メジロの執事   作:喬 

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「今日をもってあなたを解雇いたしますわ!」

 

 春秋連覇とはいかなかったものの、春の天皇賞連覇を成し遂げ、続く宝塚記念、京都大賞典を見事制したお嬢様をお祝いしようと、スイーツやらなんやらを用意していたときのことである。

 トレセン学園から一時お屋敷にご帰館されたお嬢様は、ダイニングルームの扉を勢いよく開き、高らかに宣言した。俺と目をばっちりあわせて。

 唐突なその一言に周りのメイドたちも、主治医も、大奥様でさえ驚きを隠せていない。

 このとき俺の頭の中には選択肢がふたつ浮かんでいた。ひとつは、「ハッハッハ、ご冗談を!」と笑い飛ばす。もうひとつは、「アイエエエ!? カイコ!? カイコナンデ!?」とその悪ふざけにノってやること。

 

「あなたなにを……」

「おばあ様。わたくしずっと前から決めていたんですの。メジロのウマ娘として相応しい結果を残せたら彼を解雇してさしあげようと」

 

 ハッハッハ…………え、冗談だよな?

 

 ──あまりの急展開に大奥様とお嬢様以外は声も出せずにいる。きっとドッキリだ。俺以外全員グルなのだ。そうでなければおかしい。だって幼少の頃よりずっとお嬢様の専属執事として今日まで仕えてきたのに、なんの前触れも無く首を切られるだなんてあんまりじゃないか。

 これが本当ならせめて理由が欲しい。納得しうるだけの理由が。

 

「お、お嬢様……。中々愉快なご冗談をお考えになりましたが……詰めが甘いですよ。私がなにか不敬を働いたのであれば致し方ありませんが、理由も無しに解雇ではあまりに不当かと……」

 

 正直声は震えていた。声だけじゃないな、膝も震えていたし、なんだったら全身震えていた。

 長く仕えてきたのだ、実は知っている。このお嬢様はこういった冗談を軽々しく口にするタイプではない。

 ということはつまりどういうことだ? そう、本気だということ。

 

「り、理由も無しに……ですって?」

「え、お嬢様……?」

 

 俺の純粋な一言がよほど気に障ったのか、お嬢様は耳を後ろに伏せ、両手の拳をグッと力強く握りしめ肩を震わせている。

 歯は今にも「ギリギリ」という効果音が聞こえてきそうなほどに噛み締め、こちらを睨め付けてくる鋭い眼光から目を逸らした。

 え、なに? なにした俺? 全く身に覚えが無い。

 

「わ、わたくしにあんなことをしておいて、忘れたと言うんですの!?」

 

 尻尾をぴんとおっ立てて、唇が触れあうんじゃないかって距離まで詰め寄ってきて、大声で叫んだお嬢様から二歩後ずさった。

 ツバを飛ばすのはやめて。あと顔が近い、それからいい匂いがする。

 

「お、落ち着ついてくださいお嬢……!」

 

 様をつけるのを忘れてしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 俺たち一族は代々メジロ家に仕えてきたのだ。それが理由もわからずに俺の代で終わるとあっちゃ、亡くなった両親にもご先祖にも顔向けできない。

 

「らしくないですよ。一体なにがあったと言うのですか?」

 

 目を右往左往泳がせてしどろもどろになっている俺に、見兼ねた大奥様はため息をつきながらお嬢様に問いかけた。

 

「そ、それは……」

 

 大奥様からの問いに、お嬢様は耳をぺたんと伏せ、なぜか頬を染めて俯いた。

 少しの沈黙のあと、もじもじと身を捩っていたお嬢様は大奥様のもとへ駆け寄り、ちらちらとこちらへ視線を送りながら耳打ちしていた。

 

「本気……なのですか?」

「もちろんですわ。わたくし、うそは言いませんの」

「……わかりました。では認めましょう」

 

 え、なに? なにを認めた?

