ドールズフロントライン ~ネゲヴちゃんの新婚日誌~   作:弱音御前

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ついにセミが鳴き始め、暑さで溶けそうな今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんの休暇、今回で最終話となります。
相変わらずなんの変哲もない内容ですが、最後までお楽しみいただけたら幸いと思います。
それでは、今回もごゆるりとどうぞ~


ネゲヴちゃんの新婚日誌 6話

 皆様ごきげんよう。毎度おなじみ、スペシャリストな戦術人形のネゲヴよ。

 グリフィン7日間の休暇もいよいよ最後の日。楽しい時間が過ぎるのはあっという間なものね。

 指揮官とのシンコンセイカツを満喫するべく奔走していた私だけど、ドえらい事件をしでかしてしまったせいで今のところは少しマイナス。

 さて、この失態を巻き返し、最高の休暇と相成ったのか否か。どうぞご覧あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! で~きた、っと」

 

 指揮官の声が聞こえたような気がして目が覚める。

 身体は馴染みのあるベッドの上。どうやら、指揮官の部屋のようだと暗がりの中でも判断

できる。

 

「ぅ~頭イタ~・・・喉乾いた」

 

 キリキリと締め付けられるように痛む頭を抱えつつ、水分を求めて本能的に身体を起こす。

 すると、ベッドの枕元にミネラルウォーターのボトルを発見。栓を開けるや、思いっきりボトルを傾けて口に水を流し込んだ。

 

「んく・・・んく・・・・・・ふはぁ~」

 

 ボトルの中身半分を一気に飲み込んだところで、ようやく思考回路が活動を開始してくれる。

 

(M16達と飲み比べして酔い潰れたんだっけ。その後に指揮官が来て・・・指揮官が私を部屋に運んでくれたのかな?)

 

 しかし、指揮官も部屋に戻ってきたのなら、ベッドの上に私だけしかいないというのはおかしい。

 時計に目を向けてみれば、時刻は午前2時。こんな夜中にどこかへ出かけるような人ではない

はずなのだが・・・

 

「絶対に似合うと思うんだけど・・・やっぱり、本人が気に入ってくれるかっていうのが一番肝心よね」

 

 そもそも、この指揮官の声、というか独り言を耳にして目が覚めたのだという事を思い出す。

 声が聞こえる方に目を向けてみれば、その先には部屋を半分に仕切るパーテーションが展開されていた。

 基本、グリフィン宿舎の部屋というのはキッチン、シャワールーム、レストルーム、リビングが一室、という構成になっている。しかし、臨時で誰かを招いた時や今のようにリビングと寝室を

仕切りたいといった時の為にスライド式のパーテーションを展開できるようになっているのである。

 指揮官の声はパーテーションの向こう側から聞こえてくる。この休暇の間もこんな時間まで起きていなかった彼女が、今夜に限って一体何をしているのだろうか?

 好奇心に駆られた私はベッドから静かに降りると、足音を殺し、ゆっくりとパーテーションの

ドアに歩み寄っていく。

 ノブに手をかけてドアを押し開くと、淡い白色の光が寝室側に差し込んでくる。

 

「指揮官?」

 

 ドアから顔を出してみると、指揮官は執務用のデスクについていた。休暇だというのに書類を

並べてお仕事を・・・などという事はなく、デスクの上には、なにやら見慣れない機械と大きな布が広げられている。

 

「あら、ネゲヴ。うるさくして起こしちゃったかしら?」

 

「ううん、なんとなく目が覚めただけ。こんな時間に何をしているの?」

 

「これは・・・・・・見つかっちゃったらしょうがないか。ちょうど出来上がった事だし、もう

プレゼントしちゃお」

 

 指揮官はそう嬉しそうに呟くと、布を両手で掴み、私に見せるようにバサリと広げて見せてくれた。

 

「え? え? それって・・・衣装?」

 

「そう。ネゲヴに似合うかなって思って、和服を拵えてみました」

 

「拵えてみた、って指揮官が作ったの? 作れるの?」

 

