『正義の味方……』
「漠然としてるだろ?そういうモンだ。あれは今から十数年前……」
ー十数年前ー
「自治領と王国、会議は平行線………王国へのミストリーチ返還は見通し立たず、か……あと数年で間違いなく戦争になるな。」
ターバンの青年は、馬車に揺られながら新聞片手に瓶の酒をあおる。
『兄弟、これから戦闘だぞ……お前の腕は信頼してるが、真っ昼間からサボテン酒の瓶を二本も空けるのは非常識じゃねぇか………?』
「兄貴、いや兄弟だって………なんで陶芸の機械を馬車に持ち込んでる?」
キャナーのガントレットが赤熱し、整形した壺を焼き固める……その後ろには既に完成した4つの杯と3つの器が強化ガラスの容器に固定されていた。
『魔力を帯びた炎で焼いた陶器っていうのは高く売れる。物騒な仕事ばっかりってのも色々と荒むからな、それに俺達だっていつまでも喧嘩出来る訳じゃない……いつか必ず、足を洗わざるを得ない時が来るさ。』
「………女か。」
彼は少しだけ俯いた。
『長い付き合いだ、流石に分かるよな………危ない事はやめて、いつかは完全にフロント企業の方へ移ろうと思ってる。』
「上が許すか?腕も充分、舎弟も大勢いて、カリスマも度胸もあるお前を……それで組まで持ってるときた。」
『その話なんだが、組はいずれ兄弟にやろうと思ってる………上も承諾済みだ。戦闘もビジネスもお前の方が上手い、お前ならこの組織を………』
そこで会話は打ち切られた。水晶玉に後ろ向きの椅子が映る………”ビッグ・スコルピオ”が。
『幹部補佐ストゥーピスト、そして上級幹部キャナー……活躍は聞いている、期待しているぞ。』
「珍しいな……アンタから直接連絡を寄越すなんて。」
『そうだ……ストゥーピスト、お前の昇格が懸かっているミッションだ………意味が分かるか…………確実に成し遂げろ……』
「分かってるぜ、これ以上金蔓に被害が出るのも面白くねぇんでなぁ………首、何人分くらい欲しい?」
『2人で充分だ……死ね。』
椅子が裏返り、若いハイエルフの男がナイフで首を斬るジェスチャーをした。
『キャナー………悪いな、だが何度も考え直せと言った筈だ。今お前に抜けられては困るんだよ………』
並走している馬車から冒険者や武装兵が次々と飛び出し、二人を取り囲む……
『ボス……それだけか?』
「元より裏切るつもりだったよ、少なくとも俺はな。」
キャナーの鎧が激しく赤熱し、大量の炎が隙間から漏れる!ストゥーピストも輝く双刀を構え、口から紫煙混じりの溜息を吐いた。
『思い知らせてやろうぜ、兄弟……』
「しかしどうするよ?予定より早く戦争になっちまったな……まだお前以外の上級幹部も二人しか賛同してないぜ、組織は相当弱体化するんじゃあねぇか……?」
『暫くはまたお前に働いて貰う事になりそうだ………内戦を思い出すな、ルルド。』
「おいおいおいおいおいおいおいおい、女が出来てヌルくなったのも、引退するってのも全部演技かよ?」
『どうせ全部筒抜けなんだ、騙すなら味方からだろう?身内に対して弱気になった所をちらつかせたのは正解だったぜ。先代は俺に組織を継がせて、表向きのビジネスに専念したいって良く話してた………血縁のある若を差し置いてな。』
「しかしあの爺さん、あのガキが自分の遺書を捏造してる事まで分かってたのか?地獄で腹抱えてバカ息子を笑ってる所まで見えたぜ、俺は……証拠がないからクソガキぶっ殺して武力政権やろうと思ってたんだが。」
『つまりは暴れたいだけだろ……だから側に置いてるんだよ、腕は落ちてないだろうなぁ!?』
「火鷲兵団で一番の殺し屋だった男が誰か分かってて言ってんのかよ、国防軍の砦を攻め落として女の子を呼んだ時の事を覚えてるか?」
『あぁ、ありゃ傑作だったな!』
『俺を舐めるなよ、多少ジジイに気に入られた程度で……殺せ!』
『だそうだ。時代は変わった……この組織の幹部に相応しいのは確か、君達はこれから思い知る事になる!』
剣闘士風のヘルムに派手なスーツ姿の冒険者がグラディウスを抜き円盾を構える。その指には大量の指輪が填められ、首からはオーダーメイドのネックレスを下げている。
『無駄話は終わりだ。さっさと死ね!』
『いい加減に狩られる側である事を自覚した方が良い。お前達の天下は終わったのだよ……』
更に身の丈程の大鉈を背負ったオーガ族の冒険者に、シールド付きの連装型クロスボウを構えたエルフらしい革鎧の冒険者が馬車から現れる………
「てめぇは花屋と……その護衛か、若も本気だな?」
『ボスと言え!今まで不遇の地位にあった俺を幹部に取り立てたのは紛れもなくあの人………このスタースパーダの前で侮辱は許さん!』
「馬鹿か……お前みたいな奴等しか懐柔出来なかっただけだよ。一応聞くが、若に先代程の求心力があると思うか?」
『黙れ!一度吐いた唾に責任を持つのが真の漢だ……俺の出世はこれからなんだよ、邪魔されて堪るか!』
スタースパーダはグラディウスを掲げ、緑色のオーラを纏いながら剣を振り抜く!
