「あなた方…一体……!?」
アタシは『
もっともこの方法だと、兄弟たちがやるように直接触れて送り込むよりは、効果が薄く持続時間も短い為、時限式に操る事ができるわけではないが、最初に
案の定、アタシを振り返って視線を合わせた松田祥子は、それ以上は何もできずにその場に固まる。
「瑪羅門唯。永森真希の、高校の後輩です。
こっちはアタシの兄。
付き添いで真希センパイの通夜で焼香した時に、貴女とすれ違ったって言ってるから、多分はじめまして、じゃないですね」
もっともあの日と違い、2人ともまったくの普段着のアタシ達兄妹、ひょっとしたら見覚えていてもわからないかもしれないけど、そんな事は今はどうでもいい。
「…松田祥子。
今から貴女は嘘をつくことも、沈黙を通すこともできず、問われた真実を話すしかできない。
話して。真希センパイと何があったのか」
「え?……あ、あ、あっ……!」
アタシに視線を捉えられた松田祥子は、自らの身に起きた更なる異変に気付き、呻き声をあげた。
だが、その抵抗に意味はない。
──瑪羅門秘法義・
たった今、アタシの視線から送り込まれた『
どんなに必死に口を閉ざそうとしても、アタシに問われれば答えるしかないのだ。
「答えて。貴女が、真希センパイを殺したの?」
「………違う!私は殺してないわ!!
私は彼に頼まれて、真希を呼び出しただけよ!」
…やはり男の存在があった。
この『彼』の言い方は、単に男性の三人称ではなく、その示す人物、恐らくは彼女とは親しい間柄だ。
いわゆる『彼氏』というニュアンスの。
彼女が視線を逸らそうとするのを許さず、それが離れる前に、更に『
「…その『彼』っていうのは?
名前、年齢、プロフィール。
その他の情報も貴女がわかる範囲で、細かく正確に」
「…権藤雅彦。年齢は31歳。
製薬会社の、重役と言っていたわ。
詳しくは聞いていない。
彼とは、真希と一緒に参加した合コンで知り合ったの」
やはりあの合コンだったか。
そう思うと同時に、もしアタシが真希センパイの誘いに乗っていたら、もしかしたらこの悲劇は起きなかったのかもしれないという、考えても詮ないことが不意に頭に浮かんで消えた。今更だ。
「初めて会ったのに何故か気が合って、ずっと不眠に悩まされてたのに、その日は気付いたら彼のベッドで、ぐっすり眠ってしまっていたわ。
…こんなに身も心も許しあえる人と出会えるなんて運命だと思った」
……正直そこら辺の情報は要らないんだが、細かく正確にと指示してしまったのはアタシなので、これは聞くしかない。
「そのうち、彼と会う日はよく眠れるのに、会わない日は一睡も出来ない事に気がついて相談したら、よく効く睡眠薬を薦められた。
まだ認可されていないから、表立って宣伝はできないけど、効果は確かだと。
…でも彼は、最初のうちは頼めば快く薬をくれたのに、そのうち渋るようになったの。
けどそれは、原料の薬品が不足してるからで、欲しがる人は多いのに数はまだまだ少ないからだと。
原材料は病院で使われている麻酔薬の成分だから、なんとか都合できないかと私に頼ってくれたわ。
私も、今ではあの薬がないと仕事にならないから、病院から薬品を持ち出して彼に渡した。
…けど、それを真希に気付かれてしまったのよ。
彼女、今ならば自分は気付かなかったふりをするから、今すぐ盗むのをやめて自首しろと言ってきたの。
いつまでもは待たない、続けるつもりならば、自分が告発すると。
…怖くなって雅彦さんに相談したら、自首の前にもう一度相談したいと真希を呼び出せって。
そこから先は、彼がなんとかするからって。
だから……」
「センパイが殺されると判ってて、薬欲しさに見殺しにしたんだ?友達だったんだよね?」
…けどやっぱりそれ以上はもう聞きたくなくて、アタシは結局口を挟んだ。
「薬欲しさにじゃないわ!
私は雅彦さんを愛してるの!
