ドールズフロントライン ~ネゲヴちゃんの新婚日誌~   作:弱音御前

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夏を前に、いよいよ暑くなってきた今日この頃皆様、いかがお過ごしでしょうか?
私はもうダメです。
どうも、弱音御前です。

新作は、前回のネゲヴちゃんのお話の後日談になります。
以前はややシリアス(なのかな?)に進めたので、今回は甘めに仕上げてみました。
ええ、それはもうハチミツをブチまけたかの如く。

なので、いつも以上にゆる~い感じで読んでもらえればと思います。

それでは、今回もどうぞお楽しみください~



ネゲヴちゃんの新婚日誌 1話

 目が覚める。

 毛布は寝ている間に蹴飛ばして剥がしたのだろう、寝ぼけたままの意識でも少しだけ肌寒さを感じる。

 

「ん・・・ぅ~ん・・・」

 

 温もりを求めて無意識に腕を伸ばすが、シーツを撫でるだけで、お目当て、指揮官の身体は探り当てられない。

 ならば、反対側はどうかということで逆の腕を伸ばしてみるが、今度は腕がベッドから落ちて

手がフローリングの床をゴツンと叩いた。

 ちょっと痛かったので、小さく舌打ちをして体を起こす。

 

「ふぁあぁぁ~~~~」

 

 大きなあくびと共に身体を伸ばして意識を引き上げにかかる。

 窓から差し込む陽の光のもとで見ても、このベッドの上にはやっぱり私1人だけ。昨夜、一緒に寝たはずの指揮官の姿は影も形も無い。

 トイレにでも行ったのだろうか? と部屋の中を一周見渡した後になって昨日の話をようやく

思い出した。

 

「ああ、ファマスの朝トレか・・・」

 

 一体どういう風の吹き回しなのか、ファマスが日課としている早朝トレーニングにあのお寝坊

さん指揮官が付き合うと言っていたのだ。

 どうせ、朝になったらヤル気無くなっているんだろう、と昨夜は散々からかったのだが、本当に起きて行ったらしい。

 このまま日課として早起きが定着してくれれば私としても嬉しい。

 大好きな人には健やかでいてもらいたいと思うのは人形の私だって同じなのだ。

 ベッドに備え付けの時計に目を向けると、時刻はいつもの起床時間を少し過ぎたところ。

 朝トレ終わりのファマスといつも廊下ですれ違う時間までは、まだ朝食を準備するだけの余裕は十分にある。

 

「よっと」

 

 ベッドから飛び降りてまず向かうは洗面台。

 冷たい水で顔を洗い、完全に目を覚ましたら次は着替えだ。

 いつものジャケットに手が伸びてしまったが、今日は私服で良いというのを思い出したので、

一番気軽な服装を選んでさっさと着替えを済ませる。

 そのころには、窓からオレンジ色の気持ちいい陽光が差し込んできていて、室内はすっかり明るくなっていた。

 

「えっと・・・フレンチトーストにスープかな」

 

 冷蔵庫の食材から朝食のメニューを決めるや、調理に取り掛かる。

 

「♪~~♪」

 

 すでに私用にカスタマイズしているキッチンなので、手際はもう快速。自然と鼻歌だって出てしまおうというものだ。

 

「ただ~いま~」

 

 フライパンの上でトーストが良い声で鳴きだしたのと時を同じくして、エントランスから耳に

馴染んだ声が聞こえてきた。

 これから指揮官がシャワーを浴びて出てくるころにはスープの調理も終わって、ちょうど良い

温度になったトーストを出してあげられる。完璧なスケジューリングである。

 

「おはよう、ネゲヴ。ん~、すっごい良い匂い」

 

「おはよう。出来るまでもう少しかかるから、先にシャワー浴びてきなさい」

 

「りょ~かい」

 

 スポーツウェア姿の指揮官が軽い足取りで私の背後を通り過ぎる。

 この指揮官、普段はめんどくさがってほとんど運動しないくせに、実は運動性能がメチャクチャ高い。

 初めて彼女が本気で動いたのを見た時、あまりの衝撃で私を含めた数人の娘も揃って数秒間

フリーズしちゃったくらいだ。

 頑張り屋さんファマスの事なので、しっかりとトレーニングをしたのだろうが、それに付き合った指揮官は軽く汗をかいている程度でケロッとした顔をしている。

 こういう所も含め、やっぱり私の指揮官は世界で一番カッコいい指揮官だと思う。

 異論は認めない。

 