「昔、ちょっとだけ縁があったのよ。マーケットでミシンと布生地なんていう珍しい物が手に入ったから、腕の調子が良い時にコツコツと作ってたの。驚かせたかったから、あなたには内緒でね」

 

 まさか、指揮官にそのような技量があったという事は驚きだが、それ以上に嬉しさで私は言葉をすっかりと忘れてしまっていた。

 だって、大好きな人が私の為にこんな綺麗な衣装を作ってくれたのだ。これが嬉しくなくてなんだというのか。

 

「着てみてくれる? 寸法はしっかり合わせたつもりなんだ。まぁ、採寸した時よりもネゲヴが太ってなかったら、だけどもね」

 

「あ・・・うん、分かったわ」

 

 よく考えてみればかなり失礼なことを言われていたが、私はそんなの完全にスルーしてしまう。つまりは、それだけ心ここにあらず、だという事である。

 私が上着を脱ぐと、歩み寄ってきた指揮官が着物を羽織らせてくれる。

 スルリと、まるで滑るように私の身体を覆ってくれる優しい感触は、普段着ている洋服では決して味わえない心地よさである。

 64式やカルカノ姉妹は今までこんな異次元感触を堪能したとは。全くもってけしからん。

 

「うんうん。サイズぴったりだし、デザインも中々ね。やっぱりネゲヴには黒と赤が似合う」

 

 ベースの色は黒で裏生地と刺繍に濃い赤色が使われている。それでも衣装全体が攻撃的な雰囲気になっていないのは、華柄の刺繍が入れられているからなのだろうと、私なりに分析を試みた。

 

「これ・・・〝アカギ〟っていうが着てたのに近い?」

 

「あれ!? もしかして、あの本見つけちゃった?」

 

 数日前、指揮官の部屋を掃除していた時に見つけた本のキャラクターが着ていた服のデザインに近いということに気付く。

 

「あの本に書いてあったデザインをお手本にしてたのよ。別に、やましい事があってあそこに隠したわけじゃないんだからね?」

 

 着物を作っている事を気取られたくなくて本を見つからないようにしていたのだろう。まあ、

あんなところに隠しているのを見つけたら、どうしたってやましい事があるように思えてしまうので、今度からはもっと考えて隠してもらいたいものである。

 

「と、そんな事は置いておいて。そろそろネゲヴからも感想を聞けたら嬉しいな~、なんて思ったりなんかしたりして」

 

「ふぇ? か、感想? 感想ね。え~と・・・その~・・・あの~・・・これはなんていうかとても・・・・・・い、イイものだわ」

 

 この究極に最高な気分をしっかり伝えようとメモリーからあらゆる言葉を引っ張り出した結果、こんなの陳腐なセリフが口をついて出てしまった。

 あぁ・・・私ってホント馬鹿。

 

「あははは! また、ド直球な感想ね。でも、本当に良い時ってそんな単純な言葉しか浮かばなくなるのかもね。それだけ気に入ってくれたって判断して良いのかな?」

 

「うん、いい! 本当に最高! すっごく気に入ったわ!」

 

「そこまで喜ばれちゃうとなんか恥ずかしくなってきちゃうな~。と、そうそう。これもちゃんと付けてあげないとだよね」

 

 何かを思い出したかのように指揮官はポケットに手を突っ込み何かを取り出した。

 

「酔った勢いとはいえ、もう賭けの景品になんてしたらダメだからね」

 

「ぁ・・・これ! そうだった!」

 

 私の前髪に六芒星の髪留めを付けてくれた事で、私はつい数時間前の大失態を思い出した。

 指揮官からのサプライズを受けて暢気に喜んでいる場合じゃないぞ、マジで。

 

「たしか、M16とモシンナガンに負けて髪留めを持っていかれて、それを取り戻すので指揮官が勝負を挑んでくれたんだったのよね。ここにあるってことは、あの2人に勝ったの?」

 

「もちろん。私はむりやり巻き上げるなんて真似はしないわよ」

 

「よ、よく勝てたわね。指揮官、お酒飲めないんでしょ?」

 

「飲めないっていうか、飲まないっていう方が正しいかな」

 

 その2つの言葉は何が違うのだろうか?

