ピンチベック   作:あほずらもぐら

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第85幕 : 反撃開始 後編

『いい趣味してんな、お前さん方……今すぐ小便を引っ掛けてやりたいぜ。』

 

ストゥーピストは薄ら笑いを浮かべながらサーベルを抜いた。その目は一切の感情が消えている……

 

『その言動、あの子と同じくらい知能が低いのね……怒ってんの?あんな馬鹿の為に!?私はモニタリングしてて笑いを抑えるのが大変だったのよ?』

 

 

『俺はてめぇを見て吐き気を抑えるのが大変だ………何だよ、その名前……』

 

 

 

 

『バンディーアMK2ってのはよ!』

 

 

『やっぱりそこよねぇ、ダサ過ぎ。私をあんな図体だけの低脳と一緒にしないで欲しいわ……アブホース細胞との適合率は私の方が17%も上なのよ?マナ適性に至っては21%も上回ってる。』

 

『……で、俺に勝てんの?』

 

 

『勝てる……何故なら!』

 

『僕もいるからだ……このユージェニックMK2がなぁ!』

 

全身を義体化した細身の冒険者がステルス迷彩を解き、一瞬でストゥーピストに肉薄した……電磁ブレードが僅かに頬を斬り裂くが、彼の斬撃もユージェニックMK2に命中!

 

『生き物の部分が少ないと気配が薄くていけねぇや……』

 

『流石にやるな!ここの奴等は生者の気配にこそ敏感だが、所詮は時代についていけない半死人……隠密移動するのは非常に簡単だ!』

 

『じゃあ、その調子で俺も倒せると良いなぁ……いや、”俺達”か。』

 

 

「コシューッ!」

 

突如本棚が裏返り、黒い影が飛び出す!二本の短刀を構えた黒い影が!

 

『まだ完全に治ってないだろ、無理しないでいいぜ……向こうじゃ尼さんも出張ってるしな。』

 

「状況は概ね理解した………だが、一人では相当に厳しいだろう……可能な限りは戦闘を継続する………」

 

 

『馬鹿な、熱源センサーは無反応だった筈……1メートルの壁越しにだって敵を見つけられる新式だぞ!?』

 

「身体を一瞬だけ異常冷却し、無駄に消費される筈のエネルギーを全て攻撃や回避に充てる。本来はさる暗殺者の一族に伝わる格闘技術の呼吸法…………誰かが持ち出し、誰かが受け継いだ。」

 

 

『リーシャ、あのクソ女……こんな置き土産を!』

 

『これは僥倖………奴の呼吸法は完璧に解明出来ていない、護民官共を呼ぶまでも無し!教団に更なる力を齎す栄誉はこのバンディーアMK2のものだ!』

 

 

「砂状の楼閣に不要な財を蓄えたとて更に沈むのみ……貴様らの身体をバラバラに解体し、この城の骨組みとしてやろう!そちらの方が幾らか有効というものだ……」

 

『死に損ないが……その口から悲鳴しか出せないようにしてやるよ!』

 

 

バンディーアMK2は蛇腹状の義手をブレードに変形させ、チタニウムの歯を剥き出しにして笑う。ピンチベックも右腕を腰だめに左腕を突き出す……

 

『……救世主様は休眠状態かよ、楽勝だなぁ!?今すぐあのクソビッチのいる地獄に送ってやるよ!』

 

「私は遠慮しておく、貴様だけで地獄に行くが良い。サタンの目の前ではその腐った品性を少しは改める事だな………」

 

彼はガントレットから展開した鉤爪を激しく打ち鳴らし、床を踏み割って手招きする。

 

「だが楽には殺さぬ……この戦いが終わった後、貴様の内臓は部屋中に散らばっているものと思え。」

 

『自分に言い聞かせてンのか!?お前はもう終わりなんだよ……!』

 

一瞬で目の前に現れたバンディーアMK2の右腕が、激しく震動しながらピンチベックを引き裂く!しかし黙って斬られるような男である筈もなし、背後の柱を両断する衝撃波を尻目に迷いなく飛び蹴りを放つ!

 

『トロいんだよ……欠伸が出るぜ!』

 

バンディーアMK2は飛び蹴りを紙一重で回避、ピンチベックが突き出した脚を掴んで投げ飛ばし、激しく叩きつける!

 

「コシューッ!」

 

ピンチベックは壁の染みになる直前で地面に短刀を突き立て、逆に掴まれた脚を振り抜いて拘束を脱する!

 

『脚技だけかよ、魔法も使えない低脳がよォ!?』

 

「基本を完全に理解したものが奥義だ、私はたった今その基本でお前の策を破った……不服なら私を殺してみるが良い。」

 

 

(どういう事だ……シミュレーションと動きが違い過ぎる!)

