなくても、仲間の命を直接奪う事は気の迷いを生む……大義に酔った連中なら尚更だ。
「叫べ……殺すぞ!さぁ叫ぶんだ!死にたくなければ叫べ!」
『ぐっ……ぐわあぁ!!あぁああっ!』
『なんて奴だ………悪魔め……!』
「いい子だ、褒美にダムダム弾をくれてやる!」
まさかこれ程簡単に引っ掛かるとは驚いた……実に2秒もの間、奴等は素晴らしく隙を晒してくれたのだ。肉盾越しに放ったファニングショットで4人が即死。5、6人が負傷した……疑問が確信に変わる。
コイツら、”死”に慣れていないのだ。
無論、冒険者になった事による全能感や慢心というのもあるだろうが、それだけでは残虐行為を嫌悪する理由が分からない……あの時立てた仮説が正しいなら、人為的に冒険者にされた彼らは教団の信者であり、秩序や平和を善しとする宗教家や、世直しに奮起した民間人だった筈だ。
日常的に死の危険を感じない彼らにとって人殺しは犯罪者や狂人の所業なのだ。どれだけ鍛錬を積んだとて、どんな大義があったとて、常識がそれを邪魔しないわけがない。染み付いた日常が剥がれ、エゴのない良心が剥き出しになってしまえばこの通り、新兵同然の愚連隊である。
『うわぁぁぁぁぁっ!』
『落ち着け!救援要請を送った、仲間が今向かって来ている!』
流石に指揮官は軍人上がりのようだが、ここまでのパニック状態、かつ部隊が半壊したのではまず持ち直せないだろう。半狂乱で斬りかかって来た兵士の腹を鉤爪で引き裂き、崩れ落ちた身体から心臓を引き抜いて目の前で握り潰すと、我先にと撤退していった。
「神の加護を経た民衆が正義の戦士となって悪を打ち倒す……成程、民意を得るには的確な考えだ……非常に的確だ……だが、これで彼らも目が醒める………」
投げナイフが足に突き刺さり、先頭の兵士が倒れる。彼は仲間に踏み潰されて血を吐いた……その死体に躓いた兵士の背中に銃弾が撃ち込まれる。追いついたピンチベックは、鎖分銅で彼らの頭を砕き、腕を折り、足を引き千切った。
「正義など、この世に存在しないからだ!」
最後の兵士が生きたまま背骨を引き抜かれて絶命した……恐怖に歪んだ表情までもが、復讐者の鎖分銅で無慈悲に叩き潰される。
「姉妹よ、俺は今から自分の家族を殺します……!貴方の仇に魂を売った裏切り者です……貴方を殺した男に、理想を見出した売女です!見ていてください………俺は必ず成し遂げます!貴方の為に、母の為に、あの子達の為に!」
『……貴方が怒る時は、いつも人の為に怒っていましたね……悲しむ時もそうだった……』
「俺は怒りに、悲しみに慣れた。俺のような化け物は、一人で充分だ………そうだろう?そうだと言ってくれ………そして俺などもう要らないと、そう言ってくれ…………」
『………貴方にこれ以上茨の道を歩ませる訳には行かない、私で最後にして貰います。それが私の償いです……』
「つくづく馬鹿な人だ……親父も自分でこうすれば良かったんだよ………お願いです。地獄でもう一回あの人の事ブッ殺してくれませんかねぇ!?」
赤い炎と赤い血に塗れた二人がぶつかり合う!滝を昇る鯉すら喰らい龍と化した蟲と、その龍すら容易に呑み込む程の大蛇が!
『「コシューッ!」』
二人の蹴りが同時に炸裂し、火球と投げナイフがお互いの頬を掠めた。
「今回は手加減無しか………しかし、燃え出すのが随分と遅いな。」
『……貴方こそ、簡単に燃え尽きないで下さいね。』
「私は貴女達が全て燃やした後の灰だ、燃える事はない……代わりに自身の血でその炎を消すが良い!」
ピンチベックがダガーを引き抜くと同時に、彼の姿が音も無く溶けるように消えた………
『気配が分散している!まさか、影魔法や肉体強化無しでここまでの隠密性とスピードを実現出来るとは……』
ギフトブレイズは四方八方から飛来する鉄針と投げナイフを躱しながら拳を構える……発生させた火球を拳で叩き、炎の雨を発生させた!更に火球を飛び石代わりにして移動し銃弾を回避!
『コーシュ!シュ!シュ!シュ!』
更にその炎の雨が火球に成長し、ギフトブレイズは大量の火球を蹴り飛ばして全域を破壊!火山弾のような飽和攻撃が聖堂街を火の海に変える!
『貴方がこの程度でやられる訳が無い……何処に隠れた!』
火の海を蹴りで叩き割り、ピンチベックが現れる……火の付いた襤褸を脱ぎ捨てたその姿は、最早彼女の知る温厚な少年ではなかった。
海洋生物の鱗のようにひび割れた肌に、百足の爪のように犇く肋骨……唇の無い爛れた顔には鮫を思わせる歯が不規則に並び、その目には地獄の炉が燃えている。
「隠れるだと?”鬼”から隠れるのは貴女だよ……墓場以外に、貴女の逃げ場所なんてないんだ………俺はもう………弱くない………!」
『”アレ”が完成してしまえば、間違いなく貴方は殺されてしまう……貴方だけでも、千年王国へ連れて行きます!』
「子守りはもう要らないと言っている……俺の為に、あんな事を……何故俺などの為に殺しなど!無価値だろうが!」
ピンチベックは赤熱する手刀を咄嗟に拾った盾で受け止めるが、蒸発音を立てて金属の盾が溶けていく!太陽を腕の形に押し固めたような恐るべき熱量だ!
