マンハッタンカフェの怪文書   作:富岡牛乳

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8.有マ記念

菊花賞が終わった。

大波乱と言われたこのレース。クラシック最後の戴冠を得たのはオープンクラスに昇格したばかりのウマ娘、マンハッタンカフェだった。

その夜の京都にて、関係者だけの祝勝会が開かれた。

マンハッタンカフェとそのトレーナー、そして二人を導いた先生、約1ヶ月間の特訓に付き合ったアグネスタキオンとそのトレーナー、同室のユキノビジン。

6人で開かれた祝勝会はさぞ賑やかで陽気すぎるものだった。

普段はそんな喧噪を嫌うマンハッタンカフェだが、今日ばかりはそうでもなかった。

大人しく引っ込み思案な態度が変わることはなかったが、もの静かにも心からその感情の彩りを心から楽しんだ彼女である。

楽しい時間が終わり、ホテルに戻る途中のこと。

トレーナーは目の前を歩くウマ娘たちを見ていた。

マンハッタンカフェに絡むアグネスタキオン。それを適当に流すマンハッタンカフェ。二人の様子を楽しそうに見守るユキノビジン。アグネスタキオンに目を光らせるアグネスタキオンのトレーナー。

思えば遠くまで来たものだ、と妙な感慨が彼をふいに襲った。半年前は弥生賞で負け、その後は1勝クラスすらまともに勝てず悩んだ日々。マンハッタンカフェとうまく付き合えず、言いようのない靄を心に抱えて過ごしていたあの頃。それらの記憶が遥か遠いもののように思えて仕方がない。

 

「今日は、本当にいいレースでしたね」

ふと先生が、そう話しかけてきて

「そうですね、先生」

満面の笑みで答えるトレーナー。

それに満足そうに頷くと

「このまま、どこまで行けるのでしょうか」

と少し空を見て先生はつぶやいた。

「どこまで、と言いますと」

と尋ねるトレーナーに対して

「いえ、ね」

と一区切りし、

「マンハッタンカフェさんはこれからもいいレースをすると思います。これからどのレースに出るのか、それを考えると楽しみなのですよ」

と微笑んで話す。

「俺もです」

トレーナーはそれに同意し、笑顔を返す。

先生はその様子を見て言葉を続けた。

「私の希望を言います。…春の天皇賞。彼女なら、マンハッタンカフェさんなら、名誉の春の盾をつかめる気がするのです」

「春の天皇賞、ですか」

「はい。今回の菊花賞であそこまで見事な勝ち方が出来ました。まだ、成長途中にも拘わらず、ですよ。春の盾をつかむその日を、いつか見てみたいものです」

どこか遠い目をして話す先生に

「取れますよ!カフェなら絶対!!!」

酒を含んだ少し火照った顔で、トレーナーはそう鼻息荒く話すのだった。

 

 

 

トレセン学園に登校したマンハッタンカフェを待ち受けたのは、同級生たちの熱烈な歓迎だった。

何せ菊花賞ウマ娘。仲のいいウマ娘たちが話を聞こうと彼女の席に押し寄せてくる。

「初めてのG1レースってどんなのだった!?」

「3000mってスタミナ持ったの!?」

「アマゾンポシェットさんってすごかった!?」

皆が皆、言いたいように質問をぶつけてくるのをどうにかかわし、一つ一つ自分の言葉で返すマンハッタンカフェ。

その度にどよめきが、叫びが上がり、彼女の席の周りだけ、黄色い空気と活気にあふれているようだった。

「モテモテじゃないか、カフェ」

その様子を廊下から見て呟くウマ娘がいた。アグネスタキオンである。

さも自分こそが彼女の理解者であるかのような素振りで、その輪の中には入らず、遠くからその様子を眺めている彼女である。

そんな中、

「何あれ?」

「ほら、菊花賞の…」

「あぁ…」

一部のウマ娘たちが、その様子を冷ややかに見て去っていった。

「ふぅん…」

アグネスタキオンは彼女たちを見て、何かに感づいたように、唇を意地悪そうに釣り上げたのだった。

 

 