 

通常形態のピンチベックはシミュレーションで何度もバラバラにして殺した。データが古くなっているのは想定済みだ………彼は瞬発力と脚力、柔軟性を活かした戦法を得意としていた筈、ここまで腕力があるというデータは今まで無かった。

 

 

「定石通りに行くと思ったか?機械は不変だが、有機体というのは常に変化している………自然の一部だからだ。」

 

『だが私を傷つけられねぇな……今のでお前のその思い出の品にはヒビが入った。幾ら武器術に秀でていようが、魔法も使ないお前では私を殺す事は不可能なんだよ……』

 

 

「…………本当にそう思うか?試してみれば分かる。」

 

『ウダウダ言ってんじゃねぇぞ、死ね……!』

 

バンディーアMK2の右腕ブレードが呪詛を纏い、何らかの機構がアクティブになる!

 

『可塑型強化骨格、変形開始……』

 

 

『チェイン・ゲイボルク!』

 

ワイヤーで繋がれたブレードを分割、広範囲を薙ぎ払う!ピンチベックは駆動音を聞いて反射的に身を屈め回避!

 

『これで終わりだと思うかよ!?ハハハハハハハ!』

 

バンディーアMK2は細胞から与えられる苦痛に顔を歪ませながらも狂笑!刃が蛇めいてピンチベックを追尾する!

 

「コシューッ!シューシュシュシュシュシュシュ!」

 

ピンチベックは短刀を投げ、バンディーアMK2の攻撃によって砕けた破片を次々と蹴りで撃ち返す!耐久性と引き換えにリーチを得ているワイヤーブレードを弾くには充分な威力だ!

 

「コォシューッ!」

 

バンディーアMK2はブレードを引き戻し、これを一瞬で盾の形状に組み替えて蹴りを防ぐ!ブレードは彼女の神経と直結している身体の一部であり、”オリジナル”の関節めいて自在に動かす事が可能なのだ………

 

『ハハハハッ!軽い軽い……軽過ぎるなぁ!?』

 

 

突如ブレード盾が逆立ち、ピンチベックの脚を切り裂いた!更に棘だらけの盾で押し潰しに掛かる!壁が赤く染まり、飛沫がバンディーアMK2の頬をべったりと濡らす……

 

『まだ死ぬなよぉ……もっと潰れて苦しめ!』

 

「ぐ………やる………」

 

だが彼女は大切な事を忘れていた……

 

「強いな……だがそれだけだ。」

 

 

ピンチベックは飛び出したブレードを掴むと、プラスチール製の盾を溶かし始めた……傷口に染み込んだ呪詛が炎と同時に噴き出す!

 

『炎……魔法………馬鹿………な!』

 

建築物や人間ですら手刀の一撃で両断する熱量では数秒が限界!薄く頑丈なプラスチール製ブレードが見る間に原型を失ってゆく!

 

(そうだ、奴の血は黒色……コイツの血は!コイツは!)

 

 

『正直言って期待外れですね。平均以上”止まり”ですか……頭も大分残念なようだし、まぁ使い易いと言えばそうですが。』

 

『こんの……クソビッチがぁぁぁァァァ!?』

 

背後から首を絞められたバンディーアMK2が叫ぶ……背後から黄銅色の仮面が、金色の眼光が彼女を睨む。

 

「………裏切ったのは貴様だろう?」

 

 

 

 ゴキャッ

 

 

 

『が………ッ………』

 

バンディーアMK2の首が180度捻れ、糸の切れた人形のように地面に転がった……

 

『なんだよ……なんで…………その脳波……冒険者でも………痛みで……』

 

「痛みだけで3回はショック死する、と言いたいのか?あの方にも同じ事を言われたな……だが、俺の身体(gene)は人間ではない……!」

 

ピンチベックは死人同然のバンディーアMK2の身体を踏みつけ、目線でリーシャに撤退を促す。

 

 

「だが”魂”は受け継いだ……家族から、そして仲間から、他でもない(meme)を!俺は受け継いだ!」

 

 

痛みが全身を駆け巡る、だがそれ以上の力が彼を衝き動かしている。行動原理は非常にシンプルだ………自由に救い、理不尽に殺す!

 

 

(俺は最早暴力からは逃れられぬ……だがペラドンナやヒルビリーはどうだ?まだ修正が効く筈だ。ならば俺がやる事は一つ、この救いの無い片道を一人で征く事だ!)

 

 

『こんな事が、あり得るとグハァ!?』

 

動揺したユージェニックMK2の顔面にストゥーピストの拳がめり込む!

