『クククッ……中々やってくれたが、ここで打ち止めだ。』
『………こんな所でか、無念だ。』
シノビスケイルの右腕は腱が切断され、もはや使い物にならない。飛ばした鱗を再生する為の魔力も、たった今尽きた所だ。懐から鍔なしの短刀を取り出し、腹部にあてがう。
『………墜つ鱗、出でる血が染む…………紅葉なり………』
鱗に覆われた腹部は硬く、防具を外さなければ切り裂けない。片手では切腹は出来ないのだ……やはり短刀を首に向ける。
『結局竜にはなれなかったな、俺は。』
その言葉を聞いたデスペラードは、短刀を蹴り飛ばした。
『………何故竜になりたい?』
『……………俺は竜人族だが、生まれつき翼がない。仲間から散々バカにされ、里を追い出され………竜になる為に修行を続けた。里には伝承があった……人が竜になったという伽話だ。』
『竜族の鱗は硬い……再生すれば弾切れの心配もない。良い発想だと思うがね?』
『だが飛べぬ。俺は里でゴミ扱いされた……いつしか空を飛ぶ吸血鬼や悪魔を鱗手裏剣で叩き落として殺すのが、俺の楽しみになっていた……勿論、同族も大勢殺してやったさ。』
『つまり、飛ぶより強いと……』
デスペラードは引き裂かれた翼を広げ、シノビスケイルに見せつける。
『首を落としてくれないか……飛んでいる奴に負けたのだ、俺に生きる資格など……』
『嫌だ、私は慈悲深くない………君は迫害で苦しんだな、つまり!』
デスペラードがシノビスケイルの首に食らいつく!竜人族の血が彼女の熱く乾いた喉を潤す。
『んっ………美味しい……味が濃すぎるのも考えものだからね、これくらいが丁度良いのかも知れない。』
『吸血鬼にはならんぞ……!』
『……する訳ないだろう?そういうのはお互いの合意があって成立するものであって、定命の者には死に様くらい選ばせてあげるのが礼儀だ……じゅる……』
『やめろ、気色悪い!傷口を舐め回すな!』
『止血だよ……傷口に唾液で膜を張って塞いであげたんだ………感染症とかが怖いからね。』
『何故殺さない!』
『君の血が美味しいからに決まっているだろう!?』
赤い目が輝き、牙を剥き出しにして吠える!彼女は非常に危険なサディストであり、エゴイストだ。彼女は自身の快楽と始祖の為にしか動かない。
『いいか?私はな……自分より300以上下の男性と美味しい血の持ち主は絶対に、絶対に殺さない主義だ!特に病的なまでに美しいインキュバスの少年と、残虐で狂っている上に愚直で純粋な私好みの可愛らしい若者はな!この世の宝だぞ!?』
彼は危うく失禁しかけた。
『その頭巾を取れ!私の嗅覚を誤魔化せると思うなよ……君はまだ子供だな!?』
『は、はい……今年で14歳です………』
『素晴ら………いや、なんと嘆かわしい!君のような定命の子供がこんな危ない事を………”彼”に見つかっていたら君は殺されていた筈だ……』
シノビスケイルは腰を抜かし、ただ震えているだけだ……
『まぁ……君は私に散々玩具にされた挙句死ぬんだがね………同族の仇を取りたいし、何より私”は”楽しいだろう?このデスペラードは、そういう理不尽な事をするのが大好きな女だ………』
『ひぃっ!』
吸血鬼デスペラード……小悪党めいたその名に似合わず、奴隷運用国の商人が経営しているオークション会場を襲撃しては異種族の美男美女を誘拐していく快楽殺人者。
高位の聖職者を幾人も堕落させた妖婦にして、恐るべき手練れの戦士。その翼は自身のあまりにも強力な闇の力で常にボロ切れのように変質し、一説には最も強力な始祖吸血鬼の一人、スカアハ直々に血を分け与えられた、齢千年を超える超人とも噂されている。
高名なヴァンパイアハンターの冒険者が率いる一個師団が立ち向かったが、廃人同然まで弄ばれてゴミのように捨て置かれた後に謎の失踪を遂げた……そんな話を、何度も聞いた。