夕刻、トレーナー室にて。

トレーナーとマンハッタンカフェは練習前にミーティングを開くことにした。

議題は勿論、次のレースについてである。

「次のレースの事だがな、先生と話してたんだ」

練習前のミーティングにて、トレーナーはそう切り出した。

「一つ目に11月最終週。ジャパンカップ。芝2400m。世界からの招待ウマ娘も加わり、日本と世界がぶつかり合うレースだな。このレースにはダービーウマ娘のアマゾンポシェットも出るという話だ」

「はい」

「二つ目に12月第1週。ステイヤーズステークス。芝3600m。G2レースだが、トゥインクルシリーズ最長のレースだ。長距離が得意なお前に合ってると思う」

「はい」

「そして三つ目に、12月最終週。有マ記念。グランプリレースだからに人気投票よって出走できるかが掛かってくるが…菊花賞ウマ娘のお前なら票は確保できるだろう」

「はい」

ふぅ、と一息つき、マンハッタンカフェを改めて見たトレーナーは

「さて、どのレースにしようか」

と問いかける。その瞳には未来への希望を宿しながら。

トレーナーに提案される前から、実はマンハッタンカフェの心は既に決まっていた。

出たいレースの名前。それが彼女の口から語られる。

「私は…」

 

 

 

12月最終週、日曜日。

中山競バ場、第9レース。芝2500m、有マ記念。

バ場は良。天気は晴。

快晴の師走の冬空の中、マンハッタンカフェはグランプリレースのターフの上にいた。

 

時はさかのぼり、11月初旬、ある日のこと。トレーナー室にて。

「まぐれだって言われてる?」

「はい」

まっすぐな眼をしたマンハッタンカフェが、トレーナーに打ち明けたのは菊花賞の後の周りの反応についてだった。

確かに多くの同級生はその勝利を喜んでくれた。しかし、一部のウマ娘から出ていたのは、あのレースは偶々運がよかっただけの結果だという辛辣な評価だった。

勿論、面と向かって彼女にそう言う者はいない。ただ、時間が経つにしれて、そのような陰口が彼女の耳に入ってきたのである。

偶々トレーナー室にいた先生は苦笑し、

「まぁ、そういうこともあるでしょう。8月の阿寒湖特別を経てようやくオープンクラスに昇格したウマ娘が、菊花賞優勝。その結果を信じがたいと思う気持ちも分かります」

と話した。

「だから、得意の非根幹距離の長距離レース、有マ記念で実力を証明したい、ってことか」

「…はい」

トレーナーの問いに、強く短く返事をするマンハッタンカフェ。その瞳には鋼の意思が宿っているようである。

トレーナーと先生は顔を見合わせ微笑みあい、

「十分な理由です」

「俺も先生と同意見だ」

と胸を張って彼女に返す。

まぐれでないことを証明するためのレース。それが年末のグランプリ、有マ記念。

トレーナーの夢、マンハッタンカフェの夢を叶えるために、その日に向けて練習が始まったのだった。

 

『トゥインクルシリーズを通してターフを盛り上げて参りました、良きライバルテイエムオペラオーとメイショウドトウ、二人のウマ娘のラストランとなりました、今年の有マ記念。G1ウマ娘6人を含む、13人がエントリーをいたしました。中山競バ場は快晴、無風です』

そう実況が穏やかに会場に語り掛ける。

今回の有マ記念、注目を集めているのは、ラストランとなるテイエムオペラオーとメイショウドトウの2人だった。

「雲一つない快晴だよ、ドトウ!ボクらのラストランにふさわしい快晴だね!」

ターフの上にて両手を広げ、空を仰ぐテイエムオペラオー。

「そうですね、オペラオーさん」

それににこやかに応じるメイショウドトウ。

ラストランにも拘わらず、彼女たち2人はいつもの様子で変わりない。

今回、中山競バ場に訪れた観客は11万3000人。その多くの視線が2人に集まっているようだった。

「あの…」

マンハッタンカフェが2人に話しかける。

「マンハッタンカフェです…。よろしくお願いします…」

と挨拶すると

「あぁ、君が今年の菊花賞ウマ娘だね。ボクがテイエムオペラオーだ。ヨロシク!」

と言い、手を差し出すテイエムオペラオー。

どうも、という感じに握手をするマンハッタンカフェ。

「メイショウドトウです。よろしくお願いしますね」

テイエムオペラオーの後ろから、豊満な体でお辞儀をするメイショウドトウに、彼女は軽く会釈をして返した。

テレビでは何度も見た2人のトップスターを前にして

(なんだか…不思議な感じ)