 

「私ってお酒を飲んでも少しも酔わない体質なのよ。お酒って、酔って気分が良くなるのが目的の飲み物でしょう? 酔わない私にとってみたらあんなの苦いし薬臭い水みたいなものだから、わざわざマズいものを飲む意味ないのよ」

 

「へぇ~、そういう体質の人間もいるのね」

 

 そもそも、普段から酔っぱらっている奴と同じくらいテンションが高い指揮官だ。そもそも、

酔う必要も無いのだろう。

 

「じゃあ、甘いお酒とかにして飲むだけ付き合ってあげればいいのに」

 

「あのね、酒飲みってのは自分よりも酒が強い奴がいるって分かるといつでもどこでも絡んでくるようになっちゃうものなのよ。昔、それで嫌な思いして以来、お酒は飲まないようにしてるの。

あと、酔わない副作用なのかお酒飲むと目が冴えちゃってその夜は眠れなくなっちゃうの。それも飲まない理由のひとつかな」

 

 それで珍しくこんな夜更けまで起きていたのか。そういった諸々の事情が分かったので、これからは私も指揮官の面倒回避に手を貸すよう心掛けるとしよう。

 

「そんでさぁ、酒に弱いくせになんで飲み比べ勝負なんか受けたの? 煽られたにしても、普段だったらそんなのにノるあなたじゃないでしょ?」

 

「あぁ、あれは・・・」

 

 本人を目の前にして言うのは恥ずかしくて仕方ないが、巻き込んでしまった以上、誤魔化すわけにはいかないだろう。

 M16とモシンナガンが指揮官が酒を飲めないことを馬鹿にしたような態度だったのが気に入らなかった。それを謝って貰おうと思い勝負を受けた、という旨の説明をすると、指揮官はケタケタと笑いだしてしまった。

 こういう反応をされるのはある程度予想の範疇だが、いざこうなってしまうと顔が熱くなってしまうほど恥ずい。

 

「あんな酔っ払いの言う事を気にしなくていいのに。あの娘達だって、そういうつもりで言った

わけじゃないんだからさ」

 

「うぅ・・・それは分かってたけど、でも我慢できなかったんだもの」

 

「そっかそっか、私の為に勝負を挑んでくれたのか。ありがとうね、ネゲヴ」

 

 恥ずかしくて俯いたままの私を指揮官がそっと抱きしめてくれる。

 ここ最近は色々とあってご無沙汰だった指揮官の柔らかな体の感触、頭を撫でてくれる手の優しさは身体が蕩けてしまいそうなくらい心地よい。

 こういった温かさも和服のサプライズもそうだったが、指揮官は私に沢山のモノをくれる。

そんな指揮官に私は何かお返しできることがあるのだろうか?

 ふと、そう考えたところで大事なことを思い出した。

 今こそ、アレを実行する好機じゃないか! と。

 

「あのね、指揮官。実は、私からも指揮官に贈り物があるの」

 

「私にプレゼント!? ウソ~! 何を用意してくれたの? 超楽しみなんですけど!」

 

 子供のように目をキラキラ輝かせて期待している指揮官を見ると、ちょっと怖気づいてしまいそうになるが、勢いで言ってしまった手前、もう退くことはできない。

 さっき脱いだ上着を拾い、ポケットにしまっていたプレゼントを取り出す。

 

「これ・・・どうぞ!」

 

「なになになに~? なにが入っているのかな~・・・おお? イヤリングだ!」

 

 指揮官の為に私が選んだものは、たまにグリフィン購買エリアに表れる個人のアクセサリー屋で売っていたイヤリングである。

 銀と鉱石を加工した精巧な作りが綺麗で、グリフィンの娘達の間ではちょっと話題になっている店だったので、私も思わず足を運んでみたら目を奪われてしまった次第なのだった。

 

「剣みたいな葉に紫の花が並んでいるのかな? これ、なんていう花?」

 

