3時の怪   作:灯火011

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15時30分から3時30分へ

その年、トウカイテイオーはシンボリルドルフに次ぐ無敗三冠を成し遂げた。彼女は皇帝に並んだ帝王。そう呼ばれている。

 

「へっへーん。楽勝、楽勝!…とはいかなかったけどね」

 

 私の取材に、いつもははつらつとした彼女の顔に影が落ちた。

 

「実は三冠は取れないかもって思ってたんだ。ボク、足がもろいから」

 

 それは皐月賞の前。突然に報じられたトウカイテイオーの足の問題。皐月賞に出ないのかトウカイテイオーと銘打った特集が組まれたほどだ。

 

「結果的に取れたんだけどさ、カイチョーみたいに強い競バじゃなかった」

 

 皐月賞はクビ差の勝利、ダービーは2着とハナ差。そして先の菊花賞ではほぼ同着の写真判定。わずか5センチの苦勝と言われている。

 

「常にぎりぎり。足の様子を見ながら、スタミナとパワーを折り合わせて、コース取りも足に無理をかけないようにって。本当に綱渡りみたいだったよ」

 

 そして、その代償は菊花賞後のケガの判明という形で訪れている。現に今、彼女の左足にはギプスがはめられている。

 

「骨折じゃあないんだけどね。関節と筋をいためちゃって。全治2か月だよー」

 

 有馬記念には間に合わないであろうケガ。無敗三冠のトウカイテイオーが出ないというのは、非常に残念な話だ。

 

「有馬記念、人気一位におしてもらってたけど、諦める。まー、復帰は大阪杯か天皇賞春かなぁ」

 

「メジロマックイーンとの戦いになりそうですね」

 

 と私が問うと。

 

「うん。マックイーンとは天皇賞春で決着をつけようって約束してるからね。それまでには完治させて、万全の状態で出るよ」

 

「それはいいことを伺いました。楽しみです」

 

「へへへ。無敗三冠トウカイテイオー様だもん。絶対にターフに戻ってみせるよ!」

 

 そう笑う彼女は、いつもの天真爛漫な彼女に戻っていた。

 

「そういえば、サイレンススズカさんの記事にて、【四つ足の何か】というのが話題になっておりますが、トウカイテイオーさんもその【四つ足の何か】に出会ったそうですね?」

 

「あぁー!そうだよ!スズカったら勝手に話しちゃうんだもん!モー!」

 

 トウカイテイオーはそういうと手をじたばたとさせていた。

 

「まったくもーまったくもぅ!秘密だったのにー!」

 

「秘密、だったのですか?」

 

「そうなんだよー。だって話しても信じてもらえないだろうしー。恥ずかしいしー。それにね、なんか、話しちゃいけないなーって思ってたんだ」

 

「話しちゃいけない?」

 

「うん。あ、でも、三冠とるまではそうボクは思ってたって話!今は別にいいかなーって思ってるよ」

 

「それでは、少し伺っても?」

 

「いいよー。ええっとね、最初に【四つ足の何か】に出会ったのは、忘れもしない。カイチョーがダービーを獲った翌日の事だったんだ」

 

 

 ボクはその時、小学生だったんだ。うん、知ってると思うけれど、カイチョーの会見場に突撃して『無敗の三冠バになります!』って宣言したんだ。

 その夜。憧れのカイチョーに会った、三冠を宣言しちゃった!って興奮で寝れなくて、朝の3時ぐらいに家を飛び出て河川敷を走ってたんだ。あの夜は夏の夜空がすごくきれいだったよ。

 そしたらさ、後ろからすごい音がしたんだ。こう、地響きみたいな。ドドドドド!ってさ。

 

 びっくりして後ろを振り返ったら、その【四つ足の何か】がものすごい勢いでボクに迫ってきたの。思わず悲鳴あげちゃったよね。ぴえええって!