と思わず感じるマンハッタンカフェ。

今日はこの2人と走る。一着を取り、まぐれでないことを証明する。

それがどうだ、実際に2人を目の前にすると、現実なのか脚元が不安になる彼女である。

しかし、

「平常心だよ、マンハッタンカフェ君」

「そうですよ~」

とそれを見抜いたようにやさしく語り掛ける2人。

ぽかんとしているうちにゲートインが始まり、いつの間にかマンハッタンカフェはゲートの中にいた。

(平常心…か)

とぼんやりと言葉を反芻するうちに、場が静まり返り、そして

『ゲート開いた!スタートを切りました!』

年末のグランプリ、有マ記念が始まった。

 

 

 

『トゥザシャイニングが行きました!トゥザシャイニングが先頭です!』

先頭に立ったウマ娘の名前を実況が叫ぶ。

第三コーナー手前の外回りから始まり、一周1667mのコースを回る有マ記念。

最初は平坦な道故だろうか、バ群は切れず、一塊となり、先頭を追っていく。

『そしてテイエムオペラオーとメイショウドトウはどうだ!?メイショウドトウが先に行っています!!』

注目のテイエムオペラオーは七番手に対して、メイショウドトウは五番手。そしてマンハッタンカフェはテイエムオペラオーと並走し、八番手につけている。

ホームストレッチに入り、きつい坂が始まる。しかしさすがのグランプリ。どのウマ娘も大きく離れることはなく、一定の距離を保っていた。

その様子は変わらず第一コーナーから第二コーナーへ入るウマ娘たち。

第二コーナーからは下り坂。スピードが出やすいそのコーナーだが、ターフを走るウマ娘は皆、ライン取りを大きく外すことはない。

(すごい…みんな綺麗に走ってる…)

彼女にとって初めてのグランプリ。周りにいるのはほとんどがシニア級のウマ娘たち。全員がほぼ全員、コーナー巧者。当然といえば当然のことだったが、マンハッタンカフェにはそれが新鮮に思えてならなかった。

『向こう正面の中間に入りました!バ群の差は縮まり、13人が固まっています!!!』

そしてマンハッタンカフェにとって、今までにない、先頭から最後尾までにそこまで差がないレースである。

第三コーナー入り実況が叫ぶ。

『トゥザシャイニング先頭!!後ろから二番手のアメリカンワンダが押している!前をつくように走っています!!!』

二番手が前をせっつくように走っていることもあり、バ群は一層密集の度を高くしている。

ここで前を見渡したマンハッタンカフェ。持ち前の読解力を発揮しルートを開こうとするが、

(…あれ……)

その考えを止めざるを得ない事実に直面する。

(ルートが…ない…)

どこに行ってもルートがない。どこを走ろうとしても真ん中を突っ切れる気配がない。このままではバ群が壁となり、中からは抜け出すことができない。それが導き出した答えだった。

(いちか、ばちか…)

そう考えた彼女は敢えてスピードを落とし、十一番手に順位を下げた。

メイショウドトウは三番手、テイエムオペラオーは七番手。

そして第四コーナーに差し掛かった。ゴールまであと500m。最後の勝負の舞台がすぐそこまで迫っていた。

 

(今日こそは一番になります!)

気合十分で先行策を取るメイショウドトウ。

(ボクのフィナーレは誰にも渡さない!)

後ろからいつ差すかを狙うテイエムオペラオー。

一生に一度のラストラン。彼女たちの走りも冴えわたり始める。

そんな刹那だった。臨機応変にアウトコースへ膨らんでいるウマ娘がいることにテイエムオペラオーが気づいた。

第四コーナーを回りながら大きく外差し準備をする黒い影。

(マンハッタンカフェ君…!)

その正体はすぐに分かった。順位をわざと下げて、外から大まくりしてきた菊花賞ウマ娘。

(やるね、でも!)