 

『こっ、この!』

 

ユージェニックMK2の義手内蔵型ショットガンが火を吹く!ストゥーピストはサーベルの刀身を一回転させて銃弾を全て弾いた!もう片方の義手からもショットガンを放つが、銃弾よりも速いスライディングで足元を掬われる!

 

 

『お前、俺が先輩と殺し合ってる時に手ェ抜いて無いとでも思ったかよ!情報戦になる事くらい、お嬢が想定してるに決まってんだろうが!』

 

ユージェニックMK2は胸部からセントリーガンを連射、その反動で体勢を立て直した!再び両腕からショットガンを展開し、バンディーアMK2を掴んで壁を破る!

 

『メテオリット、想定外の事態が起きて』

 

ユージェニックMK2が腰に下げた通信機を取るが、拳銃弾がこれを爆散せしめた!

 

 

「逃さん……ゲホッ!アブホース………私の意識を乗っ取るつもりか………………奴を殺さなければ!」

 

穴だらけの仮面からシャワーめいて黒い血が流れる。肉体の限界が近いのだ………爪が剥がれ落ち、膝が折れた………

 

「………立ち止まる………訳には……」

 

開いた口から血混じりの涎と歯が溢れ、胃液が糸を引く……痛みが全てを支配した。

 

 

 

 

最期の機会をやろう。身体を引き渡すか、それともここで死ぬか!選べ………さもなくば!

 

 

『ローデリウス!もう敵は逃げました、早く休んで……ッ!?』

 

ピンチベックの右腕が持ち上がり、異形化してカラドリウスを突き刺した!槍は心臓の目の前で止まっており、ここに呪詛を流し込めば間違いなく苦痛で廃人になるだろう。

 

 

 

さぁ選べ!他でもないお前の犠牲で、この取るに足らぬゴミを生かすか………さっさと惰弱なゴミ虫を殺して復讐を成し遂げるか、選べ!

 

 

『かはッ………ローデリウス………!』

 

 

「選んでやろう……躊躇はしない……俺はもう弱くないからな……!」

 

 

枝のような左腕が、短刀の大きな破片を握る。

 

『嫌………嫌ぁ!何で貴方ばかり………何で……!』

 

 

留め具が壊れ、仮面が外れた。黄金色の目が、少女を見つめる……

 

「………何故、泣くのですか。」

 

『私の大切な人が、死んでしまう………私は何も出来ない……!』

 

 

 

 

ローデリウスは困ったように笑うと、冷たく乾いた目で破片を見つめる………

 

「……私は、こんな姿で生まれてからずっと嫌われて来た……守ってくれる人は皆死に、そんな時に貴女に会った…………貴女はこんな私でも役に立つと言ってくれた………それだけで充分です、俺は。」

 

『私はまだ充分だとは思っていない……』

 

 

 

「姉さん………カラドリウス様を連れて逃げてくれ、アブホースは約束を破るだろう。彼女は殺したくない………最期の我儘だ、頼むよ。」

 

 

『分かりました、私たちからはこれだけ言わせて貰います。尤も、裏切り者の言う事ですから………君にとって非常に不誠実な事です。』

 

 

 

 

『『その答えは認めない。』』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………!?」

 

 

興味深い答えだな?あれだけ殺しておいて、お前を、我々をまだ化け物だと思っていない………こんな人間は初めて見た………

 

 

 

 

槍が引き抜かれる……彼の右腕は元に戻っていた。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 

覚えておけ、人の本性は絶対に変わらん………お前は必ず化け物として迫害される………少しでも情に流されれば、一瞬で全てを奪われ死ぬだろう……奴等がどれだけ猫を被っていられるか見ものよな。

 

「お前、彼らが例外かも知れないと思ったか?私もそうだ。」

 

 

 

カラドリウスは、ローデリウスを四本の腕で抱き締めた。

 

『…………ひっ……えぐっ………うあぁぁぁぁぁん!』

 

「傷が痛むのですか!?ストゥーピスト、早く彼女を」

 

 

ストゥーピストの拳が彼の顔面を抉った。

 

『馬鹿野郎、違うだろ………お嬢はだな、その…………お前を失いたくないっていうか、お前が替えの効かない重要な………』

 

 

「もっと簡潔に教えてくれ、彼女をそのままにしておく訳にはいかない……!」

 

 

『………私は貴方が死ぬのが嫌です。出来る事ならもっと一緒に過ごしたいです……ずっと前、貴方に直接会いに行こうとした事がありましたね…………結局、私は護衛に止められました。貴方は信用出来ない不吉な人間だと言われて……覚えていますか?まだ戦争が本格化する前の事です。』

