瑪羅門の娘   作:大岡 ひじき

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前編

 今日のメインディッシュである小さめのアジフライの、自分割当て分の最後のひとくちを、やはり最後まで残しておいたタルタルソースを乗せて口に運ぶ。

 サクサクの衣とふっくらした魚の身のハーモニーを、ソースやしょうゆで楽しく味わった後、最後にようやくここにたどり着いた。

 口の中いっぱいの幸せがここに結実する。

 ちなみに付け合わせの千切りキャベツとプチトマトは、しょうゆマヨネーズとごまドレッシングで既に平らげてしまっている。

 

「…ねえ翔、アンタ参戦する?」

 そうして自分の空になった皿を、とりあえず傍に退けながら、これから起こる事について隣の席に問いかけると、あまり似合わない眼鏡の位置を直しながら、ひとつ下の弟が首を横に振った。

 

「僕は結構。姉さんは?」

「アタシもいいや。怪我したくないし」

 アタシの夕食感動超大作は素晴らしい余韻を残して完結している。

 ここに『続編に乞うご期待!』的な、無粋な予告編は見たくない。

 

「…逆に姉さんが参戦したら、丸く収まる気もするけどね」

 アタシの答えに弟…翔が、よくわからない事を言いながらフフッと笑った。

 眼鏡の奥の切れ長の目が細められ、唇が緩く弧を描いて形作る笑みは、よくよく見れば女の子みたいに綺麗で、女である私が少し負けた気になる。

 時代遅れな形の眼鏡と、猫背で俯く癖のせいで、ぱっと見にはひどく冴えない印象を受けるけど。

 勿体ないといつも思うが、一応これは家庭の事情で、目立つ事は極力避けねばならないから仕方ない。

 

「いいか、全員、両手は膝の上だ!

 1、2の3だからな!!」

 と、翔の言葉にツッコミを入れようとしたところで、私と反対側の翔の隣から、張りのある声が響いた。

 反射的にそちらを見れば、その声の主である1歳上の兄・(ガイ)が、その場の全員を牽制するように、両手を前に突き出しており、アタシと翔は目を見合わせて肩を竦める。

 更にテーブルの反対側の方から、何やら妙な殺気が膨らんできて、アタシ達はその戦いが、既に始まっている事を見てとった。

 

「なんで頭数ピッタリに作らんのだ、このアホが」

「しょうがねえだろ、なんでか、1個余っちまうんだから」

 そんな事を囁き合っているのは、祖父と父。

 その隣でアタシの向かい側に座る、ふたつ下の末の弟・龍が、それを呆れたように視界の端に捉えつつも、実際の視線はテーブルの真ん中に注がれていた。

 ……そこにあるのは大皿に1枚だけ乗せられた、今日のメインディッシュのアジフライだ。

 

「1、2の、3!!」

 唐突に凱の声がかかり、アタシと翔以外の箸が、猛スピードで大皿に向かう。

 その勢いに皿が弾かれて、アジフライが宙を舞う。

 全員が追いかけたそれを最初に掴んだのは、末の弟の大きな手だった。

 

「り、龍〜〜っ!」

「テメエ〜〜っ!!よくも俺のアジフライを〜〜!」

「おい!少し自重せんか!

 昨日のハンバーグも貴様だったじゃろうが!!」

「うるせえよ。勝ちは勝ちだろ…姉ちゃん、半分齧るか?」

「要らない」

 

 …そう、これは我が家のいつもの食事風景。

 正確にはみんなが一通り食べ終わった後に行われる恒例行事だ。

 父さんのつくるおかずはいつも何故か、人数分割当てに対して1個余るので、その最後の1個をめぐって祖父ちゃんと父さんと兄弟たちの、醜い争奪戦が繰り広げられる。

 というか、こうなるのが判っているのだから、余ると判った時点でその分は龍のお弁当用に冷凍しとくとか、いっそ作る者の権限を行使して父さんが先に自分で食べちゃえばいいのにと思うのだけど、そこは本人的に主義に反するらしい…いや知らねえわ。

 あと、なんでじゃんけんとかの平和的解決ができないのかも判らない。

 …そう思うならアタシが作ればいい?

