このためティターさん達は出てきません。
2075年10月30日 日本帝国静岡県掛川
ハロウィンを明日に控えた夜。
あたしは掛川茶畑要塞の食堂で早めの食事を取っていた。
「望月隊長、今日は晩飯早いんですね。」
声を掛けてきたのは要塞に詰めているトロールの傭兵である宮川だ。
「ほら明日ハロウィンじゃない。将門公への対応するために朝が早いのよ。」
「俺は去年まだいなかったんで良く知らないのですが、厄介なんですか?」
その質問にあたしは何と答えるか迷いを感じる。準備が大変だけど厄介かと問われると難しい。
「そもそも論として何故将門公が、ここに攻めてくるかわかる?」
宮川はわずかに首をかしげる。
「掛川の西の端にある十九首に将門の首が埋められていて怨霊として顕現して暴れまわる。」
あたしは頷く。
「でも、それは将門公の怨霊がこの地に出る理由で、ここにやってくる理由ではないわよね?」
「確かに。なんでですか、身体でも埋まってるんですか?」
茶畑の中には将門公の身体が埋まっているとか風評被害も甚だしい。
「違うわよ。変な場所で暴れて被害を出さないように誘き寄せてるのよ。」
「え? あれですか望月さんみたいに茶リキュールのボトルぶら下げてるとフラフラ寄ってくるんですか?」
あたしがここの仕事を引き受けたのは作りたての茶リキュールが飲めるからなのは事実だけど、ボトルにつられたりはしない。
もちろん将門公もだ。
「ここって茶畑を護るための要塞だけど事任八幡宮の摂社でもあるの。祭神は己等乃麻知媛命 (ことのまちひめのみこと)で藤原氏つまり摂関家の先祖にあたる方よ。」
宮川が全くわかっていない顔で頷く。
「そして配神には八幡大神と言う天皇家に連なる方が祀られているわ。将門公は当時の貴族政治を正すために今の茨城県で東国独立を主張し討たれた人物なの。だから恨み骨髄の対象になるのよね。」
「それで恨みを晴らすためにここに襲いかかる、と。」
「そう言うこと。もちろん間違って本宮に行かないように色々とトリックは使ってるけどね。」
あたしのような小娘がここの隊長を任されているのは、あたしが摂社を預かる女性神職であることが大きい。
茶葉目当ての野盗団を相手にするのであれば宮川のような荒くれ者共だけで事は足りる。
しかし、将門公のような霊的な存在が関係してくるとなると、あたし達のような神職を中心とした魔法使いの出番となる。
結果的に最大の脅威である将門公対策の効率化を目的として、あたしが隊長となったのだ。
事任八幡宮の神主様とは色々と話し合ったが食前に茶リキュール、食後の玉露をつけてもらうことで引き受けることになった。
食い意地が張っていると言うなかれ。2000年代初頭の気候変動により茶葉の生産は大打撃を受け、2075年の今では茶葉の価値は同じ量の黄金以上の値段で取引されている。この要塞でなければ決して認められなかった条件だろう。
「色々大変なんですね。」
「そうよ、大変なのよって、あなたも他人事じゃないじゃない。」
あたしは視界のARディスプレイに表示される切込み部隊の名簿に宮川の名前があることに気が付き声をあげる。
「そりゃあ俺はバイクリガーですから強行偵察は日常ですが。」
「あー、誰も説明してないのか。ブリーフィングで詳細説明するけど、とりあえず現場の話は聞いといて。」
あたしはこの近くにいる他の切込み部隊員を探す。
いた、エルフのソードアデプトである武山だ。
武山はその無骨な顔からは信じられないほど繊細な手付きで自分の刀のメンテナンスをしている。
「武山!」
「へい姉御。」
あたしは神職なのだから姉御呼びはやめてもらいたいところだ。
「宮川に明日の切り込み隊の仕事説明しといて。」
「ああ。そう言えば初ハロウィンか。ベテラン面してるから忘れてたぜ。おまかせください。」
そう言いながら宮川は武山に連れられて食堂を出ていく。
さて、あたしもお茶を飲んだら軽く書類を片付けて寝よう。
明日は忙しくなる。
翌朝日の出と共にあたしは起床し身を清める。
他の様式の魔法使いに言わせると意味がないのだろうが儀式の朝には必ず清めから始めるようにしている。
采女装束を整え普段はポニーテールにまとめている髪を下ろす。
そして神楽鈴、紙幣を整え儀式の準備は整う。
祭殿で神に祈り、神楽を舞い祝詞を奏上する。
これらは祭神たる己等乃麻知媛命 (ことのまちひめのみこと)の託宣を請うためのものだ。最後に琴の音を捧げる。その中で望月は白昼夢を観る。
夜半過ぎの要塞に向かう19騎の騎馬武者。全ての武者は揃いの鎧に身を包み一身に東を目指す。その途上にあるもの全てを粉砕しようと言う強い意志すら感じる。
そこで望月の視界は現実へと引き戻される。
「本日の将門公は19騎立てです。皆様準備をお願いいたします。」
この地に葬られた将門一門は19人と言われている。つまりフルメンバーでご訪問いただける訳だ。
傭兵達の反応は2極化している。歓声を上げている者と悲痛な顔をしている者だ。
当然ながらこの要塞に集う傭兵の多くは金が目当てだ。自らの命を対価に金を稼ぐ伝統的商売だ。