(何の能力だ……肉体強化か?)
あまりのスピードに残像が生じる。これ自体は冒険者なら当たり前の事だ……だが次の瞬間、半透明の残像が本体から飛び出し斬撃を放つ!
「おっ……とぉ!?中々やるなぁ!」
ストゥーピストは危うく回避!ターバンに隠された口元が深く切り裂かれ、舌に血の味が広がってゆく………彼は血に濡れた煙草を吐き出すと、水晶のゴーグルを下げて薄ら笑いを浮かべた。
『まだだ!お前は俺に近づく事すら叶わん……砂嵐如きで俺の風魔法を破れると思うなよ!』
スタースパーダの輪郭が揺れ、その姿が三人に分身する!
『避けられるものなら避けてみろ……テメェが隙を見せた瞬間、ダビテの砂粒より細かく切り刻んでやるよ!』
三体の残像がバラバラに動き、乾いた土を巻き上げて襲い掛かる!一体一体の動きは単調だが、並の冒険者を上回るスピードでの斬撃は恐るべき脅威だ………左右からの斬撃を二刀で防ぐが、正面から首を狙った突きが襲う!
「うげぇっ!?お前ら干渉しないのかよ……なんでこんな奴が花屋の用心棒なんかやってんだ!」
グラディウスに肩を引き裂かれ、大量の鮮血が地面を染めた。傷口は激しく脈打ち、すぐに再生を始めるが魔力には限りがある…………敵の戦法を見るに、間合いにさえ踏み込めば対等以上に打ち合えるだろう。しかしそうはさせない技術があるのも事実。
『何故だろうなぁ………お前ら撃てぇ!』
スタースパーダの指示で組員たちが一斉にクロスボウを構える!
「ハハッ、ヤバいな……腕の一本はやらねぇと勝てないか?」
ストゥーピストは迫り来るボルトの雨に向かって二刀を構える……
(最初の十発は容易に撃ち落とせるが、三十発目からはキツイな……内臓だけ庇って、適当に貫通させるか。最悪兄弟を引っ張って逃げればどっちかは確実に助かるだろ……)
『ツリーシールド!』
次の瞬間、血痕から巨大な樹木が生じボルトを受け止めた!
『やはり何かを隠していたな……全身下がって次弾を装填しろ!後陣の者は増援を呼んでくれ!』
スタースパーダは分身と共にグラディウスと円盾を構え、防御陣形を組む……
『まだ四対二だぜ、ここで負けて堪るかよ!』
「お前、つくづく向いてねぇなぁ。なんで仲間を逃したよ……脅して十人くらい捨て駒にすりゃあ手足の一本や二本持って行けたかも知れないぜ?俺たちは所詮チンピラ、自分より弱え奴は商品だろうが………花屋にしちゃ優し過ぎる。」
『足止めで俺の右に出る奴はいない……諦めて降伏しろ!』
「悪いが俺は最初から加勢をアテにして喧嘩を売るタイプでね、それじゃ左に出て貰おうか!」
ストゥーピストが指を鳴らすと、真鍮で装飾された大鎌が内部から樹木の壁を両断し、中から冒険者が現れる!
『あ、やばっ』
現れ………えっ?
