3時の怪   作:灯火011

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15時20分から3時20分へ

 日本最強のウマ娘といえば、その論争に必ず名前が挙がるシンボリルドルフ。皇帝との異名があり、史上初の()()()である彼女。

 

 トウカイテイオーの憧れである彼女も、また、あの【四つ足の何か】と出会った一人であるという。

 

「お時間をとらせて申し訳ありません。トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフ殿」

 

 記者がそう言いながら頭を下げた。その目の前にいるのは、かの皇帝、シンボリルドルフだ。

 

「大丈夫です。時間については気にしないでいただきたい。これも生徒会長の役目の一つですから」

 

 記者に頭を上げるように催促をしつつ、笑顔で受け答える。無敗三冠、そしてその後の有馬記念、天皇賞春秋、ジャパンカップ、そして二度目の有馬記念と多数の大舞台をこなしてきた彼女。流石に手馴れている。そしてさりげなくソファーに座るように記者に促した。

 

「そう言っていただけると幸いです」

 

 ソファーに着席し、さっそくメモを取り出す記者。ルドルフも対面のソファーに座り、副会長のエアグルーヴに紅茶を持ってくるように伝えていた。

 

「では早速、件の【四つ足の何か】をご存じでしょうか?」

「ああ、知っている。話は聞いているよ。テイオーが口を滑らせたのだろう?全く。油断大敵と常日頃から教えているというのに」

 

 ルドルフが顔をしかめた。トウカイテイオーは普段から何かやらかしているのだろうか?怪訝な顔をした記者の顔を見たルドルフは、記者の思いを正確に読み取っていた。

 

「いや、こちらの話だ。三冠ウマ娘になったのだから落ち着きを持ってほしいと思っていてね。気にしないでほしい」

「承知しました。確かに彼女は天真爛漫さが長所ではありますが」

 

 記者が言葉を言い切る前に、ルドルフが言葉を重ねた。

 

「いささか落ち着きがなく、短気で感情的なきらいがある。今回のケガで何か変わってくれるといいのだが…」

「彼女の成長に期待いたしましょう」

「ああ、そうだな。しかしこればかりは私が心配しても仕方がない、本人が気づかねばならないことだ。と、話が逸れたが、ああ、四つ脚の何か、の話だったか?」

 

 ルドルフがそう言ったときに、エアグルーヴが紅茶を運んできた。ルドルフと記者は芳醇な香り漂うそれに思わず笑みを浮かべる。エアグルーヴはそれを確認すると、そそくさと部屋を後にしていた。

 

「ええ。スズカに続きテイオー、そして日本を代表するウマ娘であるあなた。全員が【見た】というその正体に迫りたいなと思いまして、お話を聞きに参ったのです」

 

 まくし立てるような記者に、ルドルフは紅茶を一口含み、ゆっくりと口を開いた。

 

「あなたがたにとってはそんなに面白い話じゃないと思う。それでも良いだろうか?」

「ええ」

「そうか。それなら、僭越ながら語らせて頂くよ。あれは、私がトゥインクルシリーズ時代に、無敗のクラシック三冠を獲ってからしばらくした夜の事だった。秋の虫の声がよぉく響いていたことを覚えているよ」

 

 三冠後実は私は迷っていたんだ。クラシック最終戦、菊花賞のあと、どう進んでいくか。と。

 

 順当にいけばジャパンカップに出場し、有馬記念に持っていく。そう考えていたんだが、どうやら私の体はそこまで頑丈じゃなくてね。あれはそう、10月の末日だったかな?体調を崩してしまっていたんだ。原因は菊花賞の疲れとも、取材の疲れともいえる。つまり疲労が抜けきっていなかった。それに加えて、トレーナー君と少々喧嘩をしてしまってね。

 

 トレーナー君は、私の体調を見てジャパンカップを取り下げようとした。だが、私は戦績を伸ばしたくてジャパンカップを強行する、と意見が対立してしまっていたんだ。

 

 そう、疲れが溜まって、しかもトレーナー君との関係がうまくいっていなかった夜の事だよ。どうしても生徒会の仕事で終わらせなければならない書類があってね。夜遅く…いや、徹夜をしていたんだ。

 

 そして時間にして午前3時前ぐらいだろうか。生徒会室の窓を少し開けていたからか、鈴虫の鳴き声が聞こえ、心地よい秋の夜風を浴びながら作業をしていた時だ。

 

 ガシャン!