 

 そこからは全力疾走したんだ。でも、あっという間に足音が隣に並んだと思ったら、そのまま追い抜かれてさ。ぬかされる瞬間に感じたあの荒い息遣いと、筋肉の動きと、大地を踏みしめる音は忘れられないよ。

 

 でさ、その【四つ足の何か】がボクを抜いた後、視線の先で止まってこっちをじぃーっと見てきたんだ。姿かたちは牛に近いけれど、耳と尻尾はウマ娘みたいな感じで、でも全体のイメージはキリンみたいな細身って感じ。ただ、スズカと違ったのは体が鹿毛で、額に三日月みたいな感じで白くなっているところがあった感じ。

 

 正直怖くてボクは動けなかったんだ。だって見上げるほど大きかったしさー。食べられちゃうかもって思ったし。しかも暫く経ったらこっちに歩いてくるからもうさ、ひええええって感じ。

 

 でも、なにもされなかった。というか、ボクの横を歩いて通り過ぎるときに、軽く鼻?っぽいところで頭をなでられたっていうのかな?えっっと思って振り返ったら、もうそこには【四つ足の何か】はいなかったんだ。

 

 これが最初の思い出。で、そこからしばらく経って、トレセンに入ってからもう一度見てるんだ。

 

 あ、違う。見たっていうか…触れて、走ったって言ったほうが正しいかな。

 

 スズカと同じ感じだよ。あの日はさ、皐月賞を見越した若駒ステークスを走った夜の事だったんだ。思いのほか簡単に勝てちゃって、無敗三冠はボクノモノダー!なんて調子にのっててさ。興奮しちゃってたわけ。曇天でちょっと暗かったのを覚えてる。

 

 だからか寝れなくて寝れなくて。あの時もそう、3時ぐらいだったかな。トレセンのコースに行こうって思い立ったんだ。走れば気持ちも落ち着くかなって。

 

 そう思ってジャージに着替えて、さっそく走りに行ったんだ。

 

 それで2~3周気持ちよく走ってたんだけど、ちょうど校舎の向こう正面に差し掛かった時にさ、聞こえてきたんだ。聞きなれた、でも絶対に聞こえないあの音が。

 

 ガシャンと、発バ機のゲートが閉まる音がさ。

 

 えっ?っと思うよね。思わずぴえっ!?って言っちゃったんだ。音の方をむいたらさ、さっきまでなかった発バ機が出てて、しかもちょっと見たことがない形の発バ機だったんだ。

 

 ほら、今って8枠18番までじゃない?でも、その発バ機、8枠20番まであったんだ。

 

 しかも、その見たことがない8枠20番が閉まってて、誰かがいるわけ。だからボクとしては文句を言いにいこうと思ったんだ。無敗のテイオー様をびっくりさせるなんて、キミ何様だよ!って。

 

 でも、コースを逆に回って正面から近づいて行くと何かオカシイって気づいたんだ。まず、ウマ娘にしてはなんか大きい。しかも、なんかが、人っぽいのが上に乗ってる。しかも、息遣いがすごく荒いし、そもそも4つ足じゃん?って。

 

 ウマ娘でも人でもないじゃん!?ってびっくりして足を止めたらさ、曇天の雲が切れて月明かりが出てきてさ、【四つ足の何か】が、人を乗せて、たたずんでいるのがよく見えちゃったんだ。思い出したよね、小学生の頃にぬかされてびっくりさせられた【四つ足の何か】のこと。

 

 ただ、あの時の【四つ足の何か】とはちょっと違うところがあったんだ。あの時の【四つ足の何か】は鹿毛に白い三日月が額にあったんだ。ただ、今目の前にたたずんでいる【四つ足の何か】は、顔に白い三日月っぽいのがあるのは同じなんだけど、足のうち、後ろ脚2本と前の右足が白くクツシタみたくなってたんだ。

 

 だから、たぶん別の【四つ足の何か】だったんだと思う。

 

 で、少しの間固まっちゃってたんだけれど、その、【四つ足の何か】が鳴いたんだ。形容しがたいんだけど、そうだなー、ヒヒーンって。

 

―早く来い―

 

 そういわんばかりにさ

 

―早く、並べ―

 

 足元を抉ってさ

 

―来ないのか?―

 

 上に乗っている人も挑発的に笑っちゃって。

 

 ボク、イラっとしてさ。そもそもボクって小学生の時に【四つ足の何か】に負けてるんだよねって思ってさ。だったらやっぱりリベンジしたいじゃん? そうなんでかその時は思っちゃって、その、びっくりしてないけど、びびってないけど、ちょっと遠くの3枠4番に入ったんだ。

 

―ふっ―

 

 って【四つ足の何か】の上に乗っている人に笑われた気もするけれど、びびってない。びびってないったらびびってない。そういう思いを込めて8枠20番の何かをにらんだ時に、頭に幻聴が響いたんだ。

 

『20番枠』

 

 へっ!?って思って周りを見渡したけれど、誰もいないし、何もない。

 

『皐月に続いて無敗でダービーを獲るか■■■■■■■■、■■■■。対する4枠3番■■■■■■■。落ち着いています。ゲートに収まりました』

 

