ドールズフロントライン ~ネゲヴちゃんの新婚日誌~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
ネゲヴちゃんの休暇は折り返しに差し掛かりました。お話の内容も、それに伴ってちょうど半分といった所です。
特にシリアスな内容もないので、このままのんびりと読んでいただけたらな~、とか思っています。
それでは、今週もどうぞお楽しみください~
皆様ご機嫌よう。私は戦術人形ネゲヴ。このグリフィン支部の副官にして、指揮官と誓約を交わしている唯一の人形よ。
特別任務(指揮官はこれをイベントと呼んでいる)の戦績が良かったとして、当グリフィン支部に7日間の休暇が与えられることになった。
数日が過ぎ、指揮官とのラブラブな毎日を送っている・・・とは言えないけど、まぁ、それなりに楽しい休暇にはできているだろう。
しかし、そんな平和もこれまで。今回は私の副官としての立場を脅かしかねない事件が起こってしまう。
私の身に何が起こったのか、すべからくご覧いただこう。
4日目 午前
「行ってきま~す。お留守番ヨロシクね~」
「は~い。気を付けて」
緩い感じの声をかけられ、私もまた気の無い風を装って答えを返す。
指揮官が部屋から出ていったのを確認すると、私は特に興味があるわけでもないのに開いていた雑誌を閉じ、部屋の一角に備え付けられた窓へと歩み寄った。
この時期にしては珍しく天気は快晴。3階の部屋の窓から見下ろす地上は心地よい陽光が降り
注ぎ、まさに絶好のお出かけ日和。
そんな外の様子を、私は窓辺にしがみついたままジッと眺める。
窓ガラスに半反射して写る私の顔は、自分でも分かるくらいに拗ねた表情だ。
そうして、自分の顔と睨めっこを続ける事10分あまり、基地から外へ出る正面ゲートを1台の車両が通過したのが目についた。
青い色の自家用車両は私も乗せてもらったことがある指揮官の車だ。
戦術人形である私の視力を以って、助手席に長い茶髪の女性が乗っているのも確認ができて、
ちょっとだけ溜め息が出てしまう。
車は基地から数キロ離れたマーケットへと続く旧国道にのると、ものの数秒で私の視界から完全に消え去っていった。
もう窓辺にかじりついてても仕方が無いので、部屋のソファーに寝転がり、やっぱり興味が一切わかない雑誌をなんとなく広げた。
不本意な事であるが、私はこの7日間の連休中ずっと指揮官と一緒にいることはできない。
指揮官は私と誓約した身ではあるものの、その前提として、みんなの指揮官なのである。
みんな、指揮官と同等に接する権利がある。私はその権利がみんなよりも少し優遇されている
程度のものだ。
そんなわけで、今日はスプリングフィールドが指揮官と一緒に過ごす日である。
特に予定を組んでいない私は、こうして部屋で1人ヒマを持て余す。
「・・・」
パラパラと適当にページを捲っていき、半分くらいまで進んだところで時計に目を向けてみる。
たったの3分しか経っていなくて小さく溜め息。
「・・・・・・」
雑誌に視線を戻し、再びページに目を通していく。そうして、最後まで読み終わったところで
また時計に目を向けてみた。
今度はほんの2分くらいしか経っていなくて、本気の溜め息をついた。
「あぁ~、もう」
ポイっと放り投げた用済みの雑誌は緩やかな弧を描き、指揮官のデスクへと胴体着陸。
「コラっ! お行儀の悪い事しないの!」
なんていうお叱りの言葉は指揮官から飛んでこない。
そんな静けさがツマラなくて、寂しくて仕方がない。
「・・・・・・出ようかな」
部屋に居ると余計に指揮官の事を考えてしまってダメだ。
お昼の時間までは時間があるし、何をするという考えもないが、とにかく、少しでも気が違う方に向いてくれればと願って私は部屋を出る決意を固めた。
楽しそうに行き交う娘達とすれ違いながら、宿舎棟の中をアテも無くフラフラと彷徨う。
そうして、いつの間にか全フロアを踏破して、また指揮官の部屋の前に戻ってきたとこでようやく気が付くのである。