彼は私の運命の
彼を守る為なら、私は…」
…アタシは、恋というものを知らない。
官能小説家にあるまじき事だが、それが事実だ。
けど、彼女の告白を聞いて、そんなもの一生知りたくないという思いに、一瞬囚われた。
誰かを好きになる事で、ひとはこんなにも醜くなるのだろうか。
自分を大切に思ってくれた友達を、あっさりと差し出せるほどに。
その男は、彼女という存在があるにもかかわらず、殺すつもりの真希センパイを穢したというのに。
…否、恐らくは。
「アンタのその症状は間違いなくその薬…BCLってやつの副作用だな。
最初のうちはよく効くだけだが、そのうち無いといられなくなる。
思うに最初にそいつに会った時には一服盛られてたんだろう。
…とんだ運命の男だったな」
アタシのその思いを読み取ったものかどうかは知らないが、凱がそんなタイミングで口を開く。
つまり、そういう事だ。
松田祥子の気持ちはともかく、その男は彼女を、単に都合のいい存在としか思ってはいない。
…否、都合よく、彼女を作り替えた。
彼女の気持ちを利用して。
「……何ですって?」
そう問う彼女自身も、薄々気がついているだろう。
それでも、愛の為と思い込まなければ正気を保てないほど、彼女は追い詰められている……何故だか、その事がアタシにはよくわかって、胸が苦しくなった。
その権藤という男と知り合うまでは、彼女は紛れもなく、真希センパイの親友だったのだろうから。
…と、次の瞬間唐突に、凱の纏う空気が変化した。
「確かに恋は、人を変えるという。
だが、変わっちゃいけないものもある……それが、友情だ。
永森真希は、アンタを救おうとした。
その友情をアンタは裏切った…その罪は贖うべきだ」
…この瞬間、いつも見る残念な兄はそこにはいなかった。
裁きを下す直前の、闇の執行人の顔。
それは妹のアタシですら、ぞくりと背筋が凍るほどに冷酷で、それでいて怒りに満ちた表情だった。
「……が、凱!?」
「心配すんな、唯」
だが次の瞬間には、凱はアタシに微笑みかけながら、自身の髪の毛を一本抜く。
そうして指先で摘んだそれに、彼自身の
それは一瞬にして細く鋭い一本の針になり、凱は躊躇う事なくそれを、松田祥子に向けて投げ放った。
「ひっ……!!?」
それは彼女の肉体に、ほんの僅かな痛みをも、与えるものではなかった筈だ。
だが……一拍置いて、驚愕の表情を浮かべたまま、彼女はその場に崩折れた。
──瑪羅門秘奥義・怒髪針。
凱の得意技であるそれは、
「…これが瑪羅門の裁きだ。
目覚めた時、アンタに俺たちの記憶はない。
アンタは罪悪感に耐えきれず、その足で警察に行き、今言ったのと同じ事を警察で自白するんだ。
…俺の妹がアンタを死なせたくないと思った、その情けに感謝するんだな。
本来、瑪羅門家の家訓に従えば、唯を泣かせた罪への制裁は、この程度では済まないのだから」
「その家訓アタシ知らないんだけど!?」
思わずつっこんだアタシの肩を抱くようにして、アタシと共に彼女のアパートを後にした凱は、もういつものアタシに甘い『
…つか、どうしてわかったんだろう。
アタシが、彼女を殺したくないと、一瞬思ってしまったこと。
…そういえば、凱は恋を知っているのだろうかと、埒もない事をふと考えたのは、これよりかなり後になってからだ。
・
・
・
だが。
警察がこの後、彼女の自白を聞く事はなかった。
松田祥子は、最寄りの警察署に向かう途中の路上で轢き逃げに遭い、運ばれた先の病院で死亡が確認されたからだ。
☆☆☆
「権藤雅彦、31歳。
広域指定暴力団・多野権興業に所属。
情報によれば、以前は片栗粉をカプセルに入れ、深夜に街を徘徊する若者に高値で売るようなケチな小悪党だったが、ここのところはBCLを売り捌いており、それで随分と羽振りが良いらしい。
また2ヶ月前、永森真希と松田祥子が参加した合コンに奴も参加しており、権藤と交際し始めた松田祥子が、奴の指示で薬品を持ち出していた事は、松田本人の証言とも一致するゆえ、間違いなかろう」
アタシ達が持ち帰った情報をもとに、父が調べてきた更なる情報が、再びの瑪羅門家族会議で開示される。
今度はその男の写真も入手できたようで、その四角い紙片の中で笑っている男は、ぱっと見には人の良さそうなイケメンに見えた。
…女性と一緒に写っている何枚かの、彼女たちに笑いかけながらもどこか見下したような表情さえなければ。