「わ~、美味しそう! 食パンの・・・タマゴ炒め?」

 

「フレンチトーストっていう料理よ。メープルシロップをかけて召し上がれ」

 

「おっけ~。それじゃあ、両手を合わせて」

 

 2人でかけてちょうど良いくらいの大きさのテーブルに向かい合い、両手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 お互いの声をハモらせたところで朝食に手を付ける。

 

「シロップどれくらいかけるの?」

 

「お好きなだけどうぞ。私はこれくらい」

 

 私は甘いのが好きなので多めにシロップをかける。

 それをマネて、私と同じような手つきでシロップをかける指揮官の様子がちょっと可愛らしい。

 

「やっぱり、気分が良いとご飯の美味しさも格別ね。業務を1週間も放っておいて良いなんて、

逆に落ち着かなくなりそうでちょっと不安にはなるけど」

 

「どうしてもっていうなら、模擬戦闘訓練で調子を整えるのもいいかもね。でも、せっかくの連休なんだからちゃんと休まないとダメよ?」

 

 本日より、我らがグリフイン基地は1週間の休暇に入る事となった。

 この基地が稼働して以来、これだけ長い休暇を与えられたのは初めての事で、指揮官の話では

前回の特別任務・・・指揮官風に言えばイベント任務・・・の戦績がとても良かったようで、

全基地にローテーションで長期休暇を与えるという運びになったらしい。

 

「1週間程度の休みでどうこうなるような戦闘勘してないわよ。うちの戦線を他の支部のヤツらに任せて割られないかっていうのが心配なだけ」

 

「受け持ってくれている以上はあっちの責任下に入るわけだから、戦線を割られたってうちは

知ったこっちゃないわよ。事前に聞いてる情報だと平気そうなメンバーだけれどね。隊長はFALで〝Valkiry〟小隊っていったかな?」

 

「ふ~ん・・・それなら安心していいかも」

 

 FALが隊長をしているその名前の小隊ならば偶然にも心当たりがあった。

 数ヵ月前、ちょっとした、ほんと~にちょっとしたトラブルに巻き込まれた際に世話になった

他支部の小隊に違いない。

 その時の手際を思い出してみれば、手放しに任せてしまって問題ないだろうと思える。

 

「だから、業務の事は気にしないで新婚の思い出たくさん作ろうね」

 

 ふにゃりと表情を崩しながら言う指揮官を前に、不覚にも顔が熱くなってしまう。

 この女はこういう嬉し恥ずかしい事をストレートに言ってくるのだから油断ならないのだ。

 

「そ、そうね・・・私たち、新婚だものね」

 

 指揮官に見えないよう、テーブルの下で左手の指輪を軽く撫でながら言葉を返す。

 ・・・と、長い前置きで申し遅れたが、私の名前はネゲヴ。この基地で唯一、指揮官と誓約を

交わしている戦術人形だ。

 色々とあった末に指揮官から指輪を受け取ってから数ヵ月。新婚だというのに忙しさにかまけてロクにそれらしい出来事も無く、私は悶々とする日々を余儀なくされていた。

 そんな私のもとにようやく訪れてくれたこの長期連休は、世に言う〝新婚生活〟というハッピーな生活を送るのに絶好のビッグイベントである。

 まずは2人でスイートな朝食を採って出だしは好調。

 この勢いもそのままに、指揮官にも必ずや満足してもらえるスペシャルな新婚ウィークの幕が

ここに開けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日目 午前

 

「まったく・・・ちゃんとゴミ箱に捨てろっていつも言ってるのに」

 

 デスクの下を覗いてみれば、そこに潜むかのように空き缶が2つ転がっていた。

 床に這いつくばり、手を伸ばして空き缶を掴み取る。

 エナジードリンク特有の変に甘ったるい香りにやや顔をしかめながら、傍らのゴミ袋へ缶を放り込んだ。

 

「でもまぁ、以前よりはずっとマシか」

 

