『ふーッ……食った食った!自分でも何百、何千年振りか分からん程の食事、やはり血は良いものじゃ!あの小僧の血と比べれば確かに不味いが、ここまで力が戻れば御の字よ……』
スカアハの肉体からは皺が完全に消え、身長は180センチ近くまで伸びている……全盛期の力を半分以上は取り戻したか。辺りにはスクラップと化したゴーレムが大量に転がっている……とはいえ、操縦席には血を抜かれたミイラしかいないが。
『………すげぇ……すげぇとしか言いようがねぇ……実質二人で、あの大軍を30分やそこらで……!』
ヒルビリーも負傷こそしているが何とか生きていた。死も覚悟した激戦だったが、ゴーレムの性能に助けられた形だ……震えが止まらない。体内爆弾を仕込んだ兵士が自陣に突っ込み、飛んで来た瓦礫で左腕が折れた時は流石に死ぬかと思ったが。
『君もよく頑張ったね……後で私がナース服を着て看病してあげよう。』
『い、いやいいっスよ!俺、彼女いるし……この案件が終わったら最高議会に直訴して彼女の親父さん釈放して貰うのに、流石に浮気はヤバいですって!予定めちゃくちゃになっちゃいますよ!』
『冗談さ……定命の者は定命の者といるのが一番だからね、愛してくれる人は大事にしなさい。』
『は、はい!』
『私はもう子供を育てる事は出来ないし、何より歳を取り過ぎた……だが幾つになっても人の恋愛や友情を見るのは楽しいものだ。』
『当事者は大変ですよ……今まで恋愛なんてした事なかったんだから。綺麗な人だし、俺なんかに釣り合うのかなと思うけど………妹との仲は良いし、彼女を通じて妹との関係も良くなりつつあるんですよ!』
『そうか、良かったなぁ……もっと婆に話してみい、幾らでも聞いてやるぞ!後で一緒に茶でも啜ろうかの……このゴミを片付けた後で。』
スカアハは嬉しそうに目を細めて笑う。長い間封印されていた為に、人との交流に飢えているのだ……
『分かったぜ……お年寄りにばかり任せる訳にも行かんからな!』
片腕だけのゴーレムを瓦礫から作成、折れた骨を補強する。回復魔法には及ばないが、これで運動機能は回復出来る……
『うっ……しゃあぁっ!』
勢いよく搭乗型ゴーレムを投げ飛ばし、魔法陣の上に乗せる。マナ適性由来の筋力とゴーレムの動力が合わさり予想外のパワーを発揮!
『中々やる!雑務までこなせるとはな………お前ここで暮らさぬか?お前の家族も領民として城下に住んで良いし、もし都合がつくなら女も……まぁ三人くらいまでなら連れて来て良いぞ!』
『気持ちは嬉しいんだが、田舎の家の庭に親父の墓があるからな……悪い、行けそうにないや。昔から帰省の度に花供えないとムズムズしてよ……』
『そうか、良い息子を持ってお父上も幸せじゃろうな……しかし、嫌な事を思い出させてしまったの………済まん。』
『いいよ。俺が悪いんだし……親父は当時病気だった俺に代わって、でかい戦に徴兵されてよ………今も首の一部しか見つかってねぇんだ。』
『辛かったな……しかしお前に咎は無かろう?』
『どっちが死ぬか、それだけだっただろうな。だが周りは違ったさ……若い俺なら死ななかったかも知れない……病気の振りをして国に親を売り飛ばしたクズ……愛国心の無い負け犬……実際その通りさ。』