「つまり、この男が永森真希殺害の実行犯であり、この件の黒幕という事ですね」
「確定はしておらぬが、それに相違あるまい」
アタシがそんな事を考えている間にも、翔の問いかけに父が頷き、更に言葉を続ける。
「松田祥子を轢き逃げした車は盗難車だった。
ガラスにはスモークが張ってあり、目撃者の証言でも、運転していた者の姿は判らなかった模様。
恐らくは権藤本人か、その指示を受けた人間であろう」
彼が実際に手を下したかどうかまではわからないって事か。けど。
「細かいことは、本人に訊けば済むことでしょ。
アタシがヤツに接触して、吐かせる。
それが一番手っ取り早いし……今度こそアタシが、真希センパイの無念を晴らしてみせる」
父の手から引ったくった写真と資料を手に、アタシは円陣を離れて本堂を出る。
その背中に、凱の声がかけられた。
「…任せろって言っても、聞かないんだろうな」
「これは元々、アタシの仕事だからね。
松田祥子の時と違って本当の仇だし、むしろコイツはアタシの方がやりやすい筈だよ」
…凱は、アタシが裁きを最後まで遂行するのを好まない。
彼曰く、やり方が気に入らないから、見たくないのだそうだ。
松田祥子の時はついてきてくれたが、今回はきっと来ないだろう。
一旦自室に戻り、クローゼットを引っ掻き回して、ギリ使えそうなワンピースを発見して身につける。
自分が買った記憶はないので、恐らくは貰ったか何かで入手したものの、自分に似合うと思えなくてしまいこんでいたものだろう。
実際、セクシーでありつつ上品さを損なわないデザインのそれは、アタシが着るとなんというか、幼児に着せるビキニの水着みたいな、なんとも微笑ましい印象になった。
まあ、とりあえずアホっぽい女の子に見えれば充分だ。
そういう頭の軽い女の子に薬を分け与えて、己が欲望を叶えようとする屑と、これから接触するのだから。と、
コンコン
「姉さん、僕だよ。今、大丈夫?」
「翔?」
自室のドアをノックする音が聞こえるとほぼ同時に、掛けられた声に反射的に相手の名を呼ぶ。
メイクの途中だったが、弟相手に気取ることもないと判断してドアを開ける。
翔はアタシを見下ろして一瞬ぎょっとした顔をしたが、次の瞬間には笑みを浮かべて入室の可否を訊ねてきた。
頷いてドアの内側に招き入れる。
「こんな事だろうと思った。
姉さん、天災的にメイクの才能無いよね…」
割とサラッと毒吐きながら、翔はアタシを鏡の前に座らせた。
更にもうアタシの許可を取る事なく拭き取り用の化粧水をコットンに含ませて、今施したばかりのメイクを容赦なく拭き落としていく。
それから軽く粉だけはたくようなベースメイクを施された後、眉とアイラインを描き足して、瞼と口元に淡い色を乗せられたら、確かに頭が良さそうには見えないが充分可愛い10代後半くらいの女の子が、鏡の中で首を傾げていた。
…実はセンパイの通夜の時もファンデーションを塗ったあたりで止められて、ポイントメイクは彼に全部してもらったのだが……そうか。
どうやらアタシが自分でメイクすると、この弟的に見るに耐えないものになるらしい。
けど、完璧に仕上げた筈のアタシをじっと見つめて、翔は少し不満げな顔をする。
「…というか、それ今着るんだ」
翔の視線はどうやら、ワンピースの方に向いていたらしい。
「え、おかしい?着替えた方がいい?」
翔の呟きに、アタシは思わず自身の身体を見下ろしてから、鏡の中の自分にもう一度目を向ける。
正直、普段中学生にしか見えないと言われるアタシが、翔にメイクされた状態の今ならば、龍の同級生くらいまでは見た目年齢が上がっており、これならばこのワンピースを着ていても、さっきまでのイタ微笑ましい感が薄れるような気がしていたので、これでも似合わないとしたら些かショックだ。
だが、翔は少しだけ考えてから首を横に振ると、いつもの優しげな、けど本心の読めない微笑みを浮かべた。
「……いや。ならそれに合わせて髪もアレンジするから、じっとしてて」
…結局なにが不満だったのか聞けぬまま、髪はねじりを加えたハーフアップにされ、これほぼ特殊メイクじゃね?ってくらい印象の変わったアタシが、慣れないヒールの高いミュールを履いて家を出たのは、夕刻を過ぎてからの事だった。
夜の街は、ここから目を覚ます。
☆☆☆
「キミ、ひょっとしてまだ未成年じゃない?」
「……ハタチです」
「未成年の子は大体そう言うんだよね」
…本当のことしか言ってないんだがな!
