初夏の季節。
満開に咲いていた薄桃色の美しい桜は散り、冬の寒さが和らぎ、色彩に富んだ花々が咲き誇っていた。
生暖かく心地の良い風が吹き、夏に向け徐々に温かさが増していた。
動物達は活発的に活動をしており、鳥は飛び交い囀る。
明拓は初夏の心地の良い日差しと風を感じながら、紙に記された場所へと到着していた。
「いい天気だな。やっぱりこの季節が一番過ごしやすいなぁ…。」
明拓は天を見上げ、太陽に手が重なる様に翳し、眉を顰めて太陽の暖かな光に目を細めながら初夏の季節を堪能していた。
「さて、ここがじいさんが言っていた場所か。…あの看板、妖怪横丁?って読むのか?」
明拓の頭上には客寄せ用の看板が掲げられていた。しかし、その看板は所々錆び付いており、塗装も剥げていたため、書かれた文字を理解するのに時間を要した。
(本当にここであってんのか?でも、紙に記された場所はここだ…間違いねぇ。じいさんは行けば分かるって言ってたが…。)
明拓は最後に会った時の義明の発言に疑念を感じながら、横丁へと足を踏み入れる。
中へ入ると看板が掲げられており、提灯が垂れ下がっているいくつもの店舗が並び立っていた。
店舗はどことなく懐かしさを彷彿とさせる外観をしている。しかし、この横丁にはそこはかとなく寂れた雰囲気を漂わせていた。
一見するとただの横丁であったが、横丁内を進むにあたって明拓はある違和感を抱きながら周囲を見渡す。
(何だこの横丁?人っ子一人もいやしやがらねぇ…それにさっきからあちこちに妖力を感じる。それも一つじゃねぇ。複数だ…何かおかしいぞここ…。)
明拓が抱いていた違和感は本来であれば感じることがないであろう妖力だった。
妖力を感じるということはその周囲の近場に妖怪がいることの何よりの証拠に他ならなかった。
それも感じる妖力は一つだけでなく、複数の妖力が入り混じっていた。
これが意味する事は、この横丁は妖怪の溜まり場となっているという事だった。
明拓はその理解に及んだ時点で、妖滅師としての務めを果たす為に妖怪の気配を探ろうとしていた。
「今日は非番だったんだけどな…まぁいいか。一仕事するか。」
「おい。」
「あ?」
妖怪の気配を探ろうと集中した最中、不意に明拓の後方から声を掛けられる。
明拓は若干動揺しながらも、声のする後方へと体を向けるとそこには一人の少女が腕を組みながら仁王立ちしていた。
背丈が女子中学生ぐらいであろう少女は、神秘さを感じさせる透き通るような紫髪と薄桃色のワンピースと女性用のサンダルを身に纏っていた。
「嬢ちゃん、ここは今あぶねぇからどこかにひ―――。」
「
「…てめぇ、妖か…俺が客に見えるか?」
明拓の目の前にいる少女は彼の返答を愉快に思ったのか笑い声をあげながら言葉を続ける。
「ワハハハハ!そうかそうか!汝は敵か!では、やるとするかのう!久々の喧嘩じゃ!楽しむとするか、の!」
「!?」
少女は言葉を続ける最中で、足で地面を一蹴りして明拓との間合いをあっという間に詰めた。
距離を詰めた少女はそのまま明拓に向かって自身の拳を振るう。しかし、その拳撃は彼の体に届くことはなく、寸での所で彼の手のひらで受け止められていた。
明拓は瞬時に自身の中に眠る妖力を練り上げ、肉体を強化して少女の拳撃を見事に防いで見せた。
「…この馬鹿力!てめぇ、鬼か!人化の術で人間に化けてやがったのか!」
「ほう、よく防いだのぅ!今の攻防で
「!人のプライベートな情報を探ろうとはふてぇ野郎だな!」
「ワハハハハ!そう猛るな!」
明拓は強化した肉体で少女に反撃しようと拳を振うが、少女はその拳撃をバックステップをしながら回避して彼との間合いをはかる。
「逃がすかよ。≪
「ぬ!?」
明拓はすかさず片手で印を結び、妖術を唱える。すると、少女の影から複数の影の線が少女の後方の至る所に貼り付いて、動きを封じる。
少女はその貼り付いた影を振り解こうと藻掻くが、結果に見合わずその場から動けずにいた。
「ちょっと待ってろ。今退治してやる。」
明拓は少女との距離を詰めようと足を踏み込もうとするが…。
「ワハハハハ!やるではないか!ならば、人化を解除するとしようぞ。」
少女は高らかに笑い飛ばしながら、自身の妖力を漲らせる。
迸るおどろおどろしい妖力に包まれながら、少女の姿形が変化していく。
少女の頭部からは二本の角が聳え立ち、前歯部からは鋭い犬歯が飛び出しており、服装も和風のような出で立ちに変化していた。
「それがてめぇの本来の姿か。」
「そうだ、人化を解く羽目になるとは思わなんだぞ。折角の解除じゃ。楽しませてくれ。」
鬼の少女はそう言いながら、明拓が放った≪
「では、行くぞ?」
「…面白れぇ、鬼退治といくか。」
お互いに構えを取り、いざ決戦を挑まんとしようと間合いを詰める為に駆け出そうとするが思わぬ横槍が入る。
冷気が周囲を覆い、鬼の少女と明拓の間から突如氷の塔のようなものが地面から出現する。
「「!?」」
「両者とも、そこまでです。」
両者は突然の出来事に困惑しながら、声のする方へと視線を巡らせる。
そこには一人の女性がいつの間にか立っており、ギロリと両者を交互に睨み付ける。
雪原を彷彿とさせるかのような白に近い薄水色の長髪に、シャツとロングスカートや女性用のサンダルを身に付けており、清楚な印象を抱かせるような出で立ちだった。
「妖姫さん、この横丁内で喧嘩はご法度ですよ。理解していなかったのですか?」
「む、むぅ…じゃが、彼奴は敵なのだぞ?」
「それはあなたが勝手に判断しただけではないですか?話し合いもせずに何をやっているのですか…。」
「じゃ、じゃが…吾はこの横丁を想っての…。」
先程まで勇ましい言動をしていた鬼の少女は借りてきた猫ような態度へと変化し、折檻される子供のように委縮してしまう。
「言い訳は聞きたくありません。罰として、今晩のデザートは抜きです。」
「!?そ、そんなぁ!後生じゃ!勘弁してくれ!吾の楽しみなのだぞ!」
「駄目です。ちゃんと反省して下さい。」
「お、鬼!汝は鬼畜か!畜生か!」
「鬼はあなたですよ。」
がっくりと肩を落としながら地面に四つん這いになり、頭を垂れる。
そんな鬼の少女を横目に見つつ、女性は明拓の方へと顔を向けて発言する。
「お初にお目にかかります。私の名は
「……え?あ、あぁ…。」
明拓は目の前の光景に呆然としていた為に鈍い反応をする。
「つかぬことを伺いますが、あなたはひょっとすると義明様のお知り合いなのではないですか?」
「!?あんたまさか、じいさんが言ってた友人達って奴かい?」
「やはりそうでしたか。先程は妖姫が失礼なことを。お許しください。ここで話すもなんですから、店の方で話をお伺いしたいのですが、どうでしょうか?」
「…………わかった。」
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ。」
氷艶はそう言いながら、明拓を先導する。
彼は状況を理解出来ずにいた。しかし、目の前の女性の振る舞いに戦意が削がれてしまっていた。
半信半疑ながらも彼女の提案を呑み、彼女に促されるように後を追うのだった。