トレセン学園のウマ娘達とはじめての外出から一週間が経過した。
大粒の雨が奏でる音色を楽しみながら、私は理科室へと向かっている。
そう、今日がアグネスタキオンからのメッセージで指定された日なのだ。
あの日の二人きりの時の彼女の行動から察するに、彼女は私の脚に何かを見いだしているのだろう。 彼女のためになるならこんな脚いくらでも見せるのだが、なぜだかそんな単純な話ではないのではないかと一週間前から不安に思っている。
さて、後はこのまままっすぐ行けば理科室に着くというところで私は足を止めた。
窓の前で一人、外の景色を眺めるウマ娘がいたからだ。
理科室の付近は人通りが全くと言っていいほど無いなかで一人、窓の外を黄色がかった瞳でじっと見つめている彼女を異様に思ってしまったのだ。
すると、彼女の方からその黒くて長い髪を揺らしながら私の方に向いて
「…あなたは確か……タキオンさんが待ってます…はやく行ってあげてください…。 あの人、予定の時間ピッタリに行っても拗ねるような人なので…… 」
と静かに言って、私が来た道をすれ違うように歩いていってしまった。
彼女は一体…? なんであの場所にいて私にその事だけを伝えたのだろうか?
疑問はいくつか残るが、ひとまず彼女に言われたとおりアグネスタキオンの待つ理科室へと急ぐことにした。
理科室に入るとまず、さまざまな実験器具やノート、フラスコやらを並べたテーブルの前に鎮座する白衣姿のアグネスタキオンが目に入った。
彼女は私の方に振り返ると
「やあ。遅かったじゃないか 」
と言って右手に持っているマグカップを口元へと運び、一口、中の黒い液体を口に含んだ。
その一連の動作を見た後に、時計の方を確認すると指定されていた時間より十分程前で、黒髪の彼女が言っていたことは本当だったのかと認識する。
「さっそくだが始めさせてもらうよ。 私も時間が惜しいのでね。 そこのイスに座ってくれたまえ 」
彼女もいろいろ用事があるのだろうと判断した私は言われるがまま、彼女に指定されたイスに腰をおろし、次の指示を待った。
「右足を伸ばして 」
言われたとおりに右足を伸ばすと、彼女は左手で足首のあたりを掴み、右手で太ももやふくらはぎなどをおもむろに揉み始めた。
「ふーん…」や「なるほど…」などと声を漏らす彼女に対して、私は声を出さずにくすぐったいのを必死にこらえ続けた。
五分ほどそんな状態が続き、やっと彼女が私の右足を解放すると
「ありがとう 」
とだけ言ってノートに何かを書き込み始めた。
私はその様を、肩で息をしながら眺めている。
私の呼吸がある程度整った時、彼女はもう一度振り返ると
「君の脚はたいへん興味深い。 こんな脚は今まで見たこと無いよ 」
と言った。
さらに続けて
「君の模擬レースやトウカイテイオーとの併走トレーニング、過去のレース映像まで見させてもらったがね、君の脚はどのウマ娘よりも強いと言えるよ。 文字通り力強く、そして怪我も少ない。理想的な脚だ 」
と私の身に余るほどの賛美の言葉をかけた。
もちろん、そう言ってもらえるのは嬉しいが…少し過大評価な気もする。 私は自分の脚を理想的だと思ったことはない。
「豊富なスタミナと囲まれてもすぐに抜け出せるパワーが持ち味で、主な作戦は後半にスパートをかける追い込みと差し、地方で約3年間、未勝利戦を3戦1勝、op戦2戦2勝、GⅢレース7戦3勝、GⅡレースを2戦0勝、計14のレースに出て怪我は無し、トレセン学園へと移りGⅡ、GⅠを狙えるほどの成長を見せられるか……というのが世間一般からの君の評価だ 」
彼女は右手に持っていたマグカップをテーブルの上に置くと、間髪いれずに
「これは私の意見だが、この前と今日君の脚をみて、それは生まれながらに授かった才能だと私は睨んだ。 しかし、君の思考は些か自虐的に感じるんだ。それほどのモノを持っていながら。 今日はその理由を聞きたくて呼んだんだ 」
と、まるで科学者のようにうろうろと歩きながら持論を掲げた。
「無理にとは言わない。 言える範囲で構わない。 私に教えてくれないかい? 」
そうは言うものの、彼女の目は子供のような好奇心と果ての無い探究心で輝いているように見えた。
正直言って私からしたら苦い思い出の話だ。 しかし彼女がそんなにも求めるならと。
私は重い口を開き、大した話じゃないと断ってからむかしの話を始めた。