「アカン。なにやっても駄目だ」
もう、指揮官とスプリングフィールドが何をやって楽しんでいるのか、想像だけが先行しまくっちゃってヤバい。
こんなことなら、スプリングフィールドが私に気を遣って、3人で一緒に出掛けようと誘ってくれたのに乗っておくべきだった。
私の方もスプリングフィールドに気を遣って断ってしまったのが完全に裏目に出てしまって
いる。
やっぱり来ちゃった、テヘ♪ なノリで今から2人を追いかけるか? いや、断ってしまった
手前、そんな甘ったれたことを言うのはスペシャリストの誇りが許さない。
2人の様子を伺いたいのなら、バレないようにこっそりと、だ。
「でも、今から外出申請しても間に合わないか。そもそも、マーケットまで行く足も無いし」
スプリングフィールドに気を遣う、なんていうさっきまでのイイ子ちゃんな私はどこへやら、
監視体制に移行してしまった私はどうにかできないかと思考をフル回転させる。
そんな矢先だった。
「こんにちは、副官。・・・何かお悩みのようですが?」
壁に背中を預け、腕組みで唸っていた私に掛けられた声。
私のすぐそばに立っていたのは、ライフルタイプの戦術人形〝TAC-50〟だ。
いや、割とロクでもない事で悩んでるだけなので、そこまで心配そうな表情をされても困るんだけどね。
「ん? ああ、こんにちは。今後の編成の事でちょっと考えてただけよ。あなたはヒマでも持て
余しているクチかしら?」
「いいえ。楓月のスラスターとカメラをアップグレードしてもらったので、これから外で試験飛行をするところなのです」
そう嬉しそうに言うTACは相棒ドローンの楓月を両腕で大事そうに抱えている。
私なんかと違い、楽しみな事があって本当に羨ましい限りである。
「新しい部品に変えると操作性も変わるものだから、気を付けて飛ばしなさいね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
丁寧なお礼とお辞儀を返し、TACが再び廊下を進みだす。
他人を羨んでいる場合じゃなくて、今は自分の事だ。
さて、どうやって指揮官達を観察したらいいものか?
2人に気付かれないくらいの距離で監視できて、かつ、この基地からマーケットまで、ひゅ~ンと飛んでいけるような方法が何か・・・・・・
瞬間、まるでフラッシュバンが炸裂したかのような天啓が私のこめかみを貫いた。
求めた答えは今まさに私のすぐ傍!
「TAC! ちょい待ち!」
「ふぁい!? な、なんでしょう?」
私の突然の大声にTACは驚いて振り返る。
まるで小動物のように委縮してしまっている様子を見て、ちょっとだけ申し訳なく思って
しまう。
「試験飛行の飛行路は決めているのかしら?」
「い、いえ、決めてはいません。必要だったのでしたら、これから申請し直しますが」
私たちの基地の周囲には居住区が存在しないため、演習関連の規制はとても緩い。ドローンを
飛ばすのも紙ヒコーキを飛ばすのも大差ないくらいだ。
「申請なんかはどうでもいいわ。決まっていないのであれば、私が決めてもいいかしら?」
「ええ、構いませんが・・・あまり無茶なコースはやめてくださいね?」
ぎゅっ、と楓月を抱えるTACの腕に力が入ったのが眼につく。それだけTACにとって楓月は大事なものなのだ。
私の益の為に協力してもらうのだから、その安全だけはしっかりと保障してあげなければならない。
「もちろんよ。じゃあ、準備にとりかかりましょうか」
やや不安そうな表情を浮かべながらも同意してくれたTACを引き連れ、私は指揮官及び
スプリングフィールドの監視作戦準備を進めるのだった。
出来るだけ目に付かないよう、マーケットまで直通の旧国道は避け、迂回して森林地帯と
旧市街地を抜けるルートで楓月を飛ばしてもらう。
TACの腕前なら、木々の隙間や廃屋の瓦礫を縫うように飛ばすことなどお手のもので、颯爽と空を駆け抜けていく映像は見ていて非常に気持ちが良い。