 

 と、発バ機の音が窓から飛び込んできたのさ。

 

 この時間に発バ機?理事長が何かやっているのだろうか?そう思ったが、偶然、その日は理事長は地方への出張で不在だった。たづなさんも同様だ。

 

 だから、これは誰かが悪戯でもしているのか?不法侵入か何かか?そう思って私は生徒会室からその音のした方、つまりグラウンドに駆けていったわけだ。不審者を逃がすわけにはいかないからね。

 

 だが、グラウンドに到着した私を待っていたのは、秋の月下の下にただ、そう。ただ佇む発バ機だけだった。

 

 そう、スズカやテイオーはここで【四つ足の何か】と出会っていたんだ。だが、私はそうじゃなかった。発バ機しかなかったんだ。しかもトレセン学園の発バ機では無かったんだ。青いカラーリングの発バ機。見たことのない形だったことを良く、覚えているよ。

 

 よく見れば上の枠番も18番ではなく、14番まで。私は首を傾げた。何せ夜にこんなものをどうやってグラウンドに運び込んだのか、と。

 

 周りを見渡しても人っ子一人いない。運んできたはずの車両すら、ない。

 

 そうして暫くその発バ機を観察して、これは一度警察にでも相談するかと思って踵を返した時だ。

 

 ガタン、と、12枠が開いたんだ。12枠だけが。

 

 え?と思った、そして、わが目を疑った。

 

 

 

 何せ、ほかの13の枠に、その噂の【四つ足の何か】が収まっていたのだから。

 

 

 

 思わずあの時は悲鳴を上げた。正直恐怖を感じたよ。

 

 だが、それと同時に感じたのは、早くしろ、という意思だった。

 

―お前が入らなくては―

 

―早く来い―

 

―見せてやる―

 

 そんな意思が、私の足を動かしていた。正直不思議な体験だよ。恐怖を感じながらも、闘争心を煽られる、なんてな。

 

 そして私が促されるように12枠に収まった次の瞬間だ。体が急に浮遊感を覚えた。そして気づくと。

 

 

 【()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 頭は大混乱さ。だが、無情にもゲートは開いた。今思い出してもすごいぞ、あれは。

 

『2400■■■■■■■、今スタートしました。スタンド前のポジション争いです』

 

 そんな実況も聞こえ始めて、あっけにとられていた私の頭を正気に戻す、あの熱。

 

 ガシャン、と開いたゲートから一気に加速する【四つ足の何か】。

 

 気づけば他の【四つ足の何か】の上に人が乗っていて、いや、私と同じように跨っていて、その【四つ足の何か】の口のあたりから伸びている紐を操っていたんだ。

 

 そうだな、あれは…牛などの4足歩行で、かつ人が乗るような動物につける頭絡に近かった。しかし、頭絡の一部が口の中に入っていてね。よくよく見ると、金属の棒が口の中に入っていたのさ。

 

 正直あれの正体はわからない。でも、その金属の棒を噛んで、その【四つ足の何か】は上の人と一体になって走っている。そう感じたよ。

 

 気づけば私も、跨っている【四つ足の何か】の頭絡から伸びる紐を握っていた。

 

 そしてその音も凄まじくてね。ドドドドド、と陳腐な言葉でしか表せないが、跨っていると腹の底から本当にそんな音がするんだ、しかも周りの【四つ足の何か】からも。あの【何か】が走ると、我々ウマ娘の比じゃあない迫力を感じたよ。

 

 そして第一、第二コーナーを抜けて向こう正面に入った時、先頭の【四つ足の何か】がいっきに後続を引き離したんだ。

 

『■■■■■■■、向こう正面入りまして2番手との距離は10馬身!』

 

 これは、追いつかなくていいのか?そう思って頭絡を動かしたんだが、私の跨る【四つ足の何か】は全く反応しなかった。

 

 そのまま、第三コーナー、第四コーナーへと抜けたとき、跨っている【四つ足の何か】が頭絡をぐぐっと引っ張ってきた。そう、【行くぞ】と言わんばかりに。

 

 

 正直頭はまだ混乱していた。そもそもなぜ私はここにいるのか、何をしているのか。

 

 

 だが、不思議となぜか負けたくないとも思ったんだ。他の、【四つ足の何か】に、私の跨っている【四つ足の何か】が負ける姿は見たくない、と。

 

 そしてこの【四つ足の何か】も、勝ちたいと思っていると感じたんだ。だから私も必死になって頭絡から伸びる紐を動かした。

 

 後方から一気に前に上がって、【四つ足の何か】が必死に前を捕らえようと足を動かす。本当に、あと少し、あと少しというところで。

 

