ピンチベック   作:あほずらもぐら

92 / 123
第83幕 : 反撃開始 前編

「コォォォ……シューシュシュシュシュシュシュシュ!」

 

異形の爪が唸り、ヒートエッジとの二重奏を繰り広げる!フレアヴァルキリーも手練れ、身体の一部のように武器を振るう達人と戦った事は何度もあるが、身体の一部を武器に置き換えた怪物との戦闘は初めてだ。

 

『もう辛抱ならん、助太刀します!』

 

『待っ……』

 

 

「わざわざ殺されに来たか……羽虫めが!」

 

兵士が決死の覚悟によって突き出した槍は紙一重で躱され、インプラントされた生体翼は引き裂かれた。二つの傷口の中心、つまり心臓に槍が刺さっていた。

 

「バリ、ガリガリガリガリガリガリ……!」

 

ピンチベックはその首を齧る。見せつけるように、彼の最期がより惨いものになるように。

 

『貴様……貴様ァァァァ!』

 

「……脳味噌は不味いが、中々どうして良い景色が見られるものよなぁ!」

 

フレアヴァルキリーは怒りに燃えた。殺された冒険者は、以前好きな人が出来たと言っていたからだ。たった今、彼の幸せは怪物に食われて潰えた。

 

『殺す!』

 

「殺してくれるのか……この俺を?無理だろう!?」

 

“彼”は最早自分が誰なのかすら忘れかけていた。何人もの声が彼を喚んでいる……

 

 

 

 

 

 

ある時、悪霊は主君を喪った騎士を唆した。騎士はその手を取り、狂気に溺れていく……騎士は百人殺し、千人殺し……その目は赤錆色に染まり、人外と成り果てていた。まだ小さな悪霊は男から離れ、正気に戻った男を見て大いに楽しんだ……どの道、この男には先がなかったのだから。

 

 

 

 

もっと大勢を殺す依代が見たい

 

 

 

 

幾人かの依代を経て、悪霊は施政者に取り憑いた。一見普通の男だったが、確かな才能があった。悪霊の見立て通りに王となった男は暴政と武力によって、敵も味方も虐殺した……しかし、この王は自らの手で殺さなかったのだ。弱者ばかり殺すのも悪霊の気に障った。

 

 

 

もっと強い者を殺したい

 

 

 

尽きぬ欲望は、かつて悪霊が人間であった名残だろうか?暫くの間、悪霊は刑場で死んだ者が棄てられる湖に息を潜めた……彼が力を蓄えるには最適だ。

 

そして世界が魔物と混沌に呑まれた時、人を狂わせるだけに過ぎなかったこの悪霊は、ある時刑場から投げ込まれた冒険者の遺体を喰らう事により、憑依者に人外の力を与える厄災と化したのだ。

 

『うぐぅ……アイツら………力が全てなのかよ……冒険者だからって!』

 

殴られた跡のある少年……どうやら力の強い者に殴られたようだ。実態の無い影だが、”それ”は確かに笑っていた……

 

 

左様、この世は力が全て………力をやろう!

 

湖が腐肉の沼に変わり、泡立ちながら影に纏わり付き、一体の怪物が現れた……それはいつか湖面に映った自分の姿に良く似ていた。

  

『力……?』

 

あぁそうだ……私はお前が不憫で不憫で仕方ない……見返りなど要らない、この手を取ればお前は冒険者になれる……!

 

少年は手を取ろうとした、だが月明かりに照らされた怪物の異様な姿に後ずさった……もう怪物は少年の背後に居た。そして彼の背中を開き、呪われた細胞が入り込んだ!

 

 

お前は生まれ変わった……お前は強い……その力で何をするか………我はただ見ているだけだ。

 

『あ、あぁ………!』

 

全身から力が溢れる……試しに歩いてみると、小走りで馬より速く移動出来た。彼はこの瞬間、冒険者と同等の力を手に入れたのだ……

 

少しだけ我の使い方を教えてやろう……

 

少年の細い両腕に不釣り合いな骨の爪が生じ、勝手に振り回される。立派な針葉樹が粉々に砕け散って黒く劣化した………

 

『この力が……俺の……!』

 

全能感と高揚が少年の胸を支配した。

 

 

「おい、よせ……!」

 

その声は少年に届かない……過去の記憶だと分かっていても、彼は暗い精神世界で叫んだ。少年の目が赤く染まり……彼は家に帰った。

 

 

無駄だ……この”力”を受け入れろ!そして選べ、敵を苦しめるか、それとも貴様自身を苦しめるか……!