まるで鳥のように、なんてガラにもない感想そのままになってしまうが、まさにその言葉通りの爽快感である。
いつまでも空からの景色を見ていたい気持ちもあるが、林を抜けたところで目的地のマーケットエリアが見えてきたので気分を切り替えよう。
「よし、地上の様子が確認できるギリギリの高度を保ちながら指揮官とスプリングフィールドを
探すわよ」
「探すといっても、どこから探せばいいのでしょうか?」
「ちょうどマーケットに到着したくらいの時間だろうから、駐車エリアから見てみましょう。ここにポールが何本も立っているのが見えるでしょう? そこに飛ばしてちょうだい」
TACとの無線接続によって、楓月からのカメラ映像が映し出されているテレビモニターを使い指示を出す。
レクリエーション施設であるモニタールームを借り、2人してテレビの前に座って、テーブルにお菓子とか飲み物まで置いとけばカモフラージュは完璧。部屋の外からちょこっと覗いたくらい
では、指揮官達を監視しているのがバレる事はないだろう。
「っと、それそれ。画面下の列の真ん中に止まってる青い車にズームして」
彩りも形も様々な車両がズラリと並ぶ中に指揮官の車を見つけ、カメラを寄せさせる。
ちょうど良い事に指揮官達も今しがた到着したばかりだったのだろう、まさに車から降りている真っ最中だ。
車の前で楽し気に会話を交わしてから、2人は手を繋いでマーケットに向けて歩き始めた。
「距離を維持したまま2人の後を追ってちょうだい」
「・・・もしかして、とは思っていたのですが。やはりこれは2人のプライバシー侵害に該当してしまうのでは?」
「違うわよ! 指揮官は今や私達グリフィンの要と言っても過言ではない存在。いつどこで命を
狙われてもおかしくないのよ? いくらスプリングフィールドが同行しているとはいえ、100%
安全とは言い切れない。これはいざという時に備えての保険なの。いいわね?」
「あ・・・はい」
TACの明らかな正論を私の不条理な正論で押し潰し、強引に納得させる。
だが、これは何もTACにとって不利益ばかりの行為ではない。
目標に対して一定高度、一定距離でドローンを安定させて飛ばし続けるのは難しい技術であり、シェイクダウンを行うには絶好のシチュエーションである。
そしてなにより、今回の任務は監視目標にスプリングフィールドが含まれているという点も非常にポイントが高い。
ライフルの娘達が装備するカモフラージュマントをちょっと加工して楓月に被せてあるので、
一般人では遠目に楓月の姿を視認するのはまず無理だろう。だが、狙撃の名手である彼女の眼で
あれば、下手な動きをしたらすぐに見つかってしまう事請け合いだ。
この任務をやり遂げた暁には、TACのドローン操作スキルは飛躍的に向上している事であろう。
などというこじつけで自分の中の罪悪感を封じ込め、再び画面に意識を向ける。
居住区の一画に露店が集まり、いつの間にかエリア最大級の規模にまで発展してきたマーケットは敷地面積が広く、行き交う人間の数も非常に多い。
はぐれてしまう事を嫌い、スプリングフィールドが半歩くらい前に出て、指揮官をエスコート
するように人ごみの中を進んでいる。
なんだか、とてもサマになっていて超くやしい。私なんか、指揮官と並んで買い物していると
姉妹みたいだ~とか馬鹿にされたりするのに、今の2人は本当に友達同士というか恋人同士のようにも見える。
「ネゲヴ副官は指揮官と一番お付き合いの長い戦術人形でしたね?」
「うん。そうよ」
「スプリングフィールドさんはどうなのですか? 私、あの方とはカフェでしかお話をしたことがなくて、素性をあまり知らないのです」
TACはグリフィンに着任してからまだ日の浅い娘である。しかし、それにしたって同じ
ライフルタイプの大先輩であるスプリングフィールドとほとんど会話したことがないというのは
相当だ。
引きこもって楓月をいじくってばかりいるからそういう事になるのだ。
「あの娘は、そうね・・・私よりも大分遅いし、もう何人も着任した後になってようやく、って