テイエムオペラオーは眼を輝かせる。

不世出の歌劇王に差し脚で勝つということが、どれほど無謀なことなのか、それを教えてやろうという満面の笑みを浮かべて。

『最後のストレートに差し掛かります!』

最後のホームストレッチ。11万6000人の観客の大歓声の勝負の舞台が、メイショウドトウの、テイエムオペラオーの、マンハッタンカフェの目の前に姿を現した。

 

 

『トゥザシャイニングが僅かに先頭!僅かに先頭!』

粘る先頭のウマ娘。しかし彼女はもう限界だった。

十分なリードを作れず、後続にバ群が固まった時点で逃げウマに勝機はなかった。すぐに後続が襲い掛かってくる。

『メイショウドトウ!!!そしてアメリカンワンダ!!!』

中を走り抜けてきたのはメイショウドトウ。

(ここで突き放します!!!)

抜け出し準備を整えた彼女は最後の力を振り絞りにかかる。

そして

『テイエムオペラオーが外からやってくる!マンハッタンカフェもいい脚で伸びてくる!』

マンハッタンカフェが先行し、その後ろにぴったりとマークしたテイエムオペラオー。

(オペラオーさん…!)

後ろに感じる鋭い視線。それはG1レース7勝のウマ娘の威厳に他ならない。

(ここで、負けたくない…)

マンハッタンカフェは歯を食いしばる。

ここで負けたら、どうなる。

ここで負けたらまぐれだと証明してしまう。

それはダメだ。どうしてダメなんだ。

思い浮かんだのは顔だった。トレーナーの、ユキノビジンの、タキオンの、そして先生の。

(負けたくない…)

額から汗が噴き出る。

中山の坂が心臓を壊しにかかる。

(負けたくない…!)

それでも彼女の足は止まらない。

一歩一歩を踏みしめて大跳びに急坂を駆け上がる。

(絶対に負けたくない…!!!)

そしてその思いが

「絶対に負けたくないんだぁぁぁぁあぁ!!!!!!」

叫びとなってマンハッタンカフェの口から天に吐き出された。

 

 

『さぁテイエムは今日は来ないのか!?テイエムは今日は来ないのか!?』

テイエムオペラオーは必死に黒い影を追っている。

どういうことだ、と動揺を抱え、目を見開き、必死に前のウマ娘の影を差さんとする。

おかしい、絶対におかしい、全身全霊の末脚がなぜ伸びない。得意の差し脚が直線でなぜ生かせない。

(どうして差が縮まらない!!!!!)

心の中で叫ぶテイエムオペラオー。

しかし黒い影がどんどんと前を行く。まるで坂道などないかのように。

『200を切った!!!200を切った!!!』

張り裂ける心臓を抱えて走るマンハッタンカフェ。胃が痛い、肺が痛い、喉が痛い、そして何より足が痛い。

それでも彼女の足は止まらない。

『外側からマンハッタン!!!外側からマンハッタン!!!』

肉体の痛みなど超越するように彼女は走る。

体に走る痛みなど我慢できる。ただ心の痛みだけはもう我慢できない。

『テイエムは来ているが届きそうもない!!!』

「くそぉ!!!ボクだってぇ!!!!!」

必死に追いすがるテイエムオペラオー。最後のレース。最後の優勝。絶対に譲れない。このレースだけは絶対に譲らない。

そんな気持ちとは裏腹に、先頭に立ったマンハッタンカフェとの差は縮まらない。

「このっ!!くっそぉぉぉおおおおおおお!!!!!」

眼を剥いてテイエムオペラオーは叫んだ。

歌劇王の威厳を投げ捨て、泥臭く、なりふり構わない本性を露わにしてもそれは覆らなかった。

『勝ったのはマンハッタンカフェーーーーッ!!!!!』

歌劇王の目の前を、黒い摩天楼の名を持つウマ娘が駆けていく。

『世代交代を証明しました!!!マンハッタンカフェです!!!』

マンハッタンカフェはターフ掛け抜け、観客席に向かって左手を天高く掲げたのだった。

 

 

 