 

「私は痛みに慣れた……このまま苦しみ続けてやる。」

 

 

何を言う、この力を持ってすれば貴様は王にさえなれる………それに復讐はどうなる!?

 

「仲間を犠牲にした復讐など、何の価値も無い……」

 

何を甘えた事を……どうせ奴等などすぐに裏切るに決まっている!

 

「私は一度疑った……それで裏切られるなら自業自得だ!私のような悪人を友と呼んでくれた男がいる……私の記憶を覗いたのなら”分かっている”筈なのにな!」

 

他の人間はその友人が幾らにもいる……家族も!他の人間が羨ましいだろう?憎いだろう……お前を迫害してのうのうと生きている人間に報復したいと思うだろう!?

 

 

「私が私怨で人を殺した事を知ったら、奴は悲しむだろうな……殺させた人間を恨みすらするかも知れん。私のように……」

 

彼はこの数ヶ月で異常なまでの精神的成長を遂げていた……ピンチベックの目が超自然の黄金に輝く!

 

「いつか、奴等が一番幸せな時に地獄に落としてやる。そう思っていたのだがな………そんな事はどうでも良い、もう見返せる程度には幸せだ……これで妹が助け出せれば言う事はない。」

 

 

更に右目が……紫色に発光した!彼の背後に積み上げられた腐肉から翼が、角が飛び出す!ペラドンナだ……敢えて腐肉の波に飲み込まれ、精神に干渉していた!

 

『戦ってる最中だから、割と簡単だったよ……君の背中を押すだけで済むんだから楽だね。』

 

「また借りが出来たな……夢、後で好きなだけ食っていいぞ。」

 

 

『…………取り下げるなら今だよ?』

 

「その位の覚悟はあるさ、死にはしないなら安い……殺さないのだろう?」

 

『……頑張ってみる。』

 

「蘇生して貰えるのなら恨みはしない………だが腹を壊しても文句は言うなよ。君にとっては恐ろしい出来事も体験している筈だからな……そういう人間だ、私は。」

 

『そういう所も君の一部さ♡じゃあ、食事前の運動と行きますか……!』

 

「新手だな。この痛む身体では些か持て余す、背中は任せたぞ……」

 

『一人増えただけだ!この人数で殺せない筈がない……獣と同じだ、追い詰めて狩り殺す、私に続け!』

 

 

敵も増援が到着した事で士気が回復、傭兵もかなり出張っている。だがピンチベックの背後にも増援!

 

 

『このゴーレム操縦しやすいな……つまり俺が最強………だといいんだが。この面子だと些か目劣りするぜ……』

 

『手数を増やすのは卑怯ではないさ、我々とて群れを作る……それにゴーレムだと気兼ねなく弾除けに出来る。』

 

『中々に因縁のある顔ぶれだが、以前より気持ちよく仕事が出来るのは良い事だ……しかしあの鍛治師、あのような商人の手元で腐らせるのは私としてもつまらんのでな?』

 

『全く、到着してすぐコレかぁ?昼飯の一つ二つ食うまで待っとけや……もう三日くらい歩いてんねんで!?』

 

『てつのむし、おばあちゃんとにんげんいじめる……いえこわす……しかもおいしくない………いいとこなし……!』

 

『ハハハハハハハ!その通りだジャバウォック!血も不味い、可食部位も少ない、何より金属臭い!こんな下等な連中を生かしておく理由などない!彼の血一滴の方が、余程価値があるというもの!』

 

 

「来い……この私が直々に相手を」

 

『貴方はこっちに来なさい。』

 

カラドリウスが小さな翅で滑空しながらピンチベックを素早く締め落とし、どこかへ運んでいく。その背後を竜が飛び、爪で追い縋る天使兵を蹴散らした!