『だからこそ、親父の分まで生きてやる。どれだけ馬鹿にされても、どれだけ無様でも………絶対に生き延びて見せるさ。どうだ悔しいか、お前らの家族は戦争で死んだけど、俺は小賢しく逃げ切ってやったぞって、俺の事を馬鹿にした奴等に自慢しながら老衰で死んでやるんだ……あぁ、俺の人生は楽しかったってな。』
『強いのぅ……人として幸せに死ぬるか、良い答えじゃ。』
『多分だけど、後悔は絶対する……だからなるべく減らそうと思う。気に入らない奴は全力で止めるし、助けたいと思った奴は絶対に見捨てない。』
『儂は、お前なら出来ると思うぞ……別に世界征服や戦争がやりたい訳ではあるまい?ただ味気ない道路から少しずれようとしているだけじゃ……元々は道路など無かったからな、それが正しいとさえ言える。』
『つまり、どういう事だ?』
『人間が洞窟に住んでいた時代に、道路があると思うか?道路は誰かが作った……皆それが安全で幸せだと思ってついてゆく。しかし人間はそれぞれ思想や感性というものがバラバラじゃ。本来荒野を歩く方が向いている人間が、周りに流されて無理矢理道路を歩く事があるな?』
『あぁ、それなら分かるぜ……周りに合わせようとして失敗するんだよな。』
『そう、その道を歩く事を強いられて、あるいは自分に強いる……誰かが決めた常識だの時勢だの、そういうものが本当に歩きやすい道を隠してしまう。定命の者は欲望やエゴ、違いを異常なものとして度々迫害する……』
『マイノリティって奴だな。昔からその手の話題は胸糞悪くなるのが多いぜ……人様に迷惑をかける訳でもない、小さな事を騒ぎ立てて遠ざける………気にしなければお互い気楽なのに。』
『だが行うは難し!理解が出来んものを悪だと誤認するのは生き物として当然じゃからのぅ。人間は正義を掲げると他のどんな獣よりも狩りが巧くなる………吠えるのが上手い者がおる群れは特にな。』
『確か敵軍のメテオリットとかいう奴はいつか新聞で見たぜ、世界に数十人しかいないSランク冒険者って話だ……インタビュー記事の内容が普通に面白かったのは覚えてる。』
『厄介じゃの……儂の時代はマナ適性者が殆どおらんかったから大抵は兵士だったが、今はそんな胡散臭い奴までおるのか………』
『舌が回るって奴なら、こっちにもいるけどな。無事だと良いが……ん?』
ポケットに入れていたポータブル水晶玉が震えている、着信のようだ。
『もしもし?』
『おっ、生きてたか!こっちも片付いたぜ……かなりの苦戦だったが、敵の撤退まで何とか持ち堪えた。お嬢も無事だ!』
『良かった!城門のゴーレムも大分片付いたよ、何か手伝える事は?』
『その話なんだがな……敵が偶に爆発するだろ?体ん中に爆弾が仕込んであるんだが、お嬢がその爆弾の分解に成功したみたいでな。』
『それで、その爆弾がどうしたんだ?何かまずい事でも起きたか!?』
『その逆だよ、お嬢が大至急敵のゴーレムを一匹持って来て欲しいそうだ。動きを見ていて気になった事があるらしい……』
ー数分後ー
『済みません、ゴーレム持って来たんですが……ってお前!どこから潜り込んだ!?』
『ん……貴方は!』
蛇の描かれた装束、後ろで結った長髪、鬼を模した面頬……以前戦った、毒手使いの手練れである!
