ゴールドシップ。【不沈艦】の異名を持ち、シンボリルドルフに次ぐ
「初めまして。記者様。わたくし、ゴールドシップと申します」
記者が呼び出されたのはトレセン学園のカフェテリア。本日は貸し切りでゴールドシップの取材を執り行うとのことだ。そして、時間通りに記者がカフェに足を運んでみれば、そこにいたのは、真赤の勝負服に身を包んだ、ゴールドシップそのウマ娘であった。ゴールドシップは破天荒と聞いていた記者であったが、丁寧なあいさつに一瞬たじろぐも、普段の調子であいさつを返していた。
「これはご丁寧に。本日はお時間をいただきましてありがとうございます」
そういう記者に、ゴールドシップは「らしくない」美しい、おしとやかな笑みを返していた。
「いえいえ、ルドルフ会長たっての願い。わたくし、不肖ゴールドシップ、しっかりと受け答えをさせていただきます。さ、そちらにお座りになってください」
すすめられた記者は、バッグを地面に置き、そこからノートと録音機を取り出してテーブルへと置いた。それを見たゴールドシップも、対面の、音の通りやすい椅子に腰かける。
「ありがとうございます。では早速、いくつか質問をさせていただきたいのですが」
「四つ足の何か、についですね。物好きなお方もいたものだ」
ゴールドシップはそう食い気味に答える。
「記者様は、お飲み物はコーヒーで構いませんか?」
「ええ。砂糖をつけていただけると助かります」
待機していたカフェの店員に、コーヒーを2つと注文を行っていた。そして、コーヒーが出てくるまでにも記者とゴールドシップの取材は続いていた。
「ルドルフ様曰く、ゴールドシップ様ならお会いしたことがあるとのことでしたので、あの【ウマ】に」
「ウマ?」
「あ、申し訳ありません。ルドルフ様に【四つ足の何か】の愛称とつけていただいたのです。耳と尻尾がウマ娘に似ていて、走る速度もそれ、未確認生物、UMA。だから【ウマ】と」
「なるほど…それであれば、私も【ウマ】と呼びましょう。実は、【ウマ】は私は3回ほど会って…いや、2回は会って、1回は眺めたというのが正しいですね」
「ほう、3回とはこれまた多いですね。2回は会って、1回は眺めた?というのは」
記者がそう問いかけたところで、コーヒーが運ばれてきた。ゴールドシップはそのままブラックで、記者は砂糖を入れて一口含む。さすがトレセン。コーヒー一つとっても、上質な香りである。
「やはりコーヒーは良いですね。それで、ですが。最初の出会いは、トレーナーを捕獲して最初の宝探しに出たときでした」
■
私がその【ウマ】と出会ったのは、そう。トレーナーを海に連れて行って財宝探しをしていた時でした。あの頃はまだトレーナーも私についてくるだけで精一杯で、私を差し置いて爆睡しておりましたので、額に【バ肉】と書いて転がしておいたんです。何もやることがなくて、トレーナーも起きない。仕方がなかったので浜辺から海を眺めていたのです。
海の波の音が気持ちよく、海風も心地よい、時間にすると…北極星の位置からして3時前後だったと思いますが、そのとき不意に隣に気配を感じたのです。
白い体に、四つの足、しかもデカい。首を横に向けただけではその全体を見ることはかないません。
仕方なく見上げてみれば、【四つ足の何か】、つまりは皆さま方が見たものと一緒、【ウマ】でした。
私ゴールドシップ、ちょっとやそっとのことでは驚きませんが、その時はさすがに悲鳴を上げてしまいました。我が事ながら録画していなかったことを後悔しています。
その悲鳴に驚いたのか、その【ウマ】も前足を高く上げて立った格好でヒヒンと叫んでいました。続けて何かぐるんぐるん回って、後ろ脚を蹴りだしていました。そしてはたと立ち止まると、こちらを見て変顔をしてきたのです。唇をゆがませて、首を伸ばして。
その一瞬で理解しました。
あ、この【ウマ】私と似てる。と。
まけじと変顔を返して暫く変顔対決をしていたのですが、似た者同士飽きるタイミングも同時でした。そのあとは、浜辺に座って、私が問いかけて【ウマ】が鳴き返す時間が続きました。
「どこから来たんですか」
「ヒン」
「オス?」
「ヒヒン」
「私とあなた似てますね」
「ヒヒン」
「変顔はあなたの勝ちです」
「ヒヒン!」
何を言っているかはわかりませんでした。ですが、不思議と嫌な時間ではありませんでした。そして気づけば朝陽がのぞき、白いその【ウマ】は消えていたのです。
変顔勝負、次は勝つ。そう心に決めました。
…2度目の遭遇は、メイクデビュー戦の後。年末の事でした。ちょうどトレーナーに鯛を叩きつけた後のクリスマスの夜だったと覚えています。
あの日私は上機嫌でした。トレーナーの驚く顔を見れましたので。鯛を叩きつけたあと、ぽかんとした顔で「ありがとう?」と言われた時は腹から笑いました。
その興奮のせいでしょうか、その夜は目が冴えてしまって。
