「シライシのヤツ最近見かけねぇな… 」
携帯のメッセージアプリを開いてみるが、何も連絡は来ていない。
正直、嫌な予感がしている。
最近のアイツは見るからに寝不足で、注意力も散漫、様子もどこかおかしかった。
今日は登校しているところを見たってヤツがいたから、学校には来ているはずだが…。
地道に聞き込みをしていると、シライシが生徒会室に入るのを見たと言うヤツがいた。
まさかとは思うが…嫌な予感が当たるかもしれない。
アタシは全速力で生徒会室へと向かった。
※※※
熱をだして学校を休んでから計三日が経った。熱があったのは休んだ日を入れて三日間だったが、大事をとってもう一日欠席したのだ。
そして、私は今生徒会室のソファーに腰かけている。対面に座っているのは生徒会副会長のエアグルーヴだ。
「本当に…いいんだな? 」
彼女の問いに対して、声を出さずに小さくうなずいて返す。
これでいいと自分に言い聞かせて、ただこの時間がはやく終わるようにと心の中で念じ続ける。
すると突然、バンッと大きな音を立てて背後の生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
振り向くと、ゴールドシップが息を切らしながら立っていた。
「ゴールドシップ。いつもノックしてから入れと言っているだろう 」
「うるせぇ! こっちはそれどころじゃねぇんだ! 」
感情を露にするゴールドシップ。エアグルーヴの注意を全く聞かず、生徒会室内へと入ってきた彼女はテーブルの上に置かれた一枚の紙を見て目を見開いた。
その紙を強引に拾い上げたゴールドシップの手は微かに震えている。
「おい…これはどういうことだよ……」
「ゴールドシップ。これは彼女の問題だ。お前が割り込むような話じゃない 」
「アタシはチームメイトだ!! 関係ないで済まされてたまるか! 」
そう言うとゴールドシップは下を向いていた私を担ぎ上げて外へと駆け出してしまった。
私が連れてこられたのは《シリウス》の部室。
マックイーンはトレーニングに行ったのか、中にはいなかったので私とゴールドシップの二人きりだ。
「詳しく…話を聞かせてもらおうじゃねぇか 」
怒りをむき出しにする彼女、右手にはくしゃくしゃに握られたさっきの紙━━退学届が握られていた。
「……答えてくれねぇのか… 」
彼女の眉間により一層力が入り、握りしめられた紙もぐしゃっと音をたてる。
「…じゃあ、なんで今日までアタシや、マックイーンや、他のやつらに相談しなかったんだ? 」
「……これ以上、みんなに迷惑かける訳にはいかないから……」
さっきまで重苦しい空気の中で声を出せずにいたのだが、この質問に対しては条件反射のように言葉がこぼれ落ちた。
「迷惑…誰が迷惑だって言った? 」
彼女の右手にかかっていた力が抜け、興奮していた口調も穏やかになり始めた。
「アタシもマックイーンも、お前がいて迷惑だなんて一度も思ったことねぇよ 」
少しばかりの間、沈黙が訪れる。
「…はじめてお前の走りを見たとき、滅茶苦茶な走りだなって思った。前が塞がれたら無理やりこじ開けるみたいに出てきてよ、こんなやつはじめて見ってビックリしたんだぜ? 」
……。
「だけどよ、こんなすごい走りしたのにお前はなんか面白そうにしてなくて、何て言うかレースを楽しんでない感じがしたんだ」
………。
「お前の…昔の話は知ってるよ。すげぇ悲しいことがあったのは…知ってる。 お前がその人のために頑張ってたも知ってる。…けどよ、大事なのはお前なんだぜ? お前が楽しく走ってなきゃ意味がないし…その人だってそんな事望んでないはずだ」
…………。
「なぁ、退学なんて止めてこれからも一緒に走ろうぜ? お前ならきっとレースを楽しめるはずだ。お前にそれだけの実力があること皆知ってるんだぜ? 」
そう言うと彼女は私の肩にポンッと手を置いた。
一緒に走ろう……?
レースを…楽しめる……?
「━━━んな… 」
「え? 」
「ふざけんな!!! 」
その手をすぐさま払いのけ、驚いた顔のゴールドシップに激昂する。
「あなたや! マックイーンみたいに才能も! 実力もあるある人に私の気持ちなんてわからない!! 知ったような口聞かないで!!! 」
そう怒鳴った私は逃げるように部室を出ていった。
※※※※※
それから私は体育館裏の一目のつかない場所で、泣きながら座っていた。
ゴールドシップに悪意はなかった。彼女は私のことを思って言ってくれたのに…。彼女の善意を踏みにじったと考えたら悔やんでも悔やみきれなかった。
すると、遠くの方から誰かの足音が聞こえた。
だんだん近づいてくる足音。ゴールドシップだったらどうしようと考えたが、その主は別の人物だった。
「シライシさん、ここにいらしたのですね 」
マックイーンだ。
あの時部室にも、生徒会室にもいなかった彼女がどうしてここに。
そしたら、彼女はポケットから何かを取り出してさらに続けた。
「無礼極まりない行いとは存じていますが、お二人の会話を聞かせていただきました 」
彼女が手に持っているのは、ゴールドシップと通話中の携帯だ。
「あなたの過去のお話も、ゴールドシップから聞きましたわ。 …厳しい言い方になるかもしれませんが、あなたがやってきたのはただの責任逃れです 」
「負けた時も、上手くいかなかった時も、勝手に自分とあの人を比べて“自分には才能がないから”と諦めていただけですわ!」
「いいですこと? ここ、トレセン学園では様々な方々が自分の目標のためにトレーニングをしています。皆さん、それぞれ悩みや弱みを抱えています。それでも、それすらも克服してさらに上を目指そうとしているのです!! あなたのははっきり言って甘えですわ!! 」
…甘え?
違う……私は今まであの人の夢を……私は……。
「あなたは不服に思うでしょう。ですが、ご自分が正しいと思うなら自分の走りで証明してください! それがこのレースの世界ですわ! 」
……そんなはず無い。
ここまであんなに頑張ってきたんだ。あの人の夢のために、ここまで。 間違っているなんて、言わせない…。
「…私は中距離レース場で待っています。 あなたに、自分が正しいと証明する気があるのなら、18時までに着替えて来て下さい 」
と言ってマックイーンはその場を後にした。
私が立ち上がって彼女を追いかけるまでに、時間はほとんどかからなかった。