 いや、それについては家族全員から禁止令が出されている。

 アタシとしてはそんな大袈裟なと思うのだが、奴らに言わせるとアタシの家事スキルは壊滅的らしい。

 料理をすれば材料がなんであっても毒物を錬成し、掃除をすれば必ずなにかを破壊、スイッチ押すだけの洗濯でさえ洗濯機がありえない異常動作を起こすからと、家族全員からなにも触るなと厳命されている。

 うん、今どきの家電はまったくもって脆弱だね!

 

 …この割とダメダメな一家、瑪羅門(バラモン)家が、数知れぬ悪を闇に葬ってきた一族である事を、アタシが知ったのは17歳の誕生日の事だった。

 その秘密とともに一族の血に流れる『聖なる力(チャクラ)』を、秘儀により目覚めさせられたのも。

 ちなみに17歳というのが一族の血の節目であるらしく、肉体が『聖なる力(チャクラ)』に耐えられるようになるのが多分17歳なんじゃないかと、以前祖父に聞いたんだが、多分祖父もよくわかってないぽい。

 そしてアタシ達兄姉弟は全員年子なので、この近年は長男の凱から末の龍までの間、4年連続で儀式が行われた事になる。

 

 ・・・

 

「唯〜!田中さんから電話だぞ。

 ……確か、担当編集の人だったよな」

「え?あーうん、わかった。今行く〜」

 …けど、その日の夕食後、かかってきた電話で告げられた内容を聞いた時は、ちょっと面倒だなと思いはしたものの、あんな出来事が待っているとは思いもしなかった。

 一族としての自覚は持っていると自分では思っていたけど、その覚悟は足りてなかったのかもしれない。

 

 ☆☆☆

 

「龍〜、駅まで一緒に行こ〜!」

 現在高校3年生、今年になって拳法部の主将になったという龍は、多分今の我が家で、一番規則正しい生活をしている。

 今日も早起きして庭で自主トレーニングの後、朝食をとり、更に部活の朝練の為に1時間も早く学校へ向かう、その弟の背中を小走りで追いかけ声をかけると、いつの間にかアタシの頭ひとつ分より、確実に位置の高くなった頭が振り返って、その目が瞠かれた。

 

「…どうした姉ちゃん。

 今日は出かけんのか?珍しいな。」

 …弟にそう言われるくらい、アタシは普段、家に引き篭もりがちだ。

 ぶっちゃけ、アタシは見た目が幼い。

 なんでか胸だけは標準以上にあるんだけど、ほかは背も低いし何より童顔で、平日の日中とか夜は、ひとりで歩くと必ず補導員に声をかけられる。

 それが煩わしいし、服もそれほど持っていない事もあり、つい外出が億劫になってしまうのだ。

 だからどうしても出なきゃいけない時は、できるだけ凱や父さんに同行を頼むんだけど、今日に限って2人とも予定があり1人で出るしかなかった。

 …これでも既に成人しとるわ!

 こないだ誕生日迎えてハタチになったから、飲酒も喫煙も解禁だわ!

 お酒はともかく煙草は吸わないけどね。

 アタシの場合、能力使う際に色々支障出るから。

 まあ、そんなわけでせめて同じ方向に向かう高校生の弟に、今こうして声をかけているわけなんだが。

 

「いつも来てくれる担当の田中さんが、交通事故で足骨折したとかで、今月はうちに来られないから、編集部に直接、原稿届けに行かなきゃいけないの。

(はら) 主水(もんど)』の正体は編集部にも秘密だから、一緒に住んでる姪が持って行くって話にしてくれたみたいだけど」

 高校生の頃から同人活動に血道をあげていたアタシは現在、太公望書林館という出版社が発行するヤングアダルト系月刊誌で、『原 主水』の名で小説を連載している……要するにエロ小説家だ。

 いや馬鹿にするなかれ!現在我が瑪羅門家の主な収入源が、アタシの書いてるこの小説なのだから!