『防具が貫通したボルトに刺さって、ベルトに引っ掛かっとる……これ無理矢理出たら色々ヤバない?』
「ちょっと見せろ。」
『なんか羽織る物とか持ってへん?中で脱いで着替えればええし。これお気にやから破くの嫌なんやけど……』
「酷いな………」
『中狭いから分からんけど、もう手遅れな感じ?』
ストゥーピストは沈痛な面持ちで拳を握り締め、歯軋りした。
「野郎なんて酷い事を……胸がごっそり削られてやがる!」
城砦めいた樹木の壁を冒険者の蹴りが貫き、ストゥーピストの脇腹を抉って吹き飛ばした!更に宙を舞う彼を裏拳で叩き落とし、胸倉を掴んでスタースパーダに向かって投げ飛ばす!
『馬鹿め!わざわざ撃たれに来たか!』
再び武装兵が一斉にクロスボウを構える!数が減ったとはいえ高密度の弾幕は冒険者と言えど回避は困難………無論、ボルトが射出されればの話だが。
「ゲホッ……おいおいおいおいおい、武器の手入れはしっかりしておくんだなぁ……蔦が生えるまで放っておくなんて駄目だろう?」
『くっ!』
ストゥーピストの目の前にいた男が大型ナイフを抜き、首を狙って鋭い突きを繰り出す!
『やめろ!正面から挑んでは……』
「邪魔。」
肘打ちで首を折られた男が地面に転がる。
『畜生……その樹木魔法、ハーヴェスターのババアか。先代のコネも計り知れんな……』
『ウチはまだ200ちょっとやぞ、ババア言うなや!』
『20代からして見れば充分年寄りだ……純粋な人類種なら3回は死んでるトシだぜ?さっさと後進に道を譲れよ婆さん!』
スタースパーダの残像が三体同時に動いた!一体目が突き、二体目が振り下ろし、三体目が薙ぎ払う!
『中々器用な真似するな……ウチのギルド入らん?』
彼女の使う長柄の大鎌は独特の間合いを持ち、下手に踏み込めば接近も離脱も出来ずに腹を裂かれて死ぬだろう……攻防に優れた樹木魔法も侮れぬ。
『融けろォ……マグマ・グリップ!』
彼らの背後で戦闘を繰り広げていたキャナーの赤熱する腕が鋼の鉈を掴み、原型を留めない程に融解させる!
『オーガ族の筋力を舐めるな!死ね!』
しかし体格差は歴然!敵の冒険者は拳を握り固め、キャナーの顔面に右ストレートを叩き込む!ルーン文字が刻まれた無骨な鉄兜が大きく歪んだ……
『これが地力の差よ……赤熱した甲冑で脳味噌まで蒸されたか?人間風情がオーガに勝てると思ったのが間違いだったな……』
『思うね、頭の中まで筋肉が詰まってるような奴等だ。』
重厚な鉄鎧を突き破り、小柄な冒険者が飛び出す!激しい加熱で軟化した金属を拳で破る事など冒険者にとってあまりにも容易い!
『喰らえ……ホワイトヴォルケーノラッシュ!』
オリハルコンのガントレットが白熱し、豪雨めいて敵に降り注ぐ!
『おい、早く俺ごと撃…』
オーガの冒険者が叫ぶと同時に、エルフの冒険者は素早く連装クロスボウを構え大量の追尾魔法ボルトを放つ!
『我が鎧よ、肉よ、一文字の喪失により生まれ変わらん………』
キャナーは脱ぎ捨てた鎧に空いた穴、その中に刻まれたルーン文字に向かって片手でナイフを投擲!ルーン文字が削られた鎧はドロドロに融解してボルトを受け止めた……この鎧自体がある種のゴーレムだったのだ。
魔術に詳しい方はもうお分かりだろうが、伝統的な……或いは時代遅れなゴーレムというのは魔力を秘めた文字で動く。しかしながら、この発展途上の魔術には致命的な弱点があった……事故や攻撃によって特定の文字を破壊されると、肉体が崩壊したり暴走を始めたりといった深刻な不具合が起き得る。
つまり、キャナーは刻まれた文字を”書き換える”事によって再利用したのだ。搭乗型ゴーレムに着想を経たこの画期的な発想は、しかし余りにも再現性が低く、真似をする者が少なかった………高速のラッシュを全て頭部に叩き込まれたオーガ族の冒険者は堪らず昏倒!
『一芸じゃあ、俺には勝てんぜ………兄弟はハズレを引いちまったようだし、さっさと助けに入らなきゃだな。』
過去編第三幕 完