『大丈夫ですよ、彼女は組織に裏切られたのでもう敵ではありません。』
『しかし、私は彼の事を……!』
『身体検査の結果、体内にも武器や機械の気配は一切無し。彼女が敵なら、我々の事をいつでも殺せる筈です……』
『爆弾を手に入れたって、まさかアンタからか!?』
リーシャの鍛えられた腹部には生々しい縫合痕があり、近くの台には血塗れの歪んだ塊が転がっている……
『見た目に比べて、かなりの軽量でした。恐らくは怪しまれない為、治療の際に仕込まれていたのです……熱でかなり劣化していますが、右半分の原型は保っているので研究資料になるでしょう。』
『じゃあ何で木端微塵にならない?裏切られたなら誰かに突っ込ませて自爆とかなんじゃ……』
『体内で少しずつ加熱して、爆弾の機能を低下させました。それから起爆時には筋肉で銅線を圧縮して潰し、一部しか爆発しないようにしています……見ての通り、左腕は肩ごと持っていかれましたが。』
彼女はグローブを外し、片腕を見せる……敵兵の義肢を溶接して治療の奇跡で無理矢理神経を繋いでいるようだ。日常生活なら支障は少ないだろうが小さく痙攣しており、白兵戦は無理だろう。
『随分と痛そうだな……』
『多少は痛みますが、彼に比べれば………精神力が強すぎて気絶出来ないらしいのです。』
彼女の隣には黒い包帯で顔を隠したピンチベックが寝ていた。目を剥いて口から血の泡を吹き……その近くの台座には何度も殴りつけた跡があり、ようやく落ち着いた、と言った所か。
「来たか……そのゴーレムを、そこに置くんだ………後はこちらでやる………」
側には血と膿が染み込んだボロ切れが大量に捨てられている……悪霊の糧である苦痛の為に、肉体を自壊させられたのだ。
『ショック死ものの激痛と不快感が襲っていて尚、あそこまで動けるとは………流石、古代の災厄に選ばれてしまった人間………そして、私の大切な仲間……』
「………いっそ死んでしまいたいと思ったが、間違いだったな。これは俺が賜った、四度目のチャンスなのだろう………やっと上手く行き始めた。それなのに俺は………また大切な人を、自分の手で……!」
ピンチベックは拳を何度も地面に叩きつける!その腕が次第に斧のような形状に変化する…
「人間を辞めてまで力を手に入れたのに!俺はまた傷つけたんだ!」
『もう傷口は治りましたし……別に貴方の意思があった訳ではないでしょう!?』
「駄目だ……主従の誓いを立てた人間を自ら傷つけるなど!俺は貴女に拾って頂いたのに………貴女のお陰で、怪物にならずに済んだのに!」
『貴方は怪物ではありません………私が今この場で認めます!貴方は私の部下であり、最も信頼出来る駒であり………友人であり、戦い方を教えてくれた教師であり……そして私が………その……まるで………』
そこまで言うと、カラドリウスはピンチベックに向かって倒れ込んだ。
「………!?」
『ごめんなさい、ちょっと眩暈が………そうやって助けてくれる所が私は気に入っているんですから、あまり自分を卑下しないで……うっ!』
カラドリウスの体色が白く変色し、黄色い液体を口から吐き出す!
「敵の遠隔攻撃か………!?」
『大丈夫です、後はオイフェ様にでも聞いて下さ』
カラドリウスはここで完全に硬直し、押し黙った。
「脈管の動きは……駄目だ、かなり遅い!そもそもオイフェとは何の事だ!?誰かドクターと聖職者を呼べ!いや駄目だ、吸血鬼が支配している城下町に聖職者がいる訳がない………」
ベチャッ!