『怖いかい……?大丈夫だ、これからもっと怖くて痛くて……屈辱的な事をしてあげよう………何、心配は要らない………最期はもう正気など消え去り、僅かに残った理性で私に介錯を願うか………或いは、私の愛玩動物にしてくれと自分から首輪を着けるか………従順でいてくれるなら後者だ………屈辱に耐えて従順にいられる者などほんの一握りだが。』
『俺を殺しても……追手が……!』
『私達は何百年と君のような刺客を返り討ちにして来た……しかもだ、時折仲間が増えてゆく………ある者は屈辱に耐え、ある者は死の恐怖に駆られ……またある者は我々の愛と庇護を求めて………』
『反抗的な君はこれから真っ白に漂白される……痛みで、屈辱で、苦しみで、悲しみで…………それ以外の悦びは我々に忠誠を誓うまで決して許されない……!』
鱗に包まれた冷血動物の肉体が小刻みに震える……この身体で生まれて来て14年間で一番の恐怖で。自分は生きたまま肉を食われ、血を啜られるのだ……
デスペラードは顔中の血管を沸騰させ、牙を打ち鳴らして恐怖を与える……そうすれば血が美味しくなるからだ。
『……その表情、なんて美味しそうなんだ…………首筋の肉を食んでしまおうか……それとも爪先から骨を齧ってあげようか?』
出血しやすい箇所を軽く咀嚼し、本能的な恐怖を煽る。
『痛っ………や、やめろ……!』
『私に指図するんだね……そんなに酷い死に方が望みか、君は……?』
両手で首を掴み、ぎりぎりと締め上げる……
『やめて……やめて…………下さい………』
『歳のせいか、最近は耳が悪くて困る……もう一度言ってくれ給え。』
デスペラードは淡々と無慈悲な返答を口にした。そちらの方が効率よく恐怖を与えられるからだ………その証拠に彼女の目は好奇心で輝き、熱を帯びている。
『やめ……て……くだ……さい……』
彼女は首から手を離すと真っ赤な剣を杖から抜き放ち、首筋に突き立てた。
『………止めてあげたが?』
『あ、ありがとうございます……!』
『どういたしまして♪』
シノビスケイルは最早逆らう気力すら失せた。自分の頬を撫でるデスペラードの手が、ぞっとする程に冷たかったのだ……自分の心音だけが廃墟に響き渡る。
ダダダダダダダダダダッ!
銃声が鳴る方を見ると、ファイアフライのドローンが冷たくなった主人の死体にエネルギー弾を何十発も撃ち込んでいた………外からは雄叫びと悲鳴が聞こえる。
『ヴォーパラー君、この子を頼めるかな?無論、君なら了承すると思うがね……』
『『やった……!』』
二人は同時に呟いた。
……………………………………………………………
「この、痛み……!」
ピンチベックは目を開けた……スカアハがその真上を飛んでゆく。治療された片腕からは黒い瘴気が溢れ、逆流した呪詛によって激しい痛みが襲う……
「痛い……!」
口に出したのは何時振りだろうか……彼の人生に於いて、最大級の痛みだった。黒い血の涙が溢れ、抜け落ちた歯の隙間から涎が垂れる……麻酔無しで永久歯を抜いた時ですら、彼は声一つ上げなかった。
「この痛み……これが代償か………!何という……」
傷口からは絶えず膿を吐き出し、目は苦痛に充血する……彼は身体に鞭を打ち、無理矢理立ち上がる。
「………カハッ!」
彼は決して膝はつかない……スカアハから引き抜いた剣を杖代わりにして一歩、二歩と歩き出す。
「私は不屈なるピンチベック……大カラドリウスの剣として、この程度の………痛みに……!」
スカアハが機械の天使を槍で貫く度に暖かい血の雨が降り注ぎ、彼の身体を濡らす……血が開ききった傷口に染み込み、更に痛みを増幅した。
「身体が動かぬ……だが、動かねば……私は……誓ったのだ……!」
怪物は今にも崩れようとする両脚を引き摺り、殆ど倒れ込むようにして移動する……
「痛い………痛い………!」
正面に進む事すらままならぬ状態だが、勢いに任せて走り出した!
「う、あぁぁ………痛い……!」
身体が滅茶苦茶に変形を繰り返し、呻く肉塊と化して巨大化した腕で歩行する!目からは血を流し、膿を撒き散らしながら暴走しているのだ!