「グラジオラスっていう花よ。勝利を象徴する花らしくて、指揮官にピッタリかな・・・なんて」

 

「ああ、花言葉っていうやつか。良く知っているわね」

 

 そう、グラジオラスの花言葉は〝勝利〟。私にしては珍しくそんな願掛けをして指揮官の為に

選んだのだ。

 ただ、その裏で〝紫のグラジオラス〟にはまた違った面の花言葉があるのだが・・・それは、

わざわざ指揮官に言う必要は無い事だ。

 

「どうどう? 似合うかな?」

 

 いつの間にかイヤリングを付けていた指揮官が嬉しそうに見せてくる。

 普段、アクセサリーを全く身に付けない指揮官なので、その反動もあって、耳元でゆらゆらと

揺れる紫の石はとても美しく艶っぽく映る。

 

「すごく似合ってるわ。それ、重さとか気にならない?」

 

「まったく問題無し。ありがとう、ネゲヴ。大事にするからね」

 

「うん。私も、指揮官が作ってくれた着物、大切にする」

 

 休暇の最終日は作戦開始に備えての前準備に充てなければならないので、6日目の今日が実質の休暇最終日になってしまう。

 この休暇中に指揮官にプレゼントを渡せて、こんなに嬉しそうな笑顔が見れて本当に良かった。

 これでもう、私の休暇はミッションコンプリートである。

 

「明日はみんなにネゲヴからのプレゼント見せびらかしちゃうんだ~♪」

 

「ちょっと、基地中を見せびらかして歩きまわるつもり? それは流石に疲れるからやめておきなさいよ」

 

「? もしかして、イベントの事を知らない? メールで回ってきたの見てないでしょ」

 

「え? メール?」

 

 確かに、この連休中はメールの確認なんてしていない。

 だって、仕事がお休みなんだから確認の義務なんてないじゃんか! ということで言い訳とさせてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6日目 夜

 

 グリフィン基地内の各棟で四方を囲った中庭。普段は私なんかを含めた教官達の罵声と訓練に

勤しむ娘達の泣き言が飛び交う場所だが、今夜はその装いを一変させていた。

 幾つも並べられた長テーブルには絢爛豪華な料理がズラリと並べられ、一角には10段重ねの

グラスタワーが鮮やかな蛍光色を放っている。

 立食パーティーの装いではあるが、テントが建てられたその下にはテーブル席も用意されていて、持ってきた料理をそこでゆったりと味わうことだってできる。

 普段、この時間は基地内の各地に散らばっている百数十名の戦術人形達だが、今夜は全員この

広大な中庭に集合していた。

 決して強制ではない。みんな、この場を支配している楽し気な空気に引き寄せられて足を運んでくれたのである。

 

「ごきげんよう、ネゲヴ。・・・珍しい衣装を着ていらっしゃいますが、そんなのグリフィンの

ラインナップにありましたの?」

 

「ふふふ、実はこの衣装、指揮官が私の為に作ってくれたのよ。綺麗でしょう?」

 

 着物の裾と帯を翻しながらその場でクルリと一回転。タボールに私の装いを見せびらかす。

 

「まあまあ! 指揮官様お手製の衣装だなんて、羨ましい限りですわ! 私も今度頼んでみよう

かしら?」

 

 案の定、私の着物姿を羨ましがっているタボールだが、私は今タボールが着ているバニー姿も

少しだけ羨ましい。

 やっぱり、そういう悩殺系の衣装も指揮官の眼を惹きつけるためには必要だと思うんだ、うん。

 タボール、ガリルと暫し談笑してから席を離れる。

 

「おぉ~? 副官が珍しい装いしてるって聞いたから来てみれば、これは中々に〝映える〟衣装

だねぇ! 写真撮ってアップしてもいい?」

 

 すると、次はMDR達ブルパップ組に絡まれて・・・といった事をさっきから何度も繰り返し、指揮官からもらった着物はみんなから絶賛の嵐である。

 まるで、ファッション雑誌に載っているモデルになったような感じで、まんざらでもないと思ってしまう。

 

