「粗茶ですが、どうぞ。」
「あ、どうも…。」
氷艶は慣れた手付きでお盆に載せた湯呑みと菓子の入った菓子椀を明拓の座るテーブルへと置く。
「おぉ、これ上手いのう。痛っ!」
「それは来客用であって、あなたの為ではありません。」
明拓と対面するように座っている妖姫はテーブルに置かれた菓子椀に手を伸ばし、菓子を頬張るがその行為を隣に座っている氷艶は頭を叩いて諫める。
「良いではないか。どうせ食べてないのじゃし…。」
「そういう問題ではありませんよ。あなたのその手癖の悪さは改めるべきです。」
「ケチじゃのー。」
「まだ足りませんか?」
妖姫は叩かれた頭を片手で撫でながら次の菓子へと手を伸ばそうとしたが、氷艶はニコニコと笑いながら殺気を放ち、彼女の頭を再度叩こうと腕を振り上げる。
「い、いやー吾超反省してる的な?もう改めすぎてマジヤバいわー。ヒューヒュー。」
「…まったく。」
妖姫は菓子椀に伸ばした手を引っ込め、冷や汗を垂らしながら血の気が引いたような顔になり、何とか誤魔化そうと口笛を吹くが音が鳴っていなかった。
氷艶はそれを見るや否や、溜息を零す。
「…んで、おめぇらは一体何なんだ?ただの妖じゃねぇのは分かるが、今一理解出来ねぇ。義明のじいさんの友人ってのは本当かい?」
「はい、その通りです。義明様と我々は盟友の間柄ですね。この横丁に住まわせて頂いているのも、彼の恩情です。」
「盟友ねぇ…。じいさんも友人達が人外なんて言ってなかったしな。ここには何年住んでんだ?」
「覚えてないのー。吾と氷艶は義明が若い時から住んでおるよ。まぁ、新参の者、消滅した者、出ていった者もおるのー。」
「なるほど…。」
明拓は訝しげに目の前にいる二人の話を注意深く聞く。
目の前にいる少女と女性は一見するとただの人間にしか見えないが、その正体は『人化の術』と呼ばれる妖術を使用している妖怪だった。
目の前で座っている二人組の『人化の術』での人間への擬態は完璧に近いものだった。というのも、通常『人化の術』での擬態は少なからずムラがある。
人間に擬態していても完全な擬態化が出来ていない者、擬態は出来ているが妖力を隠せていない者等の術者の技量に依存する為、ムラが生じる。
妖姫と氷艶の擬態はそのムラがなかった。
擬態も人間そのもので、妖力も一切感じなかった。
これが意味する事は、目の前にいる二匹の妖怪は数百という時を生き抜いてきた妖怪の中でも古参の部類に属する大妖と呼ばれる者達だった。
「そう警戒するな。義明の知り合いなら歓迎するぞ?」
「そうは言ってもな、こちとら妖滅師なんだよ。妖は警戒するんだよ。おめぇらは人を殺すからな。」
「汝は妖滅師だったのか。通りで強い訳じゃ。じゃが、人殺しについては心配いらんぞ。ここに住まう妖は皆人を殺す気はないし、何より義明と結んだ『不殺の契り』があるからのう。」
「…そうかい。じいさんと契約を結んだのか。」
妖姫は警戒する明拓に対して臆する事なく自身に満ち溢れた顔をしながら答える。
明拓は『不殺の契り』を結んだという事実に対して警戒を緩めた。
『不殺の契り』と呼ばれる妖術は両者間の同意にのみ使用することが出来る術である。つまり、ここに住まう妖怪達は自身の意思で人間を殺さない事を選択した証拠でもあった為だ。
「そういえば、もう随分と義明の姿を見てないのう。彼奴は元気にしとるのか?」
「…じいさんならもう来ねぇよ。ついでに言うと、じいさんと結んだ『不殺の契り』も解除されてるだろうよ。」
「「!」」
その言葉を聞き、妖姫と氷艶は血相を変える。
『不殺の契り』は一度結ぶと両者のどちらかが死亡しない限り解除されないからだ。
二人が生存している中で解除されたという事は術師の死亡を意味する。
明拓は二人の反応に驚きを隠せなかった。
今までの会話では動揺の一つもない態度だった二人が、義明の死亡の凶報に激しく動揺しているからだった。
それ程までに二人にとって義明という存在はかけがえのない友人だったのだ。
「…そうか、義明は逝ったか…。残念じゃ…義明は人間だったからのう。いずれこうなる事は分かっておった…。」
「…そう…ですね…。」
「…。」
しばらくの間、その場は沈黙が支配していた。そして、重々しい雰囲気が漂う中で妖姫がその雰囲気を和らげる為に啖呵を切る。
「一つ聞く。汝は義明の何じゃ?今までの口ぶりからすると、親しい間柄のようじゃが。」
「…俺ぁ、じいさんの息子だよ。血は繋がってねぇけどな…。」
「ほう!息子とな!そういえば、義明と最後に会った時に赤子を拾ったと言っておったが、汝だったか!」
「多分そうだな。俺からも聞くぞ。おめぇらはこの横丁を経営しているみたいだが、ここには人っ子一人もいねぇ。何か理由があるのか?」
「単純に人気がないからですね。」
「何だそりゃ。」
明拓は氷艶の回答に呆れた表情をしながら返す。
何か特別な理由があるのではないと彼は思っていたからだ。しかし、その予想に反した理由に彼は拍子抜けしていた。
「こんなんでよく潰れねぇな。」
「まぁ、コネがあるかのう。そのおかげで維持できておる。見ての通り、閑古鳥が鳴いておるが。たまには客は来るぞ?少ないがの。」
「ふーん。しかし、おめぇら人を殺さない上に客が滅多に来ない商いでよく消滅せずに形を保っていられるな。雑魚の妖ならとっくに消えてるぞ。」
妖怪というのは認知される上で成り立つ特異な存在だ。
平安当時、妖怪は多くの人々によって認知されていた。しかし、科学や技術等の文明が発展すると共に妖怪という存在は人々に認知されずらくなっていった。
認知されなくなった理由は至極単純なもので、科学の発展により人々が妖怪という存在に対して不信になり、忘れられていったからだった。
「今はまだ、な…年々吾らの力も減退しておる。このままいけば、いずれ吾らも消滅するのう。…義明の次は吾らの番という事かの…。」
「…これも定めでしょうか…。」
明拓はその言葉を聞き、頬杖をつきながら熟考する。
妖怪が消滅することは妖滅師としては吉報でもある。しかし、目の前の妖怪達は人に対して不殺の意思を持っており、何より義明の盟友だった。
その事実に明拓は素直に喜ぶ事が出来なかった。
妖滅師としては正しい。だが、義明の息子である自分としてはどうなのか?
答えはNOだった。
喜ぶ事ではなく、正しいとも思えなかったからだ。
そんな中、ある言葉が彼の脳裏をよぎる。
『お前ならやり遂げてくれると信じている。』
義明の言葉だった。その言葉をもって、明拓は彼が自分に何をして欲しかったのかを理解する。
「…ようやく合点がいった。そういう意味かよ。」
明拓は義明の心残り、自身がここへ送り込まれた理由、ここで何をすべきかを全て理解した上である結論へと辿り着いた。
「…任された身だ。あんたの心残り、晴らしてやるぜ。おい、おめぇらちょっと話がある。いいか?」
「「?」」
妖姫と氷艶は頭に疑問を浮かべながら、明拓の方へ視線を向ける。
明拓は決心する。義明の心残りを晴らすために―――。