『貴方は私の弟です!貴方だってあの子の為に戦っている!無価値などではない……私は、我々は……尊いから戦っている!』
歪みきった盾から手を離し、もはや赤熱する鉄塊と化したそれを鎖分銅で絡め取って叩きつける!骨まで響く打撃にギフトブレイズの身体が揺れる!
「その尊い幸せを誰が奪った……!今更差し出す物もあるまい、全て貴方の仲間が奪っただろう……だから奪ってやる……奪って殺して、潰してやる!そうでなければ、下らん口封じで死んでいった兄弟達が報われぬ!」
ガードを固めるギフトブレイズに拳銃で追撃!クロスさせた両腕にはドロドロに融解した弾丸が貼り付き、暴発し弾け飛ぶ!
『時計の針は戻りません。しかし私は、どんなに貴方に軽蔑されようと生きて欲しい……例え貴方だけでも、生き延びて欲しい……!』
「俺も生きて欲しかった……だが、あの時彼女達は死んだ。俺の心もな……のうのうと生きている者達への憤怒だけが焼け残った!それが今の俺だ!」
ピンチベックの左腕が膨張し、骨が筋肉や皮膚を突き破って鋸めいた剣を形成!真っ黒な血と呪詛が纏わりついたそれは赤錆色の炎にも見えた……
「……アブホース!」
白目の無い瞳が赤錆色に染まり、異常発達した筋肉に押されて脚の骨が悲鳴を上げながら四足歩行の姿勢を取る!白髪は異常に伸び、背骨は膨張して棘のように背中を覆う!
「クハァーッハハハハハハハハ!!」
絶叫しながら刃を降り下ろす!ギフトブレイズは蹴りで相殺して受け止めるが、凄まじい衝撃にたたらを踏む!何度も食らえば粉砕骨折は必至の威力だ!
(悪霊憑きにしてはあまりにも憑依者の自我が強過ぎる……疑似的な悪霊憑き状態で身体能力を強化する魔法はあるが、彼の魔力では扱えない……)
認めたくなかった……最早彼は人間である事に何の執着も持っていないのだ。
『復讐を終えた先にあるのは、他者からの復讐だけです!貴方なら分かっている筈なのに何故!?』
「それすら殺せば良いだけだ!俺は、我々は力を手に入れた!もう誰も怖くない!怪物は!そうあるべきなのだ!」
ピンチベックの背中から骨の棘が飛び出し、ギフトブレイズをズタズタに切り裂く為に襲い掛かる!
『貴方は人間だ……コシューシュシュシュシュシュシュ!』
だがギフトブレイズはこの脅威的な攻撃を全て手刀で叩き落とし、燃やし尽くす!
「掛かったァ!」
ピンチベックは燃え尽きた自分の骨に向かって敵から奪っていた爆弾を投擲!地面に減り込む程の勢いで投げた為に大量の埃と灰が舞う!
『……まずい!』
爆弾が起爆、大量の粉塵に着火して広範囲を破壊した!意外に思われる方も多いだろうが、灰という化学物質は非常に着火しやすい……ギフトブレイズの圧倒的な火力が仇になったのだ!
『はぁ……あぁぁぁぁぁぁっ!!』
ピンチベックは火達磨になって転がるギフトブレイズにゆっくりと歩み寄る……ホルスターに手を伸ばして。
(息が出来ない……体質上、大きな火傷をする心配はないが、このままでは……!)
彼女の脇腹は爆弾によって大きく抉られ、内臓が露出していた。
カチッ
転がり落ちた無線装置が起動し、部下のヴェノムパピヨンの声が聞こえる……
『メテオリットも、アンタのやり方じゃ温いんだとよ。まぁ最後に役に立ってくれたから良いけどさ……弟さんと、地獄で仲良くな。』
砕けた仮面から、涙が溢れた。
「久しぶりに笑わせてもらったぞ………絵に描いたような因果応報よな。」
『えぇ………全く、姉失格です。』
9
ピンチベックの身体もボロボロだった……最早爆弾からは逃れられないだろう……二人とも、これで終わりなのだ。
8
『早く殺しなさい……この冒涜者が!やはり貴方を拾ったのは間違いだった!』
7
6
「……………」
一気に近づいたピンチベックの身体が宙に浮き、恐ろしい勢いで投げ飛ばされた。
『………ありがとう。』
ギフトブレイズの影が、一瞬で見えなくなる。
5
4
3
『…………貴方を愛している……今までも、これからも。』
2
「………待ってくれ!」
1
『……………思い出を、ありがとう!』
最期に彼女は、何を思っていただろう?
何故私に向かって、笑っていたのだろうか?
一つだけ分かる事があった……
3人目の家族が、死んだ。
第78幕 完