ところよ」
「そうだったのですか? あんなに指揮官から信頼されているので、てっきり副官のすぐ後くらいなのかと思っていました」
「あの性格だし、要領も良い娘だからね。そりゃあもう指揮官からの信頼も鰻登りよ。あの娘が
副官をやってたっていいくらいだわ。・・・ああ、そこの路地を抜けると視界が開けちゃうから、建物の陰に隠れてね」
スプリングフィールドは性格が良いし、戦績も優秀。料理も家事もできるし、他人をちゃんと
気にかけることだってできる。おまけに、スタイル抜群だ。
私だって、彼女に負けないモノを持っていると自負はできる。
・・・でも、スプリングフィールドという存在を羨ましいと思ったことは何度もある。
このグリフィンの中で、指揮官の傍に相応しい戦術人形は彼女なのだろうと、そう感じさせられたことは数えきれないくらいある。
今、私の手で煌めいている指輪は、彼女のもとに行っていたとしてもなんら不思議はなかった
のだ。
マーケットでショッピングを楽しんでいる2人を見ると、やはり、選ばれるべきだったのは
スプリングフィールドで然るべきなのだろう・・・と幻想してしまう。
私は、指揮官から指輪を受け取るにふさわしい存在で居られているのだろうか?
「そうですね。スプリングフィールドさんは優しいし、とても強い方だと思います。・・・でも
副官は、やはりネゲヴ副官の方がふさわしいかなと私は思いますよ」
「スプリングフィールドは優しいし強いのに?」
「指揮官がとても優しい方ですから。その分、厳しい眼で見てくれて、強く言ってくれる方が良いかな、と。バランスの問題ですよ」
私が欲しかった答えとはちょっと違かったけど、真面目さんなTACらしい答えを聞き、知らず笑みが零れる。
少なくとも、良い票を1票手に入れられた事で今は良しとしておこう。
いつか、私が本当に納得できる答えを得られる日が来るのを楽しみにしながら日々を過ごす、
というのも悪くはない人生な筈だ。
しかし、TACはちょっとだけ思い違いをしているようである。
スプリングフィールドってば、本気で怒るとメッチャクチャ怖いヤツなんだから、そこんとこ
ヨロシク。
「あ! 2人のテーブルにパンケーキが運ばれてきましたよ。あのお店はカフェだったのですね」
「そうよ。けっこう有名なお店みたいで、基地の中でも話題になっていたわね。今度、他の娘と
外出の機会があったら行ってみれば?」
「はい。では、お誘いをお待ちしていますね。あぁ~・・・透き通った琥珀色のメープルシロップがとても美味しそうですよぉ~」
私を連れていけとさりげなく要求されてしまったが、こうしてストーキングに協力していただいてる手前、断るのも忍びない。
この休暇の最中は難しいが、近いうちに外出申請の手はずを整えておくか。
「くっそ~・・・仲良く食べさせ合いなんかしやがって」
1口大に切ったパンケーキを指揮官がスプリングフィールドに差し出し、スプリングフィールドが指揮官にそのお返しをする、というお約束がモニターに展開され、あまりの甘々っぷりに恨み節が口をついて出てしまう。
指揮官の口元に付いたシロップをちゃんと拭いてあげている辺り、本当に抜け目の無い奴だ。
やり場の無い怒りの捌け口に、とテーブルの上に置いていたチョコバーを鷲掴み、乱暴に包装を破いて噛りつく。
うん、美味しい。
「あ、あの、私なんかで代わりになれば・・・どうぞ」
私が何に憤っているのか察して気を遣ってくれたのか、TACが恐る恐るといった様子で
チョコバーを私に差し出してくる。
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
目の前のチョコバーを狙って噛り付く。
うん、美味しい。
相手がTACだというのに、さっきよりも美味しく感じられてしまったことはちょっと納得いかないんだけどね。
「はい、お返し」
「ありがとうございます」
そして、私が差し出した食べかけのチョコバーをパクリと齧り、TACは可愛らしく微笑んで