権藤の行きつけだという店に足を踏み入れ、何人かの誘いの声を適当にあしらって、最後の1人にキレられたのを助けてもらい、並んで座ったカウンター席で、その男が写真と同様に、小馬鹿にしたような笑みを向けてくる。
実際、キレてきた最後の1人はこの男の仕込みだと、例の情報から薄々判っていたし、こんな古臭い手に引っかかる馬鹿な娘と思ってるのは間違いない。
…松田祥子は本当に、こんな男のどこに惹かれたのだろう。
一緒にいて気がつかないもんなんだろうか。
確かにナースやってる女性は、他の職業と比べて離婚率やカス掴む率が高いとよく言われるけど(偏見)、少なくとも真希センパイは、こういう男は歯牙にも掛けなかったはずだ。
『唯のお兄さん、素敵だと思うわよ、私は。
唯のこと、とても大事に思ってる事が見てて判るもの。
…仕事、仕事で全く家庭を顧みなかった、母が病に倒れる前の父の姿を、まだ忘れられないからかしら。
私、身近なひとを大切にできない男に、全然魅力を感じないの。
どんなに見た目が良かったり、周りから尊敬される仕事をしていたり、お金持ちだったりしたとしても』
きっかけは忘れたが、珍しく凱と兄妹喧嘩をした次の日(今思えばあれは凱の17歳の誕生日の次の日だったから、あの儀式で
『…だからかなあ。唯の小説の男のひとたちが、みんな魅力的に思えたのは。
前に挨拶に来てくれたお兄さんを見た瞬間、『ヒューバートだ!』って密かにテンション上がったもの。
唯はこのひとに大切にされて育ってきたんだって、見た瞬間に納得したのよねえ』
…今思えば、多少の迷惑がかかる事になったとしても、凱がセンパイに惚れてくれた方が良かった。
てゆーか、何で惚れてくれなかったんだと、割と理不尽な怒りすら兄に対して覚える。
ちなみにヒューバートというのは例の『千の夜を君と越えて』の登場人物のひとりで、主人公であるアランの実の兄であり、ヒーローであるバルドーとの未来のない恋に翻弄される弟を、何度も諭しつつも見守って、ストーリー半ばで彼らを守る為に命を落とすキャラクターなのだが、書いた人たるアタシとしては、凱とは『兄』という立場以外何ひとつ共通点はないと思う。
…まあ、そんな事は今はどうでもいい。
なんにせよあの微笑みはこの先、彼女が認めた、愛し愛される男に向けられるものだった筈だ。
その未来を、その手で閉ざしただろう男。
どす黒く渦巻く憎悪を必死に隠して、アタシはその男から、殊更に拗ねた顔をわざと背けた。
…そうしながら、
「…ほんとは19歳です。
もうすぐ誕生日だから、そんなに変わらないでしょ」
「はいはい、そういうことにしといてあげる。
じゃ、ささやかな誕生日の前祝いに、おじさんが一杯奢ってあげるから、なんでも好きなもの飲んでいいよ」
子供を宥めるように…というか、彼からすれば本当に子供を宥めている感覚なのだろうが、そんなことを言いながら、カウンターの奥の
アタシが身に纏って、少しずつ周囲に張り巡らせた
──瑪羅門秘法義・
香りに変換した
今この場で何をしようとも、後になってここにいる全ての者の記憶に、アタシが残ることはない。
そして人間の記憶は割と柔軟というかいい加減なので、アタシの存在だけスカッと記憶から抜けていたとしても、辻褄の合うように脳が変換してしまうものなのだ。