「でしょでしょ? 実はこのイヤリング、ネゲヴがプレゼントしてくれたのよ。グラジオラスっていう花を模していて、花言葉は・・・」

 

 少し離れた場所では指揮官も私と似たような事をしている。

 誓約を交わした者同士、似た者同士ということなのだ。

 

「あら? そろそろ始められるみたいですよ。お食事は一旦止めて、あちらに行きましょうか」

 

「オッケー。私はアレやったことないからさ、95式がやってるのを実況生中継させてよ」

 

「撮影するよりも実際にやった方が楽しいですよ。危ないものではないですから。副官も一緒に

行きましょう」

 

「私は指揮官を拾ってから行くから、お先にどうぞ」

 

 中庭の一角に向けて流れ始めた娘達を見てRFB達も私のもとを離れていく。

 流れに逆らうようにテントまで移動すると、そこでは蒼いドレスを纏ったスプリングフィールドと指揮官がお話の真っ最中であった。

 私の着物だって決して負けていない。負けてはいないのだが・・・どうしたって彼女のドレス姿はサマになりすぎて勝てる気がしないと思ってしまうのは私だけじゃないだろう。

 

「ネゲヴからのプレゼントなのですか? 紫色のグラジオラス・・・ねえ」

 

 スプリングフィールドにもプレゼント自慢をしていたのだろう、指揮官の話を聞いた彼女はちょっと思案に耽るような面持ちを浮かべていた。

 

「もう始まるみたいよ。移動しましょう」

 

「そだね。じゃあ、ネゲヴと先に行ってるから、あとで合流しましょう」

 

 スプリングフィールドはテント席の片づけを少しこなしてから来るという事なので、ここで一旦お別れ。

 先に歩きはじめる指揮官についていこうと足を出した、そんな矢先だった。

 

「ネゲヴ」

 

 スプリングフィールドに肩を叩かれ、小声で呼び止められる。指揮官は抜きの話で、という

雰囲気だ。

 

「何かしら?」

 

「紫のグラジオラス、〝情熱的な愛〟とは随分と乙女チックなところがあるじゃないですか。見直しましたよ」

 

 含みを込めた笑みで言われ、一瞬にして顔がアツアツになってしまう。

 

「そ、そそそそそそれ、指揮官に言った!!?」

 

「もちろん言っていませんとも。これは、私達だけの秘密ですよね。フフフ」

 

 口に指を当てたまま、スプリングフィールドは踵を返して去っていく。

 〝勝利〟という花言葉はグラジオラス全般に該当するもの。そして、花言葉というのは花の色

ごとにまた別のものも割り振られたりする。

 紫のグラジオラスは〝情熱的な愛〟。そう知った瞬間、私はもうこれしかないと即決してしまったのだ。

 そんな事を知っている奴はいないだろうとタカを括ったのが大きな間違いだった。

 この基地には、常識では考えられないような技能を持った人形が1名存在するのを思い知っていたというのに。

 これから先の人生、私はもうスプリングフィールドの言いなりになって過ごしていくしかないのだろう。

 

「顔が真っ赤だけど、どうかしたの?」

 

「いや・・・なんでもないわ。気にしないで」

 

 しかし、そんな先の事を考えていても仕方がない。今だ。人生というのは今を楽しむことこそが大切なのだ。

 指揮官と並んで人形達が集結している一角に到着する。

 みんなが囲んでいるその中心には長テーブルが幾つか並べられ、その上には長さや太さの様々な色とりどりの棒が何百本も置かれている。

 さっきまでの立食会はあくまでもオマケ。今夜はこの棒がメインイベントなのである。

 

「みなさ~ん。まずは私がこの〝花火〟についてご説明させてもらいますね~」

 

 白い着物姿の95式がみんなの前に出て注目を集める。

 

「まず、筒の端に紙が付いていない方が持ち手になるので、こちらを持ってくださいね。そして、紙に火を付けます。導火線のように紙から筒に火が燃え移ると・・・」

 

