雨上がりの涼しい風がアジサイのつぼみを揺らし、水溜まりに浮かぶアメンボが悠々自適に水上を滑る。
空はオレンジ色に染まっており、ほとんどのウマ娘や人間達が学園を出たであろう時間帯。さらに、日頃から人気の無い体育館の裏でアタシ、ゴールドシップは録音機に保存された音声をヘッドホンから聞いていた。
この前の四人での外出は前々からアタシが計画していたものだった。ゲームセンターとラーメン屋で三人を打ち解けさせ、昼食が終わったタイミングであらかじめ切れる寸前まで細くしておいたライスの靴紐が切れたのを見て、アタシとライスが一時離脱、タキオンと二人きりにして後日また会う約束もさせ、当日は万一に備えてマンハッタンカフェの協力も取り付けた。
どれもこれもアタシの狙いどおりだ。
タキオンは図々しいところがあるが、なぜだか彼女の言うことを断れないような不思議な魅力があった。二人きりにさせる時、アタシ一人が長時間離れるのは不自然だと思って、ライスに協力をあおいだ。
全て、アイツの本音を聞きたかったからだ。
一番最初の模擬レースの時に感じたプレッシャー、確かにあれも凄かったのだが、どうもあれが全力じゃ無いような気がした。
アイツはレースに対して、本気で向き合えていないように感じたのだ。
だから、チームに誘ってみた。
レースに勝ったのに上の空で、純粋にレースを楽しんでるやつらの中で唯一、楽しそうに走ってなかったアイツを放っておけなかった。
幸いか、《シリウス》はメンバーの数が少なかったし、おんなじチームとして関わる機会が増えれば、なんでアイツがレースに本気じゃ無いのかがわかると思った。
だけど、それでもわからなかった。 変に他人行儀で、自分の本心を堅く閉ざすように振る舞うアイツには、多少強引な手段を使わないと踏み込めないと判断した。
結果的に、タキオンを通してアイツが内側に抱え込んでいたモノを見ることはできたのだが、こいつはなかなか大変な問題だ。
アイツの気の持ちようで変わるのだろうが、言葉では言うのは簡単でも実際にやるとなれば難しいだろう。
アイツの中では完全に『自分』と『彼女』の比較構図が出来上がっていて、何をするにしても『彼女』と比べた『自分』が浮かび上がってしまっている。
ウマ娘にとって、レースにおける闘争心というのは重要なものだ。
これが欠落した状態で、レースに勝つことなんて不可能と言って差し支えないだろう。
でもアイツは、『彼女』の偶像を追い求め、心ここにあらずという状態でレースに挑み、負けてまた『彼女』を重ねる。
それを何度も何度も繰り返すうちに、悪循環の中にすっぽりと飲み込まれてしまっているのだ。
アイツが『彼女』ではなく、『自分』を見るようになるにはどうしたらいいか……。
早急に次の一手を考えなければいけないだろう。 アイツはもうすでに悪循環に巻き込まれていて、いつ手遅れになるかもわからないのだ。
ポケットから携帯を取り出して、メッセージアプリを開く。送り先はアタシ達のトレーナーだ。
全然トレーニングや模擬レースを身に来ないアイツだが、仮にもトレーナー。アイツがメンバーの状態を把握していて損は無いだろうと判断し、一連の動きで得られた情報を箇条書きで送りつけておいた。
さて、そろそろマックイーンがアタシの居場所を探し当てる頃だろう。マックイーンにはファイヤーナイフダンスの練習と言ってトレーニングを抜け出してきたから、この場所で見つかるのはまずいな。
せめて体育館の中にいておくかと、立ち上がって体育館の裏口へと歩いた。
「…アイツの本気の走りは、いつ見れるんだろうな…… 」
ポツリと出た独り言が暗くなり始めた空に吸い込まれるように消えていった。