くれる。
ん~・・・・・・なんか、変な感情が芽吹いてしまいそうなので、あまり深入りするのはやめておこうかな。
しばらくしてカフェから出てきた指揮官とスプリングフィールドは、服飾店と雑貨店で何やら
調達し、次に入った材料屋で指揮官の身長くらいの長さの細い木材を仕入れて出てきた。
「木材なんて何に使うのでしょうか?」
「あの娘、自分の店のインテリアは自分で弄ってるみたいだから、その材料なんじゃないかしら」
そうして、ウィンドウショッピングを続ける2人を空から見下ろすこと1時間あまり。私も
TACも話しのネタが尽きかけてきた時の事である。
「あれ? スプリングフィールドさんだけどこかに行ってしまいましたね」
マーケットの中央部に設置された休憩ベンチに座り、しばらくお喋りをしていた2人だったが、スプリングフィールドだけ立ち上がると指揮官の傍を離れてどこかに歩いていってしまう。
一緒に買い物という目的ではあるが、たまには1人で行動したくなる時があっても不思議ではない。
上空から見下ろしていても、マーケット内に指揮官の脅威になるような存在は確認できないので、少しくらい放っておいても平気だろうとスプリングフィールドは判断したのだろう。
「スプリングフィールドさん、楓月のカメラ範囲から出ていってしまいましたが、追いかけ
ますか?」
「放っておいていいわ。指揮官だけを見張っておいて」
スプリングフィールドが何をしに行こうと私の知った事ではない。それよりも、万が一の事態を考えて指揮官に目を付けておく方が賢明である。
・・・
・・・・・・
封を開けたばかりのスナック菓子と缶ジュースが空になったところで時間を気にしてみれば、
もう30分が経過していた。
指揮官は親の言いつけを守る子供のように、ベンチに座ったままスプリングフィールドを待ち
続けている。
周囲をきょろきょろと見回したり、たまに足をパタパタ振ってみせる仕草がもう可愛らしくて
仕方ない。
「戻ってこないですね。1人でどこに行っているのでしょうか?」
「トイレが混んでるのか、もしくは指揮官を連れていけないようなお店にでも行ってるんじゃないのかしら?」
「指揮官を連れていけないようなお店!? い、一体どんなお店なのでしょうか?」
私がちょっとからかってやっただけで顔を赤らめてしまうTAC。
そんな事よりも、私は指揮官の可愛らしい仕草をもっと見ていたいんだ! と、再びモニターに視線を移した・・・その矢先だった。
突然、スピーカーから激しい金属音が鳴り響いたかと思えば、画像が左右に激しく揺れだした。
「っとぉ! な、なんなのよコレ!?」
「何かが楓月に当たったみたいです! 姿勢が崩れて・・・!」
操作している本人が言うのならそうなのだろうが、今の楓月の高度には激突するような障害物は存在しない。飛んでいた鳥が激突した? いや、この付近には元気に飛び回れるような鳥は生息していないはずだ。
一体、何が楓月に激突したというのか?
今までの穏やかさから一変、TACは苦い表情を浮かべながら必死にリカバリーを試みる。
TACの腕前もあり、映像の揺れは瞬く間に収束していくが、そこで再びスピーカーから金属音が響き渡る。
音も映像の揺れも一発目とは段違いに大きい。
そうして、ついにコントロールを完全に失ってしまったのか画像はグルグルと回りながら
急降下。
「あぁあぁぁぁ~~~~!」
TACの悲痛な叫びに絡め、ガシャ~ン! と、耳を覆いたくなるような破壊音が室内に響く。
カメラが上を向いた状態で墜落したのだろう。私たちの心境とは180度反対の晴れやかな蒼天がモニターに広がっている。
「楓月・・・私の・・・ふうげつ・・・」
ガックリと肩を落とし、放心状態でモニターを見つめるTAC。
いきなりの事で私も言葉を忘れてしまっているが、ここは可及的速やかにTACをフォローしなければいけない状況だ。
何か気の利いた言葉を・・・今の状況を打開できる奇跡の一言を!