「ゴ、ボ、ボ、ボ………」
爪が食い込んだ柱が砕け、急速に聖堂街は崩壊してゆく!転がる冒険者の死体を無差別に取り込み手足が増える!白い布が見る間に血と膿で染まり、赤い肉の津波が瓦礫を押し退けて襲う!
「……熱い………………苦しい……!」
人の原型など留めず、ランダムな人体のパーツが生成されては吸収される……ただ血を吐いて苦悶する表情だけが彼のものであった。
「イア……イア!イア!イア!イアァァァー!」
『おわっ!もう取り込まれるのは嫌だぜ…………じゃあコイツで……』
逃げ遅れていたストゥーピストは走りながらトリガーハッピーの死体を投げつける!
「バキャキャキャキャ………ギャリ、バリバリバリバリバリ!」
肉の津波が一瞬でゴブリンを喰らい尽くし、再びストゥーピストに向かって来る!
『なんだコイツ……いや、お前か!?』
ストゥーピストは全力疾走、地下聖堂を駆け抜けて逃げ出す!瓦礫をタックルで弾き飛ばし、家具をサーベルでバラバラに斬り裂き、死体を放り投げて時間を稼ぎながら絶叫して駆け回る!
『ちょっ……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!コレどっちサイドの兵器だ!?こんなモン投下するならアナウンスくらいしろって……常識ないのかよ……』
大量の戦利品を担ぎながら出口に迫る!しかしピンチベックだったものはそれを上回る執念で生者に襲い掛かるのだ!
「イア、イアァァァァァァァァァァーッ!」
『クソがぁぁぁぁっ!善良な俺が何で、何でこんな目に!』
『これを掴んで!引き上げます!』
オイフェが狼牙棒を突き出す!ストゥーピストはそれをしっかりと掴み……更に絶叫!
『痛ってぇ!棘のついた側を突き出す奴があるかーッ!俺の柔肌が穴だらけだぞ!ありがとな!』
『礼には及びません、仲間の避難は済んでいます……この……この……とにかく彼、もしくは彼女を敵に押し付ければ撃退出来る筈です!話はその後で……』
『アレは多分俺の連れだ。今ちょっとばかし機嫌が悪くてな………取り敢えず奴を元に戻せそうなのは回収した……コレ、直せるか?』
ストゥーピストは包みから幾つかの荷物を取り出し、オイフェに見せる……それを見たオイフェは暫く沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
『………手伝って頂けますか?それならば或いは……彼の撒き散らす呪詛の規模からして、確率も時間もあまりないでしょうが……』
「イアァァァァァァァァァッ!」
怪物は大量の腕を伸ばして白装束の死体を食い尽くし、脚を生成した!腐敗した筋繊維が剥き出しになった屍肉の巨人が立ち上がり、オイフェの方に振り向く……
「イ……ア………!」
度々悶えるような動作を見せながら、彼女を追いかけるが……その背中にフレアヴァルキリーの誘導ミサイルが突き刺さる!
『吸血鬼共め……こんな奴まで駆り出して来たか!スカアハは殺さずとも良い、だが此奴は危険だ……この化け物とストゥーピスト、ペラドンナを殺す!』
「教、団………か………!」
巨人は笑っていた……その顔に取り込んだ金属片が纏わり付き、穴だらけの仮面を生成する!
「…………この痛み、お前達にも与えてやろう!」
『出来るものなら、やってみるがいい……!』
敵のデータは充分、しかしバンディーア、ユージェニック、トリガーハッピー、シュトルモビクを立て続けに屠った実力は本物……いずれも冒険者ギルドならAランク相当の手練れ、それがここまで倒されるとは異常事態に他ならない!
『幾ら貴様でも炎は吸収出来まい!』
フレアヴァルキリーの胸部装甲が開き、炎魔法の弾丸が大量に射出される!熱源を感知して追尾する特殊な触媒を使用している為に回避困難!
「……この痛みに比べれば…………」
巨人に命中するも、腐肉と黄色い油の鎧に阻まれて大したダメージにはならず!傷口からは大量の呪詛が漏れ出し、血混じりの膿が傷口を塞ぐ……
「温い、温いぞ……だが炎は良い、我が半身の怒りを知るが良い!」
『将軍、逃げ』
巨人の醜く焦げた両腕が硬化し、金色に赤熱!巨大に見合わぬスピードで低空飛行していた機械化天使兵が一瞬で鉄屑混じりの挽肉と化す!