雨が降りしきる不良バ場の中、2時ぐらいからトレセン学園のグラウンドを走っていたのです。最初は調子よく走っていたのですが、飽きてきたので詰将棋とランを交互に挟みつつ楽しんでいた、そう、3時ぐらいだったでしょうか。
ドドドドドというすさまじい音が背後からしてきたのです。
お?私ゴールドシップに挑戦者現る?ですが、簡単にはぬかせない。そう思って真面目に足に力を入れたわけですが、それを嘲笑うかのように足音は背中に近づき、真横へ。そしてコーナーに入った時に、なんと1バ身も開けていない内ラチを、【白い四つ足の何か】、つまり【ウマ】が駆け抜けていったのです。
信じられます?内ラチは私が1時間走っていたのと雨で相まってでぐっちゃぐちゃだったんですよ?そこを泥をはね上げながら突き進むって、あの巨大な【ウマ】の足腰の丈夫さはものすごいと感じましたよ。ぬかされた瞬間、嘘だろって信じられませんでした。
しかもあろうことか、抜くときに私に顔を向けて、さらに口を開けて舌をべろべろとさせていました。
そのときに思いました「こいつ私をバ鹿にしている」と。
流石の私、ゴールドシップもその時はガチで切れました。
「待てやコラァアアアアアアアアアアアアアア!」
そう叫びながら、本気の本気、全力の全力でその【ウマ】を追いかけました。が、やはり速い。速いんですが、もう必死に追いついていった結果、なんとかホームストレッチの真ん中でその白い【ウマ】に並び、抜いたのです。
「はっはー!抜いたぞコラァ!舐めてかかってんじゃねーぞー!見たかゴルシ様の豪脚をって………あれ?」
どうだ、とその意味を込めてピースサインをして、後方にいるはずの【ウマ】へと振り向いたのですが、そこには【ウマ】も、そして濡れた馬場もなく。
まったく雨に濡れていない馬場と晴れ渡る冬の夜空があるだけでした。
…そして3回目。これが少し変わっていました。
あれは4月の事です。皐月賞を私が獲って、ウイニングライブをした夜遅くの事でした。
ここだけの話ですが、お恥ずかしながら、このゴールドシップ、最初で最後であろう大喧嘩をトレーナーとしていたのです。
実はトレーナー。ダービーを獲るのが夢だったらしく、お前ならいける、と、言ってくれていたのです。ですが、私は「モチベーションが上がらないからむうーりー」と。今考えれば殴り倒したい理由で拒否をしていたのです。ウイニングライブの後、そのせいで喧嘩別れした私は、一人静かに、ウイニングライブの余韻が残る中山競バ場の観覧席に座っていました。
はは、このゴールドシップでもへこむときはあるのです。
トレーナーは本当にいい人です。このゴールドシップの無茶振りについてくるし、そして何より皐月賞の冠を届けてくれやがった。私には勿体ないかも。なんてその時は柄にもなく思っていました。だからこそ迷っていた面もありました。結局今のままダービーに出ても、おそらくはモチベーション的にはよくて入着。その状態で走っても、トレーナーの意思には応えられないだろうと。
「どうしたらいいんかねぇ」
らしくない言葉が私から、無意識に漏れた。その瞬間でした。
―ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!―
私は、昼の、競バ場にいたのです。しかも観客が目いっぱいのスタンドに。何!?何だ!?誘拐された!?と混乱していたのですが、その時に、聞いたことのないファンファーレが流れ始めました。そして続くように、アナウンスも流れ始めて、いよいよ大混乱の私がそこにはいました。
『6万の大歓声が起こりました』
6万人!?すげぇな!そう思っていた時に、ふと、周りを見渡しました。するとどうでしょう、先ほどまでいた中山とは全く似ても似つかない、阪神競バ場に私はいたのです。え、なんで?そう思うのが精一杯でした。そして、次のアナウンスで、混乱は最大限に高まりました。
『非常にゴールドシップの記録をワクワクするような状態ですが…』
え?私?と思ったのですが、どうもそうじゃない。よーくターフを見てみれば、あの私を馬鹿にして変顔対決もした【白い四つ足の何か】がいたのです。しかもスタンド前に大画面があり、そこにも【白いウマ】が映されていました。ゼッケンもありましてね。『15 ゴールドシップ』だそうで。
他にも15ほどその【ウマ】がいて、あ、ただ、名前は知らない奴らばかりでした。
周りの観客からの声も聞こえてきます。
「ゴールドシップ三連覇楽しみ!」
「お前に生活費かかってんだ」
「■■■■■■■もメジロマックイーンも鼻が高いだろうなぁ」
「ワクワクするよ!」
「ゴールドシップ頑張って!」
すんげぇ期待されてんじゃん、お前。そう私は思いました。あの変顔をして、私をなめ腐った【ウマ】それがこんなに人気を博しているのかと、感心していました。