 なにせうちは古くからある寺とはいえ、檀家もなければ参拝客もほとんど居ない貧乏寺。

 父は一応陶芸家で、茶碗や皿など細々と作って売ってはいるが、それだけだと一家の食費だけでカツカツだ。

 更に長男の凱は失業中、次男の翔は一浪して予備校通い、末の龍はまだ高校生な上食べ盛りとくれば、アタシが支えていかなければ、一家の財政は破綻する。

 2年前に趣味の小説が編集者の目に留まり、今年に入って連載の仕事を貰えたのは本当にラッキーだった。

 なにせ、先述した通りこの幼い見た目が災いして、高校を卒業してすぐに高収入をうたう職種…要するに夜のお仕事の面接を手当たり次第に受けたものの、どんなに盛っても『中学生が無理して化粧してるようにしか見えない』と言われ、ひとつとして採用には至らなかったのだ。

 お金が必要だというのに職が決まらず、ほとほと困り果てていた時、アタシが以前参加していた同人誌をたまたま見た今の担当編集の田中さんが、『この人には才能がある』とアタシを探してくれて、成人誌で何本か短編を依頼された(大体、原稿落とした作家さんの穴埋め)末に、連載してみないかと大抜擢を受けて今に至る。

 …田中さんがアタシの書いたもののどこを見込んでくれたのかは、本人に聞いても『瑞々しい感動と、その中に迸る官能』と全く意味がわからない言葉しか出てこないのでいまだに謎なんだけど。

 …だって、アタシがその同人誌に書いてたのって、ぶっちゃけBLだかんね!

 

「…原稿なんて、郵送じゃダメなのかよ。

 大体その大荷物、何?」

 割とめんどくさそうに言いながらも、アタシが追いつくまで足を止めてくれた龍は、ゼーハー言いながら近づいたアタシの、背負ったリュックを指差して問う。

 アタシの身体がちいさいせいもあるが、中身が十数冊の書籍である為、重さもかなりだがとにかく見た目の嵩が大きいのは、自分でもわかってるけど。

 

「…原稿はすぐに編集に回して、今日中に印刷所に持ってかなきゃいけないそうだから」

「…つまり、締め切りギリギリまで引き延ばしたって事だよな」

「荷物は今回の話の為に借りてた資料。

 これも本当は田中さんに持ってってもらうつもりだったんだけど」

「それこそ郵送でいいだろ!なんの修業だよ!」

 そんなアタシの答えに、呆れたように龍はつっこんできた。

 それからため息をひとつ吐いて、大きな掌をこちらに差し出す。

 

「…たく、しょうがねえな。貸せよ。持ってやるから」

「いやいや、いいよ重たいし!

 それにこんないかがわしいモノを高校生男子に持たせるわけには!!」

「姉ちゃんの書くモノがいかがわしいのは今に始まった事じゃねえだろ。

 …断言してやる。姉ちゃんがそいつを背負い続けてたら、駅に着く前に間違いなく潰れる」

 …そう、口は悪いが龍は優しいのだ。

 言外にチビって言われてんのはさておき。

 アタシの答えを待たず、龍はアタシからリュックを奪うと、その重さなどないかの如く、スタスタ迷いなく歩き出した。

 ほんと、いつの間にこんなに逞しくなったんだろう。

 

「駅に行くって事は、電車の時間とかあんだろ?

 トロトロしてると乗り遅れるぞ。

 俺は駅までしか持ってやれねえから、電車の中では足元か席に置いて、到着駅からはタクシー使え。

 ほら、行くぞ!」

「過保護か!」

 嬉しいが、これでは姉の面目が立たないのではなかろうか。

 いずれは頼らせてやろうと心に決めて、アタシは重みから解放されて軽くなった足で、弟の背中を再び追いかけた。

 

 ☆☆☆

 

「……ねえ、ひょっとして、唯?

 瑪羅門唯じゃない?」

「えっ?」

 出版社のビルに無事辿り着き、問題なく原稿を届け資料の本も返して、すっかり身軽になったアタシが帰りの駅に向かっていた時、聞き覚えのある声で名を呼ばれた。

 

「やっぱ唯だ!久しぶり〜!!」

 反射的にそちらを振り返ると同時に、声をかけてきた人物は、その姿すらまだ特定できないうちにアタシの前に回り込むと、アタシの手を掴んでブンブン振り回す。

 そこで初めて顔を見ることができ、アタシは思わず目を瞠いた。

 

「…もしかして、真希センパイ?」

「そうよ、永森真希!