惜しむらくは技の特性上、異性にしか効果がないのだが、アタシが店に入るより2時間も前から、警備員に擬態した弟たちが、この建物の前で密かに入場者制限をしているから、今この店の中には、権藤の身内の男性しかいない。
「そう?なら遠慮なく…BCL入りのカフェオレを」
アタシが彼にしか聞こえない声量でそう告げると、権藤はハッと目を瞠いて、ほぼ反射的にアタシに向き直る。
その合わせた視線を、アタシの
ここから先、アタシの
「権藤雅彦…単刀直入に聞くよ。
アンタ、永森真希と松田祥子を殺したね?」
アタシの質問に驚愕の表情を浮かべた権藤は、それでも何か否定の言葉を言おうとしたらしかった。
が、次には自身の身体が、自身の意のままにならない事実に気付いて、その
顔貌自体が変わった訳ではないのに、その顔は先ほどまでとは全く違い……なんというか、酷く醜悪に見えた。
恐らくは。
権藤は意のままにならぬ自身の口の動きに、それでも抵抗しようとしたのだろう。
その行動こそが、己が裡に隠したものがあるという証拠になると思いもせずに。
もはや何も答えずともその表情で、彼は全てを肯定していた。
「…そっ、そうだ。2人ともオレが殺した。
祥子のやつ、薬欲しさに最初のうちは言うことを聞いて、薬品を病院から持ち出してたのに、あの永森って女にバレて、もうやらないとか言い出しやがったから、オレが始末してやるから安心しろって言って、呼び出させたんだ。
呼び出しに応じて来たあの女に、祥子がコーヒーに混ぜてあの薬を飲ませ、朦朧とさせてからオレと入れ替わった。
顔も身体も最高で、殺しちまうのは惜しかったけど、な」
…そして紡がれた真実は、その表情以上に醜悪だった。
なんでオレの口が勝手にこんな事を!的なことを思ってるのが丸わかりの引き攣った顔で、権藤は犯行の全貌を口にする。
今の状況をどう思っていようが、この場面で口にした以上、それが本心だ。
尚、先程の
だが視覚と聴覚は生きているので、のちに残る記憶は、彼が酔って自身の罪を告白したように改竄されるだろう。
「…っ、正直、合コンで見た時は祥子より興味があったから、事後の写真でも撮った上で脅迫して、祥子と同じように使おうかとも思ったんだが、祥子から聞いてた性格を考えたら、脅されたら間違いなく警察に駆け込むタイプだ。
泣く泣く諦めて服を着せて、あのビルの屋上まで運んで、突き落としたっ……う、ぐうっ」
自分の行動にまだ抵抗しようとする権藤の視線に、新たな
「…いま『祥子と同じように』って言ったね。
ひょっとして松田さんも脅してたの?」
「いいや。勿論、最初はそのつもりで、酒に薬を入れて飲ませて、ホテルに連れ込んで犯してやった。
あの合コンの日、たまたま知り合ったあいつが看護師だと聞いて、使えると思ったからな。
けどアイツは薬のおかげで、合意だと思い込んでた。
しばらくストレスでよく眠れなかったのに、オレの腕の中なら信じられないくらいよく眠れたとか言って、都合よくオレに懐いてきて、結局、撮った写真は使わずじまいさ。
なら惚れさせた上で薬で離れられなくして、利用するのが一番いいと思った。
不眠とストレスに効く薬だと最初にタダで渡してやって、数回目からは原材料が足りないからもう渡せないと、欲しければ材料を持ってこいと言って、薬を病院から持ち出させた……くっ!
なんでオレの口が勝手に…ガキ、おまえの仕業か!?