そしていよいよスタート位置。ゴールドシップと言われた【ウマ】も大人しくゲートに入った、まではよかったのですが。
スタートする瞬間のことでした。
『おおっと!立ち上がったゴールドシップ!出遅れ、出遅れです!」
ゴールドシップと言われた【ウマ】がゲートで立ち上がり、致命的な出遅れをかましたのです。
「うわああああやりやがったあああああああ!」
「ゴルシまじかあああああああああ!」
そんな悲鳴のような声が周囲の観客からも上がりました。そしてその観客のどよめきを背負ったまま、第三コーナー、第四コーナーへと抜けていくバ群。
『ゴールドシップいまだ後方!ゴールドシップいまだ後方!■■■■■■か、すごい脚で伸びてくる■■■■■■■■■!』
『■■■■■■か!■■■■■■■■■か!■■■■■■か!■■■■■■■■■か!』
『夢を叶えたのは■■■■■■!G1初制覇!ゴールドシップはバ群に沈んだー!』
ゴールドシップと言われた【ウマ】は、もうそれはそれは見事な惨敗を喫したんです。いやぁ、あそこまでの出遅れはこの私、ゴールドシップでもやらないですよ。
で、ここまで出遅れて、しかもめちゃくちゃ応援されていて、期待されている。そんな【ウマ】が負けたのだからよっぽど文句言われているのかなと耳を立てたんですが、飛び込んできた言葉は全く違うものでした。
「ゴルシだから仕方ねーかー!」「やっぱエンターテイナーすぎるだろゴルシ」「猛獣…」「馬券が飛んだ…あいつはもー、仕方ねぇなー!」
そう、文句よりも、あいつだから仕方がないっていう言葉が多かったのです。しかもみんながみんな笑っていましたよ。
うへぇ、やらかしても褒められるってすげぇ奴なんだなぁお前って思った次の瞬間。
【四つ足の何か】がこっちを見て、満面に笑ったんですよ。
―お前はどうする―
そう、問われた気がしたんです。そして気がついたら、私は誰もいない、人っ子一人いない、真っ暗な中山競バ場に戻されていたのです。あの喧騒も、【ウマ】達も、観客も、全部なかったかのように。
■
「あっちの私ははっちゃけすぎていた。あれだけの期待を寄せられて、あれだけの応援をされて、それを楽しそうにぶち壊す。そしてそれをみんなが期待している。あちらのアタシの名前を冠した【ウマ】がそれならば、こっちの、ウマ娘の私は少し真面目にやろうと、本当に強くてすごい奴だなお前って言われようと思ったんです。あの皐月の夜の後、トレーナーに謝りに行きましたよ。そうしたらなんて言われたと思います?『お前ゴールドシップの影武者か?』ですって。ドロップキックをかましてやりました。まぁ、結果的にクラシック三冠、有馬記念、宝塚記念三連覇を成し遂げられました。【ウマ】のおかげで、ルドルフに続く名バとよばれる存在になれたんだと思います」
「なるほど…しかし、ゴールドシップさんがこれほど普通の方とは思いませんでした」
「と、いいますと?」
「いえ、普段の破天荒な行いからすると…失礼ながらもっと感情的な方かな、と」
記者がそう言った瞬間だ。今までの佇まいから一転、人懐っこい笑みを浮かべて、記者の肩をバンバンと叩き始めた。
「…んだよおめー、そっちのゴルシちゃんがお望みか?お望みなんか?ルドルフ会長たっての願いってんで真面目モードゴルシちゃんレディ!って感じでやったのにさー。結構疲れんのよこれ!」
「あぁ、いえ、無理をさせていたのならば謝ります。自然体で結構ですので」
「わーった、わーった。謝らなくていいぜ。ま、つーわけでさ、私はその【ウマ】のおかげか、はたまたゴルシちゃんの実力かわかんねーけど、三冠で宝塚三連覇を成し遂げたってわけよ。いやー、しっかし今思い出してもあっちの私もはえーのなんのってさー」
「それほどですか」
「おうよ。私が一歩すすめば二歩進む、土を蹴れば地面を抉るって具合でまぁー!地力が違うって思うほどよ。逆に言やぁ、そこまでの迫力ねーけど奴に追いつけるウマ娘の私もすげぇってことなんだけど」
「なるほどなるほど…しかし、その、【ウマ】の正体ってなんなんでしょうね」
「あ?そりゃおめぇ、厚焼き玉子と卵焼きの違いぐらいだろ」
「…は?」
「わっかんねぇか?柴犬かブルドッグ、ネギと玉ねぎ、ピーマンとナス、マスとシャケ!スペースシャトルとソユーズ!」
「つまり、似ている…?」
「ちげぇーってー。ま、いいやわかんねぇんなら。っていうかゴルシちゃんさー、そろそろゴルゴル星の平和を守って海にいって鯛を素潜りで鯛つかんで、ついでにトレーナーを山に埋めてこないといけねーんだけどもう取材終わりにしていいか?」
「あ、ええ、わかりました。お話、ありがとうございます」
「おう。んじゃ…ああ、そうでした。もし、あなたにその気があれば、ですが」
ゴールドシップは佇まいを直していた。あの人なつっこい笑みは鳴りを潜め、最初に部屋で出会った時のように。
「マックイーン。……メジロマックイーン。彼女にも話を聞いてみてください」