 95式が手にした筒に火が到達した瞬間、勢いよく火の粉が噴き出してきた。

 それを見て、周囲の娘達から驚きの声が上がる。普段はクールな娘達も、一様に目を丸くして

驚いているのは、遠目に見ていてもちょっと面白い。

 

「火薬が燃えていますので、絶対に人に向けないこと。しばらくして火薬が燃え尽きると火の粉も収まりますので、終わったら水に付けて完全に消火してください。それでは、みなさん十分に注意して思いっきり楽しみましょう。花火大会、開幕で~す」

 

 95式の宣言と共に、まるで鉄血の部隊に襲い掛かるかのような勢いで人形達がテーブルに押し寄せていく。

 

 お目当ての花火を手にした娘達は各々、95式の注意に従って危なくない範囲にまで広がり、

各地では、その名の通りの火の花が七色に咲き誇っている。

 

「ふわぁ~! これ、初めと色が変わってきてすごく綺麗です~」

 

「ねえ、41ちゃん、火をつけたままこうやって回すともっと綺麗だよ! 一緒にやろうよ!」

 

「サイガ、そいつをしっかりと抑えておけ。さぁ、さっき私を盗撮した映像データを渡せ。

綺麗なお肌を焦がされたくはないだろう?」

 

「し、知らない知らない! ドラグノフが鼻からワインを吹き出した画像なんて知らないよ~! アッつ!? 花火を他の人に向けたらダメだって95式が言ってただろう!? 誰か助けて~!」

 

 一部、なにやら危険な様子も見受けられるが、みんな初めての花火に大はしゃぎで良きかな

良きかな。

 私達も傍から眺めてばかりいないで遊びたいところなのだが、いかんせん、大人数がテーブルに押し寄せているような状況だ。花火を取りに入る隙間も見つからない。

 

(ん~・・・でも、見ているだけでもいいかな。綺麗だし)

 

 副官という立場もあるし、傍観を決め込むのもいいかと考えて・・・

 

「ネゲヴ~! こっちこっち~!」

 

 そこで指揮官に呼び掛けられる。

 

「指揮官? いつの間にあんなところに」

 

 つい今しがたまで私の傍に居たと思ったら、会場の隅っこで座り込んで私に手招きをしていた。

 花火の喧騒から少し離れ、指揮官の傍で私も同じようにしゃがみ込む。

 

「みんなに楽しんでもらってるのを見ながらさ、こっちはコレをやりましょう」

 

 言って、指揮官が手に持ったモノを私に差し出す。

 

「? なにこれ?」

 

 長さは15センチくらいだろうか。紙を捩らせた〝こより〟のようなものだ。

 これをやるって、何をどうやるのか私にはさっぱり分からない。

 

「これ、線香花火っていって、れっきとした花火なのよ」

 

「せ、閃光・・・花火?」

 

 まさか、こんな細くて頼りない紙が、火をつけるとフラッシュバンのような閃光を放つとでもいうのだろうか?

 恐るべき、先人達の知恵っ!

 

「その表情、絶対にすごい勘違いしてるわよね。まあ、見てみれば分かるわよ」

 

「待って待って! まだ心の準備が!」

 

 私の事もお構いなしに閃光花火に火を付けようとする指揮官。それよりも数瞬早く、私の防御姿勢が間に合った。

 目をしっかり閉じて耳を塞ぐが、しかし、いつまでたっても閃光の炸裂は感じられない。

 不審に思って恐る恐る目を開けて・・・私は目の前の光景に嘆息を漏らした。

 

「ちょっと地味だけど、すごい綺麗でしょ?」

 

 火を付けたこよりの先端にはオレンジ色の火球が浮かび、その周囲では、まるで小さな爆発でも起こっているように火花が散っている。

 確かに、指揮官が言う通り他のみんながやっている花火より派手さは無い。

 しかし、この宵闇の中で静かに、でも鮮烈な橙色の輝きを放つこの花火に私の眼はすっかり

釘付けにされてしまっていた。

 

「あ、落ちちゃった」

 