 私がすっぽりと入れるくらいの大きさのゴミ袋が一杯になり、ようやくスッキリした室内を見渡して一息。

 連休初日の午前。さっそく指揮官と一緒に遊びまわりたいところではあるが、そんな欲望をぐっと押し殺し、私がまず取り組んだのは指揮官の部屋の掃除だ。

 誓約を交わし、私が指揮官の部屋を定期的に掃除するようになったことで、部屋の状況は以前よりもだいぶ良くなった。

 指揮官も、私が掃除をしているという事で少しは綺麗に部屋を使おうという気になっているのだが、そもそもがだらしない性格というのは簡単に治るものではない。

 私が綺麗にして指揮官がちょっと汚して。また私が綺麗にしてまた指揮官がちょっと汚して・・・というイタチごっこの繰り返しなのが私たちの日常なのである。

 まずは連休初日のこの時にガッツリと部屋を綺麗にして、これから続く休暇を気分よく過ごそうというのが私の思惑。なお、指揮官が一緒にいると効率が大きくダウンするのは眼に見えているので、午前中だけ外に追い出した次第だ。

 連休中の私はずっと指揮官の部屋に泊まることになっているので、私が眼を光らせているその間だけは、この床にゴミの1片たりとも存在する事を許さない。

 もう床にゴミは転がっていない事を確認。今度は各所の埃落とし作業に入る。

 掃除は高いところから低いところへ、という基本に従って掃除を進めていく。

 私の身長では天井付近まで手が届かないので、踏み台に乗っかって埃をパタパタ。

 頭巾を被り、私服の上にエプロンを掛けて掃除に勤しむ私の姿なんて、他の戦術人形の娘達が

見たらきっと目を丸くするような光景だろう。

 自身そう思う。私ってば、指揮官と誓約してからかなり丸くなったなぁ・・・と。

 超幸せ一杯だから良いんだけどね。

 

「さて、次は・・・デスクかな」

 

 スペシャリストの名に恥じぬ手際の良さで天井隅から壁4面にかけての埃を落とし終え、次に向かうは指揮官のデスク。あまり小物類を置かない人なので、デスク周りも実に殺風景で掃除しやすい。

 まずはデスク上部のラックから、と踏み台に足をかけたところで私の目線がある物に止まった。

 ラップトップPCや作戦資料が纏められたファイルくらいしか置かれていないデスクの上で、

唯一、仕事に関連のない代物。片手に収まるくらいの大きさの写真立てだ。

 写真に写っているのは純白のウェディングドレスに身を包んだ女性と、彼女をお姫様抱っこしている赤いグリフィン制服の女性の2人。

 言わずもがな、ドレスを着ているのが私で、それを抱っこをしているのが指揮官である。

 

「あの時の指揮官、カッコ良かったな~。ふふ・・・」

 

 私の部屋に飾ってあるのと同じ写真だが、何度見ても知らず頬が緩んでしまう。

 人間が行うような厳正な式ではなかったけど、みんなが私たちの事をお祝いしてくれて、

スプリングフィールドのカフェで飲めや歌えやの大パーティーが開催されて、と数ヵ月前のあの日の事は私のメモリーに決して消え去ることのないデータとして記録されている。

 何かの手違いでこのメモリーを消されたら、マジでブチギレである。

 

「指揮官好き~♪ すきすき大好き~♪」

 

 写真を胸に抱き、指揮官への想いを言葉と共に発散させる。

 言葉だけではたまらず、身体もちょっと捩ってみたりして・・・それがいけなかった。

 

「っ! ととととぉ!?」

 

 そこら辺に転がっていた空き箱で見繕った歪な踏み台だったのが災いし、身体を捩った拍子に

踏み台が傾いてバランスを崩してしまう。

 倒れるまい、と反射的に全身を総動員して態勢を立て直す。

 その際、思いっきり腕を振ってしまった勢いで写真立てが手からすっぽ抜けてしまったのだ。

 

「あぁぁぁぁぁ~~~!」

 

 私の手を離れた写真立ては弧を描いて宙を舞い、デスクと壁との僅かな隙間にジャストイン。

そのままカタカタと音をたてながら奥へと落ちていってしまった。

 

「私としたことが! キズ付いてないかな・・・」

 