 戸惑っていたボクに実況のような幻聴がそう続けていた。合わせるように、ゲートが閉じる。そして束の間、ゲートが開いた。

 

 ボクのスタイルは先行型。だから、あの【四つ足の何か】について行こうとスタートを決めてちらりと横を見たんだけど、もう横にはいなかった。その代わりに、あの重厚なドドドドドって音がボクの背中から聞こえてきたんだ。つまり、ハナに立たされたんだ。

 

 まるであの時の、河原の再現だなって思ったんだ。けれど、ボクだってあの時から成長してる。ハナで最初から勝負をしたことはなかったけど、負ける気は全然なかった。

 

 ただ、不思議とさ、あれだけびびってたり驚いたりしていた心は穏やかになってた。むしろ、この【四つ足の何か】にターフの上で勝ちたいって思ってたんだ。

 

 レースはそのままの調子で第三コーナーを抜けて、第四コーナーに差しかったんだけど、そこで【四つ足の何か】が仕掛けてきたんだ。背中に聞こえる音が大きくなったから、ボクも負けじとストライドを広げてビューンって加速したんだ。

 

『■■■■■■■■突き抜ける!■■■■■■■■来た!■■■■■■■■来た!』

 

 でも、【四つ足の何か】はそれ以上のスピードで、横を駆け抜けていったんだ。

 

 すごかったよ。前足を顔の近くまで振り上げてさ、後ろ脚をおなかにつくぐらいに振り上げてさ!その反動で地面をドン!ドン!って蹴るんだ。蹴るたびにターフがめくれてグングン!って加速していくんだよ!

 

 ああ、追いつけない。そう思った。

 

『■■■■■■■■抜けた!■■■■■■■■抜けた!■■■■■■■■抜けた!』

 

 でも、全力で走る。あの背中を捉えてやる! そう思って全力で駆けたんだ。でも。

 

『■■■■■■■も追いすがるが…もう打つ手はない!もう打つ手はない!』

 

 その実況の幻聴とともに、【四つ足の何か】はボクの前でターフを駆け抜けていったんだ。気づけば発バ機のあった場所には、見慣れたゴールポストが設置されていたんだけど…笑っちゃうよね『第58回ダービー』だってさ。

 

 上に乗っている人間が2本の指を上げた。ただボクは、あれはVサインじゃないって直感的にわかったんだ。2冠目の意味だなって。

 

 それでね?リベンジならずかぁ、って見当違いなことを思ってたらさ、その【四つ足の何か】がこっちに歩いてくるんだ。ただ、その歩き方がちょっとおかしくなってて、上に乗ってる人間が少し心配そうにしていたんだよね。

 

 で、ボクの隣を通り過ぎるときに、河川敷で会った【四つ足の何か】と同じように、鼻で頭をなでられたんだ。そして、上に乗っている人からは、人差し指で顔を差されたと思ったら、手の甲を向けられて、三本指を立てられた。正直もう、なんていうか。ボクね、あっけにとられたままでさ、その【四つ足の何か】が通り過ぎた後に振り返ったら、もう【四つ足の何か】はいなくなっているし、発バ機も、ゴールのポストも、あの【四つ足の何か】が巻き上げたターフの芝も、全部幻のように消えちゃっていたんだ。

 

 

「そこからだね。ボクがフォームの改良を始めたのは。あの【四つ足の何か】と同じで、ボクってもともと柔らかい関節を生かして大きくスライドをとって加速していたんだけど、あれって推進力もものすごい代わりに足への衝撃もすごいんだ。トレーナーからは皐月に間に合わないといわれたけれど、それでも良い。今のままじゃたぶん足が持たないって相談したんだ。それがあの記事につながってるってワケ」

 

「なるほど、そんな裏話があったのですね…しかし、何者なのでしょう。四つ足の何か、とは」

 

「さーねぇー?案外三女神様の使いだったりして?しっかしキミもみんなも物好きだよねー。こんな話聞きたがるなんてさぁ」

 

「いえいえ、やはり活躍しているウマ娘が共通で見たという【四つ足の何か】というのは気になりますからね」

 

「そっかー。気持ちわかるかも。ボクもカイチョーから見たことあるって言われたときなんかうれしかったもんねー」

 

「…テイオーさん?今なんと」

 

「ん?カイチョーも見たって…あっ!?」

 

「その話を詳しく」

 

「…ごっめーん!この後用事ができたからボク帰るね!キミも早く帰って今日の話は忘れてねー!」

 

「あ、ちょっと!」

 

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