レースが終わり、ウィニングライブに入る前のこと。

「負けたなぁ」

「そうですね…」

舞台袖で、テイエムオペラオーとメイショウドトウは出番を待っていた。

ウィナーズライブが始まる前に、2人のラストライブが準備されており、会場までのつかの間である。

「秋の天皇賞でデジタル君に、ジャパンカップでアマゾンポシェット君に、そして今日はマンハッタンカフェ君に」

「お疲れさまでした、オペラオーさん」

笑いかけてねぎらいの言葉を述べるメイショウドトウ。

「あ」

と思い出したように目を見開き、

「大事な敗北を言い忘れていた」

とテイエムオペラオーはメイショウドトウの方を向いた。

「え?」

と戸惑うメイショウドトウに、テイエムオペラオーは笑いかけ、

「宝塚記念で、キミに」

と指を差す。

ふふっ、とメイショウドトウは嬉しそうに笑い、テイエムオペラオーも合わせるように笑い声をあげた。

 

「いいレースだったな、どのレースも」

「そうですね」

肩を寄せ合って二人は座り込む。

「もっと走りたかったな」

「そうですね」

すべてのレースを懐かしむように、二人は言葉をかみしめる。

「楽しかったなぁ、ドトウ…」

「はい…オペラオーさん…」

そう答えるメイショウドトウの瞳には大粒の涙があふれていた。

「泣くなよ、キミ」

というテイエムオペラオーだったが、

「オペラオーさんだって」

メイショウドトウが指摘する通り、テイエムオペラオーの声も鼻声で、顔は涙に溢れていた。

手を回したのはどちらからだろうか、それはわからなかった。

二人は抱き合っていつの間にか、お互いの涙をそれぞれの肩に流れ落としていた。

時代が終わる。新しい時代が始まる。二人の信念が、思い出が、感情が涙となり零れ落ちる。

もうすぐ、最後のライブの幕開けが、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

二人のラストライブが終わり、廊下を歩いているときのこと。

「マンハッタンカフェ」

テイエムオペラオーとメイショウドトウはマンハッタンカフェとすれ違った。

これからマンハッタンカフェのウィニングライブなのだった。

二人は手を差しだすと

「「優勝、おめでとう」ございます」

と声を合わせて彼女を祝福した。

「ありがとう…ございます」

うつむき加減に照れた様子のマンハッタンカフェ。

その様子を微笑みながら二人は言葉を続ける。

「年末のセンターの座を射止めるのはすべてのウマ娘の憧れだ」

「はい」

「私たちの代わりに、これからも夢の扉を開き続けてくださいね」

「はい」

一語一語をかみしめるように返事をするマンハッタンカフェに、二人は微笑みかけながら頷く。まるで子供を見守る親のように。

それもつかの間

「ボクらに代わって、君の王朝を作るんだぞッ!」

と指をさし、ポーズを決めるテイエムオペラオー。

ぽかん、とするマンハッタンカフェを見て、テイエムオペラオーとメイショウドトウはいたずらっぽく笑った。

「じゃ、行きましょうか」

「そうだねッ。ボクらの次の世界へ行こうか!」

そう言って二人は歩きだす。

マンハッタンカフェが来た方向へ歩き出す。

二人は振り返らなかった。そんな力強い後姿を、マンハッタンカフェはいつまでも見ていた。

 

 

 

ライブが終わって控室に帰ってきたマンハッタンカフェを出迎えたのは、トレーナーだった。

「お疲れ、カフェ」

そう微笑んで答えるトレーナー。

「いいレースだったな。ライブもよかったぞ。グランプリ優勝、おめでとう」

「ありがとうございます」

やさしい言葉、やさしい笑み。ただ妙な違和感が部屋に漂っていることに彼女は気づいた。

何かが足りない。何かが居ない。そしてその答えは、すぐに彼女の脳裏に浮かぶ。

「あの…先生は」

そう、今日、トレーナーとレース観戦に来たはずの先生の姿がなかった。

この部屋にいるのはトレーナーだけである。

「先生は」

そう言いかけ、トレーナーは口をつぐんだ。

しかし首を振り、重い口調で、言葉をつむぐ

「先生は病院だ。…先ほど、病院に運ばれた」

「え…?」

時間は、どの世界も一律に流れ出す。それは川の流れのように、緩やかに、そして残酷に。


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