 崩れた態勢のまま踏み台から飛び降り、デスクの横に回り込む。

 音を聞いた感じでは写真立てが割れてしまっているようなことはないだろうが、危惧すべきは

キズである。指揮官も大切にしていたのだろう、綺麗に飾ってあった写真立てに私がキズを付けたとあってはもう、私は自爆して詫びるほか無い。

 デスクの裏側を覗き込んでみるが、手が入るような広さではなく、写真立てを視認することも

出来ない。

 

「よいしょっ」

 

 それならばとデスクを少しだけ持ち上げてズラし、壁との隙間を広げる。

 パタン、という音を聞いて再びデスク裏を覗くと、そこには目当ての写真立てと、その手前に

別の物が倒れていた。

 

「? 何かの資料かしら?」

 

 写真立てよりもサイズの大きいそれは普段から使っている作戦資料のようにも見えるが、よく見てみれば表紙の装いが明らかに違う。

 グリフィンの資料には、こんな可愛らしい女の子の絵なんて描かれていない。

 

「写真立ては・・・良かった、無傷だ。んで、これは、本?」

 

 写真立ての無事を確認してから例の書類らしきものを拾い上げてみて、それが何冊も折り重なっていた本であると気が付く。一冊は数十ページくらいで、和服を着たアニメチックな女性の絵が

描かれている表紙に目を惹かれてしまう。

 

「もしかして・・・これが世にいう薄い本・・・」

 

 昔、とある国の文化で〝薄い本〟というエッチな本を示す隠語が使用されていたらしい。

 確かに、この本は本にしてはやけにペラペラだし、あの指揮官がデスクの裏に隠すかのように

何冊もしまっておいたというのが何よりも怪しい。表紙の絵からはそれほど卑猥な雰囲気は感じられないが、隠語を用いるくらいなので、表紙にもそれなりのカモフラージュを施してあっても

不思議ではないだろう。

 

「んもう! 指揮官ったら、私というものがありながらこんなっ!」

 

 指揮官だって人間である。欲だって当然あるわけで、私ではどうしても満たしてあげられない

ことだってあるわけだ。

 悔しいが、ソレ故のコレという事なのだろう。

 

「・・・少しだけ見てみるか」

 

 そうなれば、指揮官を喜ばせる立場にある私だって内容が気になるのは当然だ。もちろん、今後の参考資料として、である。

 表紙に書いてあるタイトルは読めない・・・否、読める言語で書かれているのだが、どうしてか、私にはその言葉を理解することが出来ないのだ。

 すごい気持ち悪い現象なのだが、分からないのならそれでもいいか、と思えてしまうので今は

良しとしておく。

 いざ、中身を拝見と表紙に指を引っ掛けた、そんな矢先だった。

 

「忘れ物しちゃった~」

 

「っ!!?」

 

 ドアが開く音と共に響く指揮官のお気楽な声を耳にして、一気に背筋が凍り付く。

 指揮官が隠すようにしまっていた本だ。それを私が見ているのが知られたら、さしもの指揮官もきっと怒るだろう。

 怒られるならまだしも、泣かれでもしたらもう後味が悪すぎて仕方ない。

 

(このタイミングで!? ど、どうしよう!)

 

 焦りまくる私の心境など露知らず、足音がエントランスから近づいてくる。

 幸いにも指揮官が向かってくる方に背を向けているが、悩んでいる猶予など無いに等しい。

 もう、手に持っているこの本をコンマ秒単位で何とかしなければっ!

 

「あらら、もうこんなに綺麗になったんだ。さすがネゲヴちゃん」

 

「当然よ。私は戦闘だけじゃなくて掃除に関してもスペシャリストなのだから」

 

 指揮官に向き直り、両手を前で組んだまま言葉を返す。

 両手を前組みとは私にしては珍しい姿勢なのだが、今はそれも止むを得ない。そうしていないと、服の中、お腹の所にしまいこんだ本がドサリと落ちてきてしまうのだ。

 少し不格好だが仕方がない。指揮官が忘れ物を取って部屋から出ていくまで逃げ切れば私の勝ちである。

 

「購買のプリペイドカード忘れちゃって。どっかに落ちてなかった?」

 

「そこのテーブルの上に置いといたわ。次からはちゃんと財布に入れておきなさい」

 

「は~い、気を付けま~す」

 