しかし、一部には歴史オタクやバトルジャンキー、それも近接戦闘へのこだわりのある連中がいる。戦国時代なら剣客と呼ばれるに相応しい連中だ。歓声を上げているのは後者だ。将門公には将門公のルールに従って相対する必要がある。
つまり、合戦をする必要があるのだ。本物、少なくとも本物のように見える鎌倉武士と相まみえることができることに喜びの声を上げているのだ。
相手の数が多ければ出撃人数も増えるし場合によっては入れ替わりもある。
あたし達はその後慌ただしく夜に向けて準備を整えて将門公の到着を待つことにする。
夜半過ぎ。あたしと巫女達は将門公の来られる方向を向けて建てられた神楽殿で待機している。もちろん要塞の外だ。
将門公は怨霊と呼ばれているが掛川の神であることに変わりはない。慰撫し守護いただけるようにする。これはそんな祭礼でもある。故に失礼があってはならないし、将門公のルール、合戦の作法に従わなければならない。
あたし達の正面にはバイクに乗った荒くれ者が20人、馬に乗った武人のような面構えの荒くれ者が10人いる。その中には武山も宮川もいる。共通なのは甲冑ふうのアーマージャケットを着ていることと腰に刀を履いていることぐらいだ。他は性別も種族も統一感はない。
「さあ、あんた達将門公との合戦よ。あたし達の所まで通すのは論外だけど、死なないようにね。」
「もちろんですよ、姉御!」
「巫女さんを守って戦うシチュエーション最高ですね!」
「今宵の愛刀は血に飢えておるわ。」
統一感がないのはいつものことだ。やる気があって結果さえ出してくれればそれで良い。
「いつもならだいたい500m程度の位置に顕現なされるわ。まず、口上交わすから、その前に攻撃しないように。」
将門公の祀り方がわからない覚醒初期には正面から戦い酷い被害を出したこともあると聞く。
「その後胸壁から援護射撃をしてもらうから、その後突撃よ。」
これに応えるように胸壁の狙撃部隊がライフルを掲げる。
矢戦を前衛が受け持たなくても良いのは本当にありかたい。
「その後は組み討ちよ。将門公がご満足されるまでよろしく。」
そして帯陣することしばし。忽然と生きているかのような将門公一門が姿を現す。
だが、その位置は想定していたよりも近い。そして戦場に立つ者全ての頭の中に声が鳴り響く。そこには圧倒的な覇気があり畏怖から膝を屈する誘惑にかられる。
「ヤアヤア、我こそは桓武天皇四代の皇胤、高望王の三男の鎮守府将軍平良将の子平将門なり。下総国・常陸国を統べし新皇。悪逆非道なる政を執り行う朝廷を天孫の末裔たる者の義務として天誅を下す所存である。疾く我が軍門に下るが良い。」
あたしは膝を折りたくなる誘惑をねじ伏せ敢然と将門公に目を向ける。
「ヤアヤア、我こそは忌部の祖神の妻神にして藤原家の祖神天児屋命の母神許等能麻知媛命を奉じし事任八幡宮の神主、望月みやこなり。政の無道はすでに正され世は王道楽土と呼ぶに相応しき世となっております。そこに反旗を翻す将門公こそ、無道ではございませんか。」
「確かに飢えるものは減り、暮らしは楽になっておろうが、富める者が更に富み、貧しき者が更に貧しくなる世の何が王道楽土か。」
「ならば致し方ありません武により我らの正しさを証明いたしましょう。」
そう言い捨てあたしは鏑矢を構え撃ち放つ。
鳥の鳴くような音をたて鏑矢が飛ぶ。これに合わせ将門公の軍勢が矢を弓に番える。
ここからのあたしの仕事は神職としての仕事を全うするだけだ。神楽鈴を打ち鳴らすと清浄な鈴の音が辺りに響き渡る。あたしはただ無心に祝詞を奏上する。それに合わせ巫女達が舞う。
将門公からの矢が降り注ぐが前衛達はうまく避けている。胸壁からの数十の狙撃はまるで単一の射撃かのように射撃音が鳴り響く。その集中した火線ですら一撃で郎党を屠るには至らない。しかし愚直なまでの集中砲火により前衛が相敵する前にかろうじて郎党の一柱を退散させる。
そして最初に突撃するのはバイク部隊だ。神経直結により操作し近接戦闘に特化した特注のバイク部隊だ。彼らが内燃機関の運動量を破壊力に替え手持ちの刀を叩きつける。しかし、敵もさるものカウンターで斬り込まれる斬撃により損耗はこちらが多い。
そして騎馬に乗ったアデプト剣士団が突入し斬り結び始める。将門公と切り合っているのは武山だ。
ただ、仲間の無事を祈りながら奏上する。
そして10分ほどの濃密の時間が過ぎたとき手応えを感じる。全意志力を投じ将門公を押し返す。
これにより将門公は現れた時と同様に忽然と姿を消す。
あたしはARに映る仲間たちのバイタル情報に目を向ける。どうやら死者はいないようだ。重症者には余力のある覚醒者達が治療へと向かう。もちろん医療部隊も要塞から出てきている。
「おわったぁ。」
そんなことを叫んだのは将門公が退去してから3時間程経過してからだ。
自分へのご褒美に食堂へと向かい緑茶リキュールを貰う。
炭酸と緑茶の爽やかな香りが疲れた身体に染みる。
さて、また、今日から日常が始まる。
ひとまず眠りにつくとしよう。