カラドリウスは再び黄色い液体を吐き出し、その上に倒れた。
「な………何だ、これは!?」
黄色い液体は一瞬で固まり、カラドリウスを包み込んで異様な姿となる。
「どうしたものか……迂闊に触れても危険だ、取り敢えずオイフェとやらを呼んで、それから考えるとしよう。」
(しかし聖人と同じ名とは……城に討ち入った聖職者を捕らえて飼っていると見た、待遇によっては逃してやる事も考えて今から)
『カラドリウス卿から話は聞いています、貴方が卿の従者ですね?ここは私に任せて安静に』
ピンチベックは自分の太腿にナイフを突き刺した。
『な、何をするのですか!?早く傷口を治療しないと!』
「痛みがある……体温も下がっていない……夢では、ないのか………姉妹、よ……」
大爆発、地獄の如し業火、そして兄弟達の悲鳴と怒号。その中で揺らいで崩れたシルエット……一度も忘れる事など出来はしない。
「俺……は………あの時………俺さえ居なければ、貴女は………!」
目から黒い血の涙を流し、彼は跪いた……彼が唯一愛した女性、彼を救った女性、彼の人間性の楔となった女性………そして、彼が殺した女性。
『夢かどうか確かめるなら、頬でも抓れば済む話ではないですか……!』
「それでは痛みが……足りないのです………私は常に痛みを受けている。戦場で、拷問室で、そして夢で………貴女が死ぬ所を何度も見ました。」
『とにかく治療します!』
オイフェが彼の脚に触れると黒い瘴気が傷口から溢れ、赤錆色の目が彼女を睨んだ。
「………触れる、な!」
『………!?』
悍しく黒い呪詛、此方まで痛みを錯覚しかねない負の感情。
「あの時の……女!」
腐敗した屍の山、無数の骨が浮く血の河、魚めいて泳ぐ巨大な蛆……鴉がまだ息のある人々をつつき、切り裂かれた腹から垂れ下がった内臓を引き摺り出す。現世に地獄を作り出した災厄の化身!
『今はそのような姿ですか……憑代を生きたまま支配するとは、余程気に入ったようですね……死を凌ぐ苦痛を、罪の無い若者に与えて!』
「罪がないだと?笑わせる……醜い姿が奴の咎、全ての元凶!産まれながらの原罪だ!この憑代が真っ当な姿でさえあれば、此奴の親は生き延び、貴様の血を引く者が殺される事もなかった………我は子孫の仇を連れて来てやったのだぞ?このペンダントがその証拠だ!」
オイフェのものと全く同じ首飾りを下げた悪霊が嘲笑う……
『それでも……彼の両親はその子の誕生を望んでいた筈!』
「此奴の父親が何をしたと思う………何度も殴り、蹴り、突き刺して殺した!その間母親は見て見ぬ振り……そして無理矢理に蘇生した後、何十と同じ事を繰り返した!村の子供も全く同じ事をやった!貴様らの信じる神の、なんと無能で残酷な事よ!」
『その悲しみにつけ込み、更なる地獄に叩き落としたのは貴方でしょう!?報われるかも知れなかったその子の運命を、貴方が歪めてしまった!』
「報われるだと?無理だな………此奴は何一つ成し得ぬまま、自ら死を選んだ………その死から救い上げた、我こそが救いだ!復讐の為の力も用意してやった!」
『そして人格を完全に消去出来ないのは、いや……消去しないのは、彼が必死の想いで変わろうとしているからですね。失ったものの為に戦うだけではなく、今あるものを守ろうとしているからですね………それを見たくなったのでしょう?人間の可能性を。』
「否定はしない……だがその希望が脆く崩れ去った時、最高の憎悪が更なる力を齎す………我々は、それを待っている。」
その目に黄金が戻り、彼女に再び跪いた。
「貴方の子孫を殺したのは事実です……聖オイフェよ、どうか私に神罰を。望むのならば、車輪引き裂きの刑に処して頂きたい……!」
車輪引き裂きの刑、親殺しの罪人に与えられる必死の神罰……オイフェは奇跡の詠唱を始める。その右腕に回転する光の車輪が生じ、激しく火花を散らす!
『主よ、哀れなる罪人の末期に相応しい贖罪の慈悲を……天で審判を待つ魂の生まれ変わりに華々しい最期を!』
「有難い………神の雷霆に撃たれる以上の名誉です、聖オイフェ!」
彼は怯える事も、涙を流す事もなく、ただ跪いて挽肉になるのを待っていた。笑ってすらいた………似姿ではあるが、唯一愛した女性の手で死ねるのだから。
『但し!このオイフェ、咎弱き者に振るう神罰無しと心得たり!故に騎士として……貴方に決闘を申し込みたい!無論、願いを聞き入れて頂けるのならば相応の礼を………恩赦を与えます!』
第86幕 完