 手は離せないので、目線で示すと指揮官は暢気にテーブルに向かっていく。

 いくら薄い本とはいえ何冊もあればそれなりの厚みになっていて、ちょっとお腹の部分が膨らんで見えるのが心配事ではあった。だが、この時点でツッコまれないのなら、もうやりすごせたも

同然だ。

 そう思うと、途端に背中のヒヤヒヤ感がひいて肩の力も抜けてくる。

 

「ねえ、それ服の中に何か入れてるの?」

 

 あ、マズイ。やっぱ気付かれてたっぽい。

 

「え? な、何のことかしら?」

 

「なんかお腹のところ膨れてるかな? って思ったら、そこに何か入れてるんでしょ。珍しく前で両手組んだりしてるのも、それが落ちないため?」

 

 しかも、推理までバッチリときたものだからもう言い逃れのしようが無い。

 やっぱり私が指揮官に関しての大抵の事を分かるように、指揮官も私のことを良く分かってくれちゃってるのだ。

 以心伝心。それは素晴らしい心の通い合いであり、そして、時にはこのように残酷。

 

「よ、よよよく分かったわね。そうよ、お腹に入れて膨らませてるのよ」

 

「なんで?」

 

「理由は・・・その・・・」

 

 指揮官のきょとんとした表情を見る限り、私が何を隠しているのかまでは察しがついていないようだ。

 私の目的は、このお腹の中の本を指揮官に見つけられないこと。それさえ達成できるのなら、どんなきわどい状況だって押し通してみせる。

 お腹を膨らませている理由。考えろ。考えろ私。そして、指揮官に勘繰られないうちに早く

答えろ!

 

「・・・あ、赤ちゃんが出来たらどんな感じかなって」

 

「・・・・・・はぇ?」

 

 お腹が膨れている、といえばそれが真っ先に思い浮かんでしまったものだからつい口から出てしまった、実に苦しい言い訳である。

 正直、言った私でも意味が分からない話だが、それはやっぱり指揮官も同じようで、口を半開きにしたまま頭の上に?マークをいくつも浮かべている。

 

「あの・・・・・・ネゲヴちゃんは・・・子供が欲しいの?」

 

「当然でしょ! なにを当たり前のこと聞いてんのよ、バカ!」

 

「あ、はい! なんか・・・スイマセンでした」

 

 私が不条理にも怒鳴り返すものだから、指揮官はもう完全に狼狽えてしまっている。

 幸運にも場のイニシアティブは私が取った。乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

「でも、私も女性だから赤ちゃん作ってあげられないの。ごめんね」

 

「そんなの知ってるわよ! だからこうして雰囲気だけでも味わってるんでしょ!」

 

 すっかりしょげてしまっている指揮官だが、私は攻めの勢いを緩める事などしない。

 勝機を見つけたら勝ちが確定するまでとことん攻め抜く。

 これは貴女が私に教えてくれた言葉です、指揮官。

 

「まだ掃除が残ってるんだから、用が済んだらさっさと出ていってちょうだい!」

 

「はい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 ペコペコと頭を下げながら部屋を出ていく指揮官を見送り、ようやく1人っきりに戻れた。

 

「はぁ~~~」

 

 大きく息を吐き、腕の力を抜くと服の中から薄い本がドサドサと滑り落ちる。

 山場を乗り切った安堵感から思考がクリアになったおかげで、さっきまでの私たちのやり取りを冷静に思い返してしまう。

 

「・・・・・・なんてアホな話してたんだろ」

 

 あまりにも恥ずかしい会話だったことに気が付き、その場に崩れ落ちる。両手で抑えた頬は

オーバーヒートしてるんじゃないかってくらいにアツアツだ。

 お腹が膨れているイコール妊娠、という構図を思い浮かべてしまったとはいえ、そのまま話を

通すというのはどうだろう? そもそも、戦術人形だから妊娠しないし、私。

 指揮官も指揮官である。私の話に流されてトンデモナイ事を口走っていたが、もっと女性としての恥じらいというものを持ってもらいたいものだ。

 後でこの話を蒸し返されたらめんどくさいのだが・・・まあ、この本の存在を守りきるという

最低限の目標は達成したので僥倖か。

 