おまえ一体何なんだよ!」
松田祥子には名乗ったが、こんなクズに教えてやるほどアタシの名は安くはない。
「なんで、松田さんまで殺したの?」
答える代わりに、新たな
「な、永森の死後はしばらく薬の持ち出しも出来そうになかったし、あの女ともそろそろ切れ時と思ってたから、警察の調べがアイツに届く前に始末した。
アイツの事だ、警察に厳しく問い詰められたら、黙ってる事なんてできやしない。
オレの事を警察に喋られたら、身の破滅だからな。
薬だけじゃなく少なくない金も渡して、完全にオレに惚れ切ってたし、身体の相性も悪くはなかったから、せいぜい長く可愛がってやろうと思ってたが…ああ、くそっ!止めろ!!」
こういう、女をはなから見下してる男にとっては、何が起きてるか完全には理解できないものの、小娘の思い通りにさせられている状況は、それだけで屈辱的なのだろう。
この期に及んでも尚、懇願を命令口調でするその態度に、この男は生きてる限り決して変わることはないと確信させるに充分だった。
「…止めて欲しい?そうだよね、いいよ。
聞いといてなんだけどこっちももう、これ以上アンタの醜悪な告白も聞きたくないし。
終わりにしてあげるよ。サヨナラ、『おじさん』」
「………っ!?」
アタシは彼に呼びかけながらその首筋に腕を回し……動けないその唇に自身のそれを重ねる。
──瑪羅門秘法義・
何故か、指先に
☆☆☆
「………ん?」
突っ伏したカウンターから顔を上げた権藤雅彦は、自分が眠っていた事に気がついて首を傾げた。
そんなに、酔い潰れるほど飲んだだろうか。
周りをみれば同行者は既に居らず、マスターも奥に引っ込んで調理でもしているものか、今は姿が見えない。
どうやら疲れているらしい。今日は帰ろう。
この店には月初めにある程度の金額をまとめて先払いしておいてあるから、勝手に帰ってしまっても問題はない。
権藤がそう判断して席を立つと、瞬間、脳裏に不思議な呪文が響き渡った。
──
それと同時に権藤は、自身の身体が自身の意志とは無関係に動くのを、閉じ込められた意識の中で認識した。
フラフラと店の外に足を進めた彼は、次には手を挙げてタクシーを止める。
「○○町、英集ビルまで」
運転手にそう告げて、動き出す車の窓から、流れていく景色を視界に捉えながら、彼は顔に出す事すらできない恐怖に震えた。
告げた目的地で料金を支払い、なんの滞りもなくタクシーを降りた権藤の足は、エレベーターで最上階へと昇った後、そこから非常階段で屋上へと向かう。
──あの女を殺した時と、同じルートで。
それを思い出した時、まさかと権藤は思った。
たどり着いた屋上で、吹き上げるビル風を受けながら、下の道路を見下ろして、まさかが確信に変わる。
一旦腰掛けるように、安全柵を越えた彼の足は、次の瞬間それを蹴って、反対側の足を何もない空間に踏み出した。
支えるものもなく身を躍らせた権藤の身体は、当然重力に従い自由落下して……
最後の瞬間まで、彼は意識を失うこともできず、通りのアスファルトにその身を叩きつけられた。
☆☆☆
「姉さん」
反対側の道路にできた人だかりを視界の端から追い出して、やはり慣れないミュールのヒールに苦戦しながら歩いていたら、後ろから聞き慣れた弟の声がかけられた。
振り返ると声をかけてきた翔だけでなく、龍もその後ろで微笑んでいる。
こうして見るとうちの弟、2人とも結構なイケメンだと思うんだが、モテた話は聞いた事がない。
「お疲れさん…なんだ、そうしてるとオンナみたいじゃねえか」
などと思っていたらいきなり末の弟が、憎まれ口を叩いてくるのに、こいつがモテない理由はここだと確信しながら言葉を返す。
「もともと女だっての。
わかってるよ、似合わないってことくらい。
言われなくても、帰ったら元に戻すし」
「…似合わねえなんてひとことも言ってねえだろ」