 こんなところで会えるなんて奇遇〜!!」

 アタシの手を握ったまま、満面の笑顔で頷く長身のスレンダー美女は、アタシの高校の2年先輩で、アタシにとっては恩人とも言えるひとだった。

 

 ☆☆☆

 

 …瑪羅門家には母親という存在がない。

 父さんの妹だったアタシの生みの母が、未婚で育てていた3才のアタシを残して事故で亡くなり、アタシが瑪羅門家に引き取られて養子縁組で娘となった時には、兄弟達の母親も既にこの世のひとではなかった。

 …だからだろう、瑪羅門家唯一の女となったアタシが、目を離せば死ぬとばかりに、殊更大事に育てられたのは。

 男ばかりの家族の中、紅一点で可愛い可愛いで育ったアタシが、現実の自身のレベルを知って女として初めての挫折と絶望を味わったのは、年頃の娘を男の目に触れさせたくないという親馬鹿ジジ馬鹿に従った形で入学した私立の女子高校の入学式での事だったが、まあそれはいい。

 ただ、その時点で己の女の子としての限界を知ったアタシが、その後はすっかり己を飾ることを諦め、空想と創作の世界に逃避したことが、結果としてこの後の事態に繋がる。

 趣味は読書と小説の執筆、見た目も地味で友達もろくに作らなかったアタシが、学年の上位カーストのグループに目をつけられて虐めのターゲットになったのは、高校1年の二学期が半ばを過ぎた頃からだった。

 虐めと言っても身体的な危害を加えられたわけでも、犯罪まがいのことを強制されたわけでもない。

 そもそもアタシは彼女たちの存在を視界に入れないようにしていたので、ハブにも脅しにも屈せず己の世界に没入し続けるアタシに対して、彼女たちができたのは地味な嫌がらせ程度のものだったが、それでも積み重なればそこそこストレスになるわけで、そのストレスはますますアタシを、創作の沼へと引き込むこととなる。

 ある時、教室に忘れた創作ノートが紛失し、数日探して見つからなかったので諦めていたところ、焼却炉のそばに落ちていたのを拾ったと言って、表面が靴跡と落書きで汚れたそれを届けてくれたのが、3年生だった真希センパイだった。

 当時バスケ部の部長だった彼女は、いわゆる女子高での王子様枠で、全校生徒の憧れの存在だった。

 その彼女がそれを手渡しながら、何故かガシッと手を握ってきた時は、さすがのアタシも思わずドキッとしたのだが、そこに更に、

 

「ごめんね、実は中身、読んじゃったの!

 最初は持ち主を特定する為に開いただけだったんだけど、読んでくうちに引き込まれちゃって、返すのもこんなに遅れちゃってごめんなさい。

 それでね!アランとバルドーが駆け落ちのように寮を飛び出した、その先がどうしても気になるから、お願い!続き書いたらまた読ませて!!」

 と、虐めグループも含めた教室の皆が注目する中で懇願されたのには、それ以上に動揺した。

 

 …それ以来真希センパイは、まるで連載誌の担当編集者の如く、その時期書いていた初めてのBL小説『千の夜を君と越えて』の続きを催促しに、アタシを頻繁に訪ねてくるようになり、それと共に虐めグループのアタシへの接触がなくなると同時に、同じ嗜好を隠していた子が話しかけてくるようになって、アタシのぼっちスクールライフは、そこで終了することとなった。

 3年生だった真希センパイはその翌年の春に卒業していったが、ささやかな卒業祝いとして『千の夜を君と越えて』の完全版を、しっかり製本してプレゼントした事は言うまでもない。

 

 ☆☆☆

 

「ねえ、立ち話もなんだし…唯はこのあと暇?