「っていうかさ、デスクの裏に戻しちゃえばよかったじゃん。服の中に入れる余裕あったらそれ

くらい出来たわよね?」

 

 自分に根本的なツッコミを入れたところで、私が守り抜いた可愛い本たちに改めて手を付ける。

 ページをペラペラとめくってみれば、中身はなんていうことはないイラスト資料集のようで、キャラクターの色々な立ち姿や説明が載っているだけのものだった。

 ちょっとドキドキして損した気分だ。

 

「なるほどね~。指揮官、こういう服装好きって言ってたからなぁ」

 

 本の中身に載っているキャラクターはいずれも表紙に書かれているような和装で頭にG41の

ような耳、いわゆるフサフサ耳にしっぽも生えているものばかりだ。

 中でも、〝アカギ〟と〝カガ〟という名前の白黒対のキャラクターが指揮官は好みのようで、

それらが載っているページには折り目がくっきりと残されている。

 確か、79式がこれに近い着せ替えを買ってもらっていただろうか。それを着た時の79式を

前にした指揮官のテンションといったらもう、興奮しすぎで鼻血が出ていたくらいだ。

 かたや私の着せ替えはというと、幼児退行にイタイ感じの黒バラ姫。

 

「私だって、和装があればこれくらい・・・」

 

 そこまで呟いて、本の中の相手にヤキモチを妬くことのバカらしさに気が付く。

 

「くだらない。掃除しよ、掃除」

 

 あえて大きな声で言う事で自分にキリを付け、本をデスクの裏側に戻す。

 

(でも、なんでこんな所に本を隠すんだろう? 見られてマズいような本じゃないよね。誤って

落としてそのままにしちゃったとか?)

 

 ちょっとした疑問が浮かぶも、掃除を手際良く進めていくうちに頭からすっかりと抜け落ちてしまう。

 そうして、指揮官の襲来から1時間もしないうちにお掃除終了。

 見違えるほど綺麗になって、心なしか空気もおいしく感じられて私は大変満足である。

 

「まだお昼まえ。ロスったわりには上出来ね」

 

 お昼ご飯の事を考える前に、基地内をフラついているだろう指揮官を探すべく部屋を出る。

 エレベーターフロアまでまっすぐに伸びる廊下には戦術人形の娘達がちらほら。

 そんな中でも特に目立つ、長いブロンドのちびっ子に目が留まる。

 

「こんにちは、ネゲヴ副官」

 

「こんにちは。とても可愛らしい服装じゃないの、41」

 

「えへへ、ありがとうございます。今日からしばらく戦闘が無いので、このお洋服で過ごそうと

思います」

 

 ちびっ子のくせにやたらとスケスケセクシーな戦闘服とは打って変わり、リボンの付いた白い

ワンピース姿の41は見た目相応でとてもよく似合っている。

 これも確か、指揮官が41に見繕ってあげていたものだったのでちょっと悔しい。

 

「・・・」

 

 それよりも私が気になっているのは、ちょうど私の目線の位置でパタついている41の耳だ。

 何気なく手を伸ばし、耳をニギニギしてみる。

 

「ひゃあ! どうしたんです? お耳が気になるんですか?」

 

 髪と同様に毛が滑らかで、耳自体の感触はとても柔らかく温かい。

 今まで、41をはじめとする幾人かの娘達のこれは〝飾り〟だと思っていた私だが、改めて

まじまじと観察してみると、どうやら本物っぽい。

 

「ねえ、これってどうなってるの?」

 

「ど、どうなってるって言われても・・・どういうことです?」

 

「こんにちは、副官。と、G41も居たんですね。2人して何を?」

 

 これはどういった神の思し召しか、耳としっぽフルセットの着せ替え持ちの79式がちょうど

いいところにやってきてくれた。

 今は私服なので件の耳としっぽは付いてないが、部屋に行けばアレに着替えができるはずだ。

 

「2人とも、これからちょっと時間をもらってもいいかしら?」

 

 この後、お昼ご飯に入る時間まで2人の耳としっぽをめちゃくちゃ解析した。

 

 

 

 




原作中だとこんな感じの娘じゃないんですけどね。なんだか、自分が考えてしまうとこうなってしまうネゲヴちゃん。

終始こんな感じで進めていくので、次週もどうぞお楽しみに。

以上、弱音御前でした~

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