彼の軽口に返した言葉だったのに、龍は何故か心外だというような表情を浮かべる。
その隣で翔がクスクス笑いながら言葉を継いだ。
「龍の今の言葉を人間の言葉に訳すると『ちゃんと化粧やオシャレしてりゃこんなに可愛いのに』になるんだよ、姉さん」
「……は?」
もとの言葉からはかなり離れた翻訳に、一瞬変な声が出た。
一拍置いて龍の方に目をやると、一瞬合った視線を逸らしながら、指先で頬をかく。
……その頬が少し赤らんでいる気がするのは、街灯の光の加減だろうか。
「人間の言葉って何だよそれ…確かに言いたいのはそんなような事だったけどさ」
「え……龍、アンタ熱でも」
思わず額に手を伸ばす。と、
「ねえよ!」
伸ばした手はあっさり掴まれて、何故かそのままアタシは、龍の腕に抱き込まれた。
……ぐぬぬ、動けぬ。
「大体このワンピース、俺と翔が誕生日に、金出しあって買ってプレゼントしたやつだろ。
凱はそん時、金無くて出せなかったけど、一応は3人で一緒に選んだんだぜ」
「え…そうだったっけ」
耳元に囁かれるその言葉に、アタシは思わず自身の身体を見下ろした。
その頭の上に、翔のがっかりしたような声がかかる。
「やっぱり気付いてなかったんだ…」
メイクの時の不満げな表情はこのせいだったかとようやく理解して、アタシは2人に頭を下げた。
「……ゴメン、初披露がこんな場面で」
せっかくのプレゼントを箪笥のこやしにしていた上に、ようやくの御披露目が裁きの場だなんて。
怒られても仕方ないなと思いつつ顔を上げると、弟たちは『仕方ないな』という顔で、笑って肩をすくめていた。
「いいよ。僕のメイクとも合わせられて、一番可愛い状態で見られたから。ね、龍?」
「そうだな。いつ着てくれんのかと思っててやっと見れたし。
姉ちゃんに絶対似合うと思ったから、野郎3人婦人モノの店で、恥ずかしい思いしてまで買ったんだから、すぐ着替えるとか言わずにもう少し鑑賞させろよなー。
…うん、メッチャ可愛いぜ、姉ちゃん」
少し揶揄うような含みを帯びたその口調に、アタシは自分を抱きこむ龍の、その手の甲を思い切り抓った。
・・・
「寄り道して、3人でラーメン食べて帰ろっか。
今更だけどワンピースのお礼に、姉ちゃんが奢るからさ!」
照れを通り越して気まずくなり、空気を変えようと提案すると、翔が何かかわいそうなものを見るような目をした。
「せっかくオシャレして、食べにいくのはラーメンなんだ…」
「なんか文句あんの?」
正直、慣れないオシャレについてはもう触れてほしくないのに、そんな事を残念そうに言う翔を睨む。
「俺は賛成。
塩バターコーンチャーシュー麺、大盛り。
それに餃子、チャーハン付きで」
「そんなに食べんの!?」
逆に嬉しそうな顔で食べたいモノを告げてくる龍にツッコミを入れると、翔が挙手しながら発言してきた。
「あ、チャーハンはいいけど、僕も餃子は欲しい。
あと、凱兄さんは?呼ばなくていいの?」
「アイツはこの場に居ないのが悪い。ほら、行くよ!」
若干の不満をこめてそう答え、アタシは弟たちに背を向け、近くに見える店を指差して先導した。
・
・
・
「…惚れた女が他の男とキスしてる場面なんて、男としては見たくないの当然だと思うけどな…」
「凱兄さん、救われないよね…」
アタシの背中を見つめながら、弟たちがそんな事を言っていたのを、アタシは知らなかった。
『瑪羅門の家族』は、実は結構うろ覚えでした。
極!!で登場した時に、『あれ?ここって四兄弟じゃなかったっけ?』という、うろ覚え特有の記憶違いに気づいたのがこのネタの原点だったと思います(爆
唯を2番目に配置したのは、兄弟の年齢で唯一そこが空いてたからという。
そうでなければ一番上か一番下にしてました。
しかも実は父親が魔修羅の末端の男で、魔修羅と瑪羅門両方の血を受け継いでいる、的な裏設定もあったんだけど、どうせそこまで書かんのでどうでもいいことにします(激爆