「ま・・・まだ楓月が壊れたって決まったわけじゃないわ! ほら! もう一度飛ばしてみるの! 諦めたらそこで試合終了ですよ!?」
はい、いざという時にスベっちゃうポンコツ副官で本当にすいませんでした。
「うぅ・・・うええぇぇぇえぇぇん! ふうげつぅ~! ふうげつぅぅぅ~~!」
そんな私の力説がトリガーになってしまったのか、TACは堰が崩れたような勢いで泣き出してしまった。
こうなってはもう私もダメだ。なにせ、こうなってしまった大本の要因が私なのだし。
「ごめんごめん! 楓月はちゃんと回収してすぐに修理するわ! だからもう泣かないで! ね?」
頭を抱いて宥めてみるが、もうそんな事にも気づいてくれないくらいTACは超泣きである。
それでもなんとか落ち着けようと試行錯誤を繰り返している最中、モニターに動きがあったのを視界の端で捉えた。
『休暇中の指揮官様を付け回すとは、とんだ不届き者も居たものですね。聞こえていますか、
ドローンの持ち主さん。アナタの事ですよ?』
そこに映っていたのは、楓月を足蹴にカメラを見下ろすスプリングフィールドの姿。
怒り心頭の声色も、氷柱のように鋭く冷たい視線も、まるで、すぐ目の前で向けられているかのような迫力で思わず息を呑んでしまう。
あれだけ離れて尾けていたというのに、存在に気づかれていた事も驚きだが、それよりも恐ろしいのは彼女が楓月を撃墜させた方法である。
休暇中なので、スプリングフィールドは銃を携行していない。その代わりに、モニターに映る
彼女の右手に握られているのは、両端をナイロンワイヤーで結わき、しならせた木材。
銃よりもはるか昔に人間が考案した狩猟武器、〝弓〟である。
楓月に気付いていた彼女は、買い物を楽しむ最中に弓の材料を調達。指揮官をあえて囮として
残し、楓月が指揮官に気を取られている隙に即席の弓と矢を作ったのだ。
弓なんて化石みたいな武器を使った事あるのかよ!? と、ツッコミを入れたいところだが、ぶっつけ本番でこんなことできるわけ無いので、たぶん使ったことあるのだろう。
ね? だから言ったでしょう? スプリングフィールドが一番怖いんだ、って。
『鉄血か、それとも〝白い勢力〟なのかは知りませんが、次は無いと肝に銘じておくことですね』
冷たく言い放ち、スプリングフィールドが矢を番える。
そんなものどこで調達したのか、黒く光る矢じりがモニター越しに私に向けられる。
「待って待って! 尾けていたのは謝るから、そんな物騒なもの向けるんじゃないわよ!