『■■■■■■■■外から来る!外から来る!■■■■■■■粘っている粘っている!■■■■■■内から来る!』

 

 3着で、ゴールを駆け抜けたんだ。

 

『■■■■■■■逃げ切った!堂々の逃げ切りです!』

 

 ああ、残念だ。そう自然と思っていた。それと同時に、そういえばゴールなんてスタートの時はなかったことに気づいた私は、ゴール板を振り向いたんだ。

 

 このレースのゴールの名前を見たとき、すべてが繋がったよ。『第4回ジャパンカップ』。今度私が出るトゥインクルシリーズのレースの名前だったのだから。

 

 そして、【四つ足の何か】を見やれば、悔しがっていたんだ。間違いなく。目から涙を流し、前足で地面をこれでもかとえぐっていた。ああ、この四つ脚の何かは、負けて悔しいんだと自然に思えたんだ。

 

 彼はそうやって不満を表した後に、首をこちらに向けて、私を見たんだ。

 

 お前はこうなるなよ、とでも言いたげな真直ぐな目で。

 

 そして次の瞬間、気づくと私はターフに立っていた。かの【四つ足の何か】も、実況も何も、そして今、【四つ足の何か】が悔しさのあまりに抉ったはずの地面も、何も最初からなかったように、だ。

 

 

「私の跨っていた【四つ足の何か】の敗因は、おそらく体調不良ではないか、と感じたんだ。息が上がりすぎていたし、体も熱かったし、最後の追い込みの際、速度が伸びなかった。そこからだ、焦らず、トレーナーの話を聞き入れて、体調管理に目を向け始めたのは。調子が少しでも悪ければレース自体を辞退する。そうやってここまでやってきた。辞退する度に根性無しだのビビりだの言われていることは知っていた。だが、だが」

 

 ルドルフはそういいつつ顔を下げた。

 

「あの何かの必死な走りを、負けたあの走りを見てしまっては。何より、その負けが己の管理不足によるものなんて、私が納得できないんだ。だからこそ、何かを誰かに言われても、私は己の道を通せたんだ。あの何かには感謝しかない」

 

「なるほど、お話、ありがとうございます。…しかしこう話を聞いていますと、何か大切なレースの前に現れるようですね、その、【四つ足の何か】は」

「ええ。スズカの時も、テイオーの時もそう思います。おそらく、その【何か】との出会いがなければ、彼らは何かしらのケガを負っていたと思いますので」

「ケガ、ですか」

「ええ、スズカは元々速かった。ゆえに成長してさらに速度が上がった時の足への負担が心配でした。テイオーも、小柄ですがその歩幅が広く、速度もあった。故に、今のような抑えるスタイルを覚えたことは、そして今でも全盛期といえる彼女らと競い合える事は、私にとっても僥倖ですよ」

「納得しました。…そうそう、【四つ足の何か】についてなのですが、いちいち、【四つ足の何か】というのも長い名称なので、シンボリルドルフ殿に何かあだ名というか、頂けますとありがたいな、と」

「確かに。名前、か。そうだな」

 

 シンボリルドルフはそういいながらカップに残った最後の紅茶を喉へと流し込んだ。

 

「…Unidentified Mysterious Animal、という言葉があるだろう。日本語で言うところの未確認生物という言葉だ。それらの頭文字をとって、UMA。ウマ、とでも名付けてはどうだろう?我々と同じような耳と尻尾を持ち、その速度も同等、違うのは二本足か四本足かの違いだけだ。…そうだな、ウマの漢字をもじって、下の点を四つにした「馬」という当て字でもいいのではないかと思う」

 

「UMA、ウマ、馬…確かに、しっくりきますね。ああ、それと最後にもう一つ。シンボリルドルフ殿のほかに、その【ウマ】と出会ったウマ娘なんてご存じないですか?」

 

「私のほかにその「馬」を見たウマ娘?」

 

 ルドルフは顎に手を当てて考え込んでしまった。

 

「やはり、おられませんか」

 

 記者がそう問うと、ルドルフは苦笑を浮かべつつ、口を開いた。

 

「…いや、いるにはいるのだが、少々気性難でな。だがまぁ、名前は恐らく君も知っているウマ娘だ。必要なら段取りを組もう」

 

「ほう!おられるのですか!ぜひぜひ段取りをお願いしたく思います。で、そのウマ娘の名前は?」

 

 興奮する記者に、ルドルフは冷静に、一言。

 

「ゴールドシップだ」

 


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