 

 

「えぇ、その話を聞いた私は夜の宮殿に忍び込んで……植え込みの中で三時間潜伏し、警備が交代を伝えに行った隙に鉤爪を使って壁を登り、窓をピッキングして貴女の私室に入り込みました。」

 

『突然庭から植え込みの薔薇の香りがして……見ると、貴方がカーペットの上で私に跪いていました……その後確か貴方はこう言ったのです。』

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

〜数年前〜

 

 

 

 

 

 

『貴方は………まさかメイドの話を聞いてここまでいらしたのですか!?まさか貴方の方から会いに来て下さるとは……』

 

「………夜分遅くに申し訳ありませんカラドリウス様。本日は静粛行動を重点していた為、贈り物はこれだけしかお持ち出来ませんでした。」

 

 

ピンチベックは跪いたまま、一輪のベロニカをカラドリウスに差し出した。

 

『これは……』

 

「………私は貴女が好きな花を知りませぬ故、お気に召さぬのであれば踏み潰して頂いて結構でございます。私の振る舞いが不躾だと言うのならば謹んで罰を受けます。」

 

『ありがとう……嬉しいわ。ここまで考えてくれるなんて……罰なんてとんでもありません、寧ろ褒賞を与えたい気分です!』

 

 

「卑賤の身に勿体なきお言葉、光栄の極みです……王国との戦が近い今、改めて寛大なる君主に忠義を示したく。して、直接伝えたい事があると聞きましたが……」

 

『………貴方の素顔を、見てみたいのです。』

 

 

ピンチベックは危うく腰を抜かす所であった。包帯の上からでも尚醜いこの素顔を見せろというのだ、無理もない……

 

「貴女様に無礼な真似は出来ません……それに、こんな所を誰かに見られては貴女様の立場まで危うくなるやも知れませぬ。少しでも悲鳴を上げれば宮殿中の兵士達が駆けつけましょう。」

 

 

『………しかし今後貴方の偽者が現れたら私は判断が出来ません、そうなれば私は死んでしまいます……ですからこれは必要な事なのです。』

 

 

 

 

 

彼は震える手で仮面を取る。目の前にいるのは化け物だった……長い白髪から覗く肌は腐乱死体のような灰色で、その右半分は黒く爛れている。唇は無く、剥き出しになった鋭い歯は獣に近い。

 

「……醜い姿を晒した事、お詫び致します。」

 

『美しい目………もっと見せて下さい。ほら、椅子に座って……』

 

 

金色の瞳に月明かりが反射して複雑な模様を描く。彼女はそれを本当に美しいと思った……本当に奇跡的に、その瞳だけが美しかったのだ。

 

『白目が錆色になっていて、金色の筋が根を張るように広がっている………歯は研磨した痕がないにも関わらず非常に鋭く、形状は海洋生物に近いのね………骨格は細身で彫刻のように彫りが深い。顔の右側面はケロイドに近いですが、赤黒くザラザラとしている………年代からして先天的なものと推測。』

 

カラドリウスはレポートを書くのに必死だ……既に2枚目に突入している。

 

『舌は肌と同じく青白い……指先には凍傷の後遺症らしき紫色の痕。全く、酷い事をする人がいるのですね………歯茎は黒色だが状態は良好、やはり血液は完全な黒ですか。耳は人類種にしてはかなり尖っている。』

 

「あの……」

 

 

『非常に興味深いとしか言えませんね。そんなに見苦しいものでもありませんよ……骨格だけなら美形の部類に入るかと。』

 

「しかし皆私の事を醜いと……」

 

 

『自分達と違うものが嫌いなだけでしょう。しかしこうして私と話せるのですから、貴方は他の人間と殆ど同じと言えます……父様が死んだ後でも私にここまで仕えてくれるのだから、私にとっては掛け替えの無い人間ですよ。』

  

「…………有り難き御言葉。」

 

 

『だから、手紙ではなく直接伝えます……必ず帰って来て下さい。』

 

「了解しました……ですが首級は必ず上げます。」

 

 

ピンチベックは帰り支度を済ませて音も無く窓を開ける。

 

『あの………帰って来たら、この花を一緒に育てましょう?』

 

「では私が戦場にいる間、世話をお願いします。」

 

 

 

 

ピンチベックは眠った。決して死んではいない……雌伏の時は終わり、獅子のように牙を研いでいる。それと同時に紫色の稲妻が赫い天使を打ち払い、数の半減したゴーレムが撤退を始めた。

 

 

 

 

第85幕 完

 

 

 

 

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