 

『こんな簡単に倒れるとは……余程衰弱していたのですね。』

 

 

 

 

 

『良かった、やっと休んでくれるね……不健康な人の夢は美味しくないから、沢山休んで貰おう。』

 

『……随分と良い贄だよ、彼は……壊したり殺したりするのはあまりにも勿体無い!私の教えは忘れていないようで安心した。』

 

『鉄は好かん、森が嫌がる……奴等、私の故郷を発電所とやらにするつもりらしい。害獣を駆除せねばな……!』

 

『そら妨害せなアカンな!文化は金で買えん…………しかしあの金属、溶かして加工すればそれなりの値で売れそうやな。よし、敵の冒険者一匹につき金貨10枚ボーナス出したるわ、お前ら手ぇ抜くんやないで!』

 

『やるしかねぇかよ……こうなりゃ絶対に生き残ってやるぜ!』

 

『やってみなくてはな。だが勝機はある……気持ちで負けるな!』

 

『こんな老骨の為に命を賭ける輩がいるとはのう……寝起きで少しばかり身体が鈍っておった所じゃ、遊んでやろうぞ!』

 

 

 

 

 

 

『ホムンクルス達、いつでも出せます!』

 

『今回の目的はカラドリウスだ、ピンチベックやペラドンナはどうでも良い……奴を殺せば裏工作で幾らでも捏造が効く、あのような自治領の癌、最優先で殺さなければ。』

 

ヴェノムパピヨンの隣にいるのは最高議会に仕える上級議員、グィンマック……自治領に対する長年の貢献により議長の座に最も近く、複数の財閥や貴族と親密な関係にある。カラドリウスの父親が残した遺書さえ無ければ、間違いなく後釜に座っていたであろう男だ……

 

 

『クローンや記憶操作では筆跡は真似出来ん、立会人の元で私に全権を譲渡すると書かせるのだからな……保守派の老害も法度だが、あんな世襲の小娘では民意も付いて来るまい。』

 

『仰る通りだ。大人しく遺産だけ貰って、故郷でワインでも作っていれば良いものを……確か実年齢は14歳だったか?最後の脱皮はおろか、成人すらしていない!その癖我々がそちらとの慈善事業で建てた病院にケチばかりつけるのだから、堪りません!』

 

『もっと平民が多く住んでいる場所に建てろ、患者が威圧感を感じるから警備の数を減らせ、カウンセラーの巡回を増やせ、病院食の味付けが濃すぎる、景観ばかりで急患や面会で来る人間にとって立地が悪い……前回の会議だけでコレだ!おまけにこんな図面まで送りつけて来た!』

 

グィンマックは苛立ちながらメモを開き、冒険者達に見せる。そこにはリハビリ器具の改善案や精神病の治療例が事細かに記されていた………

 

『私は資本家と貴族の我儘を聞いてやっただけだ。彼らが生む経済効果は計り知れない!雇用も生んでいる………広い土地を活かして学校や居住区、商店街、劇場まで併設した!それだけの投資をする価値が必ずあるというのに!』

 

『まだ試験段階です、彼女も医者ならきっと理解出来る筈だ……新式の培養槽を使えば低コストで個人用の人工臓器が作れるし、有機体より高性能な医療用義肢もある。記憶操作もPTSDの解消に使えば大勢を救えて、面会は遠隔通信で済ませれば経済的………』

 

『それだ!次の議会でそれを発表すれば、あの小娘も以前のような同情票は得られない筈……忠臣と言われたあの拷問官上がりも指名手配中だ、求心力もかなり落ちている。後は辞任状さえ手に入れば……』

 

 

『えぇ……内輪の問題は我々護民官が片付け、貴方はテロリストを排除して改革を成功に導いた国民的英雄……血筋だけの哀れな傀儡君主など即刻追い出せます。』

 

『クォーツ、ヒュージテンペスト、ラスティングクロー……まだ若いが私の管轄下にある冒険者の中でも最強クラスの兵士だ、全員Bランク以上のライセンスを取得している。』

 

『それは相当ですな、手負いのピンチベックなら充分過ぎる……いや、平時の奴ですら仕留められる可能性が高い。』

 

『一人でも充分だ……クォーツ一人でもかなり足止めが出来た。いかに奴が強くとも三人に勝てる訳が無い……行け!今こそお前達が報われる時だ……!』

 

 

『任せて下さい……我々が、必ずピンチベックの首を持ち帰って見せます……行くぞ!』

 

『了解……』

 

『カハハッ!今度はやられるなよ?』

 

 

 

 

 

 

第83幕 完

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。