・・・向けないでください! お願いします!」
「ふぇえぇぇぇえぇえん! ふうげつぅぅ~~~」
せっかくの休暇だというのに、もう、室内は大パニックである。実戦任務だってこれほどの騒ぎに陥ることは滅多にない。
楓月には出力装置が付いていないので、こっちが土下座して謝ったってスプリングフィールドが手を止めることはない。もう、このドローンは敵であると確信されてしまっており、彼女は敵に
対してはとことん容赦ない人形なのである。
こんな至近距離でカメラを思いっきり射抜かれたら、楓月は間違いなく全損だ。そうなれば、
TACからの信用も失ってしまうのはもちろん、指揮官からも盛大なお叱りを貰うこと請け合い。
ありとあらゆる悪い事が私の頭の中でグルグルと飛び回り、もうどうしたら良いのかわからなくなって、涙がちょっとだけ出てきてしまう。
ギリギリ、と引き絞られたワイヤーが今まさに矢を撃ち出さんとして・・・
『ちょい待ち、春ちゃん!』
それはまさに天からの救いの一言。
駆けつけてきた指揮官の制止を耳にして、春ちゃん・・・スプリングフィールドは矢を挟む指に力を入れ直してくれた。
『何かあったのですか、指揮官様?』
『そのドローン・・・タっちゃんのふうちゃんじゃないかな?』
『誰の・・・何ですって?』
『うちのTACちゃんのドローン、楓月よそれ』
本当にもうあと半歩で断崖絶壁から真っ逆さま、という状況で命綱を手繰り寄せた気分だ。
安堵の息を大きくついて、椅子の背もたれに思いっきり寄りかからせる。
『確かに、TACのドローンによく似ていますが・・・私たちの基地のTACのモノだとも限りませんよ?』
『ん~・・・識別コードが同じだから間違いないわね。ほら、ここ』
『・・・・・・20桁もあるコードをよく覚えていらっしゃいますね』
指揮官の話で納得してくれたのか、スプリングフィールドはここでようやく構えを解いてくれた。
「良かった~・・・TAC、私たち助かったわよ」
「くすん・・・ぐす・・・」
まだ鼻を啜りながらではあるが、私の言葉にTACはコクコクと頷いてくれる。
全損という最悪の結末は回避できたし、楓月を持ち帰る目途も立った。状況は少しづつ好転してきてくれているようだ。
『しかし、なぜ楓月が私たちを尾行していたのでしょうか?』
『護衛のつもりだったんじゃないのかな? タっちゃんからは何も聞いていないけど、春ちゃん
だけじゃカバーしきれない事もあるかもしれないから、って心配してくれたのかも』
いいぞいいぞ。このまま護衛の為だと思っていてくれれば、それで話を合わせて勝手に尾行した罪を軽減する事だってできる。
風は今、私の為に吹いている!
『それなら、わざわざステルスカモフラージュを施す必要はありませんよ。大抵、こういう事を
するのは後ろめたい事があるからと相場が決まっています』
『タっちゃんが何か悪い事を考えてるとは思えないけど。確かに、春ちゃんの言わんとしている事は分かるわ』
スプリングフィールドぉ~。余計なことを言ってからに・・・
『なんかイマイチ納得がいかない状況なのよね。・・・まぁ、いつまでも考えてたって仕方ないか』
『基地に電話ですか?』
スプリングフィールドが電話と言ったのを聞いてドキリとしてしまう。
今の状況で指揮官が電話する相手なんて、もう考えるまでもない。
モニターの向こうで2人の会話が止まってからほんの数秒後、私のポケットから軽い電子音が
鳴りだした。
「ですよねぇ・・・」
基地でお留守番している副官の私に電話がかかってくるのは当然の事である。
出ないわけにはいかないし、もう、言い訳をして乗り切ることもしたくない。
下らないヤキモチを妬いたせいでTACまで巻き込んで迷惑をかけてしまったのだ。せめて、
経緯を全部正直に話して償いをしなければ、後ろめたくてTACとまともに顔を合わせる事もできなくなってしまうかもしれない。
『案外、ヤキモチ妬いたネゲヴがタっちゃんをそそのかしてストーキングさせた、とかいうオチだったりして』
『ふふふ、ネゲヴらしい話です。でも、流石にそこまで愚かな事を実行するような娘ではありませんよ。それは指揮官様もよくご存じでしょう?』
『まぁね。あの娘だって、伊達でスペシャリストを自称してるわけじゃないんだしね』
天井知らずに上がっていくハードルに心底嫌気が差してしまうが、これも自分が撒いてしまった種だ。自分で刈るのがスペシャリストの務め・・・いや、スペシャリスト関係ないか、これ。
天井を仰ぎ、大きく深呼吸を一つ。せめて、誓約解消とか言われませんように、と心の中で祈りつつ、私は取り出した携帯端末の通話ボタンを押した。
TACは個人的に上位に入るくらい好きなキャラです。ハロウィン衣装のハンター姿とカッコ可愛いですね!
一説によると、実銃のTAC-50は対人狙撃における史上最長記録を有しているのだとか。いつか、これをネタにしてみようかしら?
来週の更新もどうぞお楽しみに~