 久しぶりの再会だしこの近くに、この時間もう開いてるカフェがあるから、そこでゆっくりお茶しない?ケーキくらいなら奢るわよ?」

 満面の笑顔でそう言う真希センパイは、高校時代はベリーショートにしていた髪を伸ばしてゆるふわロングにイメチェンし、女性らしい柔らかさを全面的に押し出している。

 美人なのは変わらないが、当時彼女に憧れていた同級生は、今見たら泣くかもしれない。

 けどアタシも話をするようになって知った事だが、本来の彼女はハ○ーキ○ィ、た○みのももゼリー、花ならガーベラとかすみ草が好きという、内面は普通に女の子らしい感性の持ち主だった。

 

「アタシは普通に暇ですけど…センパイは時間大丈夫なんです?」

 そんな事を思い返しながら嬉しい提案に頷きかけ、確認のために問うてみる。

 今日は平日、現在の時間は午前9時半を少しまわったところ。

 大体の社会人は、これからお仕事が始まるくらいの時間だろう。

 だが真希センパイは笑いながら、割とサラッととんでもない事を言う。

 

「大丈夫じゃなきゃ誘わないわよ。

 私、夜勤明けで帰るところだったし」

「そうか、センパイはナースだったっけ…つか、それは帰って寝てくださいと言いたい!

 けど再会とケーキの誘惑に抗えない!!」

 アタシの答えに、センパイは我が意を得たりとばかりににんまりと笑うと、アタシの手を引いて歩き出した。

 

 ・・・

 

「大丈夫大丈夫。

 今日はもう終わりだし明日休みだし。

 あ!今夜同僚と合コン行くんだけど唯もおいでよ!」

「どんだけ頑丈なんスか!!」

 センパイが連れてきてくれたカフェ(というかどうやら本業はパン屋らしく、そこにカフェコーナーが併設されている形らしい。だから朝早くから開いてるんだね!)で席につき、それぞれの注文を終えた後で、やはり彼女の体調を心配して問うと、そこに返ってきたのはタフ過ぎる答えだった。

 やはり運動部の部長まで経験したナースは体力が違うと、この時のアタシはつっこみつつも素直に感心していた。

 あと合コンの誘いは丁重にお断りした。着るもの無いし。

 

「…じゃあ、まだ小説は書いてるんだ。

 それでお金稼いでるなら、一応夢は叶ったんだね」

 互いの近況を報告しあった後、モーニングセットのフレンチトーストをフォークで口に運びながら、真希センパイがしみじみと『良かったねー』と呟く。

 正直、自分の小説の最初のファンだと自称してくれる彼女に、胸張って報告できる状況ではなかっただけに、偏見なくそう言って貰えるのは有り難かった。

 

「まあ、大っぴらに言える内容じゃないですけどね。

 アタシ的には、やっぱりピュア系BL書きたいですし」

 それでもちょっと照れ臭く、口に入れたチョコバナナタルトのクリームを、コーヒーで胃に流し込む。

 ぶっちゃけ、エロ小説家にあるまじき話だが、アタシには実際の恋愛経験がない。

 だから書くためにあれだけの資料を必要とするわけで、実際に経験していないのに、無駄な知識ばかり蓄積されていく気がする。

 それと、身近にいる男性がデリカシーのない身内ばかりなので、既に三次元の男性には夢を抱けなくなっている。

 どうせリアリティのない恋愛を書くのであれば、とことん美しく純粋な世界を書きたい。

 プラトニック・ラブとは『肉体を超えた愛』を意味する言葉で、本来は男性同士の恋愛を指す言葉だったのだから!

 

「あ〜、まだ本分はそっち系なのね。ちょっと安心したわ」

「腐海と共に生きる事を決めてます」

「ナ○シカかい!」

 …そんなしょうもない会話を3時間ほど続けた後、再会を約束して別れたセンパイとアタシはそれぞれの帰途に着いた。

 

 …この時のアタシは、これがまさかセンパイとの今生の別れになるなんて、思ってもみなかったのだ。

 

 

 

「…深夜未明、東京都○○区の路上で、女性が倒れているのを近所の住民が発見して、110番通報しました。

 

 …女性は搬送先の病院で死亡が確認されました。

 

 …女性は○○病院勤務の看護師、永森真希さん、22歳。

 

 …永森さんは、発見場所付近のビルから落下したものと見られており、事故と自殺の両面から捜査を…」

 

 

 いつも通りの騒がしい朝食の席で、つけっぱなしのTVから流れてきたそのニュースで、アタシが真希センパイの死を知ったのは、あの再会の日から2ヶ月後のことだった。




つづく…
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