「逃げるだと?逃げられると思っているのか………クハハハハハハハ!」
仮面が割れ、牙を剥き出しにして巨人が笑う!後ずさった天使兵の頭に骨の投げ矢が突き刺さって即死!殴った敵兵から骨を引き抜いていた!
『散開して遠距離攻撃!集まると一網打尽にされるぞ……!』
『了解!』
天使兵達はジェット機構を利用して飛行、マシンピストルを連射!リロードの時間を意図的にずらす事によって迂闊に接近が出来ない!
「小癪なぁ……もっと痛みを与えさせろ!」
『テロリストめ………貴様の身勝手な復讐で、我々の同胞が何百と死んだのだぞ!』
「クハハハハハハハ!元よりお前たちが招いた事ではないか……自業自得の弱者が淘汰される、それだけだ!」
敵の屍肉で構成された巨人の身体に次々と銃弾が命中し、その背中を突き破ってピンチベックが這い出る!痛みと狂気でその目は真っ赤に染まり、左腕から骨のブレードが飛び出した!
『高エネルギー反応……!』
「痛い……支配させろ…………!」
『怯むな、撃ち続けるんだ!』
フレアヴァルキリーは再び魔法弾の準備を始める……敵が小型化した今、確実に追尾弾で仕留めるべし!
『増援が向かっている、持ち堪えろ……』
『は、はい!』
彼女が率いているのは成績こそ優秀だが、実戦経験は浅い飛空部隊……隊長である自分が落ちれば士気は大きく落ちる。同胞が残した阿鼻叫喚の断末魔から学んだ教訓、彼らを無駄死にで終わらせる訳にはいかない……この狂人の首を取り、弔いとする!
『私が奴の足を止める……いざとなったら私ごと銃殺しろ。』
フレアヴァルキリーは太腿に内臓されたヒートエッジを抜き、近接戦闘に備える……翼が格納、分割されて上半身を守るアーマーと化した。
『その狂気と共に切り捨ててやろう!』
「時代錯誤な屑鉄を幾らかき集めた所で無意味……熱しただけの鈍で何が出来るか、これから嫌という程教えてやるわ!」
ピンチベックの赤錆色の目は地獄の業火の如く輝き、罪人の叫び声すら聞こえん程に燃え上がる!自我をアブホースが掌握しているのだ!
「カァァァァァァ……コシュウゥゥッ!」
ピンチベックの左腕に生えたブレードが呪詛を纏い、黒い糸を引きながら敵を切り裂く!
『速……ぬぅう!?』
反射的に構えたヒートエッジで防いだが、とにかく敵が速い!しかし背中のブースターでブレードを押し返し、一瞬で五分まで持ち直した!
「クハハハハッ!その絡繰がいつまで保つか見ものだな?」
彼の言う通り燃料は有限、だがピンチベックは噂以上の手練れ……しかもアブホースとかいう悪霊に精神を預けた危険な状態だ。
『将軍、本当に大丈夫ですか……!?』
若い兵士が剣に手を掛け、フレアヴァルキリーの元に踏み出す。
『大丈夫だ、お前達を死なせはしないさ。』
無理に笑顔を作り、ヒートエッジを構えて覚悟を決める……無数の戦場を駆け抜けた自分が、まるで初めて戦に向かう新兵のような恐怖を感じていた。
「そうだ、俺は……俺……は………痛みを……与える……!」
恐怖に抗う騎士と痛みに抗う怪物。人間とは思えぬ容姿の二人は互いに構える……
『神よ……どうか、将軍に勝利を!』
「この期に及んで神頼みか……なんとおめでたいカス共だ!」
全身が酷く痛い、だがそれ以上に優先する事がある……怒りが全てを塗りつぶしていた……身体に流れているのは呪詛だ。この腕は鋼鉄で、この脚は獣だ。獣がやる事は一つだ。
背骨が飛び出る、牙が生える。脚の関節が歪み、四つ脚に変わる。その全てに激しい痛みが伴う……だが獣は全てを受け入れた。クリスナイフが腕の肉と結合して悍しい爪となり、仮面が剥き出しの頭蓋のように変形した。
狩りの準備が、整ったのだ。
「ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ”!」
第82幕 完