 何の前触れもなくポトリと地面に落ち、溶けるように消えていく花火を見て思わず言葉が出てしまう。

 そんな私を見て、にやにやと笑っている指揮官に気付き、恥ずかしさのあまり俯いて誤魔化す。

 

「はい、ここを持って。火を付けるからそのままね」

 

「うん」

 

 言われたように花火を持っていると、再びあの小さな火球が私の前に現れてくれた。

 見ていただけでは分からなかったが、持っていると火花が炸裂する感触が指に伝わってきてちょっと面白い。

 どうなっているのか不思議に思い、近くで見てみようと腕を上げる。瞬間、火球がポトリと地面に落ちてしまった。

 

「え? もう?」

 

「揺らすとすぐ落ちちゃうのよ。長持ちさせるコツは息を殺して身じろぎひとつとらない。狙撃と同じよ」

 

「な、なるほど。花火っていうのは奥が深いのね」

 

 指揮官から次をもらって火を付ける。

 今度は言われた通り、息を殺してジッとしているだけでさっきよりも長い時間花火を見ていられた。

 

「・・・これも火薬なのよね。すごい不思議だわ」

 

 ふと、思ったことが口をついて出てきた。

 すぐ横で指揮官は私の言葉の続きを待って耳を傾けてくれている。

 

「ガンパウダーも爆薬も、私にとって火薬は戦闘の道具っていう認識しかなかった。でも、こんなに綺麗で盛大で、みんなを楽しませるものになるのね。ちょっとビックリした」

 

 例えば95式や64式のように出身によっては花火の存在を良く知っている娘も何人かいるだろうが、ここにいるほとんどの娘は、今夜初めて花火を知ったことだろう。

 そして、殺しの道具として慣れ親しんだものだからこそ、きっとみんな驚いているのだ。

 

「そうね。見方、使い方の問題ってやつね」

 

「使い方の違い。・・・・・・私達もそうなれたりするのかな?」

 

「もちろん、そのために私がいるんだもの。ネゲヴは、そうなりたい?」

 

 ちょっとだけ思考を巡らせて、首を縦に振った。

 彼女に会っていなかったら、私はもしかしたら首を横に振ったのかもしれない。

 ただ、戦闘の効率化を追求するだけのスペシャリストの私だったのなら・・・

 

「よしよし。私に任せておきなさい」

 

 指揮官が肩を抱き寄せてくれたので、それに抗うことなく身体を寄せる。

 せっかく最高記録の大きさにまで育ってくれた花火が落っこちてしまったが、今はもう指揮官の温もりと優しさに浸る方が優先なのでそんなのはシカトである。

 

「来年には鉄血の事件が片付いてて、のんびりとした中で、今いるみんなでまた花火をやりたいわね。こんな塀の中じゃなくて、もっと広~い平原まで出てさ」

 

「ん~・・・それ、なんか死亡フラグっぽい言い方だけど大丈夫かしら」

 

「ネゲヴちゃんはさぁ、せっかく私が綺麗に纏めようとしたのに、どうしてそう水を差すような事を言うかな?」

 

 人形達の姦しい声が響く中、夜は更けていく。

 36時間の後、私たちはまた硝煙に塗れた戦場に赴くことになるが、せめて、それまでの間は

平穏な時を過ごす少女であれ、と全力で日常を楽しむのだ。

 

 

                                  

END

 




ネゲヴちゃんの休暇、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
前作、男性指揮官のお話では不遇な扱いだったネゲヴなので、今回は甘々でいこうと決心した
つもりなのですが・・・どうにも、不遇な扱いになっちゃうのはあまり変わらないようですね。
まぁ、お話を考えてる当方のせいなので、お前が言うか! ってところなのですが。

男女2人の指揮官を主軸に置いた、隙の生じぬ二段構えでお送りしている当方のお話ですが、
次回作は男性指揮官編でいこうかな~、と考えています。
何週間か時期を置いてからの投稿になると思いますので、気が向いたらまた足を運んでやって
くださいな。

以上、弱音御前でした~




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