 なんだあのお嬢様の嬉しそうな顔は。なんだあの大奥様の優しい瞳は。

 

「では改めて……。今日をもってあなたを解雇いたしますわ!」

「………………」

 

 ──どうも、今日から無職です。

 じゃねえよ。こちとら中学出て高校も通わず住み込みで働いてきたんだ。

 まあまだ18歳だし、やろうと思えばなんだってできる。できるが、そういうわけにはいかない。俺にはメジロ家の執事としてしか生きる道は無いのだ。代々そうしてきたように、俺もこのお嬢様に生涯お仕えしなければならない。そんでメイドの誰かと結婚なんかして、子供ができたらまたその子をメジロ家に仕えさせるんだ。

 

 そう心の中で意気込み、解雇だなんだと叫んでふんすと鼻を鳴らしている目の前のお嬢様に意識を戻した。

 

「あのお嬢様……私、お嬢様になにをしましたっけ?」

「はあ!?」

「ひっ!」

 

 今にも掴み掛かろうとしてきたお嬢様をふたりがかりで後ろから押さえ、ライアン様とパーマー様は「どうどう」と、苦笑しながらなだめていた。

 

「あ、あなたわたくしに……プ、プロポーズしたじゃありませんか!」

「は!?」

「忘れたとは言わせませんわよ!」

 

 いやいや、いやいやいやいや。

 従者が主人にプロポーズなんてそんな話あるわけない。確かに俺はお嬢様をお慕いしているが、そこに恋愛感情なんて無いんだ。

 仮にあったとしよう。仮にあったとしても、それを伝えることなんて絶対に無い。一体なにと勘違いされているんだ……。

 

「えっと、正直覚えてないのですが……」

「なっ……ぬぁんですってえ!? キーっ! もう怒りましたわ! 完全に! ブチ切れですわ!!」

「ひっ!」

「マ、マックイーン落ち着いて!」

「そ、そうだよマックイーン。ここはテンション爆下げでいこ、ねっ」

 

 今度こそ殴られるかと思ったが、再びライアン様とパーマー様に後ろから押さえられ、お嬢様はひたすら地団駄を踏んでいた。

 

「わ、わたくしの髪に触れながら……永遠に添い遂げたいと申したじゃありませんか!」

「ええ!? い、いつの話で御座いますか!?」

「三年前! あなたトレセン学園のトレーニングコースで言いましたわよね!?」

 

 三年前、というとちょうど俺の父親が亡くなった年で……。

 髪に触れながら永遠に添い遂げ──

 

 

「お嬢の芦毛、ほんと綺麗だ。いつまでも触れていたいくらい」

 

 

 アレかぁ────!

 いや、それは飛びすぎ! 流石にぶっ飛んでる!

 アレがプロポーズになるならもうホストとか泥沼でしょうが。一体何人に求婚してることになるんだ。

 

「ケ……ケ……コッ…………」

「……に、にわとりの真似?」

 

 未だ取り押さえられたまま、お嬢様は頬を染め唇をとんがらせてなにかを言おうとしている。

 

「ケッコンしてもらいますわよっ!!」

「………………」

 

 ──拝啓、天国のお父様お母様。

 お元気ですか? 私は元気です。

 突然で驚かれるかもしれませんが、なんとこの度マックイーンお嬢様と結婚することと相成りました。

 代々メジロ家の執事として仕えてきた我が一族の歴史に今日、終止符が打たれるみたいです。

 ってバカ。そんなわけあるか。

 まずいな、普段滅多にしないノリツッコミをもう二回もしてしまっている時点でお察しだが、相当動揺している。

 この場を上手く切り抜ける方法ってなんだ?

 

1、他に好きな人がいると伝える

 

 これはダメ。これはお嬢様だけでなく大奥様にも殺されかねない。

 

2、正直にそんな気は無いと伝える

 

 これはダメ。先ほどから黙ったままではいるがどこか冷たい視線を送り続けてきているアルダン様とドーベル様に殺されかねない。

 

3、まだ半端な自分ではお嬢様と釣り合わないので一人前の執事になるまで待って欲しい、そのときにもう一度プロポーズさせてと伝える

 

 これだ。これしかない。

 

「お、お嬢様聞いてください!」

 

 俺は必死に今の想いをお嬢様へと伝えた。

 途中必死になりすぎて自分でもなにを言ったかあまりよく覚えていないが、冷静に考えるとこれ自分で逃げ場を無くしてしまったような気がする。

 待って欲しいってなんだよ、それ引き延ばしただけでなんの解決にもなってないじゃんか。むしろ悪化してるまである。

 

「えっと、それでも、よろしいですか……?」

「ふふん、決まってますわ!」

 

 お嬢様はまたまたふんすと鼻を鳴らして得意げな表情を浮かべた。

 

「わたくしがあなたを立派に育て上げてみせますわ!」

 

 ──こうして、ウマ娘に育成される執事の新たな日々が幕を開けた。

 なんとか、なんとかしてお嬢様が強行策を取る前に諦めさせなければならない。

 こちらの気持ちも知らず、笑顔でパチパチと拍手を送ってくる周りのみんなに引き攣った口元で応えつつ、小さくため息をついた。

 

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